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ちょっと遅刻しただけなのに・・・

作者: 橘 雅之

やっと着いた。タクシーを降りてすぐにクライアントのエントランスに飛び込んだ。

俺は武藤大輝。28歳。システム開発会社インテグラルで営業をしている。

すごい大事な商談に遅刻してしまった。本来なら、今日で契約が取れるはずだった。


遅刻の理由は、こんな感じ。


電車待ちをしていたら、急におじさんがもたれてきたのでびっくりして振り返ったら、そのおじさんの目が焦点を結んでいなかったので、とっさに抱き抱えて横にしてあげた。

すぐに駅員を呼ぼうと思ったら近くにいなかったので、近くにいた若い人に「ちょっと見ててもらえますか?駅員をすぐに呼んできますので」と言って返答を待たずに駅員を呼びに行った。

駅員は意外と全体が見えない場所に突っ立ってるんだよなと思いながら、

「駅員さん、あっちにおじさんが倒れてるのですぐに来てもらえますか?」

と言って、駅員さんに着いてきてもらった。

戻るとすでに野次馬が遠巻きに輪になっていたので、掻き分けて進んだ。

「大丈夫ですか?」

おじさんはすでに意識はしっかりしている様子だったので、ちょっと安心した。

「ああ、ありがとう。ちょっと体調を崩していたのでね。少し休んだら大丈夫だと思う。」

すぐにでも立ち上がりそうな感じだったが、少し足に力が入らなそうな感じだったので、

「でも、おじさん。無理しちゃいけないよ。」

と言いながら、手を貸して起こしてあげた。

「一応医務室まで行こうよ。心配だから」

駅員はそのおじさんに肩を貸して、後から応援に来た駅員に私は、おじさんのカバンを渡した。

「おお、お兄さんお名前は?」

おじさんに聞かれたが、

「ああ、おじさん、俺は急いでるので。気をつけてね!」

とりあえず、そんなに心配なさそうなのでよかったが、すでにこのやりとりで30分も経っていたとは・・・

「やばい」

今日は、大事なクライアントとの大型案件の契約だったのだ。

しかもその契約書は俺しか持っていない・・・。

課長の伊藤さんに電話しないと・・・。

「伊藤さん、たいへんすいません。15分ほど遅れるかもしれません。」

「お前、まじかよ?俺はもうそろそろ着くぞ。」

「すいません。急いで向かいます!」

電車では絶対に遅刻なので、タクシーでいければギリギリに間に合うかもしれない。

俺は地上に出てタクシーを探したが、こういう時に限って意外と見つからない。

ちょうど一台止まったので、素早く呼び止めた。

俺はタクシーに乗り込んだ。


伊藤課長はクライアントの石光商事のビルのエントランスで立って待っていた。

すでに13分遅刻している。

「伊藤課長すいません。」

「担当から、一緒になって来いとさ。急ごう!とりあえず。」

すぐに受付嬢に取り次いでもらった。

エレベーターの前では、伊藤課長は無言で、かなり表情が重暗い。

5階に着いた。

会議室のドアをノックして入室した。

「大変申し訳ございませんでした。」

伊藤課長と俺は深々と頭を下げた。

