無知は罪なり
期待していた方が多かった伯爵一家その後です。
続きになりますので、先に神の伴侶探しを読んでおくことをオススメします
残酷描写あるので注意です。
結婚相手が決まったと、父から告げられたのは、ラコールが二十歳の時だった。
貴族なら政略結婚が当たり前だろうが、受け入れることなどできなかった。
すでに、マリアージュという恋人がいるのだ。レストランで働く平民だったが、色気溢れる美貌と明るい性格は、ラコールの心をつかんで離さない。
彼女と結婚するというラコールの主張と、平民を迎え入れるなど許さないという父の主張。
何度も何度も同じ口論をし、父の口からついに勘当の二文字が出た瞬間、ラコールは策を変えた。
伯爵という爵位を手放すほどラコールは愚かでない。父の話には乗る。
だが、結婚相手には一欠片も情を注ぐ気はない。聞けば、隣国の子爵令嬢だという。珍しい鉱山が発見されたとかで、ベルンスト家の加工技術との連携を取る為の結婚らしい。
爵位はラコールの方が上。なら、おべっかを使う必要もない。
顔合わせも一度きり。大人しい、つまりは地味な女だ。
子爵も底が浅いのか、ただただニコニコと結婚後に愛を育めばと反吐が出る言葉を吐いていた。
その後は手紙が何通も来ていたが、返信をする暇はマリアージュとの逢瀬に費やし楽しんでいた。
結婚後もラコールは同じ態度を取った。月に数度、義務的に抱いてやった後は、放置してマリアージュと愛を育む。
そうして二年後、神のお告げが広まって数か月、マリアージュが懐妊したと嬉しそうに言ってきた。
感激のあまり、ラコールはその場で咽び泣いた。
神のお告げがあり、堕胎は禁止されている。このままマリアージュが子を産めば、名ばかりの正妻を石女として離縁し、その座にマリアージュを置ける。
素晴らしい計画だとラコールは自負しており、大きくなるマリアージュの腹を愛おし気に撫でた。
だが、神はとことんラコールを追いつめてきた。正妻も孕んだと、使用人達に告げられたのはマリアージュ懐妊の数か月後だ。
タイミングの悪さに、ラコールはため息をついた。
子を成したのなら、顔を合わせる必要もないだろう。より一層、ラコールはマリアージュの元に通い詰めた。
そうして、マリアージュは双子の女児を産んだ。ラコールは一目で神の娘、神の子に違いないと確信した。
他の貴族が男児ばかりの中、愛するマリアージュとの子が女児など、これは運命だ。
名残惜しいながらも屋敷に戻ると、使用人達の空気が重苦しかった。父の代から仕える使用人達が詰め寄ってきて、ラコールに何があったかを説明した。
予定日までまだあった正妻が産気づき、女児を産んで儚くなった。
真っ先にラコールが思ったのは、正妻も女を産んだのかという失望だった。義務で産まれた子よりも、愛するマリアージュの子達の方が、神の娘としては可能性がある。
瞬間、ラコールに悪魔的な発想が生まれた。邪魔者もいない、愛する子達の為にもなる。
使用人達を振り切り、ベッドで休むマリアージュに思いついた計画を告げる。マリアージュも大喜びしてくれた。
正妻の子とマリアージュの子を入れ替える。使用人達が口うるさかったが、首と近隣での職を潰すと脅せば大人しくなった。
外聞でも、愛するマリアージュの子としたくなく、正妻の子は娼婦に騙されて産まれた子だと嘯いた。
愛する子供達、乳母として雇い入れたマリアージュ。使用人達が冷たい目を向けてくるが、どうすることもできないだろう。ラコールは、幸せを噛み締め続けた。
「そう……俺は悪くない……父上が、マリアージュと俺を引き裂いて……あの女が悪い。あの女が悪いんだぁ……」
ぶつぶつと言い続けるラコールの背を撫でるマリアージュ。
話を聞き終えたサンドリーヌとシェルリーヌは、その様を黙って見ていた。
薄暗い城の地下牢で、ラコールの独り言は不気味の一言に尽きる。やがて、背後にいた兵士に時間だと言われ、姉妹は地下牢を後にした。
そのまま兵士に見張られ、宛がわれた貴族牢に入る。最低限の家具しかないとはいえ、地下牢に比べれば快適だと改めてわかった。
二人は椅子に座り、苛立ちのままに言葉を吐く。
「最悪だな」
「ええ。貴族は名誉を何よりも優先するというのに、よりにもよって平民の子と取り換えなんて……正気とは思えませんわ」
「恋は盲目というが、他にもやりようはあっただろう。話を聞く限り、母を愛しているという割には何の行動も起こしていない。それでいて、最悪の行動は早かったのが理解に苦しむ」
