10.モブ令嬢は呼び出しを受ける。
リージア視点に戻ります。
生徒会役員選挙の翌日、リージアは友人のナンシーと街へ買い物へ出掛けていた。
雲一つ無い青空、実家で花嫁修業中の姉から送られた真新しいクリーム色のワンピースに袖を通し、眼鏡はそのままで普段は三つ編みにしている髪は下ろしハーフアップにしてほんのり化粧もした。
久しぶりの買い物にはしゃぐナンシーを横目に、リージアの気持ちは昨日からどんより沈んだまま。
昨日、B組男子の生徒に絡まれたことは、メイドにもナンシーにも言っていない。ジョージ先生やユーリウスから口止めはされなかったが、男子に殴られただなんて言えなかった。
(今日が休みで良かった。ちょっとユーリウス殿下と顔を合わせにくいし)
女子寮手前まで送ってくれたユーリウスは、思い詰めた顔をして「すまなかった」と謝罪の言葉を口にした。
王子様が何度も頭を下げるなどそう無いだろうに、暴力を振るった男子生徒を処刑してしまうのではないかと不安になった。
「これ可愛いよね~」
同意を求めるナンシーの声に、慌てて彼女が持つピンク色のリップを見る。
「あ、うん、いいんじゃないの?」
「リージアも何か買えばいいじゃない」
「うーん、私はいいよ」
今居る店は女子が好きな可愛い小物や化粧品が並ぶ、最近開店した王都でも人気な雑貨屋。
可愛い店構えを見た瞬間、この店はゲームの中でヒロインがよく利用する店だと、各種パラメーターを上げる効果のあるアイテムを売っていたことを思い出した。
(もしかしたらメリルさんが来るかもしれないのに、のんびり買い物を楽しめないよ。会ったら何言われるか分からないし)
入口から入店する女性客ばかり気になってしまい、商品まで見ている余裕は無い。
早く店から出たいという雰囲気を出しているのに、ナンシーは気付かず買い物に夢中だ。
「この色似合いそう! お揃いで買おうよ!」
周囲を警戒するリージアをよそに、ナンシーは楽しそうにリップの色を比べていた。
三十分ほど雑貨屋に滞在し、休憩しようとカフェへ向かっている途中、ナンシーは交差点の手前で足を止める。
「あれってさ」
ナンシーは大通りを挟んだ店の前で会話をする男女を指差す。
「彼処にいるのってメリルさんじゃない?」
指差した先にいる男女を見てリージアも頷く。
後ろ姿でもメリルだと分かった。というか、ピンク色という目立つ色の髪をした女子は彼女しか見たことは無い。
「そう、だね」
遠目とはいえ、休みの日まで会いたくなかったメリルの姿につい眉を寄せてしまう。
あれ? とリージアは声を出す。
メリルと一緒にいたのは、攻略中であろうマルセル、ルーファウスとは違う鉛色の短髪の男性だったのだ。
「何時もと違うB組の男子じゃない、知らない男の人と一緒にいるわよ。彼女って、休みの日もやっていることは学園と何も変わらないのね」
顔を顰めるナンシーに相槌を打ち、男性が誰なのか考える。
「あの人は……」
鉛色の髪をした黒い服の男性は、細身で遠目でも整った容姿だと分かる。
鋭い目付きと堅気ではない雰囲気を持ち、フリルやリボンがついたガーリーなワンピースを着たメリルとは縁遠い相手に感じた。
「何で?」
記憶を探り思い出した。男性は攻略対象キャラの一人。しかし、今メリルと一緒にいるのは何故だろうかと不思議に思った。
(メリルさんと一緒にいるのは、暗殺者のガルシア? でも彼は隠しキャラでヒロインが聖女となるルート、ユーリウス殿下の攻略しないと出てこない。もしやメリルさんは聖女ルートに入った? そんなことってあるの?)