クライアントの担当者とその上席である課長は座ったままだ。

担当はにがい顔をして、こちらに目を合わせようともしない。

「君たちさ。もう帰っていいよ。」

クライアントの滝沢部長が開口一番言い放った。

「大変申し訳ございませんでした。」

「我々を待たせて置くなんてどういうつもりなんだか?やる気ないんだろ?帰っていいよ。」

冷たく言い放つ。この滝沢部長はかなりの曲者であるのは業界では有名で、今までも他の会社が散々な目に合わされていた。

「滝沢様、大変申し訳ございません。以後気を引き締めて参りますので、この度はご容赦いただけませんでしょうか?」

「いや、気分悪いから帰ってよ。今回のは無しね」

「あ、いや・・・」

「おい、安田!帰ってもらえ。」

滝沢の隣に居た担当者の安田さんをアゴで使う。

「伊藤さん、すいませんがお引き取りください。」

安田さんは苦しそうに言った。

「大変申し訳ございませんでした。改めて出直して参ります。」


伊藤課長と俺は無言で駅に向かう。

「伊藤さん、本当にすいませんせした。」

言い訳になるが、今朝の事実を伝える。

「武藤、仕方ねえよな。俺だってそこに居たらそうするよ。」

伊藤課長は、無理に微笑んで見せた。

「すいません。」

「ちょと面倒だけど、もう一回頑張ろうな」

「はい!」

ぐったりしながら自社へ戻った。


「おい伊藤!何やったんだよ?」

第一営業部長の大西さんが、伊藤課長を見つけるなり会議室へ呼びつけた。

俺も当然ついて行った。

「大西さん、すいません。ちょっとした理由があって遅刻したんですが、担当があの滝沢課長でした。」

そして、俺の遅刻の理由も伝えた。

「あの人か。さっき担当の安田さんから電話がかかってきて、申し訳ないが御社とは取引できないと一方的に言われたよ。」

「本当ですか?たった10分程度の遅刻ですよ」

「あの人のえげつないのは有名だからな。俺からもう一回謝罪してみるよ」

「申し訳ございません。どうぞよろしくお願いします。」


俺は、昼飯も食わずに自分の席に座っていた。一応同僚とコンビニ弁当を買ってきたのだが、全く食欲がない。

朝の通勤の出来事を思い返していた。

あの状況で、おじさんを無視できる訳はないが、それじゃダメだったのかな?他に方法は無かったか?と同じ思考がぐるぐると回っている。

伊藤課長には迷惑をかけてしまったが、何も責めることは言われなかった。

「人として当然のことだ」

逆に、そんな言葉をかけてくれた。

何か伊藤課長のために出来ることはないのだろうか?

「武藤さん、大丈夫?」

2つ先輩の石川さんが声をかけてくれた。石川さんはいつも気にかけてくれる。

「大変だったわね?」

「そうなんですよ。伊藤さんに迷惑をかけてしまって。」

伊藤さんはゼリー飲料をくれた。

「とりあえず、何かお腹に入れときなさいよ。食欲ないんでしょうけど。」

「ありがとうございます。」

人の優しさに泣きそうになった。


今日は、夕方ぐらいに大西部長が先方の担当者と随分と長い時間、例の件で話をしていたようだったが、あまり良い表情では無かった。その電話の後、大西部長と伊藤課長が外に出ていく時に、伊藤課長が

