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09.王子様は彼女のことを考える①

王子様視点です。

 女子寮の手前までリージアを送り、そのまま王宮へ戻ったユーリウスは騎士団宿舎の一角へ足を運んでいた。


「この眼鏡のフレームを新しくしたいのだが、出来るか?」


 頭にタオルを巻いた初老の鍛冶職人は、油で変色した手袋を外し眼鏡を受け取った。


「ほぅ、これは変わった眼鏡ですね。ふぅむ、この大きさは女性物ですか。この魔石も手の込んだ、特殊なもののようですね。殿下自ら修理依頼にいらっしゃるとは、もしやこれは大事な方の持ち物ですか?」


 ニヤリと鍛冶職人は意味深な笑みをユーリウスへ向ける。


「余計な詮索はするな。出来るか出来ないで答えろ」


 眉を吊り上げるユーリウスへ「失礼しました」と職人は肩を竦めた。


 昔から王子だからと自分を特別扱いせず、いつも調子の良い言動をする鍛冶職人のことをユーリウスは苦手だった。

 苦手な相手でも腕は確かだ。直すとリージアに言ってしまった以上、彼に修理を頼むしかない。


「殿下、追加したい効果があれば付与しておきますよ」


 口元に手を当てたユーリウスは、どうしたものかと考える。

 ポスターを破損させたB組男子生徒の様子は明らかに異常だった。

 今は少し大人しくなったとはいえ、メリルが逆恨みから二度リージアに危害を加えようと動くかもしれない。


「……では、持ち主に危害が加えられた時は、私に伝わるようにしてほしい」

「ひゃあ~殿下、余程大事な子なんですねぇ、あーすみません」


 ユーリウスに睨まれた職人は、笑いながら頭を下げて平謝りする。


(腹が立つが仕方無い。此処にしか頼めないしな)


 勘違いされるのは腹が立つが、仕方無いと自分に言い聞かせる。

 決まった相手がいないユーリウスは新聞や雑誌記者達の格好のターゲットであり、彼の記事や姿絵が載った発行物は飛ぶように売れる。

 そのため、勘繰った話を記者へ流される可能性もあり、下手に城下町の店には修理を頼めない。


「探索魔法を魔石に付与するのには時間がかかります。完成は明後日までみてください。出来上がりしだいお届けします」

「ああ、頼むよ」


 辺りは夜の帳が下り薄暗い。今から寮に戻るのは面倒だと、ユーリウスは王宮の自室へ向かった。




 窓からユーリウスの背中を見送っていた鍛冶職人は、眼鏡のフレームを指先でなぞる。


「魔力抑制の魔石を組み込んだ眼鏡に探索魔法付与をねぇ。堅物殿下にも、ようやく気になる女の子が出来たのかねぇ」


 第一王子でありながら王妃に疎まれていた彼は、幼い頃から騎士団の鍛練場で傷だらけになっても泣き言一つ言わず鍛練を続けていた。

 そんな彼を我が子のように見守っていた職人は、嬉しそうに笑った。




 騎士団宿舎から久々に王宮の自室へ入ったユーリウスは、王宮の居心地の悪さに早くも辟易していた。


(夕食は……部屋でとるか。疲れている時に、義母上や弟達と顔を合わせるのは億劫だ)


 静まり返る室内の中、ユーリウスの溜め息が響く。

 椅子に腰掛け侍従を呼ぶために、テーブルの上へ置かれた呼び鈴を鳴らした。


 やって来た侍従へ夕食を部屋で食べると伝え、椅子の背凭れに凭れ掛かる。

 ワゴンを押して入室したメイドが、テーブルを整えていくのを横目に、ユーリウスは目蓋を閉じた。



 ユーリウス・ルブランは国王と前王妃との間に生まれた第一王子だ。

 生みの母は出産時に命を落としてしまい、現王妃となった継母と国王の間には13歳の第二王子と10歳の王女が生まれた。

 本来ならばユーリウスが王太子に選ばれるのだが、現王妃の実家である公爵家や神殿からの圧力で、学園を卒業し成人となるまで王太子の発表を先延ばしされている。

 自分の子を国王にしたい王妃と彼女の実家の公爵家、他の貴族との権力争いに巻き込まれ、事故という形で婚約者を失った経験を持つユーリウスにとって、王宮は陰謀渦巻く場所。

