10.モブ令嬢はドレスを贈られる
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
「好きです」
婚約者と交流を深めるためだという理由で護衛を締め出し、学園内で唯一二人きりになれる図書館の閲覧室。
何時も通りの放課後の逢瀬だと思っていたユーリウスは、今にも泣き出しそうな顔でリージアが口にした言葉に目を見開いて固まった。
静まり返る室内には、置時計の秒針のカチコチという音が響く。
十数秒固まったユーリウスがゆっくりと口を開き……
「うああぁー」
ベッドの上へ寝転びクッションに顔を埋めたリージアは、何度も脳内でシミュレーションを繰り返し一人身悶える。
「告白したら、ユーリウス様はどんな反応をするのかな」
関わりたくなかった王子様に巻き込まれて、強制的に婚約者に据えられたのだ。今さら告白をしても断られるとは思わないが、驚き戸惑われるかもしれない。
告白する決意を固めてから週末までの間、生徒会の仕事と公務で多忙なユーリウスとはアレルゲン除去に必要最低限の時間しか共に過ごせなかった。
「足りない」と、不満を口にするユーリウスをロベルトが半ば引きずるように連れて行くのを見る度、彼の前では普段通りの自分でいられたことリージアは安堵の息を吐いた。
週末となり、屋敷へ戻る馬車の開かれた車窓からは国王の生誕祭用に飾り付けられた街並みが見え、普段より華やいだ空気を肌に感じて目を細める。
屋敷へ戻ると緊張と不安が増していく。ほとんど眠ることは出来ず、朝方になりようやく寝付いたリージアだったが、朝早い時間に気合の入ったメイド達が部屋へやって来て文字通り揺り起こされた。
寝ぼけ眼のまま、寝間着から流行りの形をしたワンピースへ着替えさせられ髪を整えられていく。顔中に化粧水を塗り込められれば、睡眠不足の頭も徐々に覚めていった。
「皆、朝から張り切っているわね。殿下がいらっしゃるからなの?」
「それもそうですが、王子殿下とご一緒に坊ちゃま達もお帰りになられますからね」
朝食の準備をするメイド長の答えにリージアは目を丸くする。
「お兄様もご一緒に来られるの?」
「ええ。お嬢様はご存じなかったのですか?」
「もうっ、ブルックスお兄様ったら、昨日会った時は何も言って無かったのに」
両手に大きな荷物を抱え学園へやって来たブルックスは、屋敷へ来ることは一言も教えくれなかった。
魔法研究所の仕事と直営店舗の準備で疲労困憊、顔色を悪くしていたから言い忘れていたのかもしれない。
(ううん。あのお兄様は忘れていたわけじゃなくて、妹に言う必要はないと思ったのね)
昔から三兄は大事な事を伝え忘れるというか、配慮に欠けるというか少し考えが足りないのだ。
「ではお嬢様、殿下と坊ちゃまがいらっしゃる前に御髪を整えましょう」
「ドレスの試着ですから、纏め髪にしないといけませんね。髪飾りはどうしましょうか」
メイド長と話すメイドの楽しそうな声にリージアはぎくりと肩を揺らす。
「こ、このままでいいわよ」
「いけません」
後退るリージアへきっぱり言い、メイド長はパンッと手を叩いた。
「さぁ皆、お嬢様をドレッサーの前までお連れして」
「はい」
「お嬢様此方へどうぞ」
口元を引きつらせるリージアを控えていたメイド達が取り囲み、有無を言わせずドレッサーの前まで連行する。
化粧用パレットを持つメイドの一人が化粧を施し、ブラシを持つメイドの手により頭皮を引っ張りながら髪を編み込まれ、小花の形をしたピンで飾り立てられて短い髪でも綺麗に結い上げられていく。
(別人、までいかないまでも、こうも変わるものなのね……気に入ってもらえるかな)
小一時間ドレッサーの前に座らされたリージアは、疲れ切った気分で鏡に映る自分の顔を見詰めた。
年齢よりも幼く見られる顔立ちが、メイド達の技術で大人っぽく見える。化粧により睡眠不足でも血色の良い頬と、アイラインが引かれ何時もより大きく見える瞳、マスカラが塗られ上向きになった睫毛はリージアにとって違和感しかない。
メイド達から解放されたリージアはソファーに腰掛ける。一息ついた時、執事がユーリウスと兄達の到着を告げに来室した。
執事に先導されて応接間へ向かう廊下はやけに長く感じられた。
デートの時とは違い、気合を入れた化粧をした自分にどんな反応をするか、アレルギー反応を起こさないかという不安と緊張で、足と手が同じ動きで前に出てしまう。
応接間の扉を執事が開き、ユーリウスが振り向く。
「リー、」
言葉を発しようとした口を半開きにしたまま、ユーリウスは目を見開いて停止した。
停止するユーリウスの脇を抜け、目の下に隈を作ったブルックスがリージアの前まで歩み片手を上げた。
