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13.モブ令嬢は酔っ払いイベント?に遭遇する

生誕祭の続きです。

 顔色の悪いユーリウスを暫く眺めていたイザークは「仕方無い」と小さく呟いた。


「これは貸しだからな」


 ユーリウスから離れてホール中央へ移動したイザークを、着飾った令嬢達が待っていましたとばかりに囲む。

 令嬢達に囲まれたイザークは視線で早く行くようにユーリウスを促す。

 愛想が良い上に婚約者がいない彼は、ユーリウス以上に優良条件の王子様だとリージアはこの時初めて知った。

 目立たないよう壁際を移動して、ユーリウスとリージアは手を繋いでホールのテラスから庭園へ降りた。



 魔法灯と弱弱しい月光が照らす庭園を歩き、植え込みで隠れる場所に設置されたベンチへユーリウスは崩れ落ちるように座る。


「ユーリウス様、大丈夫ですか?」


 ホールから出た直後は苦しそうだった呼吸も大分落ち着き、ユーリウスは気の緩んだ表情でリージアを見詰める。


「リージア」


 隣へ座ったリージアへ手を伸ばしたユーリウスは、彼女の肩へすがりつく。

 密着すれば彼の体から汗の匂いがして、リージアは目を細めた。


「今日一日ずっと頑張っていたのは、ちゃんと分かっていますよ」


 化粧品の香りや香水の香りで頭痛、クシャミ、皮膚の痒みといったアレルギー反応が出る彼が着飾った紳士淑女に囲まれてしまったらどうなるかなど、分かっていた。だが、第一王子の立場では国王の祝賀会を欠席するわけにはいかず、保護魔法を多重掛けして臨んでいたのだ。そのことを知っていたのに、彼の傍を離れてしまったリージアは申し訳さで胸が苦しくなる。

 きっちりと王子の役目を果たそうとする彼が、イザベラと公爵令嬢の二人とだけ踊り逃げて来たのは、リージアと踊ったイザークへの嫉妬と怒りだけでは無い。イザベラと令嬢達の纏う香料に体が耐えきれず、アレルギー反応が出てしまったのだ。

 腕を伸ばしたリージアはユーリウスの背中をそっと撫でる。


「お疲れ様でした」


 リージアの肩へ埋めたユーリウスは、肺いっぱい彼女の香りを吸い込み吐き出す。


「王女は耐えられたが、あの公爵令嬢は香水臭くて堪らなかった。吐き気を堪えて踊っていたのに、やたらと密着しようとするから苦痛だった」


 肩へ擦り付けるように顔を動かしたユーリウスの髪が崩れて、乱れた毛先がリージアの鼻先を擽る。


「イザークめ、俺の変調に気付いてわざとあの場から離したのだろうな。借りが出来てしまった」

「そう、だったのですか。お二人は仲が良いのですね」


 ユーリウスの不調に気付いたイザークが当たり障りなく、令嬢達と貴賓達の注目を引き受けてくれたということか。学園での軽薄なイメージと違い、彼の素は真面目な性格なのかもしれない。



「……?」


 地面を蹴る足音と男女が言い争っている声が聞こえた気がして、リージアは植え込みの方を見る。

 バタバタと走る音、男の怒鳴り声といった騒々しい音はユーリウスとリージアが座るベンチの方へ近付いて来ていた。

 相手を服従させようとしている男の声は、痴話喧嘩にしては荒っぽい口調で答える女の声に悲鳴が混じる。

 二人の時間を邪魔をされたとばかりにユーリウスは眉間に皺を寄せ、埋めていたリージアの首筋から顔を離した。

 「誰か!」という女性の悲鳴に、凭れていた背凭れから背中を離したリージアは首を動かして周囲を見渡す。


「離して、離して下さい!」

「皆ダンスに夢中で誰も来やしないさ。大人しくしていれば、痛いことは何もしない」


 植木の隙間から見えたのは、燕尾服を着崩した男がニタニタ笑いながら抵抗する黄色のドレスを着た若い女性の手首を掴み、力ずくで自分の方へ引き寄せている、どう見ても酔っぱらった男が無理やり女性を襲っている光景。

 脂ぎった男の顔は赤く染まり、濁った瞳と理性を無くした言動からそうとう酒に酔っているのも分かる。


「あれは、スーベリア侯爵だな。酒癖が悪いと有名な男だ」


 腰を浮かしかけていたリージアの横で冷静に状況を分析したユーリウスは、今すぐ飛び出しそうになっている彼女の背後から抱き締める。


「彼女を助けなきゃ。離してください」


 身を捩って訴えても背後から回されたユーリウスの腕は外れない。


「俺達が出ていかなくとも強固な警備網が敷かれた王宮で、祝賀の場を乱そうとする愚か者は直ぐに排除される」


 近付いて来る気配を感じ取ったユーリウスは不敵な笑みを浮かべた。



 ガサガサッガタンッ!