 父親が守ってくれなければ、生きてはいけなかっただろう。

 生き延びるため、王太子に選ばれるためには、全ての者を黙らせる完璧な王子でいなければならない。



「準備が整いました」

「ああ」


 目蓋を開けば、学園の学食とは比べ物にならないほど豪華な品々が並ぶ。

 テーブルに並べられた夕食は、念のために浄化魔法をかけてから口へ運んだ。


(一人で食事をとり王宮に寝泊まりするのは、父上に呼ばれたあの日以来か)




 ***



 

 約五ヶ月前、火急の用件だと学園から王宮へ呼び戻されたユーリウスは、国王の執務室に居た。


「編入生、ですか?」


 執務机に片肘をついた国王は大仰に頷く。


「光属性持ちだと神殿が正式に認めた令嬢だ。ウルシラ男爵がメイドに生ませた庶子だったが、光属性に目覚めたため半年前に男爵家へ迎え入れられた。神殿曰く、令嬢は聖女になれるほどの魔力持ちらしい。まあ、あわよくばユーリウスの婚約者にという目論見もあるだろうな」

「父上、まさか私にその令嬢の面倒を見ろと?」

「いいや、神殿の息がかかった者をユーリウスと同じクラスに編入させたら、他の貴族達が騒ぐだろう。そなたを失脚させようとする王妃の策略かもしれぬしな」


 思わずユーリウスは苦笑いしてしまった。

 生みの母親と父親は、幼い頃から親交を深め婚姻したと聞いている。

 現王妃とは政略で結ばれた婚姻。

 二人の子を成していても愛情は無いらしい。


「ただし、放置は出来ぬ。適度な距離を取りつつお前が見極めるのだ。我が国に有益な、聖女と成りうるような娘なのかどうかを」

「分かりました」


 父親からの命令とはいえ、一人の女子に肩入れするのは面倒だという思いから、編入生の世話は同じB組に所属するマルセルに託した。

 後に、これは失敗だったとユーリウスは後悔することになる。



 男爵令嬢が編入した日の放課後、マルセルが生徒会室へ連れてきたのはピンク色の髪と空色の瞳という、ユーリウスから見ても目立つ色彩を纏った令嬢だった。


「殿下、こちら編入生のメリル嬢です」

「メリル・ウルシラでございます。よろしくお願いします」


 頭を下げた際、メリルの揺れた髪から広がる香りが鼻腔を擽る。


(甘い、香り?)


 花の香りでも砂糖菓子でも無い甘ったるい香りは、メリルが去った後も暫くの間生徒会室に残っていた。




「ユーリウス殿下! こんにちは!」


 合同授業は仕方無いとはいえ、昼食休憩時や生徒会室へ向かう廊下、休日の鍛練場などでメリルと会う回数の多さに、最初のころは偶然かと思っていたユーリウスは徐々に疑念を抱いていく。


(何だ、これは? 偶然にしては、多すぎる)


 視察や式典等でも偶然メリルと出くわすのは、公務の情報が漏れているとしか考えられない。


 同時期、生徒会の仕事を疎かにし始めたマルセルに事情を訊きに行っても必ずメリルが現れる。

 学園内では魔法が発動出来ないように結界が張られている。

 魅了や精神へ干渉する魔法は使えない。魔法で無くとも、この甘ったるい香りはおかしいと危機意識を抱いているのに、メリルが近くに寄ると彼女から香る甘い香りに思考が鈍くなっていく。

 勉学以外に、ユーリウスには生徒会の仕事と王子の執務があるのだ。

 毎日のように“偶然”出会うメリルの話に付き合っている暇は無い。

 ただでさえマルセルに追随するように、ルーファウスまで生徒会の仕事を疎かにし始めたのだ。


 メリルにかまけて勉学を疎かにするわけにはいかないと、自身を叱咤しても彼女を強く拒めなかった。


 精神的に疲れていたあの日、学則を破り中庭の片隅に魔石を使用した結界を張り、ユーリウスは仮眠をとっていた。


 ガッ! バタンッ!