「爵位返還は確実でしょうね。お姉様に武勇と知力、私に話術と貴族としての嗜みがあるとしても、少なくとも貴族位がないと話が始まりませんわ」
「全くだ」
互いの話には、両親を敬う気持ちは微塵もなかった。大切な父と乳母だったが、今では姉妹の足を引っ張る荷物としか思えない。
そもそも、姉妹揃って貴族牢に入れられたことに納得していない。
数日前の卒業パーティーで才能もなく放置していた異母妹が神の子に見初められ、神国に消えた後。
子の取り換えを暴露された両親が兵によって投獄されたのはわかる。だが、国王が姉妹の連れ出しを命じた時、二人は耳を疑って反論した。
それに対し、国王が呆れたような顔をし、ジェルンド第一王子が紙の束を手に二人を見つめた。
「サンドリーヌ嬢、シェルリーヌ嬢。貴女達の功績は確かなものだ。だが、その栄光の陰に同じくらいの罪が存在しているんだ」
「私達に罪だと!? そんなもの、あるはずはない!」
「そうよ! 神の子でなかったのは残念ですけれども、自己を高める事に罪などありません!」
「……その傲慢さが、罪をより深くしたのだろう。まず、サンドリーヌ嬢。貴女はその武勇の高さ故、騎士団に出入りしては手合わせをし、その相手に敬意を示すどころか弱いと貶していたようだな。
それだけに止まらず、優秀な騎士見習いの一団を自分の配下として育成しようとした。だが、貴女の指導が厳しすぎて心を病んだり酷い怪我をしたりとボロボロだ。
内容を見せてもらったが……休息もなしに通常の何倍もの訓練、貴女の叱咤。心を折るには十分だ」
「誇り高き騎士が弱くては、国の為にならぬ! それ以上に、心を病む方がおかしい! 騎士に向いていないという事だ!」
「次、シェルリーヌ嬢。貴女は取り巻きの貴族達から輪を広げていき、様々な情報を得て国に貢献した。
だが、調査した結果、他の商人や貴族が交渉している間に入り、神の子候補という威光を借りて自分が自由に口出しできる相手に移しただけらしいな。
本来、交渉相手となるはずだった商人や貴族がどれだけの損害を被った事か……中には、路頭に迷う羽目になった商人もいるようだ」
「貴族は情報が命です! 手に入れた情報を使って何が悪いというのです!? 国益に差はありませんことよ!?」
「…………それが罪だと分からないことも、貴女達にとっては罪。
無知は罪なり、という言葉はわが国にも残っているのに。
そうそう、神の伴侶をチラつかせて欲しい物を貢がせたことも小さいが罪になる故、心得ておくように」
それが合図だったように、兵が姉妹を強制的に連行する。
正装で武器も持っていないサンドリーヌは多勢の騎士に太刀打ちできず、シェルリーヌなど抵抗にすらなっていなかった。
神の子として崇めて傍に居た貴族達は波引く様にいなくなり、今頃は掌を返して悪評を話題にしているだろう。そういうものだと、姉妹は理解している。
食事を運ぶ騎士の話では、家の使用人は全て、コンドルセ公爵家に引き取られたという。それぞれが望む仕事を、家にいた時よりも好条件で。それも、本来の神の子が手を引いたことらしい。
このままでは、両親と共倒れだ。貴族達の失笑を買いながら平民として、悪ければ賠償金を取られて返済の為に娼婦として生きる事になる。
そんな惨めな未来、受け入れるわけにはいかない。幸い、逆転の目は父との話で見つかった。
「シェルリーヌ。父の正妻は隣国の子爵令嬢という事だが……」
「分かっているわ、お姉様。レシアント国のフォレス子爵よ。ライア夫人は現当主の妹。間に次男がいるけれど、婿入りをして関わりはないようだわ。
性格は先代に似て温厚そのもの。お父様の話からでも、爵位の高さと幸せを結び付けている辺り、貴族の血生臭い内情を知らないようね」
「なら、そこを突こう」
ニヤリと笑みを浮かべるサンドリーヌ。釣られて、シェルリーヌも微笑む。
どこまでも自己保身に走るその顔は、第三者から見れば悪意が丸わかりだっただろう。
「父上の愚行で名誉を落としたことへの謝罪と、私達姉妹は何も関与していなかったと説明。そして、頼る場所のない私達の受け入れの懇願。この三点へ重点を置いて手紙を出そう」
「それだけで受け入れてくださるかしら? 当主がお人よしでも、周りが止める可能性はありますわ」
