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30.王子様は“悪役”を断罪する

前話の翌日になります。

「第一王子が学園で意識不明となり、秘密裏に王宮へ運び込まれた」

「容態は深刻」


 学園事務員に紛れ込ませている諜報員からの第一報を聞いた時、王妃は幻聴が聞こえたのではないかと我が耳を疑った。

 筆頭公爵である祖父の強い推しで王妃となり、第二王子フリウスを出産してからは幾度となくユーリウスを暗殺しようと画策し、その度シュバルツに邪魔をされはらわたが煮えくり返る思いをしてきたのだ。

 側に侍女が居なければ歓喜のあまり小躍りしていたかもしれない。


 邪魔ばかりしてくれた宿敵とも言えるシュバルツ。彼が教師となったのは学園へ入学したユーリウスを守るため。

 もう一人の王子、甥であるフリウスには厳しい目を向けるくせにユーリウスにばかり目をかけるシュバルツは、王妃からの誘いにも全く靡かず昔から気に喰わなかった。

 それがこの結果、大事に守り育てていたユーリウスを一女子生徒に害されるとは。


 侍医や薬師が慌ただしく走り回っていると聞き、自分に反抗していた者たちが慌てふためいていると思うと、面白くて堪らない。

 王妃は濃いシャドーと太めに引かれたアイラインで彩られた目を猫のように細めた。


「うふふっ、ねぇサンドラ? まだユーリウスの意識は戻っていないらしいじゃないの」

「はい。第一王子殿下の療養されている奥の宮に動きはありません」


 王妃の傍に控えた侍女長サンドラは、感情のこもらない淡々とした声で答える。


「このまま目覚めなければどんどん衰弱していくでしょうね。散々邪魔してくれたシュバルツも、生徒の動きまでは察知出来なかったとは愉快でならないわ。サンドラ、加害者の留学生はどうなっているの? 感謝を伝えたいのだけど」


 滅多なことで動揺することがないと日頃王妃が評している、サンドラの鍛えられた表情筋は揺らぐことは無かったが右手の指先がピクリと動く。


「シュバルツ殿下の部下に捕らえられ、容疑者として取り調べを受けているそうです」

「まぁ、それは可哀そうに。邪魔なユーリウスを排除してくれたお礼として、留学生には恩赦を与えわたくしの召使にでもしてあげようかしら。……あら?」


 扉の向こう側、廊下から複数人の足音と声が聞こえ、王妃は口を付けていたティーカップをソーサーへ置いた。

 眉を寄せた王妃へ頭を下げたサンドラは扉へ向かう。


「騒がしい。何をやっている、なっ!?」


 扉のノブへ手をかけ開いたと同時に、廊下側のドアノブを掴んだ何者かによって扉が引かれる。

 ノブを持ったまま前方へ倒れ込むようになり、バランスを崩したサンドラは床へ強か尻を打ち付けた。


「うぅ、何が」


 痛みで顔を顰めたサンドラは、王妃の私室の扉を断りもなく開いた不届きものを睨み上げ、「ひっ」と引きつった悲鳴を上げた。


 座り込んでいるサンドラには目もくれず、侵入者達は部屋の奥へと進む。


「恩赦を与える? それは、どういうことか教えていただけますかな?」


 先頭を歩く国王直轄特別捜査部隊隊服を纏ったシュバルツは器用に片眉を上げた。


「わ、わたくしに何か用かしら? 先触れも無く訪れるなど、どういうつもり? 陛下の所へ行くのが先でしょう?」


 室内へ視線を巡らせた王妃は、自分が特別部隊隊服を着たシュバルツの部下に包囲されているという動揺で、震えそうになる口元を扇で隠す。

 静かになった廊下から外に護衛や召使達は拘束されているのだろう。

 ミシリッ、強い力で握った扇が軋む。


「事前に兄上から王妃宮への訪問許可はいただいております。今回は、王宮内に囁かれている噂を気にされているのではないかと思いまして、参上しました」

「噂? シュバルツ、貴方何を、えぇ!?」


 冷笑を浮かべたシュバルツの背後から現れた人物を見て、王妃は目と口を大きく開けたまま数秒固まり「どうして」と小さく呟いた。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


 固まる王妃の前までしっかりとした足取りで歩き、優雅に一礼をしたユーリウスは完璧な王子の顔で微笑んだ。


「どうにか生き延びることが出来ました」

「何故っ!? 何故ユーリウスが此処にいるの!?」


 悔しさと怒りで顔を歪ませた王妃の手から扇が床へ落ちる。


「私が死んだとしてもフリウスが王太子と成ることは無いでしょう。今朝開かれた元老院会議の結果、フリウスの王位継承権剥奪は決定されましたから。フッ、残念でしたね」

「何ですって!?」


 ガタンッ!

