09.モブ令嬢はベッドを転がる
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
悩める乙女を目指して、うじうじしちゃいました。
第一王子と婚約者の仲睦まじい写真が新聞の一面を飾ってからというもの、学園内の空気に変化が起きた。
三年A組の高位貴族令嬢達が何故か大人しくなり、リージアのことを「図々しい」「地味な伯爵家」だと誹謗する者は、表面上はいなくなったのだ。
ほとんどの生徒がユーリウスとリージアを好意的に見るようになり、二人が一緒に居ることに気付いた生徒達は邪魔をしないように側を離れ、前方から歩いてきた時はさりげなく道を開けるという気遣いをするようになった。
「殿下とリージア様よ」
「まぁ、今日も仲睦まじくて微笑ましいわぁ」
中庭のベンチへ座るユーリウスとリージアを横目で見ながら、女子生徒達はそっと場所を移動した。
離れていく女子生徒の姿を視界の端で確認したリージアは、デート写真が新聞に載ってからの周囲の変化と、一応公私の区別は付けてくれているが、より積極的になったユーリウスに戸惑いを抱いていた。
聡いユーリウスにはリージアの感情は伝わっているはず。
(どうしよう。「離れて」なんて王子様に言えないし。せめて公共の場くらいパーソナルスペースを守ってほしいな)
上半身をずらして、少しでも隙間を空けようとするリージアのささやかな抵抗に、クスリと笑ったユーリウスは遠巻きに様子を窺っている生徒達へ見せつけるよう、繋いだ手を引き寄せて指を絡ませた。
「あの、ユーリウス様?」
「何だ?」
「その、ち、近い、ですよ」
二人きりで密着するのは、アレルゲン除去の措置で必要な医療ケアをしているのだと、意識を切り替えることにしてからは少し慣れた。
だが、人目がある中で密着されるのは対応に困る。周りから見られていると、意識する度に恥ずかしさが増して身を固くしてしまう。
「婚約者なのだから、気にしなくてもいいだろう」
「此処は学園内です。いくら婚約者でも、節度を守るというか、えーっと、周りを気にしてください」
校舎の影から護衛騎士が、中庭や校舎の窓から生徒達が此方を注視しているの中、イチャイチャ出来るほど図太い神経はしてない。
「気にしているから、この程度で我慢しているんだ」
「でもっ」
ベンチへ凭れ掛からせていた背を起こしたユーリウスは、不満げなリージアの耳元へ唇を近付ける。
「この前の新聞記事のように、俺たちの仲睦まじい姿を期待している周りの者達へ見せつけてやるのも、王子の役目だと思わないか?」
「えぇっ!」
「ふっ、可愛いな」
耳元へかかる吐息と、低く囁くように流し込まれた声。
驚きのあまり、リージアはびくりと肩を大きく揺らした。
反射的に横へ退こうとするよりも早く、リージアの肩へ手を回したユーリウスはそっと彼女の指先へ口付ける。
中庭でイチャつくのを見られるのも、真っ赤に染まる顔をユーリウスに見られるのも恥ずかしくてたまらない。
この場から逃れられるなら全速力で逃げ出したいのに、肩へ回された腕の力は強くて逃がしてはくれない。
(どうしよう、恥ずかしいのに嬉しい。離れてと、言わなきゃならないのに)
全身が熱くて、発火してしまうのでないか心配になる。
デート以来、この調子で一体どうしたのかと問いたくなるくらい、積極的で直球な愛情表現をしてくるユーリウスに攻め込まれ続けたら、頭の中がパンクしてしまうのではないか。
真っ赤に染まる顔を見られたくなくて、俯いたリージアの視界の先の地面に影がかかった。
「お前たち、あと五分で昼休みは終わる。そろそろ教室へ戻れ」
弾かれたように顔を上げれば、無表情で腕組みをしたガルシアが二人を見下ろしていた。
「ガルシア先せ、っん」
「こういう時は、気を利かして終了寸前まで邪魔をしないのではないのか?」
腰を浮かしかけたリージアの口をユーリウスの手の平が覆う。
先程まで発していた甘ったるい声とは真逆な、冷たい声で言いユーリウスは鋭い視線をガルシアへ向ける。
「お前の護衛が困っていたから、気を利かせて言ってやっただけだ」
敵意を向けられたガルシアは眉一つ動かさず淡々と答える。
暖かかった中庭の気温が急に下がった気がしてリージアは身震いした。
(この二人って仲悪いんだ。何とかしないと。あっ!)
