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 永斗がたどり着いた場所。そこは島に唯一残された病院だった。

 まだ真新しい建物は白く、植えられた木々も丁寧に剪定されている。

 10年前大企業の製造所がまだ稼働していた頃は労災病院も立てられ、狭い範囲で小さな開業医がちらほらとあったのだ。

 しかし製造所が閉鎖されたことを機会に医師は激減。理由は製造所社員が大量に島を抜けたことにより、人口が減って受診者数が雀の涙となったからだ。要は経営がもたなくなった。一言でいえばそうだろう。


 だが影響は病院だけに留まらない。飲食店や小売店も数を減らし、ついにはコンビニまでも明日嘉島からなくなってしまった。人口減少は経済の停滞どころかもろに衰退へと直結してしまう。

 今でも年々人口は減っている。最近ではあるメディアの調査によって明日嘉島が消滅するとまで言われるようになった。

 残された島民は漁業や農業、そして微かな観光業に依存しているのが明日嘉島の現況である。


 永斗は病院を背に向け、建物に寄り掛かった。

 すると眼前には海が広がり、波の起伏がよく見える。

 カモメが数羽空を飛び、大きな岩を中心に旋回していた。


「結び岩、か」


 この岩こそ島唯一の観光場所だった。

 様々な伝承が残されているが、有力なのが縁結びの説である。

 永斗は道路脇に設置された石碑を眺めた。近くに寄らずとも書かれている内容は熟知している。幼少期からの英才教育の賜物に近い。

 この島では小学4年生になるとこの結び岩の伝記物語を劇としてやることになっている。

 当然永斗も劇に参加した。主役ではなかったが、島民Aとして舞台に立ったのだ。

 今では使われない言葉なんかも出てくるので途中何を言っているのか分からない部分もあったが、今となっては懐かしく思える。


 ふと観光客だろう男女の老人二人が目の前に現れた。なんとなく会釈をすると、二人そろって会釈で返してくれる。

 二人は石碑に書かれた伝説を読み始めた。時々頷いて、石碑と岩を交互に見合っている。


「それ、実は少しだけ本当の伝説と違うんですよ」


 永斗は二人に近づき、口を挟んでみた。


「ほう。ここに書かれていることは嘘なのかな?」


「いいえ、違います。厳密には追加するべき事があるといった方が正しいかもしれません」


 そう言って永斗は石碑の一部をなぞった。


「明日嘉島は昔、本土の犯罪者を島流しの刑に利用されていました。これは事実です。ある人物が冤罪を被ってこの島に来て、それを追った思い人もまたこの島に来ようとする。しかし海は大荒れとなって船を出すことができなくて、途方に暮れたその人が海に現れた岩をたどってこの島に辿り着いた」


「うむ。この岩達が本土とつながっていて、ここを渡って逢瀬を果たしたという話だと書かれているの」


 頷いて肯定する永斗。なぞっていた指が後半部分で止まると再び言葉をつづけた。


「本当はその思い人はこの島に来る途中、海に落ちて亡くなってしまったんです。それを聞いた冤罪の人は監視をかいくぐりあの岩まで辿り着きます。その時、亡くなったはずの思い人が現れ、岩の上に立っていたそうです。同じ場所まで登り着くと、二人はそのまま岩から飛び降りた。結び岩は本土と島を結ぶものではなく、この世とあの世を結ぶ岩だというのが島に残された伝説です」


 それだと観光客は来ないからここで止めているのだと苦笑じみて追加した。


 老人二人は優しく笑って、深い皺をさらに深くした。


「確かにそれが本当ならわざわざこの島に来ることはないかもしれんな」


「はい。自分もそう思います」


「じゃが、」


 今まで微笑みを湛えていた女性が口を開いた。


「あなたが教えてくれた話が事前に聞いていたとしても私たちはこの島に来たわよ。二人まとめて逝かせてくれるなんて素敵じゃないですか。どちらかが残ると、きっとどちらも悲しいものね」


