王子様は彼女のことを考える②
王子様視点の続きです。
膝蹴りをくらった後、脇腹の鈍痛を除けばユーリウスの頭は冴え渡っていた。
脇腹の怪我は思った以上に酷く、治療を頼んだシュバルツからは加害生徒を罰するべきだと言われたが、リージアを責めるつもりは微塵も無かった。
何故ならば、生徒会室を出て教室棟へ向かう渡り廊下でまた“偶然”出会ったメリルから甘ったるい香りがしてきても、頭が重くならず目眩もくしゃみも出ない。
寮へ戻ったユーリウスは、数日ぶりに悪夢も見ずにぐっすりと眠れたのだ。
翌日の昼食休憩時間、隣国からの留学生イザーク王子と食堂へ向かう途中、生徒達の間から目立つピンク色を見付けてしまい顔を顰めそうになった。
「ユーリウス殿下! イザーク殿下! こんにちは!」
大声で名前を呼ばれ、周りの生徒達の視線がメリルとユーリウスへ集まる。
「今日の放課後はお暇ですか? マルセル様、ルーファウス様と新しく出来たカフェに行くんですけど、ユーリウス殿下とイザーク殿下も御一緒にどうですか?」
混雑する食堂前で、堂々とユーリウスとイザークの二人を誘うメリルへ、周囲の女子生徒からの敵意が跳ね上がった。
「いや、生徒会の仕事があるから無理だ。すまないが、私は遠慮しよう」
「ごめんな、俺も先約があってね」
「えぇ~」
ユーリウスに続いてイザークも断れば、メリルは納得出来ないとばかりに唇を尖らせた。
「メリル、殿下達はお忙しいのだから仕方ないよ」
「私達で行きましょうか」
自らも生徒会役員を担っているというのに、仕事を放棄していることを全く悪びれもせず、無遠慮に王子へ声をかけるメリルを止めず彼女のご機嫌とりをするとは。
苛立ちを抑えるため、表情筋に力を入れすぎてこめかみが痛む。
「メリル嬢は積極的だな。しかし、あんなに簡単に落ちる者が君の側近候補でいいのか? 人選はしっかりした方がいいぞ」
メリル達が離れた後、女子に甘いイザークも苦笑いする。
「彼奴等を側近にするわけ無いだろう」
学園卒業後、マルセルは魔術師団へ入団しルーファウスは宰相の片腕として王宮へ上がる道筋を用意されていたというのに、二人を側近として迎える未来はあり得ないとユーリウスは吐き捨てた。
(しかし、あの二人が抜けた穴を補填しなければ生徒会が回らないな。そうだ、あの女子生徒は、リージア・マンチェストは、使えるか?)
高位貴族用に用意された二階席から階下の食堂全体を見渡し、目を凝らしながらユーリウスはアプリコット色の髪をした女子生徒を探した。
寮に戻り、自室に他者からの干渉を受けないよう遮断結界を張り、ユーリウスはおもむろに切り出した。
「リージア・マンチェストのことを教えて欲しい」
口いっぱいに頬張った焼き菓子を咀嚼してから、ロベルトは口を開いた。
「リージアのことを?」
「最近、ルーファウスとマルセルが仕事をしないせいで雑務が追い付かない。今の状況をみるとA組とB組の者には頼めない。ロベルトも細かな作業は苦手だろう? C組のリージア嬢は教師からの信頼も厚く、雑務の手伝いを依頼しようと考えている。そこで、ロベルトの意見を聞きたい」
側近候補で幼なじみでもあるロベルトは魔力は低いが本能というか、彼の直感は良く当たる。
「リージアは真面目で、面倒見もいいし信頼できると思う。この前、分からないところを教えてもらったんだけど、分かりやすく説明してくれたぞ」
「そうか」
リージア・マンチェストの人となりは問題無さそうだった。
後は、本人に了承を得るだけだと、ユーリウスはほくそ笑んだ。
生徒会の雑用係となったリージアは初日から良い仕事をしてくれた。
溜まった書類の整理だけでなく、数年分の代表委員会議事録や行事の予算書を年代別に分かりやすく綴り直し、乱雑に棚へ入れられていた文房具の整理整頓までしたのだ。
物を探す手間が省けると生徒会役員達が喜ぶ中、ユーリウスは生徒会役員選挙と公務の予定が立て込んでいたため、メリルがリージアを害そうとすることまで考えが回ってなかった。
「何だと」
シュバルツから伝達魔法で伝えられた、メリルが発した暴言を知りユーリウスは片手で顔を覆う。
生徒会室へ戻ってきたリージアへ何と声をかけたらいいのか分からず、護身用に持っていた魔石の一つを渡すしか出来なかった。
「リージア嬢は帰ったのか?」
会議を終えたシュバルツが生徒会室へやって来る。
「ああ。叔父上は、メリル嬢のことをどう見た? 何を企んでいると思う?」
「あの感情的な性格では、大それたことを企むようには見えないな。ただ単にユーリウスに気があるだけじゃないのか。ユーリウスに近付くリージア嬢が気に入らないだけで、大したことは企んではいないだろう」
