11.モブ令嬢は王子様と覗きをする
変態注意!
変態が苦手な方はごめんなさい。
これは一体何の拷問だと、自分が何をしたのだと、リージアの脳内は大混乱に陥っていた。
背中から恋愛シミュレーションゲームメインヒーローである王子さまに抱き締められた状態で、図書館の学習室でヒロインが繰り広げる不健全なイチャイチャを覗くなんて、年齢指定のある漫画や小説の展開じゃないか。
王子様もこんな場面に巻き込むとは、何を考えているんだ。
無理です。もう勘弁して欲しい。解放して欲しい。そんな願いを込めて背後にいるユーリウスを涙目で見上げる。
「学習室で、教科の勉強ではなく不埒な行為に励むとはな。リージア、以前渡した魔石は持っているな? 記録を頼む」
(これを記録しろとー?!)
感情のこもらない声で淡々と言われ、文句を言いたいのにユーリウスの大きな手のひらに口を押さえられているせいで、もがもが鼻から荒い鼻息が漏れるだけ。
半泣きになったリージアは、もうどうにでもなれという気持ちで震える手を動かして胸元の魔石へ触れた。
学習室の床へ片膝をつき頬を紅潮させたルーファウスは、椅子に脚を組んで座り自分を見下ろすメリルのハイソックスの上から脹ら脛に頬擦りをする。
「うふふ、もぅルーファウス様ったら。本当に私の脚がお好きなのね」
「はぁ、メリルの脚の感触も肉付きも、全部が堪らないんだ」
ハイソックスの上から足首へ口付けて、はぁはぁとルーファウスは荒い呼吸を繰り返す。
「それだけ?」
「君のこの香りも、大好きだ」
答えに満足したメリルは、クスクスと鈴を転がしたような可愛いらしい声で嗤う。
「ねぇ、脱いで欲しいの?」
組んでいた脚を戻したメリルの人差し指がゆっくりとハイソックスをなぞる。
ご馳走を前にした、期待に満ちた表情となったルーファウスは、眼鏡がずれる勢いで何度も頷く。
「ふふっ、いいわよ」
赤い舌先で唇を舐めて、メリルは見せつけるようにするするハイソックスを脱いでいく。
素足になった足の指に頬擦りをして、目を潤ませたルーファウスはハイソックスを脱いだばかりの足の香りを堪能する。
「ああ、脱ぎたての香り、堪らない」
「もっと欲しい?」
そう問うメリルの頬も、高まる興奮で紅潮していた。
「はぁはぁ、欲しいっ。私を、踏んでくれっ」
学習室内から聞こえた衝撃的な言葉。
猛烈な嫌悪感が全身を襲い、体が彼等の行為を見続けるのを拒否している。
拒否反応でリージアは体を仰け反らせてしまった。
(ひいいい!! 気持ち悪いー!!)
恋人同士の戯れどころじゃない。これでは女王様と下僕ではないか。
もうこんなに気持ち悪いモノを見るのは赦してほしい。此処から逃げ出したくて、リージアの瞳から涙がぽろぽろ零れ落ちる。
「目を閉じていろ」
口元を覆う手のひらとは逆の手のひらが、涙を流すリージアの目元を覆い隠す。
顔の真横という至近距離でユーリウスの息遣いを感じて、全身をすっぽりと彼に抱き込まれているのだと、隙間無く彼と密着しているのだと、今更ながら実感してしまった。
(どうしよう、さっきまで気持ち悪いので頭が一杯だったのに、急に恥ずかしくなってきた)
先ほどまでは全身に鳥肌が立っていたのに、今は羞恥心から全身が発熱したように熱くなっている。
「うふふっ、踏まれたいの? 困ったルーファウス様ね。踏んで欲しいのなら、私のお願いを聞いてくださらない?」
「はぁはぁ、お願い?」
視界からの情報はユーリウスによって遮断され、音のみの情報がリージアの耳へ届く。
がたん、椅子が揺れる音が聞こえ、ユーリウスの手に力がこもる。
「最近、邪魔ばかり入ってユーリウス様とお話が出来なくて寂しいの。私にユーリウス様と二人きりでお話する機会を作って欲しいの」
声だけ聞けば可愛らしく甘えている声なのに、内容は王子様と会わせてという図々しいものだった。
背後のユーリウスからは、今にも舌打ちせんばかりの剣呑な雰囲気が伝わって来る。
