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07.モブ令嬢は王子様とお兄様達の計画を知る

デートの続きです。

 親鳥に成りきって食べさせようと覚悟を決めて、ユーリウスにパフェを全て食べさせたリージアは席を立ち後ろを向き、固まってしまった。


(……え?)


 店内に居るほとんどの客が自分たちを注視していたのだ。

 唖然となったリージアと視線が合うと、慌てて若い女性客は目を逸らす。

 いくら王子様からの「あーん」の要望に応えようと集中していたとはいえ、見られていることに気が付かなかったとは。


(あああああー!! 私ったら人前で何やっているのよ!! これじゃあバカップル丸出しじゃない!!)


 滅多にお会いできない美青年が彼女といちゃつきだしたら、自分だって気になって見てしまうのかもしれない。

 一気に湧き上がってくる羞恥心に、リージアは頭を抱えてのたうち回りたい衝動に駆られた。


「行こうか」


 全身を真っ赤に染めて停止するリージアの手を握り、ユーリウスは多目の代金をテーブルへ置き出入り口へと向かう。

 頭を下げた女性店員の生温い視線に見送られて、引きずられるようにリージアはカフェを後にした。



 カフェを出たユーリウスは噴水広場とは逆方向へ向かって歩く。

 このまま進むと若者で賑わう大通りを抜けて、富裕層向けの店が並ぶ区域へ入る。


「ユーリ、何処へ向かっているの?」


 精神的な疲労から、つい無意識で出てしまったくだけた口調で問う。


「秘密」


 嬉しそうに笑い、ユーリウスは人差し指を唇に当てて答える。

 富裕層向けの店が並ぶ区域に行ったことは片手で数える程度。不安を抱きつつユーリウスと手を繋いで石畳の歩道を歩く。


「此処だ」


 若者向けの店と富裕層向け区域の境界に建つ、白壁のお洒落な屋敷前でユーリウスは足を止めた。


 白壁と緑色屋根のコントラストが目を引く建物は、貴族の別邸にも見える小ぢんまりとした造りで、通りに面した壁には大きな硝子がはめ込まれており、この建物は邸宅ではなく店舗だということが分かる。

 木製の扉と大きな硝子には『改装中』という張り紙がされていた。


「此処? 空き店舗じゃないの?」

「今はまだ何も無いが、これから内装工事が始まる」


 扉へ向かったユーリウスは、繋いでいない方の腕を伸ばし躊躇うことなくドアノブへ手をかけ開いた。


「勝手に入っちゃ駄目です、ってえぇ?!」


 傾きかけた陽光が射し込む店舗内には内装業の者と、リージアがよく知った二人の男性が壁紙のサンプルを手に話し合っていた。

 勢いよく開いた扉の開閉音に、話し合っていた男性達は扉の方を振り向く。

 目と口を丸くしたリージアは驚きのあまり、何も言葉を発せずはくはくと口を数回動かし、絞り出すように声を発した。


「おにい、さま?」


 かち色のジャケットと同系のスラックス、赤紫色のアスコットタイをシャツの内側にたくし込んだ、アプリコット色の髪を後ろへ撫でつけている青年は実家で父親と一緒に領地運営をしているはずの長兄、アレックス。

 同じくアプリコット色の髪を無造作に襟足だけ後ろで括り、第一釦を開けたシャツに釦を全て外したベストという緩い恰好をして、睡眠不足だということがよく分かる疲れきり目の下に隈を作った三兄、ブルックス。