「昨日ぶり」
停止したままのユーリウスの反応で、高まる不安を押し込めてリージアは笑顔を作る。
「ユーリウス様お待ちしておりました。スタッグお兄様、ブルックスお兄様もお帰りなさい」
スカートの裾を指で摘まみ膝を折って一礼をする。
「リージア、今日はその、」
口ごもるユーリウスの声で、彼の戸惑いが伝わりリージアの気分が一気に沈んでいく。込み上げてくる涙を零れ落とさないよう下唇を噛んで顔を上げて……息をのんだ。
片手で口元を覆ったユーリウスの顔は、逆光でも分かるくらい赤く染まり全身は小刻みに揺れていた。
「ユーリウス様? 大丈夫ですか?」
香水は付けていないとはいえ、化粧品の香りでアレルギー反応が出てしまったのだろうか。焦るリージアの肩へブルックスの手が乗せられる。
「実家から殿下ご要望の物が届いたんだ」
騎士団の隊服姿のスタッグは抱えていたに箱をユーリウスへ手渡す。
「はい、殿下から渡してからください」
ばつが悪そうな顔で箱を受け取ったユーリウスは、大股でリージアへ近付くと片手で箱の蓋を開け床へ放る。箱から取り出した、軽くて薄い布が幾重にも重ねられた羽衣のようなものを、そっとリージアへ手渡す。
「これって」
両手で羽衣のようなものを広げる。白からアクアグリーンへ変化するように染められた布地、所々金糸で複雑な刺繍がされ、胸元と裾には銀糸が織り込まれ動く度に煌めくように計算されたドレス。
(このグラデーションの技と手触り、ドレスはマンチェスト領の職人が手掛けたもの? それにこの色は、まさか、ユーリウス様の瞳の色?)
ドレスを両手に抱きユーリウスを見上げる。
無言で見ていたユーリウスと視線が合い、お礼の言葉を伝えなければと頭では分かっているのに、嬉しさで胸がいっぱいになり言葉が声として出てこない。
「何か言うこと、もがっ」
「微調整があるだろう。着替えてきてくれ」
ブルックスの口を後ろから回した手で塞いだスタッグに促され、リージアはメイド達と共に一旦自室へ下がって行った。
ビスチェのネックデザインのAラインドレスは着慣れなくて、リージアは剥き出しの両肩を両腕で抱く。
「肩にショールをかけちゃ駄目かしら?」
「まぁお嬢様、夜会ではこれくらいは当たり前ですよ」
贈られたドレスは、手直しの必要もないくらいリージアの体型に合っていた。魔鉱石の採掘所周辺でしか育たない植物の繊維を使った、前世の世界にあった紗に似た特殊な布は、薄く軽いのに刃物を防ぐほど強く魔法耐性もある優れた布だった。魔力を練り込んで織る布はマンチェスト伯爵お抱え工房の職人しか扱えない。ユーリウスはいつの間に工房へ依頼したのだろうか。
胸の奥がきゅぅっと疼き、リージアは胸元へ手を当てる。
ドレスに着替えたリージアが応接間へ戻った時、先程とは違いユーリウスは落ち着いた様子でソファーに腰掛けて紅茶を飲んでいた。
ドレスを着たリージアを見て、ユーリウスは目を細める。
「よく似合っている」
「ありがとう、ございます」
立ち上がったユーリウスに、頭の上から爪先までじっくりと見下ろされる恥ずかしさから、頬を赤く染めたリージアは目を伏せる。
「私もリージアの色を身に着けるよ」
「私の色……?」
小首を傾げるリージアのサイドへ流した髪を手に取り、ユーリウスは愛おしそうに口付ける。
「ユーリウス様」
顔を近付けられて息が止まるかと思った。
リージアの胸中に甘い疼きが広がる。
「嬉しい、です」
アプリコット色の正装は派手すぎるため、差し色で取り入れてくれるのだろうか。差し色でも、自分の色を身に着けてくれるのは嬉しい。
互いの息がかかる程の距離で見詰め合う。
ユーリウスの鮮やかな青緑色の綺麗な瞳に自分が映り込んでいるのが嬉しくて、リージアの思考は蕩けてしまいそうだ。
ゴホン、咳払いの音が室内に響く。
「あ……」
蕩けていたリージアの思考が戻り、今の状況と全身から熱が引いていくのを感じた。
「うわっ、ブルックス、お前っ。殿下、申し訳ありません」
初めて見る妹の恥じらう姿を見て、動揺を隠せないでいるスタッグは頭を下げる。
「あのー、二人の世界へ入っているところ申し訳ないけど、僕達も居ることを忘れないでね」
「うひゃぁー!!」
兄達にいちゃつく場面を見られた羞恥から、絶叫したリージアは飛び退く勢いで体を仰け反らせた。
「リージアッ!」
ドレスの裾を踏んづけて後ろへ倒れ掛かり、反射的に背中へ腕を回して支えたユーリウスと更に密着する羽目になったのだった。
イチャイチャするから話が進みません。
次からやっと動いていきます。
拙い文章ですが、少しでも読んでくれる方の楽しみになれるように精進していきます。




