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魔王の副官は暇を持て余した魔王と人生ゲームに勤しむ

 

「暑いのじゃ」


 ごろごろ、と。


 今日も今日とて魔王様は畳に寝転がっている。

 そうして暫く経ってからおもむろにその場に座りどこから取り出したのか扇風機という名の機械を使って。


「あーーーーーーーーー」


 と声を溢す。


「見るのじゃっ!! レイド! これが、声変わりというものよ!」


「魔王様、それは声変わりではありませんよ」


「じゃが、声が変わっておる! 妾の麗しのボイスがしわがれたのじゃ」


 一体、何が楽しいのだろう。


 毎日、毎日飽きることもなく。にこにこと、笑いながら、永遠に「あーー」と叫ぶだけの人形に成り果てる魔王様に呆れながら俺はその光景からそっと目を離す。


 それからどれくらい経ったのか。


 唐突に


「暇じゃのう……」


 と、魔王様がぽつり、と。声を溢した。


「人間界に侵略してみてはいかがですか?」


 俺はここぞとばかりに横で真っ当な進言をする。


 魔王様は、扇風機を見て、そして次いで俺を見て。


「暇じゃのう……」


 だらだらと、一語一句、全く同じ言葉を溢した。


「人間界に……」


「そうじゃ、こういう時こそ、パァチィゲームじゃっ!」


「ふむ、魔王殿、パァチィ? ゲームとやらはなんですかな?」


 もう一度、いつもの通り進言しかけた俺の声はいつもの通り魔王様に遮られ言葉にならない。


 いいことを思いついたぞぉ!! 

 という顔をする時のこの人の思いつきはいつだって碌な物じゃないと俺は知っている。


 それを、いつまで経っても覚えようとしない、THE脳筋である魔王様のペットゴーレムのポン太君は魔王様の横でわきわきと手を動かしながら。


「それより、今日の高い高いはしなくてもいいのですかな?」


 と、声を上げる。


「おお! そうじゃったっっ!! 忘れておったわ!! よし、ポンタよ! 妾を高い高いすることを許そう!!」


 ――嘘だろ、冗談じゃ無い。ここは幼稚園か何かか?


 初めて魔王軍に来たときの俺のその感想も1000年程仕えていれば薄れるものだ。


 ポンタ君の手の中で魔王様の背中に生えた黒色の羽がパタパタと嬉しそうに揺れている。


 最早、ペットと飼い主というよりもお爺ちゃんと孫に近いそのやり取りを無視して、俺はパーティーゲームの準備をすることにした。


「……うむ、レイド! 妾に言われる前に妾の望む物を準備する! 褒めてつかわそう!」


「あ、そういうのほんといいんで。それに、一回だけですよ。ゲームをするのは。

 明日には人間界に侵略して貰いますから、魔王様。」


 ゲームは一日、一回ですからね!