 勢いよく植木を掻き分け現れた騎士達の姿に、抵抗する女性の頬を叩こうと腕を振り上げていたスーベリア侯爵の動きが止まる。


「な、何だっお前達は、ぐぁっ!?」


 顔を引きつらせるスーベリア侯爵が怯んだ隙に、背後へ回った騎士が振り上げていた腕を取り捻り上げた。捻り上げられる痛みに、堪らずスーベリア侯爵は悲鳴を上げる。

 突然現れた騎士達と、スーベリア侯爵を拘束した騎士の顔を見てリージアは目を丸くした。


「お、お兄様?」


 普段とは違い厳しい顔つきをしている次兄スタッグは、暴れるスーベリア侯爵のもう片方の手首も掴み拘束用の紐で後ろ手に縛り上げる。尚も暴れようとするスーベリア侯爵の首の後ろへ手刀を入れて昏倒させた。


「お怪我はありませんか?」


 助かった安堵感から、脱力した女性の体を金色の髪を三つ編みにした騎士が支える。

 震えが止まらない女性の顔を覗き込み問う騎士はやわらかく微笑み、強張っていた彼女の頬が赤く染まる。恐怖で引きつっていた顔を若干和らげた女性は、幼さ残る顔立ちからまだ年若い少女といってもいい年齢なのだろう。


「は、はい、あの、ありがとうございました」

「よかった」


 金髪の騎士は隊服のポケットから取り出したハンカチで涙に濡れた女性の頬を拭う。


「スタッグ、フランツ、その男は牢へ入れておけ」

「はっ」


 胸に手を当てて答えたスタッグとフランツと呼ばれた騎士は、気を失ったスーベリア侯爵を引き摺るようにして連れて行く。


「お嬢さん立てますか? 私が会場まで送りましょう」


 騎士からの申し出に女性は戸惑いの表情を浮かべる。


「この夜道を可愛い貴女一人で行かせるのは心配なのです。送らせてくれますね」

「……はい、お願いします」


 有無を言わせない騎士に圧され、女性は戸惑いながらゆっくりと頷いた。




 騎士と女性が去った後、ようやくユーリウスは抱き締めていたリージアを解放した。


「今のは第二騎士団の副団長オーギュストだ」


 第二騎士団は次兄スタッグの配属先だ。以前、スタッグがぼやいていた「女性関係の尻ぬぐいが面倒くさい上司」とは、もしやオーギュストのことだろうか。


「あの方は騎士様にしては、なんと言うか」


 雰囲気が軽いというか、女性の扱いを熟知してる気がした。

 口ごもるリージアの言わんとすることが分かり、ユーリウスは苦笑いする。


「見た目も言動も軽い男だろう? 異性関係は派手だが、ああ見えて剣技は騎士団でも1、2を争う腕前だ。俺もオーギュストには敵わない」


 異性関係が派手な美形で強い騎士、兄がさせられている面倒な尻ぬぐいとはやはり女性関係か。そこまで考えて、リージアは小首を傾げた。


(このシチュエーションって、恋愛漫画やゲームでよくある攻略対象キャラとの出会いイベントみたいじゃないの? 美形でチャラいけど強い副団長が女の子を助けるっていう、その時借りたハンカチが縁になって再会することになるって……いや、まさかね?)


 助けられた女性の顔はよく見えなかったが、栗色の髪に大きな空色の瞳をした綺麗な顔立ちをしていた。しかし、国王へ挨拶に来た使節団と貴族達の中に彼女は居なかった気がする。


 唐突にリージアの眉間へ人差し指が触れた。


「ユーリウス様?」


 人差し指の主、仏頂面のユーリウスが口をへの字にしていた。


「今の出来事は騎士達が処理する。リージアは気にすることは無い。それよりも、俺の方を気にして欲しいな」

「えぇ?」


 その後三十分以上の間、拗ねてしまった王子様のご機嫌を回復させるために抱き締めてくる彼に髪と首筋の匂いを嗅がれるという、羞恥を耐えることを強いられたのだった。




次話から学園へ戻ります。

少しでも皆様に楽しんでいただければ幸いです。

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