08.王子様は婚約者のことになると豹変するらしい①
王子様視点です。
ちょっと残念な感じになっています。
生徒会役員と各専門委員会委員長が集まる定例協議会は、専門委員長から出される月毎の取り組みが提案される。
今回は意見がまとまらず、提案は専門委員で見直しの上再提案するようにと、次週もう一度協議会を開くこととなった。
今の生徒会体制となって初めてのことで、生徒会室は気まずい空気で満ちていた。
「ユーリウス、調子でも悪いのか?」
「何故だ?」
定例協議会に三分ほど遅れて入室したユーリウスは、一応会話は出来るが心は何処かへ行ってしまったような上の空で、専門委員長の話が長くなる度に溜息を吐きだす始末。
憂いを帯びた王子様は、観賞用にするだけなら女子曰く「あらゆる妄想を掻き立ててくれる神のような存在」らしい。だが、生徒会役員としたら鋭い指摘と確実な助言をしてくれる生徒会長が思考停止となるのは非常に困る。
幸いなことに、生徒会長の思考が斜め上の方向へ旅立ってしまっていると気付いたのは、彼と近しい生徒会役員のみ。
普段は冷静なユーリウスが残念王子と変貌するのは婚約者が絡んだことだけだ。
昨日、「行事が多いせいでリージアに会う時間が確保できない」とぼやいていたのを知っているロベルトは、呆けて奇抜な言動を起こさないかと内心冷や汗をかいていた。
協議会を終え、生徒会長室へ移動したユーリウスは執務椅子の背もたれへ凭れ掛かった。
「心ここにあらず、って感じだったからさ。まさか、リージアと喧嘩でもしたのか?」
生徒会役員を代表してロベルトが問えば、ユーリウスは緩んだ表情を更に緩めた。
「違う。リージアが可愛くて……協議中に思い出してしまい、笑い出したくなるのを堪えていただけだ」
「は?」
ロベルトの目が点になる。
頬を赤くしたユーリウスが何を言っているのか、理解するのに数秒かかった。
「生徒会室へ向かう途中、リージアが一人で歩いていたから気配を消して近付いて、後ろから抱き締めたら驚かれて怒られた。真っ赤になった半泣きの顔で文句を言われても、ただ可愛いだけなのに一所懸命文句を言ってきてな。可愛くて触れたくなるのを我慢していれば、何を勘違いしたのか「言いすぎました」と謝ってくるし、可愛くて可愛くてその場に押し倒したい衝動を堪えるのが大変だった。早く婚姻の儀を行いたいのに、うるさい老害共が慣例に則り結婚は卒業後だと言い張る。くっ、一年が長すぎる」
一気に言い、頬を赤くして口元を手で覆ったユーリウスは、正しく恋する男子そのもの。
赤面して不埒なことを言い、最後には湧き上がった元老院への怒りを拳に乗せて肘掛へ叩き込み、頑丈な椅子がミシミシと軋む。
「……そうか」
婚約者が可愛いと何度も言い赤面する、いつも以上におかしなことになっているユーリウスからそっと視線を外す。
遠い目をしたロベルトは、窓から見える茜色に染まる空を眺めた。
生徒会長室の四方を囲む壁は盗聴防止の結界で覆われており、扉に耳をあてて聞き耳を立てたくても何も聞こえない。
リージアが可愛いという気持ちが昂り過ぎてつい熱くなってしまった。
「くっ、ははははっ」
顔色を悪くして退室したロベルトが、扉の前に張り付いている生徒会役員達へどう伝えるのか考えると、面白くなってきたユーリウスは声を出して笑った。
ソファーから立ち上がりかけて、ジャケットの内ポケットへ仕舞っていた四つ折りにした紙が床へ落ちる。
生徒会室へ向かう途中、密偵も兼ねている侍従から渡された王宮内の動向を記録した報告書。
ユーリウスの視線を感じた護衛が一歩下がる。
床へ落ちた紙を拾い、ソファーへ座り直してから折り畳まれた紙を開いた。
「フンッ、息子の婚約者候補と、望んでなどいない俺の側妃候補探しに躍起になっているとは、ご苦労なことだ」
報告書には、数日後に開かれる王妃主催の茶会へ招待された貴族令嬢の名前が書かれていた。
侯爵家、公爵家の令嬢が主で、中には十三歳の第二王子よりも年上の、婚約者がいる令嬢も含まれている。
年頃の令嬢を王妃派へ取り込み、いずれはユーリウスの側妃に据えて自分の傀儡にしようと企んでいることは明らかだった。
ぐしゃり、報告書を握り潰したユーリウスは、リージアと婚約する報告をしに王妃宮へ出向いた時の事を思い起こす。
「まぁ、伯爵令嬢を婚約者にすると?」
口に手をあてて驚く王妃だが、声は台詞を読んでいるような棒読みとなり吹き出しそうになった。
王宮中に紛れ込ませている、王妃付き侍女や子飼いの者から報告を受けてすでに婚約の話は知っているだろう。とはいえ、いかんせん王妃の演技は下手すぎる。