「今日は早く帰ってしっかり休みな。気にする必要はないからな。」と声をかけてくれた。

同僚のみんなに声をかけ、ほぼ定時に帰らせてもらった。


帰りの電車の中で、ちょうど座席が空いたので座ることができた。

いつも片道1時間の距離を立ったままで帰っても全然平気なのだが、今日はやたらと立っているのが辛いような気がした。

うな垂れて座っていると、前に立っている人に方をトントンされた。

俺は頭を向けると、

「ああ、おじさんじゃないですか?大丈夫でしたか?」

朝、助けたおじさんが立っていたので、ちょっと驚いた。

「おじさん、どうぞ。」

席を立って譲ろうとした。

「ああ、いやいや、もう大丈夫だから」

「いやいや、座ってください、さあ」

俺は席を立って進めた。

「ありがとう。朝に助けてもらった礼も言えずに申し訳なかった。」

「いえ、お体はもう大丈夫ですか?」

「ああ、おかげさんで大丈夫だったよ。本当に助かった。」

「よかったです。お気をつけくださいね。」

俺は、挨拶をして離れようとした。近くにいるとおじさんも落ち着いて席に座ることもできないと思ったからだ。

「ああ、ねえ君、名前を教えてもらえないだろうか?名刺とかもらえるといいんだけど。」

「いや、別に当たり前のことをしただけなので」といって断ろうとしたのだが、

「何か悩んでいるようだったから、今度は私が君の力になれないかと思ってさ。」

おじさんは結構何度も名刺をくれといってくるので、あまり断ってもおかしな感じになってしまうので、一応名刺を渡してみた。

「ありがとう。電話してもいいかな?」


おじさんは聞いたことがあるような、ないような会社のちょっと偉いさんだったようだ。

おじさんの名前は山石辰徳という。

俺はぐったりしていたので、おじさんには逆に心配されたが、途中で別れた。

コンビニに寄って、ビールを2本買いそのまま家に帰った。

安いアパートの2階だが、築年数の割には小綺麗なところだと思う。俺としては気に入って住んでいる。

帰りがけに、大学の時の友達にメールして今日のことを伝えていたので、みんな心配してくれている。

最近会えていないので、会いたくなった。

ちょうど自宅の玄関のドアを開けようとしたところ、携帯が鳴った。

見たこともない番号だったが、出てしまった。

「はい」

「武藤君の携帯ですか?」

「ああ、山石さんですね?」

「すぐに電話してしまって、悪かったね?今大丈夫かい?」

「大丈夫ですよ。」

「武藤君には、本当に助けてもらって感謝している。そして、どうも今日君は何かトラブルがあったようだが、それは私を助けて遅刻することになったこととは関係ないかい?」

「いえ、関係ありません。」

「そうか。もしそうだったら申し訳なかったなと思ってね。」

「大丈夫ですよ。ご心配をおかけして申し訳ありません。」

山石さんは、少し考えているようだった。

「急に申し訳ないが、来週あたりちょっと付き合わないかね?ちょっとお礼がしたいと思うのだが?」

毎週水曜日があまり忙しくないので、それでお願いした。

たかだかちょっとした人助けでお礼も何もと言っていると、

「いや、あの時君に助けて貰わなければ死んでいたかもしれないんだよ。」

山石さんは、持病を持っていて、急な発作があって倒れたようだった。

「君みたいな青年は最近少ないからね。本当にありがたく思っているんだよ。」

あまり断るのも悪いかと思って、

「じゃあ、よろしくお願いします。」

「そうしたら、また待ち合わせとか連絡するよ。」


翌日、部長に、伊藤課長と共に呼ばれた。

「どうも、あの滝沢は相当なやつだな。うちのライバル会社のJSTに同じ依頼をしていたらしい。」

「どういうことですか?」

「別に君たちが遅刻してこようがなんだろうが、難癖つけて断るつもりだったんじゃないかな?」

「そんな。担当とは何度も打ち合わせをしたのに、一度もJSTの話など出てきませんでしたよ。」

俺は頭にきた。この3ヶ月の間に何度打ち合わせのために、あの会社に足を運んだかわからない。

ずっとかかりきりだったのだ。

「多分、滝沢の方でつながってたんだろうな。担当の安田さんも逃げちまって、電話も出やしない。」