 とまるで我が子を見守る母親の様に。


 さらり、と魔王様が此方に向かって手を伸ばして


「いいこ、いいこじゃ!」


 と言ってきたのを無視しいつもの通り言葉を返すと俺はこの方の要望通りに“人生ゲーム”という名のそれを広げる。

 みんなに均等に初期費用を配って、車に空いた穴にピンを刺す。


 あとは、そうだな。イベントで起きた時に配るお金の金額をきっちり揃えて置いたら準備万全だ。


 こうも繰り返し、繰り返し遊ばれていると、その手順はもう自分に染みついてしまっている。

 だから、こうして。一切の無駄がなく魔王様の望む通りに用意することが出来るのだ。


「……ふむ、お前達! 妾は見ての通り子どもじゃ。そうじゃな?」


 問いかけに、また始まった、と。俺は小さくため息をつく。

 それを見てハーピーのルルが、ゲスっぽい笑顔を溢しながら


「勿論でぇす。魔王さまっ! それでぇ、それでぇ! 私もぉ、子どもの部類に頑張ったら入るっていうかぁ」


 と言いながら胡麻擂りするように気持ち悪い笑顔を浮かべて手をもみもみと捏ねていく。


「うむ、そうじゃな……。妾ほどではないが、ルルにも何か必要か。そうじゃ、お主には最初から、100万円を持つことを許そう! どうじゃ、なかなかの大金じゃろう?」


「ありがとうございますぅ。さすが、魔王さま、おやさしぃ~っ」


 その姿は完全に金魚の糞。いっそ清々しいまでに、魔王様の残飯にたかるハエ。しらけた視線でルルを見れば


「うへへぇ、私のお金。レイドには譲らないわよぉ」


 と、言われた。はっきり言ってそんなもの必要ないがまぁいいだろう。此奴の事は下手に関わらず放置するのが一番だ。


「そして、妾は一億じゃ」


 ドン!! と自信満々に魔王様の口から放たれた


【堂々と妾はずるをするぞ!】


 という宣言に場の空気が凍る。

 また、とんでもないことを言い出したな、この方は。

 人生ゲームで最初から1億も持つ。

 その意味をお分かりなのであろうか?


「なんと! 流石、魔王殿!! お金持ちであるな!」


 一番最初に声を上げたのは、やはりというか、ポン太君である。


「此奴マジで、場の空気読めないから嫌いなんだけどぉ」


 と、声をあげるルルに俺はお前もだぞ、と内心で付け足して。ため息をついた。


「魔王様、それではきっと魔王様の一人勝ちになって勝負になりません」


「何を言っておる、レイド。魔王とはこの世の最強なのじゃぞ?

 妾が一番であることに何が可笑しいことがある!!」


 暴論で、暴力で、いっそこれはパワハラなんじゃないかとさえ思うが、悲しいかな魔王軍に公にはお悩み相談室的なものはないし、それに対処する部署もない。


【強さこそ全て!! 強さこそ命!!

 部下を盾にして生き残り、君も昇進してみないか!】


 という馬鹿げた広告に何故か釣られてやってくる魔物が途絶えない。


 それが魔王軍である。


 故にパワハラ、セクハラし放題。


 絶対的なカーストの元に成り立っている。


 それでも、訴えたいという奴はいるもので


【私、四天王のハーピーであるルル様に昨日殺されかけました!

 私より美しいなんて納得いかないわぁって言いながら。

 おかげで私の美しい羽が毟り取られてっ! ハゲタカの様になってしまったのですっ!

 酷いわ、酷いわ! ハゲタカな性格なのはルル様の方なのに!】


【そうか。すまないが、他をあたってくれ。アレは頭がおかしいから、どうにもならない】


【助けて下さい、レイド様! 昨日、ゴーレムのポン太様が! 強さこそ全てですからな! 鍛え直してくれるぞ! と言いながら暴れまわって3軍が壊滅状態なのです】


【そうか……。一応言っては見るがアレは無自覚な部分が多大にあるあまり、時折突拍子もないことをするのだ。なにせ、本人に悪気がない。自覚が無い】


【そんな! あ、言うとき僕のことは匿名にして下さい! お願いしますレイド様】


【分かった。ドラゴニュートのリョウレイがそう言っていたと伝えておこう】


【ぴゃ! やめてください、レイド様! 死んでしまいますっ!】


 何故か俺に相談してくる奴が絶えない。解決など何もしてないのに。


 ハローワークにでも行って仕事、考え直そっかな……

 と、遠い目にもなるというものだ。……まぁ、悲しいかな、現状。そんなこと出来ないのだけれど。


「レイド……?」


「ああ、いえ、なんでもありません。1億ですね」


「うむ! そうじゃっ!!」


「ちょっとぉ、レイド……あんた正気ぃぃぃ? 魔王様の、“不正”認めるのぉ」


「ルル、妾、ちょっと耳が遠くなったのかもしれん。今、なんと言ったのじゃ?」


「いえ、いえ、何も言ってないですぅっ! 1億円ですねぇ、魔王さまぁ~」


「うむ、そうなのじゃ!」


 満足したように魔王様がそう言ったところで、人生ゲームは始まる。


 順番は、人間界で作られたじゃんけんという物で決めた。勝った順からスタートである。

 時間も取らず簡単に勝敗がつくシンプルなこのゲームは、こういう時になかなか便利な代物だ。


 さて、この人生ゲーム。魔界では結構ポピュラーなものであり“制作者は不明”だが人間界にあったそれを真似てそれはそれは精巧に作られている物だ……


 これを作った奴はきっと凝り性だったんだろう。


「レイド、見てみぃっ!! 妾の幼少期、最高じゃあ! 宝石持ちのジュエルキングを倒したぞっ! これで、1億ととんで5百万円じゃっ! フハハハ! 妾の順調っぷりに震えるがよい!」