「ならば、ライア夫人の置かれた環境についても少し触れよう。自分達の判断で夫人が傷ついたと罪悪感を抱かせれば、同じ様に傷ついている立場からの要求を断りにくくなるだろう」
「さすがお姉様」
クスクスと笑う双子。隣国の貴族位と繋がりがあれば、そこからのし上がるのは簡単だ。
すぐさま食事を持ってきた騎士に用意をさせ、姉妹で合わせて三枚程の手紙を書き、指定した場所へ送るよう指示した。
いくら罪人として扱われようと、手紙位は許されるはずだ。その考え通り、騎士は了承して手紙と共に部屋を出た。
サンドリーヌとシェルリーヌはこれで助かると、本気でそう思っていた。
それが崩れたのは、一週間後。貴族牢をわざわざ訪ねた国王の顔が、完全に色を失っていた。
「おぬし達……何という事を……! いや、もう止そう……ついてまいれ」
牢から出られる。姉妹は歓喜した。きっと、子爵の迎えが来たのだろう。
騎士が周りを囲むが、城門までの辛抱だ。口角を上げ、気品を漂わせながら歩く二人。
「サンドリーヌ! シェルリーヌ! 無事だったのだな!」
「お父様!?」
「ああ、元気そうで良かったわ……!」
城の入り口で、同じ様に騎士に囲まれた両親の姿に目を見開いた。
一週間前よりもやつれ、ボロボロの両親は、素直に姉妹との再会を喜んでいる。
驚きつつも喜ぶシェルリーヌ。サンドリーヌは喜びよりも別の考えが浮かび、一歩下がった位置で家族を見た。
子爵の迎えだと思ったが、両親もいるとなるとその可能性は低い。流石にお人よしでも、妹の名誉を傷つけた張本人達も引き受けるはずがない。
だとしたら、家族四人が集められた理由はなんだ。
その答えは、城門を開いたすぐ目の前に存在していた。
「ベルンストォ!」
苗字と共に轟音が響き、地面が揺れた。体勢を立て直して前を見れば、二人の男女が立っている。
筋骨隆々の大男は青筋を立て歯を食いしばり、怒りを必死に抑えているようだ。
地面を殴りつけた状態でこちらを睨みつけており、拳が地面を抉っている。先程の怒声と音は、目の前の男が出した物なのだと、ゾッとするには十分だった。
その隣には、華奢な少女。長い黒髪に爬虫類を思わせる金の瞳はある種族の特徴だが、その種族がこの辺りにいるはずはないと否定する。
姉妹の努力を嘲笑うように、少女が口を開いた。
「どもども~。ご覧の通り、魔女族のエクセルアでぇーす」
「魔女族……!?」
その声に、母が小さな悲鳴を上げた。
他大陸にある亜人国家、アニサーバルに住む種族の一つが魔女族だ。女性ばかり産まれ、爬虫類のような金の目と黒髪を持ち、薬毒の知識に優れている。
一番の特徴は、大切なもの以外への躊躇のない残虐性だろう。
それが何故ここに。その疑問は、エクセルアによってすぐに解決した。
「隣にいるのは、旅の途中で助けてくれた友人のお兄ちゃんで今はあたしの大切なダーリン♡ ハンネス・フォレスよ♡」
「なっ!?」
「フォレス子爵の、次男……!?」
双子の顔色が変わる。思い浮かぶ、手紙。あれが、危険人物を呼び寄せてしまったのだと、察してしまった。
だが、母はともかく父も無反応だ。
それが、二人の逆燐に触れたようだ。目配せすると、ハンネスが父の頭を掴み上げ、空中に持ち上げる。ミシミシと骨が軋む音が響く。
「ああああああああああああ!?」
「オレの名を聞いても無視か? あ゛あ?」
「な゛に゛っ、がぁ!?」
「止めてください! お願い、助けてください……!」
「は? 私の大切な友人で義妹のライアちゃんを貶めておいて? 助ける? 馬鹿じゃないの?」
雰囲気がさっと変わった。夫人の名前が出て、ようやく両親はわかったようだ。反応した父に舌打ちをして、ハンネスが手を放す。
その場に落とされ、座り込んだ父は恐怖を顔に張りつけハンネスとエクセルアを見上げる。
立っている姉妹も、国王も、護衛の騎士も、凍り付いたように二人を見るしかできない。
凄まじい殺気を隠そうともしていない。気づいていないのは、両親とシェルリーヌくらいだろうか。
冷たい声色で、エクセルアが口を開く。
「最初から、嫌な予感がしてはいた。だってアンタ、顔合わせ一回きりで手紙の返信は父親の字。こんなんじゃライアちゃんは幸せになれないって義父様にも義兄様にも言ったのに、伯爵家だから大丈夫の一点張り。だから、魔女の契約書で約束したのよ」
「……もし、ライアが幸せでなかったり、ライアの名誉が傷ついたりした時。父と兄は当主を辞めて他の者に任せる。オレとエクセルアはその相手に容赦せず復讐すると」
