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02.モブ令嬢は王子様達に翻弄される

 ひと悶着あった二年生の学園祭後から、放課後は下校時刻までの僅かな時間をリージアとユーリウスとは一緒に過ごしていた。

 婚約者とイチャイチャしたいという浮わついた理由からではなく、生花は問題無いのに植物を原料にした香料を嗅ぐとアレルギー反応が出る、厄介な体質となってしまったユーリウスのため。アレルギーの度合いが生活に支障をきたすレベルとなった可哀想な王子様の体調管理のためだった。

“風紀を守るために異性と一定時間二人きりにならないこと”と口うるさい教師達も、体調を整えるために必要な処置、と学園長が許可したことで二人きりでいても見逃してくれている。


「殿下、お待ちください」

「……なんだ」


 図書館の奥にある王族専用閲覧室の扉を解錠しようとしていたユーリウスは、面倒くさそうに声をかけてきた護衛騎士の方を向く。

 険しい表情の護衛騎士はユーリウスではなく、隣にいるリージアへ懐中時計を提示する。


「16時から生徒会の協議会があります。今から30分後には生徒会室へ向かえるように、どうか時間を気にしてくださいませ」

「はい。って、ユーリウス様?」


 頷くリージアと護衛騎士の間へ、ユーリウスは体を割り込ませる。

 護衛騎士からリージアを見えないように隠し、護衛騎士の持っている懐中時計を奪うと勢いよく蓋を閉めた。


「分かっている。開始10分前には生徒会室へ戻る。邪魔をするな」


 これ以上引き留めるなと釘をさして、閲覧室の解錠した扉を開いたユーリウスはリージアの腰を抱いて部屋へ入っていった。

 閉められた扉と、扉が閉まる直前で放り投げてよこされた懐中時計を交互に見て、護衛騎士は溜め息を吐いた。



「ちっ、面倒だな」


 ソファーに座ったユーリウスは苛々しながら長い脚を組む。

 棚の上にある時計を気にしつつ、リージアは持参した保温水筒から甘めのミルクティーをカップへ注ぐ。


「ただでさえ公務のせいでリージアと共にいられる時間が無いというのに、彼奴は小言ばかり言ってくる」

「ユーリウス様、ご公務も生徒会の協議会も大事なお仕事です」

「分かっている。生徒会長の仕事も公務も疎かにするつもりはない。はぁ、俺の部屋で生活してくれればいつでもリージアに逢えるのにな」


 腕を伸ばしたユーリウスは、リージアの右手に指を絡ませて引き寄せてそっと指先へ口付ける。

 甘い声と仕草に流されたリージアは、危うくユーリウスの台詞に頷きかけて慌てて首を横に振った。


「時間は短くても、毎日ユーリウス様と逢っています。同じ部屋というのは、その、色々問題があるでしょうし、駄目です」

「婚約者なのだ。同室になっても問題はないだろう」

「問題だらけですっ。学生のうちは規則を守ってください!」


 愉しそうに笑ったユーリウスは繋いだ右手はそのままに、真っ赤に染まったリージアの頬を左手のひらで包みこむ。


「仕方ない。卒業までは我慢するとしよう」


 頬に添えられたユーリウスの手のひらが僅かに動き、親指がリージアの唇をなぞる。


(うそっ、わたし、こんな顔をしているの?)