 それは、実物大の“宝箱に扮した魔物”を現実に呼び出し魔王様に瞬殺され


「うむ、流石、魔王殿!! いよっ、お金持ち!」


「レイド、見てみぃっ!! 妾の幼少期、ビューティフルじゃ! 竜の卵を拾ったぞ! お主、炎タイプじゃな? 可愛いのう、可愛いのうっ!! はよう、立派なドラゴンに育つのじゃ!」


「キュイ!!」


 “実物大のドラゴンの卵”を魔王さまにもたらす。

 それは直ぐにビキビキとヒビが入り、割れて。

 赤色の鱗を持った幼ドラゴンが誕生する。


 それら全てが精巧に出来たホログラム(立体映像)である。


 因みにこのドラゴン、何かのイベントで落としたり無くさないでゴールまで持って行ければ手持ちのアイテムとしてお金に換金される仕組みになっている。


「うむ、流石、魔王殿! 生まれてきたドラゴンも幸せでござろう!」


「そうじゃろう、そうじゃろう!」


 ポン太君の合いの手を挟みながら魔王さまが大はしゃぎする。俺はそれを見ながら冷静にルーレットを回した。


「魔王様は別としても。……ちょっとぉ、さっきからレイドも強すぎない?」


「俺ほどの力があれば、次に何が出るか分かる。次は必ず“4”が出る」


「おおっ、本当か、レイド! 死を司る“4”は妾達にとって最高の数字じゃぞっ!」


 カタカタと音を立ててルーレットがまわっている。

 やがて、それがゆっくりと動きを鈍くして……次第に止まっていく

 針が指し示したのは当然、俺の予想通り“4”


「嘘でしょぉ~、ここで当てちゃうの」


「すまないな、これが実力というものだ」


「うむ、レイド殿、そこに痺れる憧れる~! あ、よいしょ!」


 乗ってきたのか、盆踊りを踊り出すポンタ君の横で、不必要なまでにカン、カンと大げさに音を立てて駒を進めていく。


 因みになんか格好いいから、というどこまでも他人からしたらどうでもいいアバウトな理由が俺の行動の源となっている。当然、他意は何一つ存在しない。


「なに、なにぃ~。一番お金、持ってる人と戦闘。勝った方に負けた方が5百万支払い? あら~、レイドかわいそう、これあんた、死亡、確定じゃない! ぷぷぷ、本当に死の4ねぇ~、良かったわねぇ。」


「なんとっ! 一番お金を持ってる人! 妾じゃなっ!

 よし、いいぞ、レイド! さぁ、来い! 愛の組み手じゃっ!!」


 にまにまと笑うルルを置き去りにして。俺は自分の置かれた状況をきちんと把握する。

 負け惜しみを言うわけではないが、ここには、止まりたくて止まったのだ。


 この魔王軍にいて唯一、このイベントが魔王様と戦え魔王様を殺せるチャンスでもある。


 魔族というものはいつだって、自分より強い者に挑み高みを目指すものなのだ。

 例え、どんな手を使ってでも。今、ここでっ! 魔王様を殺して見せる。


「では、遠慮無くいかせて貰います」


 俺は一言、そう言って、さっと、キャラメルのお菓子を懐から取り出して放り投げた。


「おおお!! こっ、これはっ!! 洋菓子店ローズベルの朝限定100個しか売らない幻のお菓子! 禍々ミルクキャンディ! キャラメル味っ! 絶対、手にいれるのじゃぁっ!!」