「俺に気があるだと? 冗談じゃない。クラス中の男を手玉に取るような女など嫌悪感しかない。マルセルとルーファウスに囲まれていれば十分だろう」
最近は、メリルが近くに来ると頭痛がしてくる上に、甘ったるい香りがするだけで気分が悪くなるほどなのだ。
苦手を通り越して苦痛な相手からの好意など迷惑でしかない。
ユーリウスは嫌悪感から顔を顰める。
「ユーリウスは王子様だからな。それよりも、メリルがリージア嬢に向けた敵意は気になるな。ユーリウスを諦めるとは思えないし、何か仕掛けてくるだろう」
気を付けろ、と言うシュバルツの言葉に重い気分で頷く。
学園長から厳重注意を受けたおかげか、翌日からメリルも真面目に授業へ参加するようになり、偶然彼女と出会う回数は減り気持ちにも余裕が出てきた。
生徒会室へ足を踏み入れたユーリウスは、鼻をつく甘ったるい香りに動きを止めた。
「殿下、先ほど2年生の女子から預かりました」
甘ったるい香りの発生源は、出迎えた1年男子が手に持つ紙袋。
「……ピンク色の髪をした女子だったか?」
「はい。殿下に渡して欲しいと言われたのですが、殿下? どうかされましたか?」
1年生には香りを感じないのか、口を片手で押さえたユーリウスを不思議そうに見る。
(くっ、マズイ)
甘ったるい香りが室内に広がり、目の奥が痛み頭痛がしてくる。
何が混入されているか分からない怪しいクッキーなど食べたくも無いのに、食べなければならないような感覚に陥る。
「生徒会長室へ、置いてくれ」
一先ず、クッキーは生徒会長室へ持っていかせて扉を閉めた。
クッキーを処分しなければ、と痛む頭で考えているユーリウスの耳へ廊下を走る軽い足音が届く。
「失礼します。遅くなってすみま、わぁっ!」
「来い」
息を切らしてやって来たリージアが謝罪を言い終わる前に手首を掴み、奥にある生徒会長の執務室へ引っ張り込んだ。
「これをやる」
執務室の扉を開いた途端、強烈な香りに出そうになるくしゃみを堪え、リージアへ半ば投げるように紙袋を渡す。
反射的に受け取ったリージアが紙袋へ触れた途端、あれほど強く香っていた甘ったるい香りが薄らいでいった。
(何が起きたのだ?)
香りと共に、ユーリウスを苛んでいた目眩と頭痛が消える。
(やはり偶然では無いな。リージアが触れると匂いが消え、頭痛も治まる)
特段、優秀な成績でも目立つ容姿でも無い、小動物のような可愛らしさはあるが、リージアが急に特別な存在へと、光輝いて見えた。
怪訝そうに首を傾げているリージアは、自分の力はもちろんのこと、ユーリウスの体調不良など分かってはいない。
「……私の分は、無いのか?」
だからなのか。
特別視してしまったせいか、彼女が調理実習で作るクッキーを渡す予定の相手には自分が含まれていなかったことが悔しいなどという、子供じみた感情が生まれてしまったのは。
「え」という、声がリージアの口から漏れる。
完璧な王子を装っている自分が、拗ねていると思われるのが恥ずかしく感じ、視線を逸らしてしまった。
半月後、生徒会役員選挙後の片付け中、実行委員の男子と一緒に片付けをしていたリージアが怪我を負った。
保健室へ連れて行き、赤くなった頬に回復魔法をかけようとして、途中まで発動した魔法は解けるように消えていく。
「申し訳ありません殿下、私に回復魔法は使えません。魔法を、無効化してしまうんです……」
「何だと?」
「生まれつきのスキルが、他者の魔力の無効化なんです。両親は無属性、と言っていました」
メリルに絡まれたことがあるリージアを、片付けに行かせるべきではなかったと自己嫌悪に陥っていたユーリウスへ、彼女は申し訳無さそうに告白する。
(そうか、魔力を無効化する。だからか。だからリージアが触れると甘ったるい香りも、頭痛も治まったのか)
驚いた反面、納得もした。
魔封じの結界が張り巡らしてある学園内で、メリルが魔法を使用しているとは思えない。
可能性があるとしたら、生まれ持ったスキル。
しかし、精神に干渉するスキルは危険視され、発覚した時点で封じられる。
鑑定をした神殿側が精神干渉スキルを容認していたとしたら、大問題だ。
(これは、慎重に調べなければならないな)
膝の上に置いた手の中にある眼鏡を、ぎゅっと握り締めるリージアはユーリウスの視線には気が付かない。
女子寮の手前までリージアを送り、彼女の後ろ姿を見送るユーリウスの思考は、今後の起こりうるあらゆる展開を組み立てていた。
因みに、リージアから貰えたクッキーは美味しくいただきました(^-^)
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