「JSTはいつもの接待漬けだろうな。あの滝沢も相当なもんだろ。」

滝沢の濁った目と巨大な腹回りを思い出して、余計に腹が立った。


携帯に着信があった。同期の丹山からだった。

「おい、武藤。どうやら石光商事に入れてる例のアプリも契約更新しないらしいぞ。」

そのアプリとは、石光商事の海外工場での生産情報が現場からタイムリーに集めらるシステムで、原料の手配から、製品の販売までの取引全体を管理するアプリだ。

「なんだって?」

「そっちもJSTと契約したらしいぜ。」

全く、そんな情報は入ってきていなかった。

大西部長は頭を抱えた。

「どうなってるんだ?」

「部長、ちょっと行ってきます!」

「おい、武藤。ちょっと待て。」

伊藤課長に肩を掴まれた。

「武藤、お前のせいじゃなんだから。落ち着け。」

「でも、伊藤さん。これじゃあ・・・」

会社の売り上げの2割に当たるものが吹っ飛ぶ。

俺は泣きたくなった。


なんとか安田さんにアポが取れたので、石光商事まで伊藤課長と出向いた。

会議室に通された。

なぜか滝沢も居た・・・。

「よお、何しにきたんだ?」

「先日は、大変失礼いたしました。」

伊藤課長が頭を下げる。ついで、俺も頭を下げた。

「システムの件、全面的にJSTのものを使うということだそうですが、どうしてですか?」

「どうしても何も、色々と御社では心許ないのでね。」

滝沢はニヤニヤとして、不適な笑みを浮かべて、ふんぞり帰っていた。

「そこの兄ちゃんが前回のトラブルの張本人だよな?」

滝沢はボールペンで俺を指した。

「今回の件では、どういった責任をとるの?君は?」

「責任ですか?」

「そう。うちの会社だったら責任をとって退職だよね?安田?」

「あ、ええ・・・。」

安田は下を向いたまま、こちらを見ようともしない。

「どうなの?どう責任をとるの?」

「わかりました。私が責任をとって辞めたら、システムの更新契約を考えてくれますでしょうか?」

「おい、武藤!やめろ。」

伊藤課長は、俺を腕をギュッと握り締めた。

滝沢は口元をだらしなく開き、

「まあ、辞めたら考えて上げてもいいかな?なあ、安田!」

「・・・はい。」

完全にふざけている。

伊藤課長は、苦虫を噛み潰したような顔をして、

「申し訳ございませんが、帰ります。」

「ほお、もう帰っちゃうの?お送りしてあげて、安田君」

「失礼いたします。」


社に戻るまで、伊藤課長は終始無言だった。

会社のエントランスに近づいた時、

「伊藤さん、俺責任を取って辞めますよ。」

「武藤。馬鹿なことを言うなよ。」

「だって、伊藤さん。これは会社にとってかなりのダメージになるってことは、いくら俺でもわかります。」

「武藤。」

「俺のせいで、会社がこんな危険なことになるなんて耐えられませんよ。」

「武藤。滝沢は俺たちを弄んでいるだけだ。あんな奴のためにそんなことする必要なんかあるわけがない。」

「伊藤さん。」

俺は泣いた。


その夜、7時過ぎに携帯がなった。

石光商事の安川さんからだ。

「武藤さん。本当に申し訳ない。」

「安川さん。どうしたんですか?」

安川の声が震えている。

「武藤さんには、本当に申し訳ないことをしたと思っています。」

「実は、先ほど退職することを会社に言いました。」

「え?安川さん!どうしたんですか?」

深いため息とともに、

「私もこんな会社がいやになってしまいました。」

どうやら滝沢は相当嫌なやつで、たかだか2ヶ月前に今の部署に異動してきたのだが、安川さんに仕事を押し付けて、自分は接待三昧だそうだ。

「今回の件は、異動前からの付き合いがあるJSTと勝手に話をつけていたのだが、私にもつい4日前に言われたんだよ。」

「そうだったんですね。でも、安川さんはこれからどうするんですか?仕事を辞めても大丈夫なんですか?」

「まあ、なんとかなるでしょ?なんとかしないといけないよな。」

安川はあと数ヶ月で父親になる予定だった。

「家のローンもたっぷりあるしね。」

安川は無理に明るく振る舞っているのが、痛いほどよくわかった。

蝉の鳴く音が響く。

蒸し暑いのが、昼から続いている。

蝉が鳴くのは毎年のことだが、一体いつからの毎年なのだろうか?

