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05.モブ令嬢はヒロインから喧嘩を売られる。

 左手に折り畳み式の踏み台を持ち、右手に丸めたポスターの束を抱えたリージアは、額に滲む汗を右手の甲で拭った。


 今日の雑用はポスター貼り。

 生徒会役員選出選挙を告知するポスターを教室棟に貼り終え、特別教室のある中央棟へやって来たのだ。


 生徒会長候補は勿論ユーリウス、副会長候補はまさかのロベルト、書記候補はA組の成績優秀者の男子生徒。

 ゲームの副会長はルーファウス、書記はマルセルだったのに、現在の二人はヒロインに籠絡されて恋は盲目状態。

 生徒会の仕事を疎かにする者に役員は任せられない、とユーリウスは二人を切り捨てた。

 急遽、作り直させたポスターを貼るのがリージアだけとか有り得ないと憤慨したいのに、真っ黒王子様には逆らえなかった。


「はぁ、女子にこんなことやらせないでよ」


 広い校舎内を動き回り、踏み台の昇降を繰り返すのは単純作業とはいえ重労働だった。


「皆が憧れるキラキラ王子様は、外見だけだって教えてやりたいわ」


 十数枚以上あるポスターを今日中に貼り終えろと、ユーリウスは命じてきたのだ。

 中央棟の小会議室の壁に貼ろうと決めて、リージアは抱えていた踏み台を置いた。



「ねぇ、貴女がリージアさん?」

「はい?」


 背後から名前を呼ばれたリージアは、振り返ると目を大きく見開いた。

 「げっ」と言いかけて、音に出さないように飲み込む。

 其処にいたのは、一番会いたくなかった相手だった。


 ピンク色の長い髪を揺らした女子生徒は空色の瞳を細める。


「ふぅん、貴女がそうなんだ。地味だし大して可愛くもないじゃない。ユーリウス様は何で私じゃなくて、こんな地味で面白くもない子に手伝いをさせているのかしら?」

「あの、貴女はどちら様ですか?」


 関わりたくもない相手とはいえ、面と向かって失礼なことを言われれば腹が立つ。

 つい寄ってしまった眉間の皺を人差し指で伸ばし、彼女とは初対面を装う。


「あら、つい本音が出ちゃった。ごめんなさい」


 クスクスと声を出して笑ったヒロインはピンク色の唇に指を当てる。


「私はメリル・ウルシラよ。二年生からB組に編入してきたの」

「リージア・マンチェストです」


 リージアの頭の先から足の爪先までジロリと見下ろし、メリルはフンッと鼻を鳴らした。


「それで、リージアさんは何で生徒会の手伝いをしているの? 図々しいと思わないの?」


 言われた意味が直ぐには理解出来ず、リージアは目を数回瞬かせた。


「ええ? 図々しいと言われても、殿下から雑務を依頼されてやっているだけですよ。私が望んだわけではありません。一応、私も貴族の一員ですから殿下の御依頼を断るのは難しいのです」


 自分から望んで雑用係になったわけではない。

 むしろ迷惑しているというのに図々しいと言われる筋合いはないと、メリルに反論する。


 首を傾げたリージアの態度が気に入らなかったのか、メリルの眉が吊り上がっていく。


「何がユーリウス様から依頼された、よ! ブスのくせにっ!」

「ブッ、」


 直球で投げつけられた悪意を受けたリージアの思考が止まる。


「ブスがユーリウス様の側にいること自体間違っているのよ! 私が代わりにやってあげるからそれをよこしなさいよ!」


 固まるリージアの手からポスターを取り上げようと、メリルは手を伸ばした。


「ちょっと何を?! あぁー!」


 ビリッ、メリルが引っ張りポスターの端が破れる音が聞こえ、リージアは悲鳴を上げた。



 バンッ!


 小会議室の扉が勢いよく開く。


「……何をしているんだ?」


 扉を開いたのは不機嫌な雰囲気を全身から噴出しているシュバルツだった。

 リージアの持つポスターに手をかけているメリルへ、怒りを滲ませた低い声で問う。


「シュバルツ先生!」


 吊り上がっていたメリルの眉が瞬時に下がり、引っ張っていたポスターから手を放す。


「わっ」


 ポスターからメリルが手を放したためリージアはよろめいた。


「雑用のお仕事はリージアさん一人では大変だと思って、手伝いを申し出たんです。でもリージアさんに拒否されて、それで、ポスターに手を伸ばしただけです。破れてしまったのは私のせいです。申し訳ありませんでした……」