「やあ、久しぶり。元気だったかい?」


 にこやかなアレックスとは対照的で、ブルックスは怠そうに片手を上げるのみ。


「アレックスお兄様にブルックスお兄様?! どうして此処に?」


 王都で母親の誕生日プレゼントを購入する約束は、ユーリウスの我儘でキャンセルになったのではないのか。

 驚くリージアの様子にアレックスは小首を傾げた。


「殿下から聞いていないのか? ユーリウス殿下の出資で、王都にマンチェスト伯爵家直営の店舗を開くことになったんだ。今日はその打合せに来たんだよ」

「打ち合わせ? アレックスお兄様は打合せのために王都へいらしたのですか?」

「此処へ来たのは、母様への贈り物を買うのと打合せ、両方だ。因みに、スタック兄さんは騎士団の勤務を調整出来なかったのと、リズリサは領地の仕事があって来れなかったけど、二人ともリージアに会いたがっていたぞ」


 出かかったあくびを噛み殺してブルックスが答える。

 どういうことかと、リージアは未だ手を繋いでいるユーリウスを見上げた。


「義兄上達と打ち合わせをすると話したら、リージアはデートに集中してくれないだろう?」


 したり顔で話すユーリウスが発した「デート」という言葉に、兄達の前なのに手を繋いだままでいることを思い出した。


 繋いだ手を放そうとしても、絡まった指は簡単には外れてくれない。

 焦るリージアの耳元へ唇を近づけたユーリウスは、ふっと笑うと低い声で「駄目だ」と囁いた。

 耳から顔を離す際、唇が耳朶を掠めていく。

 それだけでリージアの思考は蕩けてしまい、文句も何も言えなくなってしまった。


「リージアと婚約してマンチェスト伯爵家と縁が出来たんだ。この際、王都でも魔石の加工品や装飾品、織物の販売をしたらどうかと義父上に持ち掛けたところ、快く了承してくれてね。今までは中間業者を経由して王都へ入った品のほとんどを貴族達が独占していた。中間業者が入る分、手間がかかり値段も跳ね上がるせいで庶民には手が届かなかった。直営の店舗で販売すれば、庶民でも購入しやすくなり王都でのマンチェスト伯爵領の特産品の良さと知名度も上がる。……リージアを軽んじる者もいなくなるだろう」


 ユーリウスが話の終わりの方は、傍らに立つリージアだけが聞き取れる声で彼女に聞かせるためのものだった。

 はじかれたようにリージアはユーリウスを見上げる。


「高い技術を持つマンチェスト伯爵家が、中央の気位ばかり高い貴族達に軽んじられているのは許せないからな」

「正直なところ、安定して領地を治められるなら王都や貴族からの評価など気にしていないのだけれど、可愛いリージアのためだと父上も殿下の案に賛同したんだよ」


 中央の権力争いも、特産品の売り込みもあまり興味を示さず領民が安定した生活ができればいいと言う父親と兄達が、特別な理由も無くユーリウスの案を受け入れるはずは無かった。

 眉尻を下げ両目に涙を溜めたリージアへアレックスは微笑みかける。


「ユーリウス様、お兄様……ありがとうございます」


 唇を動かして無理やり作ったリージアの笑顔は不細工なものとなり、堪えきれず吹き出したブルックスのせいでせっかくの感動の涙は引っ込んでしまった。



 店舗で取扱う品を、数年前リージアが考案した写真入りのカタログを見ながら兄達とユーリウスが話し合って決めているのを椅子に座って眺めていた。


(あれ? 何だろう?)


 顔を動かした時、壁面にはめ込まれた硝子の向こう、大通りの植え込みが光った気がして目を細める。


「リージア、君の意見を聞きたい」


 アレックスに呼ばれたリージアは首を傾げながら、大通りへ背を向けて兄達の元へ向かった。


 打合せ途中で力尽きたブルックスを床へ寝かせ、アレックスと話し合うユーリウスの横顔を見詰める。

 外向きの冷静沈着な顔とは違う、期待に満ちた楽しそうな顔。

 彼が国益のためではなく、マンチェスト伯爵家のために動いてくれていることが伝わってくる。


 不細工で可愛い置物やジョークグッズを手にした時に見せた可愛い表情や、実は生クリームが苦手だということを知った。

 前世の知識、設定資料情報の王子様や自分以外は知らないだろう普段とは違う彼の一面を知って、嬉しいと感じていた。


(どうしよう、胸がドキドキして苦しい。私、きっと、好きなんだ……好きになっちゃったんだ)


