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12.モブ令嬢は王子様から協力要請される

前話の続きです。

 愛の告白にしては直球過ぎる発言をされて、リージアの全身は発火するんじゃないかというくらいの勢いで真っ赤になった。


 沸騰する頭のなかでも、初めて告白される相手がキラキラ王子様とか有り得ないとか、こんなタイミングでの告白は有り得ない、という冷静な思考が浮かれて絶叫しそうになるのを押し止める。


「えっと、それはどういう意味、でしょうか」


 激しくなる動悸を悟られないように、リージアは努めて冷静に話す。


「匂いが、するんだ」

「へ?」


 ぽっかんと口を開けたリージアの口から間の抜けた声が出た。

 数秒固まって、自分の腕の匂いを嗅いでみる。

 少し汗臭いがそこまでは臭くはない、と思う。


「あのメリル嬢から、甘ったるい匂いがして頭痛や目眩がしてくるわ、鼻の奥が痛くなる。果ては意識がぼんやりして、まともな思考では無くなる」

「えーっと」


 首を傾げてメリルと会話した時のことを思い出してみる。

 フローラル系の香りはしたが、彼女から不快にかんじるくらいの甘ったるい香りはしただろうか。

 真剣な表情で話すユーリウスからは彼の気のせいでは無く、本当にメリルが近付くだけで強烈な香りに悩まされていたのだろう。


「護衛や他の者はそんな香りはしないと言うし、精神干渉魔法かと思ったが学園内で魔法は使えない。魔道具も特別に許可されなければ使えない、学園入学時に書いた契約で縛られているからな」


 長椅子の背もたれに凭れかかり、ユーリウスは疲れた様子で深く息を吐き出した。


「殿下が感じるというメリルさんからの匂いって、体臭的なものですか?」

「あんなに甘ったるいのが体臭とは思えんが……だが、さっきのはリージアがいてくれて助かった。アノ匂いはもう駄目だし、視覚的にもアレは俺でも耐えられない」


 片手でこめかみを押さえたユーリウスの変化に気付き、リージアは勢いよく顔を動かして見る。


「殿下、俺って?」

「あ、」


 無意識だったのだろう、しまったという顔になったユーリウスは片手で口元を覆う。

 ゲームでは完璧王子様を装っている彼が、自分のことを「俺」と言い出す時は好感度がかなり上がり、ヒロインに弱い部分をさらけ出してから。

 一人称が私から俺となると、それまで塩対応だったヒロインを甘やかし始めるのだ。


(えっ?! 何で好感度が上がっているの?! リアルツンツン王子からのデレは対応に困る!! 私への好感度が上がっても良いことはないでしょう?!)


「無効化のスキル効果ですかねぇ」


 隣に座るユーリウスと視線を合わせられず、遠い目になってしまった。


「そうかもしれないな。やたら臭いクッキー入り紙袋はリージアが触れた途端、匂いが消えた。あの時は生徒会室中に匂いが充満して、頭痛と目眩と吐き気に襲われ涙が出てきたくらい駄目だった」


 B組が調理実習だった日、遅刻して生徒会室へ行ったリージアを待ち構えていた、今にも誰かを殴りに行きそうなくらい凶悪な形相をしたユーリウスを思い出す。


(頭痛、目眩に吐き気なんてアレルギー症状みたいじゃないの。匂いはヒロインによる強制力かと思ったけど、不快症状を起こすアレルゲンみたいなメリルに追いかけられるとか悪夢だったろうな。花粉症だった前世は、薬を服用しないと日常生活が送れないくらい症状は重かったからつらいのは分かる。これはユーリウス殿下が気の毒だな。あれ? それじゃあ私の立場は、アレルギーを抑える薬か空気清浄機?)


 空気清浄機としての好感度アップでは、恋慕による好意とは違う感情ではないか。

 そう結論付ければ、モブキャラがメインヒーローに惚れられる訳がないと納得も出来た。

 少しだけ落胆したのは、きっと気のせい。


 学習室での倒錯した行為が無くとも、王子様が苦手とする相手を通り越してアレルゲンになってしまったメリルの、ユーリウス攻略フラグは完全に折れた。


「そこまで不快症状が出てしまうなら、王子を害した疑惑があるとメリル嬢を調べればいいのではないでしょうか?」


「それは出来ない。メリル嬢の後見として父親以外に神殿も関わっている。俺に付きまとい害そうとするのは、王妃の命を受けている可能性もある。俺は肩書きこそ第一王子だが、少々危うい立場だからな」


 ユーリウスは自嘲の笑みを浮かべた。


(そっか。彼は自分の生んだ息子を次期国王に据えたいという、継母の王妃から邪魔物扱いされていたんだった)