 真っ直ぐに見詰めてくる碧色の瞳に写り込む、蕩けきった顔をしているのが自分の顔とは思えず、リージアは羞恥心から体温が上がっていくのを感じた。


 チリンッ、チリンッ

 置時計が退室する時刻を知らせ、リージアはビクリと大きく体を揺らした。


「ユーリウス様っ、そろそろ、戻らないといけませんね」


 背凭れに沈ませる勢いで背中を押し付け、半泣きになったリージアは少しでも距離を取ろうする。


「くっ、そんなに可愛い顔をされたら、戻りたくなくなる」


 リージアの反応が可愛らしいとユーリウスは身悶え、いいところで邪魔をしてくれた置時計を恨めしい気持ちで睨んだ。


「……足りない」


 吐き出すように言ったユーリウスは、背凭れを掴みリージアへ覆い被さる。


「ユーリウス様!? えっ?!」


 慌てるリージアへユーリウスの顔が近付き、彼女の視界を覆う。

 ちゅっ、額に押し当てられてあたたかくやわらかい感触をしたものが音を立てて離れていく。と、同時に暗くなった視界が開けた。

 唖然とするリージアの呆けた表情を見下ろし、ユーリウスは満足げに口角を上げた。


「ふっ、真っ赤になって、本当にリージアは可愛いな」


(おっ、おでこにチューされた?!)


「ぎゃあ!」と出そうになった悲鳴は、口元を手のひらで覆い何とか抑えた。


(最初の頃の、ツンツンしていた時が嘘みたい。デレた王子様の破壊力の強さと笑顔は私よりもずっと可愛いのに)


 顔が、身体中が熱くて堪らない。

 おでこへのキスくらいでこんなに恥ずかしくなるなんて。

 前世で社会人だった自分には、彼氏がいたこともあったしそれなりの経験、キス以上のこともしていたのに、キラキラ王子様が相手では何も知らない初な少女となってしまう。

 いつか血圧が上昇しすぎて倒れてしまうのではないかと不安になり、リージアはユーリウスのジャケットの裾を握った。




 ***




 渋々、といった体で護衛騎士に連れられて行くユーリウスを見送り、リージアは図書館の新作文庫が並ぶ本棚へ向かった。

 一番上の段にある本が気になり、取ろうとするが手を伸ばしても届かない。つま先立ちになり背伸びをする。


「あっ」


 あと少しで取れるというところで、背後から伸びてきた誰かの指が斜めになった本の背表紙を掴み、一気に本棚から引き抜いた。


「これでいいのか?」


 確認してくる男子生徒の声。

 本を取ることに集中していたとはいえ、腕を伸ばされるまで彼の気配に気付かなかったのか。


「どうした?」


 首筋に吐息を感じて、リージアの肌がゾワリと粟立つ。

 彼が誰かなど、考えるよりも先に体が反応した。

 勢いよく振り向き、横へ飛び退き距離をとる。


「いい動きだな」


 背後に立つ男子生徒がヒュゥッと口笛を吹く。

 反射的に距離を取るように動いたリージアは、男子生徒の姿を確認して目を見開いた。

 襟足だけ肩より長い黒髪、金がかった橙色の瞳、褐色の肌。第二釦まで外したシャツとゆるめたタイは、だらしがないよりも色気を感じさせた。

 驚きと色気に当てられて固まってしまっていたリージアは、ハッと我に返り姿勢を正す。


「イザーク殿下、ご無礼をお許しください」


 頭を下げるリージアをイザークは手で制する。


「驚かせたのは俺の方だ。気にするな。リージア一人か……なるほど、ユーリウスは生徒会室へ行っているのか。丁度いい」


 周囲の気配を探り、イザークはニヤリと効果音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた。


「ずっと、リージア嬢と話してみたかったんだ。ユーリウスのガードが固くて近付けなくてさ」

「イザーク様もお一人なんですね」


 第一王子の婚約者が異国の王子様と密会していると、周囲からとられかねないこんな場面を誰かに見られたら、色々面倒なことになる。近くに誰かいないかと図書館内の気配を探り、誰の気配も無いことに内心安堵の息を吐いた。

 クラスが違うため彼と顔を合わせるのは廊下が多く、図書室で会うのは初めてだった。いつも女子生徒数人を引き連れて歩く彼が一人でいるのは珍しい。常に側にいる従者の青年もいないとは、何かあったのかと勘繰ってしまう。


