【書籍化感謝SS】これは恋愛イベント? それとも?①
アイリスNEOより【雑用係編】を加筆して書籍化しました。
書籍については、一迅社アイリスHPか活動報告を確認してください。
*雑用係編後の話になります。
*視点が途中で変わります。
学期末まで残り二月となった頃。
生徒会長室の執務机に頬杖をついたユーリウスは、学園職員に紛れ込み警護に当たっている暗部からの渡された報告書を読んでいた。
「……ちっ」
ぐちゃり、舌打ちをしたユーリウスの指に力が入り、報告書を握り潰す。
無数の皺の付いた報告書を半分に折り、ジャケットの内ポケットへ仕舞い椅子から立ち上がった。
「殿下、どちらへ?」
「上だ」
侍従からの問いに短く答え、生徒会長室を出たユーリウスは階段を上り四階へと向かう。
「殿下、お待ちください。シュバルツ殿下から、事前連絡をするようにと言われています」
侍従の青年をチラリと見るが、ユーリウスは廊下を歩く速度は落とそうとしない。
「今更連絡しても遅い。それに、私達のことは気が付いているはずだ」
目的としている部屋の主に訪問連絡はしていなくとも、生徒会室よりも上へ向かう階段を上がる前にユーリウスの気配を察知しているはずだ。
トンッ、トントン
廊下の突き当りにある研究室の前で足を止め、リズミカルな動きでユーリウスは扉を叩いた。
ガチャリ
内側から扉を開いたシュバルツは、連絡無しでやって来たユーリウスを一睨みしてから部屋へ迎え入れる。
「ユーリウス……連絡無しに来るなと言ってあるだろう。毎回付き合ってやれるほど、私は暇ではないのだよ」
「すまない」
背後に立つ侍従に廊下で待つように指示して、ユーリウスは後ろ手で扉を閉めた。
「それで、何の用だ?」
「相談したいことがあるんだ」
「相談?」
硬い表情で頷いたユーリウスは、ジャケットの内ポケットから半分に折った報告書を取り出して広げ、シュバルツへ見せる。
「叔父上、この三年A組の女子達をどうにか出来ないか? 今までは多少のことは見逃していたが、最近の言動は目に余るものがある。メリル・ウルシラが退学した後、リージアに狙いを定めたらしい」
学園祭での騒動以前は、三年の女子達は学年が違うためかメリルのことを面白おかしく噂しても、表立った嫌がらせはしていなかった。
ユーリウスとリージアの婚約が正式に決定し、婚約式に向けて動き出した同時期に三年A組の女子達による陰口や嫌がらせが始まったのだ。
「……なるほど」
報告書に目を通したシュバルツは、婚約者絡みの用件かと苦笑いする。
「三年A組には王妃の従妹がいたな。昨年、入学したてのユーリウスを追いかけまわしていた女子だったか。ジョージ先生と指導したのは覚えている」
「そのエスメラード嬢がリージアのことが気に入らないと、取り巻きを使って嫌がらせをしているのだろう。リージアとの婚約は、まだ元老院議員達と一部の者しか知らないはずだ。嫌がらせの理由が俺との婚約だとしたら、エスメラード嬢へ情報が洩れている可能性がある」
「三年生はあと二か月で卒業だ。いくら何でも、大事になることはしないだろう」
卒業間際で指導を受け処罰された場合、卒業できても生徒自身と両親にとって大きな失態となる。
「そうだといいが……リージアが教室から移動する時に接近しようとしている。先日、エリアーヌ嬢と風紀委員が無人の二年C組教室へ入ろうとした三年A組女子に声をかけ、食堂で擦れ違ったリージアに足を引っ掻けようとした女子と、食堂でコップに入った水をかけようとした女子を護衛が止めた」
「教室侵入未遂の件はエリアーヌ嬢から直接報告を受けたよ。ただ、証拠不十分で見逃すことになった。教室棟への監視魔道具の設置を増やしているところだ。女子達が何か事を起こせば、私が直接指導しよう」
「……事を起こせば、か」
視線を下げたユーリウスは、ふと視界に入ってきた窓の外の光景にハッと息を飲み、大きく目を見開いた。
「あれは……」
部屋の窓から見えたのは、中央棟の裏手にある図書館側の噴水前で話し合いをしている、数人の女子生徒の姿だった。
見覚えのある三年A組の女子三人と、彼女達と向かい合っている女子は木の枝に隠れて後ろ姿だけで、頭部は見えない。
吹き抜けた風で揺れた木々の間から彼女の髪色、アプリコット色が見えた瞬間……「何故?」「護衛はどうした」などを考えるより、先に体が動いていた。
「リージア!」
「ユーリウス? どうした?」
窓の側に駆け寄ったユーリウスは窓を開け、窓枠に両手と右足をかける。
「待てっ!」
ダンッ!
