25.モブ令嬢は前言撤回する
シャルロットと話した後、動揺はしたものの友人やクラスメイト達のおかげで何事も無かったかのように午後の授業を終えることが出来た。
放課後になり、帰りのHRで集めた教科担任へ渡すクラス全員分のノートを友人と手分けして両手で抱え持ち、渡り廊下を渡った先にある職員室へ向かっていた。
「またあの一年生が出てきたら、大声を出して逃げればいいわ」
「放課後まで来ることはないでしょう」
「分からないわよ? 逆恨みの上にしつこそうだったからね」
そうだと思っても、表立って同意までは出来ないとリージアは苦笑いする。
友人の話によれば、昨日も午後の授業前にクラスへやってきたシャルロットが大声で騒ぎ、止めようとしたクラスメイト達と一悶着あったらしい。立ち去る際、「明日また来る」と捨て台詞を吐いたため、今日一日クラス全体で警戒していたと、友人達が教えてくれた。
(続編もまた、人の話を聞かないヒロインだったのね。今の私の立場はモブじゃなくて悪役? この先にあるのは断罪イベントか。ストーリーを知らないのにどうしよう。イザーク殿下に、教えてもらうにしても対価を要求されそう)
重い気分で教科担任へノートを届け、職員室から出たタイミングで友人がリージアの肩を叩く。
「何?」
「あっちから来るのって殿下じゃない?」
友人の指差す方、階段を降りて来たユーリウスの姿が見えてリージアは固まってしまった。
「リージア?」
僅かに目を見開いたユーリウスはリージアを一瞥し、次いで職員室前に設置してある柱時計を見る。
気を利かせた友人が一歩後ろに下がり、リージアは口を開いた。
「ユーリウス様、あの」
続く言葉は出て来ず、握った手に力が入る。
「殿下」
声をかけてきて護衛騎士を睨んで、ユーリウスは彼へ向かって片手を突き出した。
「五分だけだ」
護衛騎士の返事は聞かず、ツカツカとリージアの目前まで歩み寄る。
一日ぶりに顔を合わせたユーリウスは固い表情でリージアを見下ろした。
「リージアを借りるよ」
友人へ告げると同時に、ユーリウスは固まっているリージアの手を掴む。
驚く友人と護衛騎士に背中を向けて、リージアの手を掴んだユーリウスは廊下を歩き出す。
辿り着いた先は、廊下の端にある施錠されていない生徒指導室。片手で扉を開けたユーリウスは、リージアを先に部屋へ入らせて扉を閉めた。
「ユーリウス様、勝手に入っては駄目なのでは」
速足で追いついた護衛騎士が扉の外に控えているとはいえ、二人きりの状況にリージアの心臓の鼓動は早鐘を打つ。
掴んでいた手を離し、ユーリウスは一歩後ろへ下がった。
「すまない。これから叔父上のところに行かなければならない」
「そう、ですか」
先程、護衛騎士に「5分だけ」と言っていたのはシュバルツの所へ行くからだったようだ。壁に掛けられた時計を見ると、残りは3分足らず。
何を訊いたら良いのか迷い、リージアは眉尻を下げてユーリウスを見上げた。
腕を伸ばしたユーリウスの指先が遠慮がちに髪へと触れる。
肩より少しだけ長く伸びた髪は、直ぐにユーリウスの指から滑り落ちていった。
「少しだけ、触れてもいいか?」
(何時もなら断りなく触れてくるのに。やっぱり、ユーリウス様とシャルロットの距離は近付いているの?)
