04.モブ令嬢は隣国へ向かう①
連休前日、学園寮の外には多くの馬車が待機して、実家か王都にある屋敷へ帰る生徒の荷物を積み込んでいた。
リージアもメイド達と共に寮から屋敷へ向かい、事前に用意してもらっていたオベリア王国へ向かうための荷物を確認して、旅行鞄に詰め込んだ。
以前、ユーリウスから贈られた手鏡を手にして、リージアは鏡に映る自分の顔を見詰める。
鏡に映る顔は、疲れた表情をしていた。
(続編はもう無いと、イザーク様に確認したから大丈夫。この展開は、ゲームとは関係ない。もうゲームの強制力は無いし、新たなヒロインもいない。オベリアに行っても何も起こらないわ)
自分自身に言い聞かして、深呼吸をしてから手鏡を巾着袋に納めた。
翌日、屋敷の玄関ホールへ向かったリージアを待っていたのは、徹夜で仕事を片付けてきたというブルックスだった。
「おはよう」
眠そうに目を擦るブルックスは手ぶらで、彼の側に立つ執事も鞄を持っていない。
「お兄様、荷物はどうしたのですか?」
「まだ馬車は来ていないよ。俺の荷物は全部、コレの中に入れてある」
ジャケットのポケットから黒色の巾着袋を取り出す。
「この中に入れてある?」
ブルックスの手のひらの上に乗った巾着袋を見て、リージアはハッとした。
(色々な物が入る袋って……なんだか懐かしいわ)
目を凝らして見れば、袋が微かに魔力を帯びているのが分かる。
薄れかけた前世の記憶に、便利な未来の道具を収納しているポケットが登場する物語があった。
どういう仕掛けか分からないが、便利なポケット同じ四次元空間が巾着袋の中に広がっているのだろう。
「コレはまだ研究途中だから、リージアの荷物は入れられないけどね」
「お兄様って、変わっているけど凄い人ですね」
興味があることには寝食を忘れるほど没頭するブルックスは、マンチェスト伯爵家の利益など全く考えず研究への探求心のみで、四次元袋を作成したのだろう。
探求心からだと分かっていても、商品化に成功したら全世界に衝撃を与え様々な国から注文が殺到するはずだが、残念ながら富と名声に無頓着な兄は自分の価値など全く理解していない。
「それは褒めているのか?」
「ええ」
眉間に出来かかった皺を人差し指で伸ばして、リージアは作り笑顔だとわかる笑みをブルックスに向けた。
「いらっしゃいました」
屋敷の外で待機していた使用人が、王宮から馬車が屋敷の門を通過したことを告げ、見送りに集まったメイド達が動き出す。
馬車が到着する前に、リージアとブルックスは玄関から外へ出る。
玄関前に停車した長距離移動用馬車の扉を御者が開き、中から降りて来たユーリウスの金髪が朝日で煌めいているのが眩しくて、リージアは目を細めた。
「ユーリウス様、おはようございます」
「リージア、ブルックス、おはよう。昨夜はよく眠れたか?」
「はい」
「リージア様」
名前を呼ばれて振り向いたリージアに、金髪を三つ編みにした長身の騎士を先頭にして数人の騎士が歩み寄る。
「第二騎士団のオーギュスト・ラングットと申します。我ら第二騎士団が御守りいたします」
胸に手を当てて一礼する騎士達に、リージアは目を瞬かせる。
オーギュストと名乗った騎士は、面と向かって話すのは初めてだが見覚えがあった。
(国王陛下の生誕祭で庭園に出た時、酔っぱらった男性に絡まれた女性を助けていた方ね。ユーリウス様が「敵わない」と言っていた剣技に長けた第二騎士団副団長。そして、続編の攻略対象者)
前作、続編の攻略対象キャラクターでリージアと同じく転生者のイザークに教えてもらった情報では、オーギュストは続編の攻略対象キャラクターだった。
数多の女性を虜にしているという噂通り、整った顔立ちと第二騎士団副団長という肩書、大人の魅力を併せ持つオーギュストに微笑まれたら多くの女性は心をときめかせてしまうだろう。彼の情報を事前に知らなかったら、リージアもきっと緊張していた。
「よろしくお願いします」
「このオーギュスト、全身全霊でリージア様を御守りします。リージア様、失礼します」
身を屈めて床に膝をついたオーギュストは、リージアの手を取ると手の甲に触れるだけの口付けを落とした。
「オーギュスト!」
「もちろん、殿下も御守りしますよ」
流れるような動作で立ち上がったオーギュストは、眉を吊り上げたユーリウスの怒りを涼しい顔で受け流す。
(以前感じた印象通り、オーギュスト様は軽い性格をしているのね。ユーリウス様とも親しいようだし、オベリア王国までの道中は賑やかになりそう。あら? 第二騎士団に所属しているお兄様はどうしたのかな?)