 だから辛い結末などではないと言う。


「……なんか、二人のアツアツっぷりを感じました」


「ほほほ」


 上品に笑った女性は男性をパシリと優しくはたいた。それに驚いたのだろうか、入れ歯が一瞬取れかかり、男性はバタバタと慌てた。

 それを見た女性がこれまた品のある笑い方でおなかを抱え、こちらに礼を言うとそのまま二人は来た道を戻って言った。

 永斗は二人の姿が見えなくなるまで見つめた。

 懐からラムネを取り出す。しかし食べるわけでもなく、なんとなく手に取ってくるくると容器を回していた。ツルツルとした感覚がいつもより感じられた気がした。


 それから数分後。

 待っていた人物が現れた。

 自動ドアをくぐり病院を後にする女の子。潮風にバサバサと髪を揺らしてこちらに近づいて来る。


「よう、星美。こんなところで奇遇だな」


「……ぐぅ⁉ げほっげほっ!」


 突然現れた永斗に驚き、月乃は盛大にむせていた。息もできないほど大きく咳をし、赤から青く顔が変色していく。

 永斗は鞄からお茶を取り出して月乃に差し出す。受け取りに一瞬だけ戸惑うが、かぶりを振ってすぐに手にし、喉へと流し込んだ。


 飲み干した月乃はぜえぜえと肩で呼吸する。風で吹かれた前髪の向こうに見える目は涙でぬ濡れ、苦しさを物語っていた。


「なんか、ごめん」


 驚かすつもりはなかったのだが、月乃のひきつった顔を見て謝罪してしまう。月乃は胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸。吸って、吐いて。大きく吸って、長く息を吐きだした。


「い、いえ……」


 では、とそのまま立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと待てって」


 慌てて永斗は進路の前に立つ。ここまで来たことを徒労に終わらせたくなどない。


「私、忙しいので。では」


「いやだから!」


 なおも去ろうとする月乃は小さな体を活かしてすり抜けようと試みる。だが永斗が腕を広げて阻止。ならばと反転してフェイントを入れ、永斗をかわして向こう側へ。それでも永斗のフットワークで叶わない。


「……わ、私これから急いで帰らなきゃならないんです!」


 ぎゅっと瞳を閉じて逃れようと懇願するが、前髪に隠れてしまったままでは永斗には通じなかったのだろう、腕をがっしりと捕えられた。


「ひぐっ!」


 小動物が天敵に出くわしたように硬直。蛇に睨まれた蛙だった。


「ち、ちちち、ちっか、かかかか……」


「お、おいその単語はちょっとまず――」


「この人、痴漢です!」


 晴天に響き渡る救難信号。だがその声はカモメの声と重なって空に溶けてしまう。見渡せば二人以外誰もいない状況だ。波の音とカモメの声、時より吹き込む風が二人を静寂に包み込む。


 精一杯の救援もむなしく、月乃は口を戦慄かせる。自分の言った言葉を今さらながら羞恥し、顔を真っ赤に染め上げた。


「突然そんなこと言うのはやめろ! 俺がどうなってもいいのかよ⁉」


「あ、あなたが私を邪魔するから、です!」


 月乃は鞄を背中から降ろしてブンブンと振り回した。×印を描くように、体には不釣り合いな鞄が豪という音と共に暴れる。


「ちょ、やめろ――痛ッ⁉ 中に何が入ってんのそれ!」


「乙女の秘密です! それより本当になんなんですか! いつもいつも私に絡んできて!」


 永斗の肩にドスンとクリティカルヒットした後もなお鞄が宙で乱れ舞う。永斗は少し距離を置いて月乃の間合いから外れる。


「迷惑なんです! 私は一人がいい、一人が好きなんです! 誰とも一緒にいたくない、んです!」


 とどめの一撃とばかりに大きく後ろへと担ぎ上げ、思い切り振り下ろす。月乃の持ち手がコキを持っていたことでリーチが伸びた。遠心力と重力、さらには月乃の体重移動により鞄の威力が増して永斗に襲い掛かる。


「っ⁉」


 鈍い音が波紋のように周囲へと響き渡った。

 永斗の頭部に鞄が強打したのだ。猛烈な痛みに永斗は声も出ず、その場でうずくまる。目を開ければ星が宙を彷徨い、下唇を噛んで絶えないと意識が飛びそうだった。


「あ、すいません……。ごめんなさい!」


 激痛に耐え忍び、涙する永斗の耳にパタパタという音が聞こえた。どうやら月乃はそのまま走り去ってしまったらしい。


「お、俺は一体何をしにここに来たんだか……」


 意気消沈してしまった心が体内のエネルギーを奪い去っていく。徐々に視界が霞んで永斗はパタリと意識を失った。


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