彼の変化に戸惑いながらリージアは頷く。
背中へ回された腕に力がこもり、そっと抱き寄せられる。
以前より抱き締める腕の力は弱々しくて、寂しくなったリージアはジャケットの端を人差し指と親指で掴んだ。
「熱は下がったと聞いた。教室へ様子を見に行こうとは思っていたのだが……元気になってくれて良かった」
顔を上げたリージアの前髪を掻き分け、露わになった額を手の平で触れて体温を確認したユーリウスは安堵の息を吐く。
心配してくれている彼の表情と仕草は、何時もと何ら変わらない。
今なら聞けるかと、リージアはコクリと唾を飲み込んだ。
「ユーリウス様、今日の昼休みに留学生のシャルロットさんが嫌がらせを止めて欲しいと教室へ来られたのですが、私は彼女に嫌がらせなどしていなくて、」
言い分を信じてくれなかったら? シャルロットとの関係を深めていたら? ユーリウスから責め立てられるのだろうか。
「彼女に嫌がらせをするように、指示も出していません」
声が震えて最後の方は弱々しい声になってしまった。
眉尻を下げたリージアの頭へ、手を乗せたユーリウスは慰めるように撫でる。
「リージアが誰かに嫌がらせをするような性格でないことは分かっている。思っていることが全て顔に出てしまうのに、陰で皆を操ることも出来ないだろう?」
口を半開きにして目を丸くしたリージアを見て、ユーリウスは表情を崩して笑った。
「面倒な噂が流れているのは知っている。叔父上からの課題が終わったら、必ず事情を話すしいずれは落ち着くから。それまで……俺を信じていて欲しい」
「はい」
今にも泣き出しそうな顔をしたユーリウスは、リージアの首筋に顔を埋める。
戯言ではなく、縋りつく幼子のような仕草をするユーリウスの本心だと確信して、リージアは彼の背中へ手を回した。
「ユーリウス様、そろそろ向かわなければなりません」
扉の向こうから護衛騎士の声が聞こえ、ユーリウスは首筋に埋めていた顔を上げる。
抱き締めていた手と体は離れていき、熱が集中して熱いリージアの頬を包み込んだ。
鼻先へ触れた唇は、ちゅっというリップ音を立てて離れていく。
呆然とするリージアの頬を一撫でしてから、背を向けたユーリウスは生徒指導室の扉を開く。
「では、またな」
鼻を手で押さえたリージアは返事を伝えることも出来ず、遠ざかるユーリウスの背中を見送るしか出来なかった。
***
ほんの少し、5分足らずの触れ合いでも疑念に満ちていたリージアの心は晴れていく。
今後、強制力が働いて婚約を破棄されたとしても、今の彼の本心に触れられたのだからユーリウスを恨むつもりは無い。
(婚約破棄されたらモブに戻るだけよ。実家へ帰ってお兄様の手伝いをすればいいし)
割り切ってしまえば楽になる。生来、うじうじと悩むのは性に合わないことを思い出した。
「お帰りなさいませ」
寮へ戻り、出迎えた二人のメイドへ鞄と脱いだブレザーを渡す。
「お嬢様こちらを」
鞄を持って奥の部屋へ行ったメイドは、ピンク色と黄色でまとめられた大きな花束を抱えて戻って来る。
花束を包む包装紙に押された印で、誰からの贈り物か一目で分かった。
「先程、殿下からお見舞いの花が届きました」
メイドから花束を手渡され、両手で抱えて持ったリージアは花束の重さによろめいた。
花束に添えられていたメッセージカードを手に取り確認する。
『無茶だけはしないように』
一文だけの簡単なメッセージカードは、ユーリウスらしいと言えば彼らしい。
「もう少し気の利いた言葉を添えてくれたらいいのに。あら?」
裏面にも何か書かれていることに気が付き、カードをひっくり返してリージアは驚きのあまり声を出しそうになった。描かれていたのは、表面と同じ一文のみ。
『好きだよ』
たった一文。
それでも、込み上げてくる嬉しさで胸の奥が熱くなる。
「お嬢様?」
「……何でもないわ」
花束をメイドに渡し、両手で持ったメッセージカードを何度も読み返す。
先程、職員室前で会った後に急いで書いたのだろうか、カードの文字は少し乱れていた。
(どうしよう……)
両手で持ったメッセージカードを抱き締めるように胸へ当てる。
この先、どんな展開になろうとも受け入れようと思っていたのに。こんなことをされたら決意が揺らいでしまうではないか。
(ああ、駄目。この先、強制力が働いたとしてもユーリウス様を諦めることなんて出来ない。前言撤回だわ。強制力が働くなら、シャルロットと戦おう)
窓から見える、学園の外れに建つ研究棟へ目を向ける。
まだユーリウスがいるだろう、シュバルツの部屋がある研究棟の窓からは明かりが灯っているのが見えた。
うじうじから脱却しました。
王子様視点は後ほど。




