01.伯爵令嬢は自分がモブキャラだと理解する。
転生モブ令嬢始めました。よろしくお願いします。
自分語り&説明回です。
大陸の片隅にあるルブラン王国。
華やかな王都から離れた辺境の地に領地を持つ、マンチェスト伯爵家末娘として誕生したリージア・マンチェストは、一見すると小柄でふんわりしたアプリコット色の髪とエメラルドグリーン色の大きな瞳に形の良い唇を持つ、小動物を彷彿させる可憐な令嬢である。
黙っていれば可愛いのに、と周囲の者達を落胆させる彼女は、両親と本人以外は知らない二つの秘密を抱えていた。
一つ目の秘密は、物心がつく前から不思議な夢を繰り返し見ていること。
その夢のリージアは、ルブラン王国とは異なる国に生きる黒髪の女性となっていた。
黒髪の女性は毎朝電車と呼ばれる馬なしの箱に乗り、石と硝子で出来た職場でパソコンという板とにらめっこをしながら仕事をしていた。
パソコンで作った資料を片手に、戦地へ出陣する兵士さながら気合いを入れて会議へ出席したり、同僚女性達と酒場でグラスを触れ合わせ談笑する女性は、感情豊かで楽しそう。
仕事以外では、恋人と思われる男性と激しい喧嘩をして別れを選択する強さを持った女性に対し、親しみと憧れ、懐かしさを感じていた。
二つ目の秘密は、生まれ持った魔力の属性が“無”ということ。
属性を無属性と認定されたのは、鑑定しようとした神官の魔力を無効化してしまい鑑定出来なかったからである。
鑑定魔法だけでなく、リージアへ向けられた他者の魔法は全て無効化するために、他に例えようが無かったのだ。
前例の無い無属性の魔力のことを、中央の神官達に知られたら厄介だという父親の判断により、表向きリージアは水と風の属性持ちを装っている。
怪我をしても、他人がかけた回復魔法は無効化してしまうせいで他人に傷は癒せない。
両親の心配をよそに、リージアは元気過ぎるお転婆な少女へと育っていった。
部屋にこもり刺繍やお人形で遊ぶよりも、泥だらけになりながら魔物が出没する森と山を探検したり近隣に住む子ども達と一緒に走り回る少女時代。
木登りに魚釣りだけでなく冒険者の真似をした洞窟探索など、伯爵令嬢らしからぬ遊びをしては両親や乳母から叱られたのは数知れず。
擦り傷だらけで帰宅し、狼狽える両親へ「自分で回復魔法使って治せばいいの」とあっけらかんと言ってのける。
突拍子の無い言動で周囲を驚かせるリージアは、婚約者は必要無いと言い張りついには冒険者になりたいと言い出す。
兄と一緒に剣技を習いだした頃から、両親も淑女教育を諦めて好きにさせるようになった。
姉達が婚約者とデートに出掛ける傍らで、不思議な夢の中での体験を元にした新たな商品開発に勤しむリージアを見て、母親は「結婚は無理かもしれない」と涙したという。
デビュタントは、川に落ちて風邪をひき発熱したためまさかの欠席。これにはお転婆行為に慣れていた両親も真っ青になっていた。
そんなリージアも15歳となり、他の貴族子息、子女と同様に王立アマリリス学園へ入学するためメイドと護衛を連れて王都へ向かった。
色とりどりの花が咲き、整備された街並みが美しい王都は多くの人で賑わう。
馬車の窓から街の様子を眺めていたリージアは胸を躍らせた。
(此処が、王立アマリリス学園? 何故だろう。此処を知ってる気がする)
王都の中心部に建つ王立学園の校門前に立ち実家の数倍大きな校舎を見た時、既視感を覚えたリージアは片手で顔を覆ってしまった。
「お嬢様?」
俯き顔を手で覆ったまま動かないリージアへ、心配したメイドが声をかける。
(あああー!? 王立アマリリス学園って、此処ってゲームの舞台になっている学園じゃないの?! ゲーム?!)
