23.モブ令嬢は熱を出す
遅くなりました。
きりのいいところで、短めです。
ホールの壇上に立つユーリウスは、冷たい瞳でリージアを見下ろしていた。
ここ数日間、周囲の様子がおかしいとは感じていた。
生徒会主催のイベントの準備や第一王子としての公務により、多忙となったユーリウスと会う時間がほとんど取れない日が多くなっていたのだ。
アレルゲン除去のための休み時間の僅かな触れ合いも無くなり、留学生のシャルロットと一緒にいる姿を見かけるようになった矢先のことで「もしかしたら」という思いは抱いていたとはいえ、胸が張り裂けそうに痛む。
放課後の教室を訪れたロベルトと生徒会メンバーの男子生徒によって、半ば強引にホールへ連れて来られたリージアは困惑の表情を浮かべて彼と、彼の後ろに控える人物を見上げた。
「ユーリウス様、私を呼び出された理由は何なのでしょうか?」
顔色を悪くするリージアを遠巻きにして、嘲笑っている生徒会役員の中にガルシアの姿を見付け背中を冷たい汗が流れ落ちる。
これはよくある断罪イベントと似た状況だと気付き、理由を問うリージアの声が震えた。
「リージア、お前には失望したよ」
初めて向けられるユーリウスからの侮蔑の眼差しに、リージアはコクリと唾を飲み込む。
「まさか、嫉妬に駆られてシャルロットに嫌がらせをして、命まで奪おうとするとはな。ガルシアを使いシャルロットを暗殺する計画を立てるなど、ここまで非情な考えを持つ者だとは思いもしなかった」
「ガルシア先生に? 暗殺計画を、私が?」
嫉妬に駆られたとしても、シャルロットの暗殺依頼などするはずがない。ガルシアもそんなことを引き受けはしないだろう。
助けを求めてガルシアを見るが、彼は無表情で冷たい目をリージアに向けるのみ。
「リージア、お前との婚約はこの場で破棄させてもらおう」
よくある婚約破棄のイベントで、悪役令嬢が王子様から言い放たれるお決まりの台詞。
「婚約、破棄、ですか?」
お決まりの台詞を、まさかモブの立場である自分が言われるとは思ってもみなくて、リージアの頭の中は真っ白になっていく。
「私の妃には、心優しく有能なシャルロットこそが相応しい」
ユーリウスの背後から現れたシャルロットはリージアを見下ろし、嘲笑を浮かべた。
胸を押し付けるようにユーリウスの腕に絡ませて両腕で彼に抱きつく。
「そんなっ」
いつかはこんな日が来るのではないかと覚悟はしていても、目の前で見せ付けるようにシャルロットがユーリウスに触れるのを目にすると、堪えていた涙が溢れ出て頬を伝い落ちる。
「リージアさん、私が触れてもユーリウス様は平気なのよ。私ならユーリウス様を癒やしてあげられるわ。だから、貴女の役目はもうお終いなの」
猫みたいに目を細めたシャルロットは、うふふと声を出して笑う。
「そうよ」
聞き覚えのある声が舞台袖から聞こえ、リージアは大きく目を見開いた。
「ヒロインの邪魔ばかりする、図々しいモブはさっさと退場してくれない?」
此処には居るはずの無い彼女が暗い笑みを浮かべて舞台袖から現れ、呆然としているリージアを見下ろしながらシャルロットの隣へ並ぶ。
「これが、この世界が選んだ正しいエンディングよ。アンタの居場所は無いの」
前世の記憶を取り戻してからの努力は無駄だったのか。力が抜けた足では立っていられず、リージアはその場にへたり込んでしまった。
憎しみすら感じさせるユーリウスの眼差しに耐え切れず、リージアは必死で目覚めを願い重たい目蓋を開いた。
***
「あ……」
霧がかったようにぼんやりとした思考でリージアは顔を動かし、鋭い頭の痛みで小さく呻いた。
(此処は、何処?)
痛みを堪えて周囲を確認して、此処が寮の自室であることが分かり安堵の息を吐いた。
起き上がろうと力を込めるが、頭が鈍器で殴られている様に痛む。身動きする度に体の節々に鈍痛がはしりリージアは顔を歪めた。
「頭、痛い……」
力が入らない腕を伸ばしてヘッドボードを掴み、起き上がろうともがいていると部屋の扉が開いてメイドが入って来る。
「お嬢様?!」
何時もと違うリージアの様子に気が付いたメイドは、洗面用具をテーブルへ置きベッドへ駆け寄った。
「まぁっ、ひどい熱!」
上半身を何とか起こしかけたリージアの額へ、手を置いて体温を確認したメイドは慌てて起きようとするリージアをベッドへと押し込めた。
「マーサ! マーサ!! 大変よ!!」
名前を呼ばれたもう一人のメイドが部屋へ駆け付ける。
「お嬢様がひどい熱で……」
「直ぐに医師を手配しなければっ」
事情を聞いたマーサは、転びそうになりながら部屋を出ていく。
「そこまでしなくていい」と声を発しようとして、喉の痛みでリージアはゴホゴホと咳き込んだ。
「お嬢様! 今日は欠席してください! 一日ゆっくり休んで寝ていてくださいね」
「でも、行かなきゃ」
自分以外に誰がユーリウスのアレルゲン除去をするのか。
夢の内容が脳裏に蘇ってきて、溢れ出そうになる涙を見せないように掛け布団をかぶって目元を隠した。
「駄目です! 私がお部屋から出しません! 殿下と学園には連絡しておきますから、お嬢様は一日ゆっくり寝ていてください」
メイドが出ていく音が聞こえ、リージアは掛け布団から顔を出す。
涙も吐く息も熱く、高熱が出ているのを実感する。こんな状態では学園へ行くどころか起き上がるのも困難だ。
「ユーリウス様」
目蓋を閉じれば思い出すのは、憎しみのこもった眼差しを向けるユーリウスの姿。近いうちに夢と同じ断罪イベントが起こってしまうのか。
枕に顔を埋めたリージアは、歯を食いしばり嗚咽を押し込めて泣いた。
お粥を食べ終わった頃にやって来た医師に疲労による発熱と診断され、解熱剤を処方されたリージアはベッドで横になっていた。処方された解熱剤を服用しても熱は下がらず、眠ったり起きたりを繰り返す。
「熱が、まだ下がらないのです」
「顔を見るだけでいい」
扉の向こう側で話し声が聞こえ、眠りの淵を漂っていた意識が浮上した。
かちゃり、扉が開きカーテンが閉められて薄暗い室内へ誰かが入ってくる。
足音を立てないよう慎重に歩いて来るその人物は、ベッドの横まで来ると身を屈めて目を瞑ったリージアの横顔を覗き込む。
「リージア……」
熱い頬へ触れる大きな手と声はユーリウスのもので、リージアは彼に答えようと身じろいだ。
「う、ユーリ?」
何とか絞り出した声はひどく掠れていて、眉を寄せたユーリウスは汗で張り付いたリージアの前髪を払い、額を露わにする。
「俺のせいだな、すまない。早く、良くなってくれ」
目蓋を抉じ開けて霞んで焦点の合わない目に映ったのは、今にも泣き出しそうな顔をしてリージアの手を握るユーリウスだった。
ようやく終盤に入ってきました。
あと少しお付き合いくださいませ。




