37 ゼムスの過去
王宮に戻ったゼムスは両親と兄アルゼルに温かく迎え入れられた。
兄アルゼルは時間が有ればロレッタ公爵地に来て色々な話をしてくれてとても楽しかったから、自分が王宮に戻っても仲良くしてくれると思っていたゼムスだった。
しかしその思いは早くも崩れ去った。
アルゼルが接してくれたのは入居日だけで、あとはターシャという少女とずっと一緒にいた。
「貴方がゼムス様?私はターシャよ。よろしくねっ!」
馴れ馴れしくゼムスの腕に絡みつくターシャ。
ゼムスはすぐに腕を振り解いてアルゼルに言った。
「彼女は?」
「ああ、ターシャだ。親に無理矢理売られそうになった所を助けたんだ。行く所がないから僕の部屋の前に住まわせているんだ。人見知りでね、仲良くしてあげて欲しい。」
ゼムスはそれを聞いて頭が痛くなった。
親に売られる子供は何百と居るのに偶然通り掛かっただけで助けてしまうなんて人としては正しい事をしたのかもしれないが王族がやっていい事ではない。
しかも教会に預けるならまだしも次期国王である第一王子の部屋の前に住まわせるなんて前代未聞だ。
「黙認するのですか?」
「何度言っても聞かんのだ。アルゼルの小遣いで面倒を見ると言ってな…。」
父に尋ねるとそう返事が返ってきた。
黙認してるも同然だった。
「…ゼムス、お前がターシャ嬢を気に入らんのも分かる。しかしターシャを受け入れないなら跡を継がないと言われてしまうとどうにもな…。」
その言葉を聞いて、ゼムスは改めて自分がどう足掻いても次期国王にはなれないんだと思った。
「そうだ。もうすぐお前達の婚約者選びが始まる。しっかり将来の伴侶を見定めるように。」
ゼムスは自室に戻りため息をつく。
婚約者選びパーティはアルゼルの為に行うのが目的なのが分かっているからだ。
両親は自分を愛してはくれているが、自分はいつまで経っても二の次にされている。
だからメイドを始め王宮に勤める者たちがアルゼルとターシャを遠巻きにしているのを見ているといい気味だと思うようになってしまった。
「あれでは将来が不安だな。第二王子が快復したのなら第二王子も跡目に入れても良いと思うんだがな。」
「そうだな。家庭教師の話によるとアルゼル様よりもゼムス様の方が優秀らしいしな。」
様々なパーティが開催され回数を重ねる内に王宮内でそんな会話を良く聞くようになった。
そして密かに第一王子派と第二王子派、中立派で分かれていた事を知った。
事態を重くみた国王はゼムスを呼び出しては、跡継ぎはアルゼルであること、そのアルゼルを支える役目をするのがゼムスだと言い聞かせた。
「勿論、分かっております。」
その返事を聞いた国王は何度も頷き、くれぐれも変な気は起こさないよう釘をさした。
そんな事を言われなくてもとっくに何もかもを諦めていたゼムスはうんざりしていた。
「ゼムス王子、今日はご招待頂き誠にありがとうございます。サテリナ・ユゴーですわ。以降お見知りおきを。」
今日もくだらないパーティが始まる。
アルゼルはターシャ以外の相手をしないし、ターシャ以外が挨拶をしても機嫌が悪ければ無視をする。
当然、そんな対応をされた令嬢達は面白くない。
ゼムスはアルゼルの為ではなく、自分の保身の為に令嬢達に優しく接した。
パーティの噂が良くないものになったら責められるのはアルゼルではなくゼムスだという事を分かっていたからだ。
でも令嬢達が挨拶をして、どんなに媚を売ろうがゼムスには皆同じ顔にしか見えなかった。
ゼムスは窮屈な王宮、パーティに飽き飽きしティーナを思い出す様になった。
そして薔薇の夜露を買いに行くというもっともらしい理由をつけてロレッタ公爵地に向かう事にした。
「…ティーナ嬢はパーティに参加しないのですか?」
公爵に出迎えられ、公爵に市街を案内されながらゼムスが聞いた。
「ティーナは堅苦しいパーティは嫌いだと言っていましてね。それにまだ人前に出すには不安なのです。」
「そうですか。」
買い物が済み、ロレッタ公爵の屋敷で寛いでいるとティーナが勢い良く部屋に入って来た。
「ゼムスッ!来てたのね!」
ティーナの姿は至る所に葉っぱが付いていたり背中に土を付けていたりしていた。
普通の令嬢なら身支度を整えてから人前に出るだろう。
しかも来客が第二王子だとすれば尚更だ。
ゼムスはロレッタ公爵の言葉を思い出しなる程と納得した。
「会いたかった!」
ティーナは思いっきりゼムスを抱き締めた。
「いつまで居るの?もう街には行った?明日も居るなら明日、海に行こうよ!」
「そうだね。明後日には帰るから明日、海に行こう。」
ゼムスはティーナの笑顔に癒される。
次期国王になれないのなら、ティーナが居るこの地で暮らしたいと思った。
次の日。
約束通り海に行く二人。
「もう会えないかと思った!王宮はどう?楽しい?」
浜辺に打ち上げられた貝殻を拾いながらティーナが聞くとゼムスは微笑んだ。
「…楽しくない。ティーナと一緒に居る方が何倍も何十倍も楽しいよ。」
「そっか。じゃあゼムスが居るの王宮に帰っても楽しくなれるように手紙を書くね!」
ゼムスは無邪気に笑うティーナを見た。
「うん、待ってる。」
ゼムスが王宮に帰って数日後、ティーナから手紙が届いた。
1日有った事を書いた内容と綺麗な貝殻が入っていた。
ゼムスは返事を書き、ライラックの花を使った栞を同封した。
こうしてゼムスとティーナの文通が始まった。