 パシッと、手をあげて視線でそれを追いかける魔王さまに向かって、俺は剣を振り下ろした。

 完全なる死角に入っていた筈だが……


「残念じゃったのう、レイド。キャラメルも、勝負も妾のものじゃ。さぁ、妾に5百万円寄越すのじゃ!」


 いつの間に背後に立たれていたのか、魔王さまは片腕で俺を押さえつけてもう片方の手を使い器用にキャラメルの包みを剥がしてそれを召し上がる。


 魔王ともあろうお方が部下に関節技を決める。一時期はまっていたプロレス技を使用するのは断固禁止にして欲しい!“体勢を取るのが酷く難しくて困る”


 第一、あなたが、それをやると洒落にならないでしょう、魔王様。


「イダダダダダダ!!!」


 声をあげる。これは本気で殺しにきている。“目が”そう言っている。バタバタと醜く足掻いて


「ギブ、ギブ、ギブ! 流石に耐えられません、魔王様!!」


 と、情けない声を上げれば瞬間、魔王様の何かを期待する様なその目が俺を射貫く。


「そんな物欲しそうな顔をされても、もう、キャラメルはありませんよ」


 俺の言葉に残念そうに魔王様の顔が歪んだ。


「そうか……なら、仕方あるまいの」


 ちらちら、と此方を見てくる姿のなんと鬱陶しいことか。




 ルーレットがまわる


 針がとまる。


 盤上で4つの駒が進んでいく、進んでいく


 ――その繰り返し。


「嘘じゃ、嘘なのじゃ! 妾のお金がっ!!」


「まさか、10億円川に落とすイベントがあるなんてぇ。

 魔王様、気落ちしないでぇ~」


「一気にマイナス9億円ですな、魔王殿」


「1億1千万持ってたから正確に言うなら8億9000万だな。」


「レイド、レイドっ! 何故じゃ、どうしてお主の運は“いつも”そんなに良いのじゃ」


「日頃の行いの違いです、魔王様」


「ああ、嘘でしょぅ~。蜥蜴ごときにわたしが殺されるなんてぇ!!

 あり得ないわぁ~! ホログラムで戦わせて貰えることも出来なくて何が死亡よぉ! 

 これを書いた奴絶対性格悪いわぁ! 断固反対っ! やり直しを要求するのぉっ!」


「おや? そのような制度があるのですかな?」


「無いに決まっておろう! ルルよ、残念であったな! 3つしかない死亡イベントを引くとは! お主はゴールすら出来なかった! よって、4位じゃ!! 最下位じゃっ!」


「ほぼ9億もの負債を抱えた魔王様に言われたくないわぁ~」


「何か言ったか?」


「いいえ~」



 白熱していく。


 どこまでも周りを巻き込んで


 魔族の一生なんてものを疑似体験。


 赤ちゃんで生まれて産んだら産みっぱなしで育児放棄が当たり前のこの世界。

 親から見放されて弱肉強食の世界に一気に放り出される。

 戦って、戦って、生き残りをかけて。蹴落とし、踏んで、高みを目指す。


 それは魔をもって生まれたものなら当然としてあるべき“本能”


 上へ、上へ、もっと、上へ。


 遙かな高みへ。


 誰よりも強く。


 ――強く。



「……レイドの勝ちじゃ」


「レイド殿、流石でござるな」


「最終的な運用資金20億ってあり得ないでしょぉ~」


「俺くらいになるとこれくらい容易いものだ」


 ばらり、と自分の持っていた金を広げて置けば、ルルが俺を見て


「嫌な奴ねぇ! 絶対、あんたがこの人生ゲームの開発者でしょぉ~!」


 と声を上げる。


「むぅ! 最強である筈なのに妾がまた勝てなかったじゃと! 一体、どういうからくりを使っておるのじゃ、レイドよ! ずるしておるじゃろ!」


「別に何もありませんよ。そもそも、このゲーム“運”でしょう?」


 ルーレットを回す。


 針が止まる。


 書かれた数字に従って駒を進める。


 ただ、それだけのもの。


 金に換金されて消えかけているドラゴンのホログラムに寂しそうに別れを惜しむ魔王様をみながら俺は小さくため息を吐く。


 嗚呼、もうすぐ、一番嫌な時間がやってくる。


 ゲームが終わった。ソレすなわち、今日も一日が終わるということに他ならない


 楽しい時間はあっという間に終わる。


 そうでしょう、魔王様……。



「さぁ。じゃぁ、片付けましょぉ~!」


「むっ、妾はまだ勝ってないぞ! もう一戦じゃ! もう一戦じゃ!」


「ゲームのやり過ぎはよくないと聞いたことがありますぞ魔王殿」


「待つのじゃ! 待つのじゃっ!!」



 窘める様に声を上げるルルとポン太君に慌てる魔王様。


 “いつもと同じ見慣れた光景”に俺はひとつ、音なくため息を溢したあと。


 レイド……!


