03.モブ令嬢は不穏な空気を感じ取る。
王子様に膝蹴りして顔と名前を覚えられる、という最悪な出来事の翌日、リージアは食堂で偶然顔を合わせた読書を通じて仲良くなったB組のミレイと昼食を食べていた。
「メリル嬢が編入してから、B組内の空気が変わった気がするの。可愛いし楽しい子なのだけど、男子の前だと少し態度が違うのよね」
「それは、大変だね」
愚痴を溢すミレイへかける気の利いた言葉は浮かばず、リージアは苦笑いするしかなかった。
男子の前だと態度が変わる女子は、リージアが苦手とするタイプだった。ヒロインことメリルがその手のタイプだったらば、今後の展開に嫌な予感しか抱けない。
(昔から嫌な予感は当たるんだよね。今日は図書館へ寄るのは止めよう)
ミレイの話に相槌を打ちながら、リージアは放課後の過ごし方を考えていた。
「リージア」
昼休憩時間終了前、椅子に座り唸っていたロベルトは待ってましたとばかりにリージアへ声をかける。
「率直な意見を教えてくれ」
神妙な面持ちのロベルトに、歯磨きをしたいと言い出せずリージアは頷く。
「もしも、婚約者が自分以外の女の子から手作りの物を貰って、デートに誘われたらどう思う?」
「あー、ロベルト君は女子から手作りの物を受け取ってデートに誘われたの? それは婚約者さんに失礼だよ。逆だったらどうする?」
「逆とは?」
机に身を乗り出し問う、ロベルトの圧力に思わず後退った。
「婚約者さんが、ロベルト君以外の男子に手作りの物を渡して、その男子と楽しくデートしていたら?」
「それは駄目だっ!」
バンッ! ガタンッ!
両手を机についたロベルトが立ち上がった勢いで、椅子が大きな音を立てる。
「そうだよな。マーガレットの気持ちを全く考えていなかった。貰った物を返して誘いを断ってくるわ。リージア、ありがとな」
一方的に話し終え、全速力で教室を出ていくロベルトの背中をリージアは唖然と見送る。
休憩時間は残り僅かなのに大丈夫かと、少しだけ心配しながら鞄から歯ブラシを取り出して気付いた。
ロベルトに手作りの物を渡してデートに誘った女子生徒とは、ヒロインではないのか。
(そういえば……休日に街で買い物をしていて、肩が当たったと言うチンピラ二人に絡まれてしまうヒロインを、ロベルトが助けるっていうイベントがあったな。次のイベントでは、助けてくれたお礼でヒロインがロベルトにハンカチを渡すんだっけ。その時、ロベルトがヒロインをデートに誘う、あれ? 逆だっけかな?)
もしかしたら、ヒロインの立てたロベルト攻略のフラグを折ってしまったのかもしれない。
授業開始直前、スッキリとした顔で教室へ戻って来たロベルトから「断った」と報告を受け、リージアは余計なことをしたかもと複雑な気分になった。
***
放課後、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、リージアは教室の窓から中庭を見下ろした。
中庭の日当たりの良いベンチには、魔術師団長子息マルセルと宰相子息ルーファウスと一緒に談笑しているヒロイン、メリルの姿が見えた。
彼等の話し声に混じって、メリルの甲高い笑い声が辺りに響く。
「あれを見て。マルセル様とルーファウス様を隣に座らせるだなんて」
「まぁっ、マルセル様だけでなくルーファウス様にまで馴れ馴れしく話しかけるだなんて!」
放課後を平和に過ごしたい生徒は、メリル達から距離を取り聞き耳をたてる。天気の良い日には生徒達が座っているのだが、今日はメリル達が座るベンチの周囲は空いていた。
授業も終わった放課後では咎められる事はないとはいえ、大声で騒ぐのはマナー面から感心しない。
「2年B組はメリル様のせいで、男子と女子の仲が悪くなっているらしいわ」
「メリル様ったら、婚約者のいる男子にも気安く接しているそうよ。メリル様の言動を注意した女子もいたのだけど、男子数人が取り囲んで罵声を浴びせて泣かせたんですって!」
「まぁ! 何て酷いことをするのかしら!」
「担任の先生は何をしているの? もしかして、担任の先生もメリル様の味方なのかしら?」
窓から中庭を眺めていた女子生徒達が話す内容からして、メリルの評判は良くはないようだ。
ゲームでは、天真爛漫でも心優しく礼儀を忘れないヒロインは男女ともに好かれていた。
成績が悪くても魅力の数値が低くて誰とも恋愛しなくても、同級生に嫌われることは無かったのに。
記憶にあるヒロインとメリルとの違いに違和感を覚え、リージアの黒板消しを持つ両手に力がこもる。
(編入三ヶ月目でルーファウスまで虜にするだなんて、早すぎない? もしかして彼女は逆ハーレムとやらを狙っているの? ロベルトは今のところ婚約者さんに気持ちが向いているみたいだけど、ユーリウス殿下はどうなんだろう? あれっ?)