 好きだと認めてしまえば、次々と想いが溢れ出てくる。

 頬が、全身が熱くなっていく。

 ずっと見ているのが恥ずかしくなって、ユーリウスから視線を逸らし床へ寝転がるブルックスを見た。


 ある程度話し合いはまとまり夕陽が店舗内を赤く染める頃、店の前まで迎えに来た馬車へユーリウスと兄達と一緒に乗った。

 屋敷へと戻る間、繋がれた手からユーリウスへ想いが伝わってしまわないかと、俯いているうちに寝入ってしまった。




 ***




「リージア、あのさ」


 デートの翌朝、登校準備を終え玄関へ向かうリージアをアレックスが呼び止める。


「どうかしたの?」

「新聞を、いや……呼び止めてしまってすまない。頑張ってくるんだよ」


 不自然なアレックスの態度に、もしや体調が悪いのかと心配になり玄関の外へ出て見送る彼を何度も振り返る。


(お兄様、疲れた顔をしていたな。今度の長期休みには実家へ帰ろう)


 扉の前に立つ兄と使用人達へ見えるように、リージアは馬車の窓から大きく手を振った。




「リージア様! おはようございます!」


 教室へ着いた途端、出迎えたクラスメイトの女子たちに囲まれ、何事かと目を白黒させた。


「何かあったのですか?」


 遠巻きに見ている男子達からも興味津々といった視線が送られているのが分かり、困惑して教室内を見渡す。


「リージア様、新聞を見ましたわ」

「殿下と仲睦まじいご様子で、羨ましいわ。私も素敵な彼とパフェを食べたいわ」


 赤く染まった両頬へ手を当てた女子生徒は興奮気味に話す。


「新聞? 仲睦まじい? 何のことでしょうか?」

「今朝の新聞にお二人の記事が載っていましたの」


“第一王子、婚約者とお忍びデート!”

“パフェが溶けるほどの熱々っぷり”


 女子生徒が広げた大衆紙の朝刊、いわゆる芸能欄に大々的な見出しが躍る。

 見出しと掲載された写真に、リージアの目が点になった。


「え、これは、昨日の……」


「ひぃいいい!」という絶叫は、周囲の視線とぎりぎり残った理性で何とか喉の奥へと押し込めた。


 白黒の写真でも、知っている者には写っているのがユーリウスとリージアだとはっきり分かる。

 口を開いたユーリウスの口元へ、リージアが「はい、あーん」とパフェを掬ったスプーンを運んでいる瞬間がしっかりと撮られていたのだ。

 さらにはユーリウスがリージアへパフェを食べさせている写真、手を繋いで歩く写真も載っている。これには言い訳は何も浮かばない。


 恥ずかしさを通り越して、乾いた笑いを返すしかなかった。

 服装を変えただけでは王子様だとバレバレで、不用心だと進言すればよかった。

写真で見ると王子様だとバレバレなのに、国民から人気があるユーリウスが周囲から気付かれ騒がれなかったのは不思議だ。

 それに彼が写真を撮られる可能性、写真を撮る新聞記者の存在に気付かなかったとは考えられない。


(デート中は隠遁魔法を使い、新聞記者の前では解いたとか? わざと写真を撮らせた? まさか、ねぇ。そんな面倒なことはしないか)


 クラスメイト達からの質問攻めは引きつった苦笑いでかわし、浮かんだ疑念を首を軽く振って打ち消した。



因みに、ブルックスは学園を卒業して王立魔法研究所の研究者になってます。研究所では白衣と眼鏡を装備した、ちょっとだらだらしたイケメンです。


いつも誤字脱字報告ありがとうございます。

次話は別視点となります。


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