「はぁはぁ、可愛いメリルのお願いならば、頑張って叶えるよ。ユーリウス殿下もメリルと話せば、君の魅力の虜になるよ」
吐息混じりで発するルーファウスの言葉に寒気がした。
「僕みたいに」
「うふふふっ、ルーファウス様っ大好きです」
椅子が軋む音が響き、踏まれる悦びに喘ぐルーファウスの声に治まっていた吐き気が甦ってくる。
俯き身を縮めたリージアの耳たぶを労るようにユーリウスの唇が掠めた、気がした。
いつまでも続くかと思われた倒錯した行為は、数人の男子生徒が図書館へやって来たことによりあっさりと幕が下ろされた。
談笑しながら課題用の本を探す男子生徒の声が近付いて来ると、メリルはハイソックスを履き何事も無かったかのように装い、身だしなみを整えたルーファウスと学習室から出ていった。
男子生徒達の声とメリルとルーファウスの足音が遠ざかった後、立っていられず膝から崩れ落ちたリージアの体をユーリウスの腕が支える。
「大丈夫か?」
脱力して疲れきったリージアは首を横に振る。
「気持ち悪いです。滅茶苦茶気持ち悪い」
全身の筋肉を強張らせていた疲労と脱力感、見てしまったモノの精神的な負担から込み上げる嘔気でえづく。
「その、すまなかった」
顔色を青くして小刻みに震えるリージアに対し、ユーリウスは素直に謝罪の言葉を口にした。
謝ってくれるとは思ってはいなかったリージアは、驚いて目を丸くする。
「話したいことがあり別の部屋を押さえてある。歩けるか?」
「足に力が入らな、きゃあっ!」
言い終わる前に、ユーリウスは背後から支えていたリージアの背中と膝裏へ手を差し入れ、そのまま横抱きに彼女の体を抱えた。
「な、な、なにをっ」
「この方が早いだろ」
動揺のあまり、はくはく口を何度も開閉するリージアを抱き抱え、ユーリウスは学習室が並ぶ通路の奥へと歩き出した。
「此処だ」
通路の奥、重厚な扉に特別閲覧室というプレートが掲げられた部屋の前で、ユーリウスは足を止める。
片腕でリージアの体を抱き、片手で制服のブレザーのポケットから出したカードを扉へ当てた。
カードが数秒輝いた後、扉は音もなく自動で開いていく。
「此処は、王族専用の閲覧室だ」
王族専用らしく、床に絨毯が敷かれた豪華な室内には机と椅子、仮眠も出来そうな大きな長椅子が置かれていた。
大股で歩くユーリウスは部屋を横切り、腕に抱えたリージアを長椅子の上へ下ろす。
「ありがとうございます」
いくら歩けなかったとはいえ、所謂お姫様抱っこをされるのは恥ずかしくて、頬に熱が集中してしまう。
ユーリウスは「礼を言われるほどでは」と呟いて顔を背けた。
「あんなモノを見せて、すまなかった。彼奴等が学園内であそこまでやっているとは思ってはいなかったんだ」
まるで最初からメリル達が居ることを知っていたかのような口振りに、リージアは顔を上げた。
「もしかして殿下は、メリルさんとルーファウス様が学習室を利用することをご存知だったのですか?」
「ああ、そうだ。学習室は事前に申請しなければ使えないからな。彼奴等が司書不在の日に二人きりで何をしているのか、知りたかったのだ」
すんなり認められて、吐き気が込み上げるほどしんどい思いをしたのに、という怒りが湧き上がってきた。
「何故、私だったのですか? 護衛の方や先生でいいでしょう? 私にあんなモノを見せなくてもよかったじゃないですか!」
怒りと騙し討ちのようなことをされたショックで、リージアの目から涙が溢れてくる。
「それは」
泣きながらリージアに睨まれたユーリウスは、気まずそうに眉を寄せて口ごもる。
深い息を吐くと長椅子へ腰掛けた。
「リージアでなければ、私が駄目なのだ」
「えっ?」
真剣な眼差しでユーリウスはリージアを見詰める。
涙が引っ込み、代わりに心臓が大きく跳ねた。
王子様の理由、もとい言い訳は次話で。
脚フェチ目撃は、実は入れたかったシーンの一つなんです。これ以上は変態シーンは無い、はず。
誤字脱字報告ありがとうございます。いつも助かっています。