シュバルツの制止の声を無視して、窓の外へ身を乗り出したユーリウスは勢いよく窓枠を蹴り、外へ飛び下りた。
***
(……どうしよう)
教室から出たところで三年A組の目立つ女子達に声かけられて、無視することも出来なかったリージアは心配する護衛の女性騎士に黙っているように頼み、指示された通りに彼女達の後ろを付いて歩き図書館横まで来ていた。
この呼び出しはおそらく、面倒なものだということをリージア自身も理解している。
まだ生徒が多数残っている教室棟から出て人気の無い図書館横まで移動し、これから何が起きるかなど想像はつく。
教室を出て廊下を歩いている時、擦れ違ったナンシーには目線で訴えておいた。
ただならぬ雰囲気に気付いたナンシーが、教師へ連絡してくれるのを期待するしかない。
一歩下がったところに、女性騎士が控えているから大したことは出来ないはずだと、自分に言い聞かせてリージアは前を向く。
(この方達は、エスメラード様の取り巻きの方々ね。上級生だし、ユーリウス様の婚約者として社交界に出たらお付き合いしなければならないでしょうし、失礼な対応は出来ないわ)
三年A組女子の三人の真ん中に立つ黒髪を縦ロールに巻いた女子は、明らかに作り笑顔と分かる笑みをリージアに向けた。
「リージアさん、一緒に来てくれてありがとう」
「人気の無い場所でしか出来ないという、大事なお話とは何でしょうか?」
リージアから見て、右端の長身の女子が一歩前へ出る。
「貴女とゆっくり話をしたくて、此処まで来てもらいました。私達が揃っていたら目立ってしまうわ。貴女も目立ちたくはないでしょう」
侯爵家令嬢の女子生徒の口から、「自分の方が格上だから」という副音声も聞こえてくる気がして、リージアは唇をきつく結ぶ。
「リージアさん、貴女って一月前に比べて随分と変わったわね。生徒会の雑用係とやらになって、殿下に気に入られようと地味だった見た目にも気を遣うようになった、で合っている? 無駄な努力だと思わない?」
「は?」
左端の女子から嘲笑混じりに問われ、リージアの口から間の抜けた声が出た。
動こうとした女性騎士は手を伸ばして止めて、紐を通して首から下げている記録用魔道具を発動させる。
「ねぇ、貴女はこれからどうするつもりなの?」
「生徒会の雑用係になって、生徒会役員の方々から優遇されていると勘違いした上に、見た目を変えて殿下の気を引こうとしていると聞きましたわ」
「眼鏡を外しても地味なのは変わらないのに、無駄な努力をされるなんて。本当に残念な方なのね」
「王都の流行を取り入れようとしても、元々の地味さは残っているわ。辺境出身の貴女が足掻いても、エスメラード様の洗練された美しさには敵わないのにね」
反論せずに黙っているリージアのことを、女子達の勢いに怯えて何も言い返せないと思ったのか、彼女達は笑いながら好き勝手なことを言ってくれる。
(雑用係は解任されて、もっと大変な役、婚約者になったのにね。私が婚約者になったと知ったら、彼女達はどんな顔をするのかな? ……もういいか)
貴族出身の女子だったら、三年女子に囲まれて悪口を浴びせかけられたのなら、涙を流して寝込んでしまったかもしれない。
彼女達の目的は、リージアの心を折ることと生徒会雑用係の辞退。だとしたら、誰から指示を受けたのか少し考えれば分かる。
貴族子女として淑女教育、学園で幅広い教養を学んでも幼稚な悪口しか言えないのかと、リージアは呆れ混じりの息を吐いた。
「残念とは私のことですか? 生徒会の雑用係になっても特に優遇はされていませんし、殿下と親しくなったとしても勘違いはしていません。眼鏡を外した理由は、もうかけている必要がなくなったから外しただけです。ご心配なく。無駄な努力もしていません。グランデ伯爵家を悪く言うのでしたら、先輩方のご実家との取引は止めるように父と兄に伝えますね」
「なっ」
怯えていると思い込んでいたリージアが、強い口調で反論したことに驚いた女子達の動きが止まる。
「卒業式の準備でお忙しい先輩方が、私のご心配してくださるとは思いませんでした。ありがとうございます。生意気な私とお話していても不快でしょうから、これで失礼させていただきます」
にっこりと微笑んだリージアは、スカートの端を両手で摘まみ深々と頭を下げた。
「……心配? 心配しているわけないでしょう。エスメラード様を差し置いて殿下と親しくするなんて図々しいわ! リージア・マンチェスト! 貴女も、二年生女子達も生意気なのよ!」
目を吊り上げた真ん中に立っていた女子は、立ち去ろうと背中を向けたリージアへ向かって腕を伸ばし、強い力で肩を掴んだ。
「きゃあっ」
強い力で後ろへ引っ張られたリージアは、体勢を崩してよろめいた。
「リージア様!」
よろめいたリージアと一緒に、肩を掴んだ女子も体勢を崩して地面に尻もちをついた。
足を踏ん張って体勢を立て直そうとしたリージアだったが、尻もちをついた女子の体重もかかり堪えきれずに、噴水の方へと傾いでいく。
(噴水に落ちる―!?)
「リージア!」
走って来た誰かの腕が傾ぐリージアの体を抱え、そのままの勢いで彼女の背中を押した。
「なっ!?」
目を見開いた護衛騎士は、咄嗟に両手を広げてリージアを抱き止めた。
バッシャーン!
護衛騎士に抱き止められたリージアが自分の身に起きたことを理解する前に、噴水へ何かが落ちた派手な音ともに大きな水柱が上がり、周囲に水飛沫が飛び散った。
まだ婚約発表前のため、三年女子達は二人が婚約していることは知らない、はずです。
長くなったため、二話に分けます。