 ハッピーエンドでは、彼を亡き者にしようとする王妃の企みをヒロインとともに暴き、国王に即位する。

 バッドエンドでは、王妃が用意した隠しキャラの暗殺者に殺されてしまうのだ。


「王妃に弱みを見せないようにし、メリル嬢の目的を暴くためには、学園内を自由に出入りでき信用できる者の協力が必要なのだ。当初は、ルーファウスがその役目を担ってくれていたのだが、あの有り様だ」


 腰を浮かせ隙間を縮めたユーリウスは、近くなった距離に戸惑い眉尻を下げるリージアの右手を取る。


「リージア、俺に協力してほしい」


 何時もだったら「しろ」という命令口調なのに、こんな時に限って「ほしい」だなんて狡い。

 一方的な利害関係での協力要請だと分かっていても、発火するのでは無いかと心配になるほど顔に熱が集中してしまい、リージアは唇を噛む。


(どうしよう……)


 利用しようとしているだけだと分かっているのに、真剣な表情で言われたら勘違いしてしまうじゃないか。


「わ、私の安全は、」

「俺が動かせる限りとなるが、君の安全のために護衛をつける」

「護衛の前に、女子達の目が怖いというか、そのですね」


 今までは、雑用係という仕事名と築き上げた地味な印象によって女子達から無害と認定されていたのに、王子様の協力者になったら学園中の女子を敵に回してしまう可能性がある。

 平穏な学生生活を送るためには、地味なモブキャラが王子様に気に入られるのは困るのだ。


 返答に悩むリージアの内心を察したユーリウスはクスリと笑う。


「目立ちたくないのだろう? 学園の人目がある場所では、必要以上に近寄らないと誓おう。リージアが嫌でも俺にはお前が必要なんだ」


 数多の女子を惹き付ける王子様に、低く甘い声で囁くように言われてしまったら、「嫌です」と断れるわけが無かった。


(無理っ!! 手、はな、離してぇ~!!)


 半べそになって視線で訴えても掴まれた手は離してもらえない。

 羞恥で真っ赤に茹だったリージアには頷くしか選択肢は無かった。

 僅かにリージアの頭が動いたのを確認して、ユーリウスは満足げに笑い手を離す。


「先ほどの会話から、メリル嬢は近いうちに俺に近付いてくるだろう。その時に、目的を問い詰めるつもりだ。リージアには近くに居て欲しい。いや、居てくれ」

「……分かりました」

「それとは別に、無効化のスキルでメリル嬢の香りを消せるのなら、リージアに触れられればルーファウスの目も覚めるかも知れないな」

「それは嫌です」


 言い終わると同時に答える。即答だった。

 学習室でメリルの脚に頬擦りしていた相手に、自分から近付くなんて危険な上に寒気がする。


「あんなことをしていた人に近付くなんて、ましてや自分から触れるだなんて嫌です。踏まれて喜ぶとか気持ち悪い。殿下はあんなことをしていた人と仲良くしたいのですか? 以前と同じように、ルーファウス様を側に置きたいと思っています?」

「無理だな」


 同じく即答したユーリウスは首を横に振る。


「だが、変態でもルーファウスは有能だったんだ。俺がメリル嬢の世話を頼まねば、と悔やむくらいは、彼奴のことを惜しいと思っている」


 きつく目を瞑った顔には罪悪感と後悔の感情が滲む。


「あの感じは、私のスキルでどうこうなるものでは無いと思いますが……」


 頭脳明晰な未来の宰相候補ルーファウスが脚フェチなのは、ゲームの公式資料にも書かれていた。

 彼の性癖を高めてしまったのはメリルでも、性癖の根本は変えられないと思う。


「だから、殿下が気を病むことはないですよ」


 こうなった責任を感じている気持ちを少しでも軽くしようと、努めて明るく言ってへらりと笑う。


「名前」

「え?」

「あの変態(ルーファウス)は名前で、俺は何故名前ではない?」


 一変して不機嫌になったユーリウスは上半身ごと顔を背ける。


「へ? 名前?」


 不機嫌になった理由がすぐには理解出来ず、数秒考えてから口を開いた。


「ユーリウス殿下?」

「違う」

「じゃ、じゃあ、ユーリウス様?」


 まさかと思いつつ疑問系で呼んだ名前なのに、憮然としていた王子様は結んだ唇を崩して嬉しそうに笑った。


想像通りでしたか?

空気清浄機&協力者になりました。

次話は王子様視点になります。


いつも誤字脱字報告ありがとうございます。

15話で完結予定だったのに、もう少し伸びそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] えっ、15話で完結予定だったのですか⁈ もう少しと言わず、もっと続けてほしいです。 だって、主人公リージアが一貫してとっても可愛いうえに、ユーリウス殿下まで可愛くなってきたところなのにもう…
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