 と、縋るように此方を見つめてくる魔王様に笑う。


 そうして、いつものように、変わらずに。


 同じ言葉を繰り返す。


「流石に終わりにしましょう、魔王様。

 もう、あなたの我が儘は充分に聞いたでしょう?

 まだ、人間界への侵略も出来ておりません」


「……っ!」


「明日には、約束して下さい。魔王様。必ず、人間界へ侵略すると」


 俺の言葉に魔王様は此方を真っ直ぐに見て目を大きく開けて


「……そうじゃな」


 と、諦めたように声を溢したあとくしゃり、と笑顔を溢した。


 いつものことながら、笑えてない不細工な笑顔ですね、という言葉は内心で留めるだけにした。


 ああ、ほら、もう……。


 ――じかん、だ。


 魔王様のその言葉を合図にして視界から色々なものが消えていく。

 人生ゲームのホログラムで映し出された世界がそっと消えていく。


 次いで、ルルが。


 何事もなかったように、笑っていたルルが、その痕跡を一切残さずに消えた。


 次に、ポン太君が。


 「魔王殿!」


 と言いながら今の今までその頭を撫でてた筈のポン太君が、ブン、と残像の様に揺らいで消えた。


 そうして、その次は、俺だ。


【嫌な奴! 絶対、あんたがこの人生ゲームの開発者でしょぉ!】


 先ほどのルルの声が耳に残ってこびりつく。


 そうだ、この人生ゲームは俺が作って魔王様にお渡ししたもの。


 まだ、幼かった。

 生まれて間もなかったこの方にお仕えしたときに。



【のう、レイド。父様は妾のことには興味がないのじゃろうか】


【魔物の本質はいつでもそうです。戦って、戦って、自分の価値を高めていくのみ。

 そこに他に関する関心など一切持たないし、必要ない】


【のう、レイド。それならば妾も戦って、強くなれば認められるのじゃろうか】


【それこそが、魔物というものですからね。あなた様は、次期、魔王です。強くなり挑み、殺し、最強になって高みを目指す。これが我らの本質ならば、そこからは絶対に逃れられないでしょう。……その過程で魔物というものは自然についてくるのです】


【そうか。ならば、妾は、頑張らないといけないの。誰にも負けず、蹂躙し尽くして妾は強くなるのじゃ! 父様に認めてもらえるように。一番になる。……じゃけど、友達という者がおらぬのは少し寂しいのう】


【人間界に人生ゲームという物があります。それを今、軍の費用の足しにするために魔界で売り出そうと画策しているのですが、シンシア様にひとつ、あげましょう】


【じんせいげーむ?】


【最新鋭のホログラムを駆使してまるで無いものを有るように見せかける技術を使っております。これから先、あなたが魔界で歩むための勉強も出来ますし、イベント次第では強くなるためのいい勉強になりましょう。