「そしたら、予想以上よね。ライアちゃんが冷たくされて死んじゃって、子供は愛情たっぷりで育ててると思ったら愛人の子供で、ライアちゃんの子は神様に選ばれていなくなっちゃった。おまけに、これ」
そう言って出したのは、姉妹が書いた手紙だった。焦る姉妹の前で、エクセルアは無言でそれを破きだした。小さく、小さく。
限界まで小さくし、その欠片を投げ捨てる。
「約束通りだと兄が田舎へ引っ越すための準備中に来た手紙だ……どこまで、オレ達を、バカにするんだ?」
殺意をむき出しにハンネスが呟く。慣れない者にとっては恐怖としか言えず、すでに両親とシェルリーヌがへたり込んで身体を震わせている。
まともに意見できるのは、立っていられるサンドリーヌしかいない。
こんな化け物がいるなんて知らなかった。
ライア夫人が魔女族の大切な人なんて知らなかった。
子爵が退位する予定など知らなかった。
言葉を出そうとするサンドリーヌに、エクセルアが動く。開いた口に押し込まれる硝子の瓶。
歯が欠けてもお構いなしに突っ込まれ、苦痛で眼球が裏返った。
「おごぉっ!?」
「アンタ達の都合のいい話なんてもう十分。知らなかった? だから何? いくら何でも、不自然な部分はあったんじゃないの? それを無視して、知らなかったなんてほざくな。無知は罪って言うでしょ?」
冷たい殺気に、サンドリーヌも震え始める。それを見届け、エクセルアは瓶を引き抜いた。
そして、瓶の中身が全員に見え、悲鳴が上がった。
びちびちとグロテスクな身体を硝子にぶつけている、見た事がない生き物。その瓶を撫でながら、エクセルアは恍惚の表情で告げた。
「これ? これはあたしが改造した寄生虫よ。寄生主の身体を定着させ、首を一瞬で切り落とされない限り再生する優れもの。でもデメリットが多くてね~。
思考能力・運動能力低下、再生に伴う激痛、再生する度に奇形化、気狂えないなどなど…………戦には使えないけど、拷問には最適でしょう?」
言葉とは裏腹の満面の笑みに、全員が察してしまった。首を横に振って小さく拒絶する一家を尻目に、エクセルアが内容を深々と聞かせる。
「これを埋め込んだ後、夫婦は軍部預かりコースよ 的としてたっくさん殺されると思うわ! あと、性的な方にも使われると思うけど頑張ってね♡
姉の方は奴隷闘技場コース! 悪条件の元、大勢の人や獣と戦って無残な姿になってね♡ そのまま強姦もあると思うけど、観客が盛り上がればオーケーよ!
妹の方は娼館コース! 場末で、貴族令嬢を穢したいっていう望みを叶えるお店だから、貴女にピッタリね♡ 貴女に貢いだっていう貴族の予約もたくさん入っているから、楽しませてあげてね♡ さあ、この人達を拘束して、馬車に乗せて!」
「いや、いやぁあああああああああああああああああああ!」
「ふざけるな! 俺は、ベルンスト伯爵だぞ!!」
「酷い! 酷い!」
「くそっ、放せ! 下賤な存在など、なりたくない!」
抵抗するも、ぞろぞろ出てきた他国の兵士に敵うはずがない。あっという間に口枷もされ、身体を縛られ、離れた所に置かれた馬車に積み込まれていく。
その様子を、国王は茫然と見ているしかできない。
本来なら、爵位返還と多額の賠償金で済むはずだったのだ。女三人は娼館へ、伯爵は強制労働へ送られるだろうが、先程の提案よりは遥かに良かっただろうに。
魔女の契約書は絶対だ。そこに書かれた事を違えれば、その命を失う。それに加え、手紙による身元の引受人の指名だと言われれば、その身柄を渡すしかない。
「セタスト国王。本日は我々の為に貴重な時間を割いていただき、誠に感謝しております。無事、身柄を引き受けたので、国へ帰還させていただきます」
「うむ……そちらの王にもよろしく頼むぞ」
「心得ました」
「いや~んダーリンかっこいい~♡」
エクセルアがハンネスの腕に抱き着く。それを慣れた様子で抱え、ハンネスは馬車の方へと向かっていく。しばらくして、数台の馬車が並んで走り出した。
無知は罪なり。改めてその言葉の恐ろしさを目の当たりにした国王だった。
知らなかったは言い訳にならない。
やりすぎという声もありそうですが、残虐な魔女族が目をつけた時点でアウトでした。
なお、亜人の地位は高くないので、次男の婿入り先などは貴族の情報網でもごく一部しか知らない事でした。
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