 両手を胸に当てたメリルは涙を浮かべシュバルツを見上げる。

 弱々しく庇護欲を擽る仕草をするメリルの言い分を聞き、シュバルツは器用に片眉を上げた。


「手伝い? 私には君がリージア君をブスと罵り、無理矢理ポスターを奪おうとしていた様に見えたのだが」

「誤解ですっ! リージアさんから酷いことを言われたからつい手が出ただけですっ!」


 シュバルツから視線で問われ、「違う」という意思を込めてリージアは首を横に振った。


「酷いことを言われた? リージア君は何も言ってなかったが?」

「違います。リージアさんは小さな声で酷いことを言ったんです」


 自分に非は無いと言い切るメリルの必死さに、シュバルツは苦笑いする。


「メリル嬢、リージア君をブスと罵る君の声は丸聞こえだったよ」


 半開きになっていた小会議室の扉を開け放つ。

 小会議室の中に居た学園長、副学園長、教頭、主幹教諭がメリルへ冷たい視線を向ける。


「そんなっ」


 顔色を青くしたメリルは後退る。


「メリル嬢、君はリージア君を図々しいと罵ったが、ユーリウス殿下が雑務を依頼した時に私も一緒に居た。彼女は何度も断っていたのを、ユーリウス殿下が引き下がらず命令同然で引き受けさせた。それの何処が図々しいのだ。更に言えば、男爵令嬢の君が伯爵令嬢のリージアを罵ることは、ウルシラ男爵にとって良いことではないな」

「ひっ」


 かつては騎士団にも所属していたというシュバルツから、刃のように鋭い覇気を向けられメリルは、恐怖で肩を揺らした。


「メリル・ウルシラ、他の生徒から君への苦情が数件届いている。成績を含めて、お父上に連絡させてもらうよ」

「くっ」


 震える手を握り締めたメリルは学園長へ一礼をして、逃げるように走り去っていった。




「いくら平民上がりとはいえ、噂に聞いていた通りの酷さだな」


 肩をすくめたシュバルツは、散らばったポスターを拾いリージアへ手渡す。


「大丈夫かい?」

「ありがとうございます。いきなりだったから吃驚して……」

「全く失礼な女子生徒だ。リージア君はこんなにも可愛いらしいのにね」


 シュバルツの大きな手のひらが項垂れたリージアの頭を撫でる。


「シュバルツ先生っ?!」


 驚きのあまり声を上擦らせたリージアの頬が真っ赤に染まる。


「今日はもう帰りなさい。ユーリウス殿下には伝達魔法で伝えておくよ」


「ありがとうございました」


 ポスターを胸に抱いたリージアは、シュバルツと小会議室内の学園長達へ会釈し生徒会室へ向かった。




 ***




 生徒会室の扉を開けたリージアを出迎えたのは、腕組みをしたユーリウスだった。


「今日は災難だったな」

「全部貼りきれませんでしたって、えっ?」


 謝罪の言葉に被せて発せられたユーリウスからの労りの言葉。

 叱責されるかと身構えていたリージアはきょとんと彼を見詰めた。


「シュバルツ先生から連絡が来た。……これを」


 何かを握った右手を伸ばされ、リージアは左手のひらを差し出す。

 手のひらに乗せられたのは、魔石を加工したペンダントトップだった。


「これは?」


 贈られる理由が分からず、リージアはユーリウスと魔石のペンダントトップを交互に見る。


「魔力を流せば音声と映像を記録できるよう加工されている魔石だ。メリル嬢や他の者に絡まれたら、迷わず発動させろ。嫌がらせを受けた証拠になる。最近、学園の風紀が乱れているのは分かっている。私が生徒会長になったら風紀を乱す者は一掃するつもりだ」


 固い表情で魔石の使い方と決意表明をするユーリウスは、メリルへの好意など微塵も無い上に好意どころか嫌悪感を抱いているように感じた。


(ユーリウス殿下の好感度はマイナスのようね。メリル嬢は何をしたかったのかしら? それにしても……私が可愛くないのは分かっているわよ。ブスってハッキリ言わなくてもいいのに)


 先ほど、「ブス」と言い放ったメリルの歪んだ顔を思い出して、悲しくなってきたリージアは唇を一文字に結ぶ。


「その、大丈夫か?」


 落ち込み俯くリージアへ伸ばされたユーリウスの手は、途中で止まり彼女の肩へ触れることはなかった。



ヒロイン登場。

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[気になる点] …ブスと言われて傷つく?擬態中なのに??(ダメだ、判らん。苛つくならまだ解るけど、傷つくのは解らん…
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