「ユーリウスの婚約者にはわたくしの従妹を推していましたのに。残念だわぁ」
「それは申し訳ありませんでした。ですが、私の隣に立ち共に歩んでくれるような心持ちと能力を持つ女性はマンチェスト伯爵令嬢しかいないと思い、父上に相談して決めました」
暗に「お前の従妹など力不足だ」と言えば、王妃の眉間に皺が寄る。
「決定前に一言相談してほしかったわ」
「義母上はご多忙かと思いまして。昨日も城下へお出掛けされていたのでしょう」
酷薄な笑みを浮かべたユーリウスを王妃が睨む。
二月前から新しく出来た愛人、流行りの舞台俳優にご執心の王妃が俳優のために屋敷を用意した事実は突き止めてある。
数少ない公務を放棄して、三日と開けずに俳優を住まわせている屋敷へ通っていることは国王も把握済みだ。
「貴方には関係のないことでしょう!」
声を荒げた王妃の眉が苛立ちで吊り上がる。
「そうですか。報告は終えましたので、これで失礼します」
一応義母となる王妃の行動は臣下と国民へ伝わり、王族への反発、国家の揺らぎへ繋がるというのに彼女は理解していない。
話の通じない相手との会話ほど時間の無駄はない。
そう判断したユーリウスは、形だけの礼をとり、王妃宮を後にした。
王妃宮を出たユーリウスは、約一時間ぶりの新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み吐き出した。
宮殿全体から香る薔薇の香りは鼻が曲がりそうなくらい強く、滞在が長引いていたら危なかった。
込み上げてくる吐き気を気力で堪えていたせいか、全身の疲労で頭痛と眩暈がする。
(部屋で少し休憩しなければ、この後の公務をこなすのは無理だな)
ジャケットに纏わりつく薔薇の香りを手で叩き落とし、足早に中央宮殿へ向かって歩く。
通路の端へ寄り頭を垂れる使用人達の怯えた様子で、自分が不機嫌丸出しの酷い顔をしているのか分かり、余裕が無い自身を嘲笑う。
王妃宮と中央宮殿を繋ぐ回廊の中ほどまで歩き、ユーリウスは足を止めた。
「何か用か?」
円柱の影がユーリウスの声に反応して揺れる。
姿を隠したつもりでも、気配を全く隠しきれていない相手は円柱の影から出てこない。
「フリウス」
名前を呼ばれて観念したらしく、渋々といった体で円柱の影から姿を現した。
シャツの上にベスト、膝までのズボンという貴族令息といった服装、丸みを帯びたふくよかな体型にくすんだ金髪と腫れぼったい目蓋に隠れた浅黄色の瞳の少年は、緩慢な動きでユーリウスの前まで進む。
少年が動くたび、彼が着ているシャツとベストの釦が弾けてしまいそうになっていた。
「あ、兄上」
頭一つ分以上背の高いユーリウスをフリウスは見上げる。
「僕には、兄上のお考えが理解出来ません。辺境の伯爵家の女と婚約しても、兄上にとってメリットがあるとは思えないのに。どうしてあの女を婚約者に決めたのですか? 映像を見ても傍に置いておくほどの絶世の美女でも魅力的な体でもないですし、弱みを握られて仕方なく婚約したのではないかと心配になりまして」
喋る時に唇を尖らせるのはフリウスの癖だとしても、婚約を損得で考え映像と言えどリージアを厭らしい目で見たのかと、ユーリウスのこめかみに青筋が浮き出る。
「お前は、何か勘違いしていないか? 爵位や地位が全てではない。地位があっても救いようもない馬鹿ならば、王子といえども父上や臣下に見限られるだけだ。私の婚約にメリットがあるかどうかは、マンチェスト伯爵家のことをよく調べてみるといい。それから、」
口元は笑みの形を作っていても目は全く笑ってないユーリウスは、顔色を悪くして後退ったフリウスとの距離を縮める。悲しいかな、脚の長さの差から二人の距離は一気に縮まった。
「今後、私の婚約者を「女」呼ばわりをしたら、鍛錬に一日中付き合ってもらうことになるぞ」
「ひぃっ」
鍛錬が大嫌いで剣すらろくに握れないフリウスは、手加減なしの殺気をユーリウスから向けられ甲高い悲鳴を上げた。
「フリウス殿下っ」
やり取りを見守っていたフリウス付きの護衛も、ユーリウスから発せられる圧力に圧され二人に近付くことすら出来ない。
興味を無くしたとばかりに、踵を返したユーリウスは背を向ける。
両膝から崩れ落ちるようにフリウスは尻もちをつき、恐怖のあまり全身を激しく震わせて遠ざかる兄の背中を見送った。
フリウスは母親の片寄った愛情でワガママに育ったみたい。
王子様視点は次話へ続きます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
いつも見直しが甘くてすみません。助かっています。