「可愛いといっても、ずっと女の子達に囲まれているのは疲れるんでね。お目付け役に張り付かれるのも、嫌になる時もあるんだ。俺でもたまには一人になりたい時もある」


 うんざりした口調で言い、イザークは浮かべていた笑みを消す。


「はぁ、そうなんですか」


 笑みを消したイザークは頭の先から足元までリージアを見下ろす。

 長身のイザークから見下ろされる威圧感と圧迫感から、リージアは彼を見上げながら一歩後退った。


「ふぅん。もっと早く、ユーリウスより早く君の魅力を知りたかった。地味だと思っていた女子が、眼鏡を外すだけでこんなにも可愛らしくなるだなんて面白い」


 口角を上げたイザークはリージアの横、本棚へ手をつく。


「あの、イザーク様?」


 色気たっぷりの王子様から壁ドンならぬ本棚ドンをされるとは。

 これは一体どういうことかと、リージアの脳内でクエスチョンマークが乱舞する。


「上手く隠していたものだな」

「わ、私は、ユーリウス様の婚約者ですよ」


 上擦った声で言うと、イザークは目を細めてクスリと笑う。


「まだ婚約者、だろ?」


 低く甘く色気を含む声で言われてしまい、リージアの顔は真っ赤に染まっていく。


(ぎゃー!! なにこの状況?! 何でこんなに色気があるの?!)


 離れたいのに本棚ドンされている状況では逃げられない。不敬罪に問われても殴って逃げようかと、リージアは拳を握り締めた。


「ちっ」


 涙目で見上げてくるリージアの頬を触れようとして伸ばしたイザークの手が止まる。

 足音と共に知った相手の気配が近付いてくるのに気付き、リージアはほっと胸を撫で下ろした。


「何をしている」


 本棚の影から現れた黒装束の青年は、殺気混じりの鋭い声でイザークに問う。


「同意ではないな。その娘から離れろ」


 今にも攻撃を仕掛けかけてきそうな、剣呑な雰囲気を放つ相手に逆らうのは得策ではないと判断し、イザークは本棚から手を離した。


「ガルシア、先生」


 強ばっていたリージアの全身から力が抜けていく。


「やれやれ、番犬の登場か。今日は挨拶できたから、まぁいいか」


 苦笑いしたイザークは、芝居がかった動作で肩を竦めた。敵意を隠そうとしないガルシアの脇をすり抜け、通路へと出て振り返る。


「ではまたな、リージア」


 またな、ということは彼はまた自分と会話する気があるのか。若干引きつった口元を動かして笑みを作り、リージアは一礼して彼の背中を見送った。




 イザークの気配が完全に図書館からに消え、ようやくガルシアは口を開いた。


「隙だらけだぞ。もう少し警戒しろ」

「警戒しろって言われても……助かりました、ありがとうございます」


 顔を動かした際、リージアの肩までの髪が揺れる。

 ガルシアの指がリージアの髪へ触れる寸前で止まった。


「この髪が元の長さになるまでは、命をかけてでも守るのが俺の役目だ。今日はもう寮へ戻って休め」


 無表情で淡々と言っているのに、ガルシアの声に宿る感情は先ほどイザークへ向けた刺々しいものとはうって変わり、優しくてあたたかい。

 後夜祭の後、捕縛された彼は裏組織を抜けてシュバルツ預かりの身となった。メリルの依頼とはいえ、リージアの命を狙い髪を切ったことに責任を感じているらしく、表向きは教師として学園内へ入り護衛をしてくれている。

 王子様の婚約者という立場だけでなく、隠しキャラが護衛してくれる学園生活はときめくどころかモブには重くまったく慣れない。

 さらに今日は、たった一時間ほどの放課後の時間で二人の王子様と絡むことになるとは。授業を受ける以上に疲弊した気分だ。


 出入り口までついてきてくれたガルシアへ、深々頭を下げて図書館を出たリージアは茜色に染まる空を見上げた。


イザーク登場。王子様達に押されまくり。

ガルシア先生は体育と護身術の講師です。


誤字脱字報告ありがとうございます。いつも助かっています。


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[気になる点] 婚約者がいるのに他の女に手を出す男には嫌悪感があるんじゃなかったっけ? なに赤くなってるんだろう。設定が変わったのか?
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