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R2.7.15 修正しました

 しばらく歩くと校門が見えてきた。

 担当教員が立ち、中へ入る生徒たちに挨拶を交わしている。


「あ……」


 道の先に肩を落としのそのそと歩く女子生徒が見える。永斗は3人から抜け出して、その女の子に声を掛けた。


「よ、おはよう。今日も暑いな」


 声を掛けられただけなのに飛び跳ねて驚く女の子。乱雑に切られた髪の毛は伸び放題で、前髪が目を半分ほど覆っている。小さな体に大きめの鞄が目立ち、すこしのことで体がゆらいでしまう。


 バランスを崩す彼女を軽く支える永斗。しかし、


「の、のはあぁ!? はははは、はよう! さようなら!」


 全身に電気ショックを浴びたように体を震わしてぴょんと飛び上がって距離を取り、一瞬の間に走り去ってしまった。

 その瞬間に見えた瞳は隠すのが勿体ないくらい澄んだ瞳をしていた。


「また逃げられたわね。ってか懲りないね、(にい)もさ……。転校してきてからほぼ毎日じゃん? 声かけてんの。好きなの?」


「いや、そんなんじゃない」


「でもお前ら結構言われてるぜ? 転校生の追っかけの君とぼっち妖怪だってさ」


「ん? あの子は妖怪なのかい?」


 もごもごとビスケットを食べながら話す鏡花は一同スルーだ。


 4月にこの島にやって来た女の子は初めての自己紹介もド緊張して口をパクパクするだけだった。誰かが「魚だ」というとどっと笑いが起こり、さらに彼女は紅潮。ついには後ろに倒れてしまい、その日は早退してしまった。


「あいつ、この島に来て誰かと一緒にいるとこ見たことないからさ」


 だから気になった。

 大きくはない島だけれど、いや、だからこそ一人でいると目立つのだ。人と会えば自然と会話が生まれる風土の明日嘉島に彼女は異様だった。誰かと出会っても目を合わさずに足早に立ち去って行く。その様子にいい噂は聞こえてこないのは人の性なのかもしれない。


 永斗はここにいる3人を一瞥する。

 自分にとっては当たり前のように仲間がいる。何もしないときでさえこの3人と一緒だ。

 それがもしなかったとしたら。自分一人で、他に誰もいなかったとしたら。

 とても悲しい気持ちになる。想像しただけで、だ。


 高校生でも日々を過ごせば何かしら良い経験もするし、悪い出来事にだって出くわす。そんな時誰にも頼れない、話せない状況はどれだけ辛いのだろう。

 永斗にはそれを共有し分かち合える人がいるし、解決してくれようと相談に乗ってくれることもあるだろう。

 しかし彼女にはそれがないのだ。たとえ家族が代役しているとしても、それだけだときっと不十分だ。自分と同じ世代にしか分かり合えないことだってあるに決まっている。


 もちろん彼女自身の責任もあるかもしれない。性格だって直す必要があるのだろう。

 しかしそれだからと言って放置しておくことは、永斗にはできなかった。

 なんとなく、そのままにすることは間違っている気がしたのだ。

 あるいは永斗――自分自身のためなのかもしれない。そんな人を平気で一人にさせることを許す自分に許せなかったのかもしれない。


 ケホンと乾いた咳が出た。、太一に「風邪か?」と心配されるが手を振って返し、なんでもないをアピール。それを見た太一はそうかと言って歩き出す。

 自分一人でいたところをイメージして息が詰まる思いがしてしまって、咳が出たとは言えなかった。


「まあでも俺たち卒業まであと1年と半年くらいだろ? そっからはどうせ別々になるんだし、そこまで考えてやることはないんじゃね?」


「そうなんだけどさ……」


 そうなんだけど。もう一度聞こえないくらい小さな声で永斗は繰り返した。

 その時予冷が鳴った。


「え、僕また今日も遅刻しちゃうの⁉」


 鏡花がダッシュで校門目指して走っていく。驚くほどの瞬足で瞬く間に校舎にたどり着く様を見て、3人も後を追った。

 道中で永斗は考えていた。

 予期せぬことはいつだって可能性として横に並び立つのものだ、と。

だから別れというものは突然やって来ることもある、と。




 四人は同じ教室に居た。

 加奈は窓側、鏡花は廊下側、太一は教壇の真ん前、永斗は一番後ろに座している。

 校舎はいささか古さを醸し出しており、外観にはヒビが入っていて耐震に一抹の不安を覚える。中は割と奇麗なほうだが、トイレだけはいただけない。未だに和式が洋式の数を上回っており、不平・不満が絶えなかった。