「きゃっ、とっと!」

「ぐあっ!!」


 伸ばした足に躓き転倒した何者かの膝が脇腹に入り、ミシッという鈍い音がユーリウスの耳へと届く。

 脇腹に走る激しい痛みに、寝転がっていたユーリウスは体を跳ねさせ悲鳴を上げた。


「す、すみませんっ、ああぁっ?!」


 転倒し地面に強か打ち付けた鼻を押さえ立ち上がった女子生徒は、脇腹を押さえて呻くユーリウスを確認した途端、驚愕のあまり目と口を大きく開けた。


「もっ申し訳ありませんっ!」


 打ち付けた鼻を赤くした女子生徒は、瞬時に正座をして地面へ額を擦り付ける。


「お前っ、いきなり、なんなんだっ」


 痛みに呻いていたユーリウスは痛む脇腹を押さえ、緩慢な動きで起き上がった。

 汗だくの額に貼り付いた金髪を震える指で払う。


「申し訳ありません殿下! これはその、事故なんです」


 膝蹴りされた脇腹は呼吸をするだけで激痛を訴え、ユーリウスは頭を下げる女子生徒を睨む。


(なに、これは?)


 痛みに顔を歪めたユーリウスは息を吸い込み気付く。

 体にまとわりついていたあの甘ったるい香りは、いつの間にか霧散していた。


「本当に本当に本当に、申し訳ありませんでした!」

「いや、もう謝罪はいい。こんな場所で息抜きをしていた私も悪かった」


 必死に謝る女子生徒に若干引きつつ、ユーリウスは外向きに作った完璧な王子の笑みを浮かべ、身を屈め手を差し伸べた。

 差し伸べられた手を反射的に女子生徒が掴むと、軽い力で引き上げて立ち上がらす。


「名前は?」

「へっ?」

「君の名前は、何というのだ?」


 女子の名前を聞くなど、普段は勘違いさせる危険があるため絶対にしない。

 この時だけは何故か、名前を知りたくなった。


 コクリ、唾を飲み込んだ女子生徒は震える唇を開いた。


「リージア・マンチェストでございます」

「マンチェスト? ああ、マンチェスト伯爵令嬢か」

「何故……」

「マンチェスト伯爵家の次男は騎士団に、三男は三年生に在籍しているだろう。それと、ロベルトが話していた。今時珍しいくらい地味な子と友達になった、と」


 ぽかんと口を開けているリージアの顔を、彼女より頭一つ分以上背の高いユーリウスは見下ろす。


「だが、そこまで地味には見えないな」


 顔立ちに幼さが残り小柄なリージアは、アプリコット色の長い髪を三編みにまとめた一見地味な装いをしている。 

 だが、エメラルドグリーン色の大きな瞳には彼女の感情が素直に表れており、小さくて可愛らしい印象を受けた。


 身を縮めたリージアは片手で顔を触って、キョロキョロ周囲を見渡す。少し離れた植え込みの根本に、眼鏡が転がっているのを見付け安堵の表情を浮かべた。


(動きがまるで、リスか、ウサギ、小動物のようだな)


 彼女の何処が地味だと言うのか。

 多くの女子生徒とは異なりユーリウスを慕い媚を売るでも無く、側に居るのに戸惑い涙目になっているリージアを見下ろして口元が綻ぶ。

 久しく学園内で得られなかった、穏やかな気持ちになって彼女を眺めていた。



「ユーリウス殿下~!」


 中庭に響き渡るくらいの大声でユーリウスの名前を呼ぶ女子の声が聞こえ、リージアはビクッと肩を揺らした。


「チッ」


 眉間に皺を寄せたユーリウスは険しい表情で中庭の方を見れば、木々の隙間から鮮やかなピンク色が見えた。


 穏やかな一時の邪魔をされた、そんな思いからつい舌打ちが出てしまう。

 極々親しい者以外の前で舌打ちなどしないのにと、乱れた髪を手で掻き上げ、脇腹の痛みで小さく呻いた。



長くなったので、次話に続きます。

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