08.モブ令嬢は王子様に秘密を打ち明ける。
赤い塊からの一撃を受けた子爵令息は、地面に倒れたまま白目を剥き小刻みに体を痙攣させる。
「貴様等! 何をしているんだ!」
「……ジョージ先生?」
赤い塊、ではなく真っ赤なジャージがトレードマーク、角刈りの筋骨隆々の体育教師、生徒指導担当ジョージ先生。
悪鬼のように顔を真っ赤に染めて額に青筋を浮かべたジョージ先生は、気絶した子爵令息と青ざめる貿易商子息を視線だけで射殺さんばかりに睨み付けていた。
「校内での暴力行為は校則違反だ! 男二人がかりで女子に暴力を振るうとは、何とも卑劣な……私が現場を押さえた以上、言い逃れなど出来ないからな!!」
「ひぃっ」
ゴゴゴゴ! という効果音が聞こえてきそうなくらいの圧力を放つジョージ先生の怒号により、貿易商子息は竦み上がり地面へ座り込んだ。
「リージア!」
ジョージ先生に3分ほど遅れてやって来たのは、髪と息を乱したロベルトだった。
「ロベルトくん?」
名前を呼ばれ振り返ったリージアを見て、驚愕の表情となったロベルトは口を開けたまま固まった。
「おまっ、お前、リージアか?! えっ、あっ?」
「うん」と頷いた際に、緊張から解放されたリージアの右目から涙が一滴零れ落ちる。
「はぅっ?! 顔、赤くなっているじゃないか! 大丈夫か?!」
体を大きく跳ねさせ血相を変えたロベルトは、勢い良くリージアの両肩を掴んだ。
動揺したロベルトは手加減無しで肩を掴み、痛みで顔を顰めてしまった。
「ロベルト落ち着け」
背後から険を含んだ声が聞こえ、ロベルトの動きが止まる。
「わわっ、すまないっ」
「怪我を負ったのか?」
平謝りするロベルトの背後から、リージアの赤くなった頬を確認したユーリウスの片眉が動く。
「ただの掠り傷ですよ。かわしそこねて、眼鏡のフレームに当たって擦ってしまっただけです」
「眼鏡?」
額から汗を流し固まるロベルトから離れたリージアは、花壇の隅まで飛ばされた眼鏡を拾う。
「良かった、フレームが歪んだだけです」
眼鏡のフレームは歪んでしまったが、組み込んだ魔石とレンズが無事で胸を撫で下ろした。
大丈夫だと伝えたのに、ユーリウスは眉間に皺を寄せる。
「ジョージ先生、ロベルト、私はリージアを保健室へ連れて行きます」
「で、殿下、これくらい掠り傷、大丈夫ですよ」
焦ったせいで声が裏返ってしまった。
触れば少し痛む程度の掠り傷で保健室へは行きにくいし、ユーリウスと歩いている場面を誰かに見られてしまったら、その後が怖い。
まだメリルと遭遇する可能性もあるし、何より女子の反感を買ったら学校生活が非常に大変なものとなる。
「フッ、安心しろ。今の時間は校内に残っている生徒は私達くらいだ」
強張ったリージアの表情から、彼女の不安を読み取ったユーリウスは苦笑した。
「あの、殿下、怒ってます?」
人の気配がしない中央棟の廊下を、何故かリージアはユーリウスに手を握られて歩いていた。
保健室へ行くのを嫌がって逃げると思われているのか。
「ああ」
振り向くことなく前を向いて歩くユーリウスに、リージアの眉尻は下がっていく。
「すみません。話し合いで解決出来ずに応戦してしまいました」
「違う。そんなことではない。判断を間違えた自分に腹が立っているだけだ。リージアに行かせるべきでは無かった」
「えっ?」
ぶっきらぼうな答えとは違い、唇を結んだユーリウスの横顔は苦痛を堪えているようにも見えて、どういうことかは問えなかった。
薄暗い保健室の扉を開けたユーリウスは室内を見渡す。
「先生、は居ないか」
室内の明かりを灯して、薄ピンク色のソファーへリージアを座らせる。ユーリウスはようやく握っていた手を離した。
「此処ならば魔法が使える」
身を屈めたユーリウスは、擦りむけて赤くなったリージアの頬へそっと手を添える。
「あのっ、殿下、私は」
王子様を屈ませてしまった焦りから、今の自分が眼鏡無しの状態だと忘れかけていた。
制止の言葉を言い終わる前に、手のひらから回復魔法の黄緑色の光が放たれ、消えた。
「なんだ? 魔法が?」
驚くユーリウスは再度魔法を発動するが、発動途中で魔法が消えてしまう。
申し訳無くてリージアは俯いてしまった。
「申し訳ありません殿下、私に回復魔法は使えません。魔法を、無効化してしまうんです……」
「何だと?」
「私の生まれつき持っているスキルが、他者の魔力の無効化なんです。両親は無属性、と言っていました」
膝の上に置いた手の中にある眼鏡をぎゅっと握り締めた。
「魔力の無効化。そんなスキルがあるのか。いや、だからか……成る程な」
自分の手と俯くリージアを交互に見て、立ち上がったユーリウスはあっさり納得して頷く。
「無効化のスキルのことは、学園内の者は知っているのか?」
「いいえ。学園内で知っている方はいません。両親と鑑定した領地の神官、極一部の者しか知りません。何時もは眼鏡とピアスに組み込んだ魔石で無効化スキルを抑えています。今は、眼鏡が壊れてしまい抑えがきかなくなったみたいです」
「代わりの眼鏡はあるのか?」
「寮に行けばあります」
何故、ユーリウスは眼鏡を気にするのか。不思議に思い、リージアは彼を上目遣いで見る。
「そうか。では、この壊れた眼鏡は預かろう。怪我をさせてしまった詫びとして直させてくれないか?」
目を瞬かせるリージアの手から、壊れた眼鏡を素早く抜き取ったユーリウスはブレザーのポケットへ仕舞う。
「女性の顔に傷痕を残すわけにはいかない。絆創膏くらいは貼っておくか」
そう言ってユーリウスは指先を滑らせる。
頬を撫でられる擽ったさと恥ずかしさで、内心悲鳴を上げたリージアは距離の近さと触れられることに堪えきれず、目蓋を閉じてしまった。
(さすが王子様! こんなことされたら、私でも勘違いしてクラっと来ちゃうかも)
至近距離にいるユーリウスの香りを嗅がないよう、息を止めていたリージアにとって絆創膏を貼り終わるまでの時間はやたら長く感じた。
絆創膏を貼り終わり、口元に指を当てて考えていたユーリウスは、リージアの赤く染まった頬を見詰め口を開きかけて、閉じる。
数秒思案した後、息を吐いた。
「寮まで送る」
「えっ、一人で行けます」
誰かに見られる可能性が高い、女子寮まで送られたら大変なことになる。
何を言い出すのだとユーリウスを見上げて、驚いた。
「送らせてほしい。……すまなかった」
少し目を逸らしばつが悪いそうに言う彼は、とても周囲から評される“完璧王子様”には思えなかったのだ。
ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。
多くの方に読んでいただけて、感謝感激でございます。
タブレット用のキーボードを買いました。アドバイスありがとうございます。
今日で休みが終り明日から仕事始めのため、更新時間は夕方に変更します。ストックが切れるまでは、毎日更新でいきます。