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06.モブ令嬢は手作りクッキーをねだられる。

ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます。

 学園から寮へ戻った後、手のひらに乗せた魔石を光に透かすと羽を広げた鷲と剣、王家の紋章が見えてリージアは卒倒しそうになった。


(王家の紋章入りの物ってどういうこと!? 返品したら不敬罪で捕まるかなぁ。ヒロインにも睨まれるし、もう病気療養で休学して実家に帰ろうか。シナリオから脱出すれば巻き込まれ無いんじゃないのかな)


 シナリオがどこまで進みメリルが誰を狙っているのか全く分からない以上、彼女から逃げるしかない。

 頭を抱えたリージアはベッドで丸くなり、悶々と考えているうちに朝を迎えてしまった。


 一睡も出来ず朝迎えたせいで顔面は浮腫み、ひどい隈が出来た自分の顔を鏡で確認してリージアは項垂れた。

 ゲーム開始、メリルが転入してきてまだ四ヶ月も経っていない。

 学園生活はあと一年半もあるというのに、すでにゲームとの相違点は大きくなっていて今後どんなイベントが起こるのか分からない。


 「お肌が」と嘆くメイドの手で何とか見られる姿に仕上げてもらい、ユーリウスから渡された魔石は革の紐を通して首から下げ、制服の上からでも魔力を流せば発動出来るようにした。


(今日は何も起こりませんように。メリルさんと会いませんように)


 朝日が眩しい空へ向かって、すがる気持ちで両手を合わせた。




「でね、メリルさんは焼き上がったクッキーをオーブンから出す作業だけ手伝って、洗い物もしないくせにクッキーが冷めたらまるで自分が頑張って作ったというように可愛くラッピングし始めるの。班員分均等に枚数を分けなきゃならないのに多目に持っていくしで、調理室は険悪な雰囲気が充満してね。きっと今頃、メリルさんは男子にクッキーを渡しているんじゃないのかな? 本当に彼女も馬鹿な男子達も嫌になるわ」


 昼食休憩時間、食堂の日替わりランチセットのAセットかBセットか悩んでいたリージアと友人のナンシーは、暗い顔をしたB組の友人ミレイに会い彼女と一緒に昼食を食べることになった。

 ランチセットを乗せたトレーをテーブルへ置き、さぁ食べようと席についた途端、ミレイは我慢の限界とばかりに愚痴を溢し始めたのだ。

 楽しいはずの調理実習が散々だったと、悔しそうに眉を寄せてミレイはハンバーグをナイフで切り分ける。


「メリルさんに抗議はしないの? 先生は何しているの?」


 向かいの席に座るナンシーからの問いに、ミレイは首を横に振った。


「抗議なんてしたら、メリルさんを盲信している男子が騒ぐわ。マルセル様とルーファウス様がメリルさんをお姫様扱いしているから、彼女は調子に乗っているのよ。以前、男子達に罵倒された女子のご両親が来校して一時的に静かになったのだけど、ここ最近メリルさんの非常識な振る舞いが以前に増して酷くなっているの。担任の先生も頑張っているし、他の先生も様子を見に来てくれているおかげで授業は成り立っているとはいえ、クラスの雰囲気は良くならないし、今日は放課後まで最悪ね」


 諦めた表情で深い息を吐き、ミレイはフォークとナイフを置いた。


 昨日の放課後、メリルに絡まれて彼女が残念過ぎる自己中心的な考えの持ち主だということは分かった。

 完全にリージアを見下していた彼女は、性格が悪いどころじゃない。ゲームのヒロインとは全く違う、友達になりたくない“ヤバイ”ヒロインだった。


(もしかして、メリルさんも私と同じように前世の記憶があるのかな。ゲームの知識があって自分がヒロインだと思い込んでいる? だから自己中な振る舞いをしていてもヒロインだから許されると思っている、とか?)


 高圧的な態度の理由が、前世の知識持ち転生ヒロインだから、だとしたら厄介だ。


「教室に戻るの嫌だな。早く放課後になってほしいわ」

「相変わらずB組は大変そうだね。調理実習は、C組は来週だったよね」


 上の空でサンドイッチを口に運んでいたリージアは、急にナンシーから話を振られ慌てて頷く。


(調理実習といえば、調理実習で作ったクッキーを渡すイベントがあったな。能力値によって受け取って貰えるか貰えないかのどちらかになる、だっけ。相手が受け取ってくれたら好感度が上がり、返されたら好感度が下がったな。メリルさんは誰にクッキーを渡すのかな? シュバルツ先生は……あんなことがあった後で渡しに行けたら凄い。ロベルトとユーリウス殿下にも渡すのかな?)