チラリと教室の方を見上げたメリルと一瞬だけ視線が合う。
目が合った瞬間、細められたメリルの空色の瞳は窓から自分を見ている女子達への優越感で満ちていた。
両手に美少年を従えているのだと、見せびらかすために彼女は中庭にいるのだ。
ゲームの純真無垢なヒロインとは程遠いメリルから、性格の歪みを感じて寒気がしてくる。
(うわぁ~触らぬヒロインに祟りなし、近付くな攻略対象者達、ね)
寒気がしてきたリージアは、黒板消しを持った両手の甲で両肩を擦った。
学園に居る間は、体育や実技のある授業や昼食休憩時間しか攻略対象者の好感度は上げられない。
ヒロインが他クラスの攻略対象者と交流出来るのは放課後と休日のみ。
ゲームのヒロインとは違う動きをしているメリル。彼女が誰狙いかは全く分からない。
そのため、彼女が何処に出没するのか予測できず、出掛けた先で好感度上げ真っ最中のメリルと遭遇しかねないのだ。
自衛のためにも、放課後は居残りはせずに真っ直ぐ寮へ帰るのが一番。
「おーい、リージア」
名前を呼ばれ、鞄を持ち教室を出ようとしていたリージアの足が止まる。
「えっと、今から少しいいか?」
引き留めたロベルトは何時もと様子が違い、歯切れの悪い口調に何かあるのかとリージアは断りの言葉は言えず頷いた。
「ついて来てほしい」と言うロベルトの後について向かった先は、教室棟を出て渡り廊下を渡った先の職員室や事務室がある中央棟だった。
事務室と職員室があり一階には教師達が居るが、ロベルトに先導されて歩く三階には放課後ということもあり人影は無い。
学園入学してから高まった危機回避力が、早く此処から立ち去るべきだと警鐘を鳴らす。
「ロベルト君、此処ってさ」
「ああ、生徒会室だ」
目的の部屋、廊下の突き当たりの扉のプレートに表示されている部屋名をロベルトは律儀に答える。
「帰ります」
くるりと体を反転させたリージアの肩をロベルトが掴む。
「帰るのは駄目だ。殿下がリージアに用事があるんだって。一応、殿下とは幼馴染みで仲は良いんだよ」
幼馴染みというのはリージアもゲーム知識で知っている。
同じクラスになってから、一度もロベルトからユーリウスの話は出なかったため、彼が幼馴染みで将来の側近候補でもあることを忘れ完全に油断していたのだ。
トントントンッ! バンッ!
扉が揺れる力でノックをしたロベルトは勢い良く開いた。
「ユーリウス殿下、連れてきました」
「ロベルト……部屋に入るのは俺が返事をしてからにしてくれ」
「あぁ、すみません」
生徒会室に入って直ぐに置かれた円卓を挟み、椅子に座ったユーリウスは悪びれた様子の無いロベルトを睨む。
背の高いロベルトの後ろからリージアが顔を覗かせると、仏頂面を崩したユーリウスは口元を笑みの形へ変えた。
「リージア嬢、一昨日はどうも」
完璧王子様の微笑みなのにユーリウスの目は全く笑っておらず、一昨日の膝蹴りをして呻く彼の姿がリージアの脳裏で再生される。
(ひぃっ! この呼び出しって、ヤバイやつだ)
目前のユーリウスから放たれる剣呑な雰囲気から、我が身の危機を察したリージアの意識は遠退きかけた。
令和元年最後の更新となります。
今年一年ありがとうございました。皆さまよいお年をお迎えください。