 そのくせ冷暖房設備は完璧だ。今も冷房をフル稼働して教室を冷却中である。

 温暖化が進む中で少ない予算を冷暖房に費やした結果だ。部活動の設備も更新時期だったが、あまり進まないのもこの理由である。


「……」


 ちらりと永斗は横を見た。


「……すーすー」


 あからさまな狸寝入りを決めた星美 月乃は寝息を唱えている。寝てるから話しかけないでねアピールだ。

 転校2日目からこうなのだから誰も彼女に話しかけては来ない。休み時間になると刹那にイヤホンを装着し、がばっと突っ伏してしまう。そのくせ鐘が鳴ると一瞬で起き上がるので音楽は聴いていないらしい。

 永斗は懐からラムネ菓子を取り出した。薄緑色の容器は瓶ラムネを彷彿とするデザインで、中は扁平な白い塊が詰まっている。蓋を開けて数個をてのひらに載せて口に運んだ。甘さと酸味が絶妙に広がり、噛むとしゅわりと弾ける。


 時計の針が9時を示すと鐘が鳴る。

 バシュッという効果音と共に月乃は起きた。鞄を下に敷いていたのでおでこ部分に紐の跡が入っている。

 それを見つけた永斗がくすりと笑うと、少しだけこちらを見てくる。が、すぐに前を向き直す。頬につっと汗が伝うのを見て、永斗はまた笑った。


 爆発しそうに赤らめた顔を両手で抑えながら両肘をつく。顔を隠しつつ前を向く作戦だった。

 教師――遠藤が入場すると永斗も前を向いた。

 色鮮やかな茶色い髪を無造作にかきあげ、スウェットにポロシャツというなんともラフな格好である。本人曰く、いつでもどこでも誰とでも戦えるよう備えているらしい。


 今日の授業は無い。代わりに定期テストがある。教科は国語と歴史、数学の3つ。

 学校は午前で終了し、同時にテスト最終日なので勉強から解放される。

 永斗は大きく伸びをして背筋を伸ばし、鞄から筆記用具を取り出した。

 続いて筆記用具の中から小さく折り畳んだ紙を取ろうとして、


「おい神原。なんだその紙は」


「……はっ」


 教師に指摘され何かを奪われた太一。

 小さく畳み込まれた紙を丁寧に広げ、検閲する遠藤。


 太一は執行前の服役囚のような様子で小さく背を丸めて震えていた。


「……放課後職員室まで来い」


「ぎゃああああ!」


 頭を抱えて机にゴンゴンとぶつけた太一を見て、永斗は手にした紙をそっと筆記用具に戻した。


「赤点覚悟だな……」


 ごくりと唾を飲み込み、運命を受け入れる気持ちを作る。


 見渡すと鏡花も放心していた。口からもくもくとエクトプラズマを吐き出しながら左右に揺れている。


「……お前もだったか、鏡花よ」


 続けて加奈を見る。加奈は視線に気づいだのか蔑む様な憐憫の目をこちらに向けていた。

 この裏切り者めがっ!

 消しゴムを机にマッハでこすりつけ、1cm級に丸めると加奈に投げつける。


「♪~」


 華麗に避けると舌を小さく出して前を向き直した。


 自分一人良い子になるなんて許さん……!

 心の奥底から湧昇する一方的な怨嗟が負の権化となって永斗を包み込む。黒や紫色のオーラをゆらゆらと纏い、鬼の形相へと変化する。机の中から取り出したのはいつか置き忘れたかちかちのコッペパンだ。どうやらカビてはいない様子。


 それを肩に担ぎ、砲丸投げよろしくスタンバイする。

 大きく息を吸い込んで目を閉じて精神を研ぎ澄ませる。聞こえてくる音、窓の隙間から入る小さな風、微かに感じるコッペパンの残り香。

 永斗はカッと目を見開いて、いざ加奈の座る方へとコッペパンを強く押し出すように投げ――


「島渡。お前も呼び出されたいのか?」


 遠藤の静かに怒れる声にはっと我に返る。

 先ほどまであったオーラがしゅるしゅると霧散して行く。徐々に覚醒する意識の中で困惑を隠せずにいた。


「い、いったい俺は何を……な、なんだこのカチカチのパンは⁉」


「…………」


 遠藤はこめかみをぴくつかせて不敵な笑みを浮かべた。そのまま背中をこちらに向けたその刹那。

 バン、と何かが弾けた。

 永斗は自分の手からコッペパンが消えていることに気づいたのは数秒後。あたりに白い粉が散乱しているのを確認できてからだった。空中には小麦粉ば細かく舞っている。

 そして近くにはコロンとチョークが転がっているではないか。

 

 背中に氷のように冷たい汗が流れる。

 野生の勘なのだろう。彼はすべてを悟る。

 下手をすると殺される……!


「島渡。お前、あとで私のところに来いな?」


 永斗は懸命に首を縦に振ろうとするが、がくがくと震える体が邪魔をして大きなバイブレーション機能のようになっていた。


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