「安川さん。一度飲みにいきましょう。」

「そうだね。今回は武藤さんに随分と迷惑をかけ通しだったのに、こんなことになってしまうなんて・・・。」

「安川さん、泣かないでくださいよ。」

俺も泣けてきた。


「うーん。そんなことがあったのか・・・」

山石さんと焼肉に来ている。かなりの高級店だ。

山石さんは聞き上手で、昨日と今日のことを全て話す羽目になった。

もちろん社名は出さないで。

山石さんは、眉間に深いシワを寄せて目を瞑っている。

俺はその顔をそっと見ていた。

フッと思い出したように山石さんは目を開けて、

「ほら、遠慮しないで食べてくれよ。武藤君には、本当に申し訳ないことをしてしまったな。」

「いえいえ、やはり話すべきじゃなかったですね。」

俺は、なんだかぐちのようなことを言ってしまった形になったのを後悔した。

「ところで、そのお詫びと言っちゃなんだけど、うちの会社のためにシステムを作ってもらえないか?」

「山石さん、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

「まあそんなこと言わずに、たいして役に立てるか分からないけど、一度、近いうちにでも会社に来てよ。」

「ありがとうございます。」

その後、この話題には触れずに山石さんのトークを楽しんだ。

「久々に美味しいものをいただきました。本当にありがとうございました。」


帰りに山石さんの会社を検索してみた。しばらく前に名刺を貰ったのに何も調べていなかった。

「???。この会社って」

山石さんの会社なの?しかも石光商事のライバル会社じゃん・・・。

聞いたことがあると思っていたんだが、まさか。

早速明日にも来てくれということになっていた。


「山石さん、来てしまいました。昨日は、ごちそうさまでした。」

「おお、武藤君。こちらへどうぞ。」

大きな部屋に案内された。

ガラスの扉に山石さんの名前と肩書きが書いてある。

「社長だったんですね。」

「ああ、ごめんな。名刺を使い分けているんだよ。」

社長室の応接セットに座るように言われた。

本当に落ち着かなくなってきた。

「どうして電車通勤してたのですか?」

山石は、少し微笑んで、

「たまに社員の気持ちになるために電車通勤してみてるんだよ。通勤ラッシュの大変な中で会社に出社してもらっている社員の身になって考えて見るんだよ。」

俺は関心した。そんな経営者がいるということに嬉しさを感じた。

「武藤君には命を助けてもらったのだから、こちらも恩返ししないとな」

「山石さん、ありがとうございます。今はどのような仕事でも本当にありがたいと思います。」

「いや、こちらも色々とあってね。現場から今使っているシステムをなんとかしてくれという話が出てきていたんだよ。」

「そうなんですね。今は何をお使いなのですか?」

「JSTのAIOってやつだが、知ってるかな?」

「ああJSTのものなんですね。わかりますが、それを変える訳ではないですよね?」

「いや、それを変えるつもりだよ。」

「あ、いや、その、それは・・・」

かなりの案件になるが、そんなに簡単に決めていいものなのか?

「武藤君のところにまかせたい。今のJSTのシステムはちょっと酷すぎるんでな。」

「はあ、」

俺は驚きすぎて声も出ない。ばかな返事しかできない状態だ。

「山石さん、上席を連れて出直してきます!」


伊藤課長に全て話して、すぐに山石さんにアポイントを入れた。

「武藤、捨てる神あれば拾う神ありだな。」


その後トントン拍子に話が進んで、4ヶ月後にはシステムを全て入れ替えることができた。

「武藤君、本当にお疲れ様だったね。ありがとう。」

「山石さん。こちらこそ、色々とありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いいたします。」

山石は手を差し出してきたので、俺はがっしりと握り返した。

「ああ、武藤さん!」

会議室に入ってきた人が突然大きな声を出したので、びっくりした。

そして、見たことがある顔だったので2度びっくりした。

「安川さん、どうしたんですか?」

「山石さんのところで、働かせてもらっているんだよ。」

山石さんは、ニヤリと笑い、

「安川君にはこのプロジェクトを陰で支えてもらっていたんだよ。もともと彼と君が進めていたものと同じようなシステムだから、私としては本当に助かった。」

「本当に、JSTのシステムはひどい代物でしたね。」

「今ごろあの会社は大変なことになっているんじゃないですか?」


案の定、石光商事は未曾有の危機に陥っていた。

システムの試運転からトラブルが続いていたのに、十分なテスト運用も終わらないうちに本稼働してしまったようだ。

「滝沢!貴様どう言うつもりでこんなクソみたいなシステムを入れやがったんだ?」

役員会に召集されて、激しい罵倒を受けている。

やたらと汗をかき、はあはあ言いながらペコペコと頭を下げている。

「なんとか言え」

「インテグラルにお願いしてみます。」


後日、コンビニに仕事帰りによってビールをレジに運んだ。

「滝沢さん?ですよね?」

レジを担当していたのが、あの滝沢部長だった。

胸には研修中のプレートをつけている。

「あ、ああ」

滝沢はすごいしかめっ面をしてきた。

「おい、新人さん。ちゃんと声出してね。」

「いらっしゃいませ。レジ袋は有料になっておりますが?」

「お願いします。」

例の件で責任を取らされて首になったとは風の噂で聞いた。

結局、うちの会社に泣きついてきたのだったが、会社には大きな損害だったようだ。

「毎度ありがとうございます。」

「おい、バイトのおっさん、遅えよ」

俺の後ろに並んだ奴がめっちゃキレてる・・・。

俺はお釣りを握って、

「ああ、どうも」

と言いながら、コンビニを後にした。


おしまい。








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