中庭の時計台で時間を確認したリージアは、繋いでいるユーリウスの手を引き彼の気を自分へ向けさせる。
「ガルシア先生ありがとうございます。ユーリウス様も授業に遅れてしまいますよ。教室へ戻りましょう」
教室へ戻ろうと急かすリージアに腕を引かれ、息を吐いたユーリウスは渋々といった体で立ち上がった。
B組の教室の前で繋いだ手をユーリウスは名残惜しそうに離す。
「週末は衣装合わせをする。空けておいてくれ」
「衣装合わせ? 誰のですか?」
「リージアの衣装合わせだ。ドレスを贈ると言っただろう?」
「そ、そうでした」
目を丸くするリージアへユーリウスは口を開きかけ、苦笑いをしてから片手を上げてA組へと向かった。
午後の授業を上の空で受けたリージアは、友人の誘いを断り足早に寮へ戻った。
夕食中もぼんやりしているリージアを心配したメイド達によって、普段より早い時間に入浴と就寝準備を済ませ寝室へ押し込まれる。
メイドも下がり一人になった部屋でベッドに寝転がった。
「どうしよう」
ぼんやりしてしまうのは、メイド達が心配しているように体調が悪いわけではない。
深く息を吐いてクッションを抱き締める。
「男の人からドレスを贈られるのは初めてだ。それも王子様からだなんて」
未だに、ユーリウスと婚約したことは夢だったのではないかと疑ってしまう時がある。
目まぐるしい周囲の変化に、自分の気持ちが付いていかないのだ。
貴族令嬢ならば、ある程度の経済力のある実家を持つ婚約者からドレスを贈られるのは当たり前。とはいえ、相手は王子様だ。王子様から贈られるとなると、嬉しい以上に恐れ多い。
ソレイユ王国では、伝統として王族の婚約式のドレスは男性の母親が贈ることになっており、婚約式ではユーリウスの希望で前王妃、亡き母親のドレスをリメイクしたドレスを着用した。
しかし、誕生祭用のドレスは王妃に口出しされないようにユーリウス個人で王都以外のデザイナーに依頼し、彼の資産から代金を払っていると補佐官から聞いた。
出会った頃の俺様王子様が嘘みたいに、彼から大事にされていることが伝わってくる。
だからこそ、誕生祭が怖い。
(続編が始まっているとしたら、生誕祭は大きなイベントだよね。きっと何かが起きる。ユーリウス様は続編でもメインヒーローなのかしら?)
せめて続編のパッケージイラストだけでも知っていたら、描かれている立ち位置でユーリウスがメインヒーローとなるのか予測出来たのに。
バッドエンド前に逃亡したメリルが続編のヒロインとは考えられず、牢屋での彼女の話からヒロインは別人で学園に関わる人物なのだろう。
そこまでは予想していても、新ヒロインの容姿も立場も何も一つ分からないのは不安だった。
「……好きって言えたら、楽になるのかな」
呟いて首を横に振る。
口に出して伝えてしまったら、想いが堰を切ったように溢れ出てしまう。
前世の経験から、もっと一緒に居たい、もっと触れて欲しいと今以上に欲張ってしまうのが分かる。
先が見えない不安、シナリオの強制力があるかもしれないという不安が拭えない状態では、怖くて想いを伝えられない。
「臆病だな」
強制的にだったとはいえ、シナリオに巻き込まれた時、覚悟を決めたのに想いを伝えるのが怖いだなんて。
忘れてかけていた前世の記憶、失恋した夜に一人ヤケ食いをした記憶が蘇ってくる。
前世の高校生時代、今世に比べてたら自由に恋愛をして失恋もした記憶があった。
今の自分は恋愛感情を抱いているのが怖いなんて、こんなに憶病で意気地なしになってしまうだなんて思ってもみなかった。
クッションに顔を埋めて自嘲的な笑みを浮かべる。
「悩むだなんて、私らしくない。たとえ婚約破棄されても、こんな中途半端な気持ちのままでは駄目」
婚約者になってしまったのに、今更うじうじ悩んでも仕方がない。
続編のヒロインが現れ、心変わりされてしまっても「可愛い」「好きだ」と言ってくれるユーリウスにきちんと「好き」だと伝えよう。
「好き」
呟いてみて恥ずかしくなってしまい、クッションを抱えたままベッドの端までゴロゴロ転がった。
脳内で何度も告白のシミュレーションを繰り返し、ベッドの端まで転がり身悶えていたせいでなかなか寝付けず、翌日の朝メイド達が更に心配するのだった。
なかなか話が進んでくれない。
いつかガルシア先生のお話も出したいです。