 きっとあなたに役に立つはずです。

 それにこのゲーム複数人じゃなければ出来ない仕様ですから。王城にいる誰かを捕まえて一緒にやってみたらいかがですか?……友人とやらを作るのにいいかもしれません】


【そんなものがあるのか? それは、楽しみじゃの! 早くやりたいのじゃ!!】


 最初は、ただの戯れだった。

 産むだけ産んで誰にも見向きもされない王の落とし子。


【ソレヨリ、今日ノ高イ高イハ、シナクテモイイノデスカナ?】


 隣でオンボロの片言で喋る縫いぐるみ代わりの“高い高い”という同じ挙動を繰り返すしか出来ないゴーレムを与えられただけの子ども。


 身勝手で自由に生きる魔族にはよくありがちな事だ。


 俺がこの方に初めて仕えた時にもそう、ただ給料が良かったから。それだけのこと。


 当時の魔王様に何かあるなんて、誰もが考えていなかった。だから、この方は念のためにと生み出されたパーツに過ぎない。

魔王になった時点で不老で死ぬことはあり得ない。ただ、不死ではないから誰かに殺されれば死ぬことは出来る。

それでも誰もが魔王様が無敵であることを疑いもしなかった。


 だからこそ、勇者に当時の魔王様が殺されて、激震が走った。


 それ以降、父の跡を継いで王になることを決められた、この方にずっとついてきた。


 その過程でハーピーのルルが、そして何も出来なかったゴーレムが。この方と共に戦う内にめきめきと頭角を現し強くなった。


【殺す必要はあるのじゃろうか。人間と手を組んだ方が面白そうじゃ】


【魔族がそのようなこと、口が裂けても言ってはなりません。そもそも、人間とは相容れぬもの。そういう風に出来ているのです。いつか、勇者があなたを狙ってやってくるでしょう】


【じゃが、人生ゲーム。あれが妾は大好きじゃ。あれのおかげで興味を持った近しい子どもと友達になれた。ああいうのも、元々は人間が生み出したものであろう?】


【強く、強く、誰よりも強く。高みを目指すことのみが魔族に課せられた使命です。

 あなたは確かに強くなられた。けれど虎視眈々とその座を狙う物は、魔族の中にも沢山いるのです。

 自分が最強であると示したい輩が。あなたの敵は人間だけじゃない、魔族の中にも潜んでる。

 ……そうして、最強を諦めたものだけが強い物につくのです。】


【ならば、レイドは最強を諦めたのか?】


【……いいえ、隙あらば魔王様をも殺してみせましょう。ですから、どうか、あなたは俺に殺されないように強くなることですね】


【いつでも妾のことを殺せるくせに詭弁じゃのう、レイド。

 倒して、倒して、殺すだけなんて。……そんなの、つまらないのじゃ】


 あなたはいつしか誰よりも強くなられた。もう、とうに俺の力も及ばぬ程に。


 ゆるり、と自分の身体が薄れていく。

 目の前にいる魔王様を見れば無表情で此方を見ている。


 嗚呼、あなたの言う通りでしたね、魔王様。


 倒して、倒して、殺して。


 一体、それであなたに何が得られたのでしょう?


 気付くのが遅れてしまって。取り返しがつかなくなって、俺は魔王の副官としては最低でしたね。


 ここで、俺が口を開けば、明日からの未来が変わるだろう。


 だから、俺はいつも通り、迷いに迷った末に口を閉ざす。


「おやすみじゃ、レイド」


 ふわり、とかかった声に目を瞑った。


 そんなことを、しなくても。

 もうすぐ消えてしまうのに。


 さらり、と溶けていく自分の身体が風に乗った


 意識はそこで、ぷつり、と消えた。



 **********************************



 おはようの挨拶も、特に俺らには必要ない


 浮上する意識に、終わりを見いだせず。


 ――また、一日が始まる。


「暑いのじゃ」


 今日も魔王様が畳の上で、ごろごろと寝転がりながら。暇を持て余している。どこから、取り出したのか扇風機という人間が作った機械を取り出して。


「あーー」


 と、声をあげては声変わりした! と言い張るその行為を楽しんでいる。


「見るのじゃっ!! レイド! これが、声変わりというものよ!」


「魔王様、それは声変わりではありませんよ」


「……じゃがっ、声が変わっておる! 妾の麗しのボイスがしわがれたぞっ」


 一語一句、昨日のそれと違わぬ言葉を吐き出す俺に、この方が一瞬だけ浮かべた悲哀の色を見なかったことにした。


 じっと、魔王様の瞳が俺を見ている。


 いつもと変わらず同じ言葉を出すことによって、いつもとは違う言葉が俺から漏れるんじゃないかと期待している。


 そうして結局変わらない毎日にこの方はいつだって絶望する。


 なぞるように、トレースするだけの毎日。


 だって、そうだろう?