 椅子から立ち上がった勢いでテーブルが揺れ、倒れたティーカップから零れた紅茶が王妃のドレスを茶色く汚す。

 全身を震わせ、今にも飛び掛からんばかりの憤怒の形相で睨んでくる王妃を、ユーリウスは冷たく見下ろした。


「捕らえろ」


 シュバルツの命により、王妃を取り囲んだ隊員達は彼女に抵抗する暇を与えず両腕を後ろ手に拘束する。


「何をする!!」

 

 足を激しく動かす王妃の抵抗をいとも簡単に封じ、魔力で編み上げられた拘束用の紐で縛り上げた。


「貴女は寵愛している男優や愛人達と随分と豪遊されていましたね。多少の火遊びならば兄上も見逃していたようですが、我が国では許可されていない薬物を取り寄せ、他国の奴隷商人から買った見目の良い少年達を弄ぶのは倫理や品格以前に人格を疑う。ご婦人方を招いて狂乱の宴を愉しむのもやり過ぎですよ。貴女の罪状は、違法薬物の使用、人身売買に公金の横領、ああ王太子殺害に加担した容疑が加わりました」


 捻り上げられる手首の痛みと屈辱で、王妃の顔が赤黒く染まっていく。


「わ、わたくしを誰だと思っているのよ! サンドラ! 何とかしなさい!」


 拘束されて放心状態だったサンドラは、王妃の叫びに肩を揺らして顔を上げた。


「王妃様! 無礼な、放しなさいっ!」


 拘束されてもなお抵抗する二人を見下ろし、シュバルツはフッと鼻で笑う。


「王妃? 既に兄上は貴様と離縁の手続きを済ませている。今の貴様は身分を剥奪された罪人だ」

「うそ、嘘よ! 陛下が離縁を!? そんなこと許すわけはないじゃないー!!」


 どんな浪費も我儘も咎め無かった国王は、筆頭公爵家直系の自分を愛しておりそう簡単に捨てはしない、と思い込んでいた王妃は激しく体を震わせる。


「今まで貴様が好き勝手振舞えたのは、ロニエル公爵と老害どもを追いやる最大の理由と成り得るのを兄上は待っていただけだ」

「嘘よ! 陛下がわたくしを切り捨てるなど!」

「喧しい。侍女と一緒に連れていけ」


 隊員達に両腕を抱えるように掴まれた元王妃は、半ば引き摺られながら部屋を出ていく。

 廊下に控えていた騎士達の足音と呪詛混じりの金切声はしだいに遠ざかっていった。




「うっ」


 元王妃に深く関わっていた侍女達も騎士達に拘束されていく中、額に汗を浮かべたユーリウスは口元を覆った。

 部屋中に充満する、きつい薔薇の香りは病み上がりの体には酷で、緊張が緩むと吐き気を催してくる。

 膝が震え出しよろめいたユーリウスは椅子の背凭れに手をついた。


「ユーリウス、部屋へ戻って休んでいろ」

「いや、リージアがまだ終わらせていない」

「リージアには暗部数人と魔術師長、イザーク王子とガルシアもついている。案ずることはないだろう」


 椅子の背凭れを掴む手に力を込め、ユーリウスは眉間に皺を寄せて奥歯を噛む。


「だからこそ、心配なんだ」


 護るべき対象としてリージアを見ているガルシアは兎も角、彼女へ好意を抱いているイザークが傍に居ると思うとユーリウスは居ても立っても居られなかった。


「私が行く。お前は部屋へ戻れ」

「だが、」

「再び倒れてリージアを泣かしたいのか? 何かあったら、今度は奪われるぞ」


 リージアの泣き顔が脳裏に浮かび、ユーリウスは言葉に詰まる。


「……叔父上、お願いします」


 椅子の背凭れから手を外したユーリウスは、荒ぶる感情を抑えて頭を下げるしかなかった。



断罪したのはシュバルツでした。

王子様はひたすら吐き気を堪えていたという。



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