「一緒になると気まずいし、違う店にしようか」
「そうね」
メリルは笑顔で話をしていてもガルシアは無表情で、二人の間に親しげな雰囲気は感じられず、どんな関係なのか気になる。とはいえ、ヒロインと攻略対象キャラとのデートを邪魔してはいけない。
触らぬヒロインに祟りなしだと、足早にその場から離れた。
***
週末の休みが終わり、登校した学園内はちょっとした騒ぎになっていた。
2年B組の男子2名が、器物破損と暴力行為のため退学処分となったと、掲示板に貼り出されていたのだ。
あわせてB組には生徒指導担当ジョージ先生が常駐することになり、厳しい処分に男子は恐怖におののき女子からは歓声が上がった。
男子生徒の処罰と、ジョージ先生の威圧がどの程度の抑止力になるかは分からないが、B組の友人ミレイによれば今のところメリルを含めた彼女の取り巻きは静かにしているそうだ。
発動させていた魔石の記録は、証拠として求められてシュバルツへ提出した。
男子生徒の退学処分よりも、暴力行為の被害者としてリージアの名前を出されなくて安堵した。
昼食休憩の終わりごろ、次の授業のためリージアは渡り廊下を通り中央棟へ向かっていた。
「あ、」
中央棟から歩いてやって来た男子生徒に気付き、リージアはギクリと表情を強張らせた。
「殿下、もう授業ですけど、どうされました?」
先日はありがとうございます、とかもう少し気のきいたことを言えばよかったかと、言い終わった後に気が付く。
「リージア」
名前を呼んでから口を閉じたユーリウスは、無言で腕を組みリージアを見下ろす。
授業へ遅れてしまうのに、ユーリウスからの威圧感が強すぎて動けない。
正しく、蛇に睨まれた蛙状態でたっぷり数十秒は見詰め合ってしまった。
「今日は、放課後に予定はあるのか?」
離れた場所から生徒の声が聞こえると、弾かれたようにユーリウスは視線を逸らした。
「話がある。図書室まで来い」
「え、」
視線を逸らした彼の態度から、どのような用件なのかと頭の中が混乱していく。
思考が追い付かないリージアが問う前に、ユーリウスはくるりと背を向けて教室棟へ行ってしまった。
(図書室へ来てくれ、じゃなくて来い、とは王子さまは何を考えているのだろう? まさか告白……なんてされるような甘いものは全く無かったし、また無茶な依頼かな?)
放課後のことを思うと授業に集中出来ず、胃はしくしくと痛み出していた。
先日のことだと予想はついても、生徒会室ではなく図書室へ呼び出す理由が分からない。
またもや無理難題を言われるのだろうか。
溜め息を吐いて人気の無い図書館へ向かった。
中庭を抜けた先に建つ図書館は生徒はおろか司書の姿も無く、入り口には《司書不在のため貸し出しはできません》の看板が掲げられていた。
貸し出し返却以外は可能のようだが、広い図書館内は勉強する生徒も居らず壁に掛けられた時計の針の音と、自分の足音しかしない。
まだユーリウスは来ていないのかと、リージアはきょろきょろと辺りを見回しながら本棚の間を歩く。
「、ふふっ」
予約制の学習室の側を通った時、扉が少し開いている部屋から女子の声が聞こえた。
学習室で勉強している生徒の邪魔をしては申し訳ない。
足音を忍ばせて学習室へ近付き、扉上部の硝子部分から中を覗き見たリージアは悲鳴を上げそうになった。
(うげぇっ!?)
学習室に居たのは、ピンク色の髪の女子生徒と藍色の髪を肩口で結び銀縁の眼鏡をかけた男子生徒だった。
覗くんじゃなかったと後悔しても、バッチリ見てしまった。
(メリルさんと、ルーファウス様? こんな場所で何をしているの?!)
人気の無い図書館の狭い室内で男女が二人きりで、椅子に脚を組んで座るメリルと頬を紅潮させて床に片膝をつくルーファウスという構図だったら、健全な勉強会では無いと鈍い自分でも分かる。
この場から離れなければと気持ちは焦るのに、後退る足に力が入らず震える。
(あっ)
よろめいて後ろへ倒れかけたリージアの背中を、背後から伸びてきた誰かの腕が支えた。
「ぎゃ、」
「声を出すな」
背後からリージアの体を支える相手が耳元へ唇を寄せて命じる。
(ユーリウス殿下?!)
聞き覚えのある声に驚き、振り返ろうとしたリージアの口元を大きな手のひらが覆った。
扉の硝子部から学習室の様子を確認したユーリウスは、嫌悪感を露に眉間に皺を寄せる。
「丁度いい。見届けるぞ」
(ええー?!)
後ろからリージアの体を抱えたユーリウスは引き摺るようにして、メリル達から見えない位置の本棚の影へ移動した。
王子様に呼び出されたモブ令嬢は、端から見たら自分達も密会しているとは気が付かない。
次話は、変態が出てきます。苦手な方はごめんなさい。
調理実習で作ったクッキーの話は、番外編という形で考えています。