 1日、1日、時ばかりが確実に進んでいくのに、やってる事は昨日と全く同じ。

 毎日それは変わらない。もしも変わることがあるとするならば、それは魔王様の挙動とルーレットで“運”が絡む“人生ゲーム”の時のみ。


 もう、何度も何度も繰り返し。“魔王様が勇者を殺し人間界を滅ぼして”しまったあと。


 その“前日”に行ったやり取りをこうして繰り返し続けている。


 俺がそのことに気付いたのは魔王様にとってどれくらい時間が経ってからだったのだろう。


 ある日、突然芽生えた自我。状況把握をするのに時間がかかった。


 俺は確かに死んだのだ。あの日、人間界を滅ぼすために。魔王軍の全勢力で立ち向かった末に。


 そして、それは俺だけじゃなかった。人間界も魔界も全てが塵一つ残さず、綺麗に崩壊して……。


【レイドっ! 嫌じゃっ! 死ぬ、なっ。お主まで死んだら妾、どうしたらいいのじゃ】


【泣かないで下さい、魔王様。……嗚呼、これで、世界の全てがあなたの物です】


【……とう、にっ、ほんとう、にっ、こうしなければ、いけなかったのじゃろうかっ!

 わらわ、わらわのっ! 大切なものぜんぶ、失ってま、でっ……! のう、レイドっ! 分からぬのじゃっ! 答えて、くれぬかっ! 頼む、っ、レイドっ】


【これで、良かったのです、まお、さま……】


【れい、ど……】


【どうして、そんなに悲しい顔を、してるの、です、か?】



 誰も、彼も、いなくなった世界で、俺は最期にあなたの涙を見た。


 ――最期の俺のその言葉は呪縛だった



【あなたが……一番になることこそ、魔族としての最上級の、誉れではありません、か】


 この方を、この世に縛り付ける、呪いだった。





 それから、どれくらい、経ったのか。


 俺が作った“人生ゲーム”のホログラムを転用して魔王様が荒れ果てたこの地で一人お人形遊びをされていることに気付いたのは本当に何がどうなってそうなった結果なのか俺にも分からなかった。


 魔王様がどういう原理でそれを応用されたのか分からないが“人生ゲーム”は充電器と同じだ。それをしている間は俺らは普通に動けるが。“人生ゲーム”が終わればほんの少し動けても電池が切れたように消える。


 それを防いで次の日も俺らが普通に動ける様に魔王様は“人生ゲーム”が終わったら即刻、俺らをシャットダウンし、手動で消される。


魔王様が人間界を滅ぼしてしまうその前日をゼンマイを回して動く壊れて狂った玩具のように毎日毎日同じことを繰り返してる。


ただ唯一、“運”が絡む人生ゲームの時だけは魔王様の記憶が反映されるのか、“俺等”の挙動が変わるのだ。

直ぐに分かった。その一時を、この方は何よりも大切にされていた。


 自分の状況を理解して、次いで魔王様の状況を理解して。あまりにも酷い状況に俺は嗤った。


 この世界で唯一、“この方だけが”死ねなかったのだ。


 誰一人いなくなってしまった世界の、なんて、孤独なことだろう。


 ハーピーのルルを、ゴーレムのポン太君を、記憶を頼りに呼び出しホログラムの映像として再構築する。


 “映像”なのだから。当然、触れあうことすらままならない。


 高い高いをするポン太君に抱かれる魔王様が“その背にある羽”を必死に羽ばたかせて自分でその状況を維持されていることも。


 その状況をホログラムである俺たちは何ら不思議に思わない。


 ……だって、自我なんて何一つ、そこに存在しないのだから。


 全てを手にした世界の中で、全てを失ってしまわれた、自分では絶対に死ねない孤高の王。


 魔王様の俺の記憶が意識を持って一人でに動き出したと。真実を言ってしまえばこの方は確かに孤独から解放されるのだろう。


 だけど、もしも俺の意識が何らかの現象で再びこの世界から消えてしまったら?


 そうなった時、ぬか喜びさせた魔王様を今以上の孤独にさせることは間違いない。


 だから、毎日迷った末に、俺はソレを言うことをいつも取りやめて。

 魔王様の記憶通り、“人間界を滅ぼしてしまう前の”俺を演じる。


 そうして、今日もホログラムの俺に出来るはずも無い魔王様を“殺す”ことを夢に見るのだ。



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