荷物を馬車に運ぶ使用人を手伝う騎士達の中に、次兄スタックスの姿は見当たらない。
「スタックス兄さんなら来れないよ。義姉さんの悪阻が酷くて、医師から絶対安静を指示されたからね」
「えっ! お義姉様は懐妊されたの!?」
欠伸をするブルックスの言葉に驚き、リージアは大きな声を上げた。
「言わなかった?」
「聞いてない!」
「あー悪い。言ったと思っていた」
悪いとは思っていないだろう態度のブルックスをリージアは睨む。
「兄さんが来なくても、護衛騎士と第二騎士団がいれば十分だろう。殿下達もいるし、あの教師も護衛でついて来るんだろ」
「教師、ガルシア先生のこと?」
一年前まで闇ギルドに所属していたゲームの隠しキャラ、攻略対象キャラクターの一人だったガルシアは、学園での教師の仕事以外に王弟配下の暗部の仕事もしていた。
敵になると恐ろしい彼が護衛についてくれるのは心強い。
「俺もそれなりに戦えるし、リージアとイザベラ王女くらい守れる。連休の旅行だと思って楽しもう」
頷いてからリージアは目を瞬かせて、ユーリウスと話を始めたブルックスの横顔を見上げた。
(お兄様、さらっとイザベラ王女って言ったわね。イザベラ様がお兄様に恋愛感情を抱いていることは知っているけど、お兄様もイザベラ様のことを好意的に思っているの?)
変わり者の兄が研究以外の事、人に興味を持ったのは良いことだが、ブルックスには婚約者がいる。応援してもいいのかと、リージアは複雑な気持ちになった。
荷物の積み込みが終わり、玄関前には屋敷の使用人達が見送りのために並び始める。
「お嬢様のことをよろしくお願いします」
「はい。お任せください」
普段、寮でリージアの世話をしている二人のメイドは、目を潤ませて女性護衛騎士に頭を下げていた。
「では、行こうか。イザーク達は城壁の門前で待っている」
「はい」
見送る使用人達に手を振っていたリージアは、隣に並んだユーリウスと共に馬車に乗り込んだ。
早朝の大通りを走り抜け、城壁門の前で馬車は停止する。
城壁門の前には、高速移動用の馬車とオベリア王国の騎士だと分かる護衛数人が待っていた。
馬車が完全に停車すると、先に待っていた馬車の扉が開き、中から軽装のイザークが降りて来る。
イザークの命で、御者が馬車の扉を開く。
「ユーリウス、リージア、ブルックスおはよう。オベリアまで、俺の馬車が先導する。それとだな、ユーリウス……」
「はっ?」
苦笑いで言うイザークからの提案を聞き、ユーリウスは素っ頓狂な声を上げた。
城壁門を通り、王都の外へ出て走り出した馬車は先ほどまでとは違い、ほのかに花の香りに満ちていた。
リージアの向かいの席に座るのは、ユーリウスではなくイザベラと彼女の侍女の二人。
座面のやわらかさとカーテンの色等、先ほど乗っていた馬車の内装よりも華やかな車内に心躍らせるリージアとは違い、イザベラは眉尻を下げた。
「ユーリウス殿下と離してしまい、申し訳ありません。お兄様と長時間一緒にいるよりも、リージア様と二人で、女性だけでお話をしたくて我儘を言ってしまいました」
「お気になさらないでください。同乗者が同性の方が、長旅では気が楽な時があるでしょうから」
普段はあまり気にならなくても、長時間の馬車旅では男性に気を遣う場面もある。ユーリウスは察してくれても、ブルックスは口に出さなければ理解しないだろう。
リージアの返答に、イザベラは安堵の表情をうかべるが、すぐに姿勢を正した。
「リージア様、この度は父と第四妃の我儘のために、オベリアまでご足労おかけしてしまいすみません。オベリアにはルブラン王国とは異なった文化、魔道具があります。少しでもリージア様が楽しめて、ブルックス様の研究の役に立てばいいのですけど」
「ルブラン王国から出たことがないので、オベリア王国に行けるのが楽しみです。イザベラ様は、お兄様のことを本当に想ってくださっているのですね」
「え?」
「殿下」
ビクリと肩を揺らしたイザベラは、立ち上がりかけて侍女の声で慌てて座席に座り直す。
目を泳がせるイザベラの頬は赤く染まっていった。
四次元袋を開発できるくらい優秀なのに、他者の心、特に女心に全く気が付かないブルックスです。