 前世の記憶を探り、朧気ながらヒロインからクッキーを受け取るユーリウスのスチルを思い浮かべてみる。

「ありがとう」と蕩ける微笑みを浮かべる王子様のスチルが脳裏で再生され、リージアの知る黒い笑みを浮かべるユーリウスとの違いから食欲が減退していく気がして、直ぐに脳裏から消す。


 教室へ戻った後もクッキーの行方が気になってしまい、リージアは授業に集中出来なかった。




 放課後になり、支度を済ませ生徒会へ向かおうと席を立つ。もしかして、またメリルと鉢合わせしてしまうかもしれないと思うと、気分も足取りも重くなってしまう。


「あの、少しよろしいですか?」


 廊下へ出た時、一人の女子生徒に声をかけられてリージアは悲鳴を上げかけた。

 昨日と同じ背後からの声かけに、背中を嫌な汗が流れ落ちる。

 ゆっくりと振り向いた先にいたのは、メリルではなくカチューシャをつけた清楚な印象の女子生徒だった。

 話したことは無いとはいえ、幼い頃に婚約者から贈られたというカチューシャがトレードマークのA組の女子生徒のことはリージアもよく知っていた。


「マーガレット様?」


 騎士団長子息ロベルトの婚約者であり、ゲームではロベルトルートのライバルとなる侯爵令嬢だ。


「突然、声をかけてしまって申し訳ありません」


 クラスとクラスの間に設けられたホールに設置されたベンチへ腰掛け、マーガレットはおもむろに口を開いた。


「先ほど、ロベルト様から「他のクラスの女子からクッキーを手渡されたが受け取るのを断った」と報告されまして……」

「クッキー、ですか?」

「ええ。お断りした理由は、リージア様に婚約者と自分の立場を逆にして考えてみよ、と諭されたとおっしゃられてわたくし本当に驚きました。よくよく聞けば、受け取るのを断った女子生徒はB組の編入生だというではありませんか。リージア様が諭してくださらなければ今頃どうなっていたか、ゾッとしています。ありがとうございました」


 深々とマーガレットは頭を下げる。


「いえ、私は婚約者に不誠実な対応はどうか、という当たり前のことを言っただけです」


 良かったですね、と言えばマーガレットは心底安堵した表情となった。

 メリルに攻略されたマルセルとルーファウスを始めとした貴族令息が、自身の婚約者を蔑ろにしていることは学園内の多くの生徒に知れ渡っている。

 さぞかしマーガレットは不安だっただろう。

 今回、クッキーを受け取らなかったことで、メリルがロベルトを攻略出来る可能性は完全に無くなり、リージアも胸を撫で下ろした。



 少し遅れて生徒会室へ着いたリージアを待ち構えていたのは、不機嫌な雰囲気を全身から放出しているユーリウスだった。


「遅くなってすみま、わぁっ!」

「来い」


 謝罪を言い終わる前に手首を掴まれ、奥にある生徒会長の執務室へ引っ張り込まれた。

 扉は開いていても部屋に二人きりという事態に、王子様のご乱心かと身構える。


「これをやる」


 仏頂面のまま、リージアへ半ば投げるように紙袋が渡された。

 受け取った物は、レースで装飾された淡いピンク色の可愛い紙袋。


「殿下、これは何ですか?」


 十中八九、女子からの贈り物だろうが一応訊いてみる。


「私が不在時に一年生が受け取っていたのだ。二年生には、このような物は受け取るなと周知していたのだが、一年生には伝え忘れていた」


 迷惑そうにユーリウスは顔を顰める。

 雑用係に任命されてから平日はほぼ毎日顔を合わせているため、互いに慣れてきたのだろう。

 二人きりの時は、王子様の姿を装わない素顔を見せるようになっていた。


「食べていいぞ」


 紙袋越しの固い感触から中身はクッキーだと分かる。

 ユーリウスの反応から、このクッキーが誰からの贈り物かなんて考えなくとも分かった。


「B組の友人から、メリルさんはほとんど手伝って無いと聞きました。彼女が作っていないのなら食べても大丈夫ではありませんか?」

「信頼出来る相手が作った物以外は口にしない。袋が香水臭い時点で食べる気が失せる」


 口をへの字に結んでユーリウスは横を向く。


「確かに、この匂いは食欲が無くなりますね」


 紙袋からはクッキーの匂いよりレースに染み込んだ香水の匂いがして、リージアは苦笑いした。

 食品を入れる物が香水臭いとか、食欲が減退するだけだ。

 可愛いラッピングでも、食べる気がしない点はユーリウスと同意だった。



「あー、それはそうと、C組の調理実習はいつだ?」

「来週の始めですけど」

「リージアは作ったクッキーを誰かに渡すのか?」

「誰かに、ですか?」


 考えてもいなかったことを問われ、リージアは腕組みして考える。


「この間、助けてくださったシュバルツ先生と三年生の兄に渡そうと思います」

「……私の分は、無いのか?」


 視線を逸らしたユーリウスの声には拗ねた響きが混じっている気がして、リージアは口を開けて固まってしまった。


「お、贈り物は不用意に受け取らないのでしょう?」

「リージアは毒など入れないだろう」

「まぁ、入れる理由は無いですけど」


 質問に答えただけで拗ねられた理由はよく分からないが、拗ねた王子様は多分面倒くさい。


「美味しく出来たら差し上げます」

「美味しく作れ」


 腕組みをしたユーリウスはフンッと鼻を鳴らす。


(なんだこれ? ユーリウス殿下ってこんな性格だっけ?)


 クッキーをねだったのはきっと、リージアが渡そうと考えている相手にユーリウスがいなかったため。

 負けず嫌いというのか、少しだけ彼が可愛いと思ってしまった。


いつの間にか名前を呼び捨てされている(°∀°)

クッキーの袋が香水臭いのは食欲減退ですわ。

口直しにリージアの作ったクッキーを食べたくなった、のかもしれない。

色々ありそうな王子様視点はそのうち出します。



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