ゲームという言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、膨大な記憶が脳内で弾け駆け巡った。
悲鳴を上げず堪えられたのは、なけなしの淑女スキルのおかげ。
(そっか、私はモブなのか)
駆け巡った情報により、不思議な夢は自分の前世の生活、日本という国でごく普通会社員として生活していた記憶だと理解する。
さらに、此処が前世の自分で楽しんだ恋愛シミュレーションゲームに酷似した世界だということも。
(タイトルはアマリリス? なんとかの乙女だっけ? とある男爵の庶子のヒロインが貴重な光属性のスキルに目覚め、学園へ編入するってストーリーだっけかな? 私の持つ無属性のスキルだなんて役に立つのか微妙だし、リージアなんてキャラはゲームには出てこなかった)
別にモブキャラであることは、今後の生活には全く影響はない。
国政に全く関わっていない辺境の伯爵家、五人兄弟の末娘は年頃になっても政略結婚の話は来ない程度の存在。
領地では魔物討伐や発明で多少有名なリージアの名前は、領地の外では大した価値も無い。
ゲーム展開に影響も無い、背景と同じような存在なのだ。
外見行動共に派手な振る舞いをしなければ上級貴族の方々に目を付けられず、学問運動とも平均ラインを越えなければ平民の学生達からやっかみを受けず目立つことも無く、平穏な学園生活を送れるはず。
両親は学園で良縁を見付けられないかと期待しているようだが、波風立てずに学生生活を終えて領地に戻ることのみを目標としようと、校舎を見上げ決意した。
「お嬢様、本当によろしいのですか?」
学生寮の自室、ドレッサーの前に座るリージアの髪を三つ編みに結い終えたメイドは困惑の表情を浮かべていた。
「ええ、私には王都は華やかすぎるわ。今までの私は封印して、学園在学中は地味で目立たない存在になるの」
分厚いレンズがはまった眼鏡を持つリージアの手に力がこもる。
「素敵な方と出会われるかもしれませんよ?」
「そんな出会いは必要ないし、素敵な方には婚約者がいらっしゃるでしょう? 私は目立たず平和な学園生活を過ごして領地へ帰るの」
「お嬢様はこんなにも可愛いらしいのに」
眉尻を下げたメイドの嘆きは聞こえない振りをした。
***
耳の後ろで二つに結ったお下げに黒フレームの眼鏡。
垢抜けない地味な女子の装いで入学式へ出席したリージアは、思惑通りクラスメイトから放課後の語らいに誘われることなく寮へと戻ってきた。
きつく結った髪をほどき制服を脱いだ解放感で伸びをしてから、机に向かい前世の記憶にあったゲームの内容を紙に書き出す。
誰かに見られても困らないように、思い出した日本語にしたのはシナリオに巻き込まれた場合、受けるかもしれない嫌がらせを警戒したからだ。
「新入生代表の王子様は、やっぱりユーリウス殿下か。攻略対象者は、第一王子ユーリウス様、宰相子息、騎士団長子息、魔術師団長子息、生徒会顧問の教師、隣国の王子、隠しキャラの暗殺者だっけ?」
机に頬杖をつき、入学式で新入生代表として壇上へ上がった男子生徒を思い浮かべる。
男子生徒は記憶にあるゲームの王子様、ユーリウス殿下と同じ外見をしていた。
「近付いたら危険な人物は」
攻略対象となる人物を思い出しながら名前と特徴を書いていく。
“新入生代表の挨拶をした正統派王子であるユーリウスは、外面は成績優秀で強い魔力と騎士並みの実力を持つ完璧キャラ。
勿論、金髪碧眼の美形で人望も厚く入学して直ぐに生徒会へ入り二年生になると生徒会長になる。
ただし、裏の顔は真っ黒もいいところ。自分にとって邪魔だと判断すると追い詰め切り捨てる冷酷さを持つ。
王子に気に入られるには、学力魔力剣技魅力の全てを高い数値まで上げ、脇目もふらず彼一筋にならなければならない。
選択肢を一つでも間違えれば好感度が下がってしまう等、攻略は高難度な相手。王子に婚約者はいない。ライバルは数多の女子生徒。”
“藍色の髪で眼鏡をかけたいかにも頭脳派の宰相子息ルーファウスは、知的で綺麗なタイプを好み学力魅力を上げれば攻略しやすいが、本性は足フェチの変態。
好感度が上がるにつれて彼からの要求がアブノーマルになっていく。ライバルは婚約者の伯爵令嬢。”
「素足にすりすりとか、履いているストッキング破らせろとか踏んでくれ、だっけ。うーん、キツイな」
好感度が上がるにつれツンツンした態度が激甘になるのが良いのだろう。
しかし、前世のリージアは生足で踏んで欲しがる男は生理的に無理で攻略を断念していた。
“赤髪短髪でいかにもな騎士団長子息ロベルトは、体育会系で情に厚い兄貴な性格をしている。
彼は自分と鍛練してくれる可愛い女の子を好むため、体力を爆上げして魅力も上げれば好感度は上がりやすい。ライバルは婚約者の侯爵令嬢とまさかの後輩男子生徒。”
“黄緑色の髪をした年齢より幼い顔立ちの魔術師団長子息マルセルは、学力魔力を爆上げして魅力も上げつつ彼の持つ弱さを受け入れ、姉のように包み込んであげれば攻略しやすく、一番攻略しやすかった。ライバルは婚約者の伯爵令嬢。”
“黒髪に褐色の肌をしたエキゾチックな隣国の王子イザークは、光属性持ちのヒロインに偶然を装い近付いてくる。
彼の好みは勝ち気な女の子のため、強気で思わせ振りな対応をとると好感度が上がりやすい。
他の攻略対象者と親密にならず、中盤へ入ると隣国の王子ルートへ入れるが性格がチャラく、数人の女の子に囲まれキャットファイトをするはめになる。要注意。”
“生徒会顧問シュバルツ先生は、実は王弟。控えめで清純派女子生徒を好む。
彼の好感度を上げるためには生徒会へ入らなければならず、全てのパラメーターを上げなければ生徒会メンバーに選ばれない。ライバルはシュバルツと体の関係を持つ女性教師。”
“光属性持ちのヒロインを暗殺しようと現れる隠しキャラの暗殺者は、全ての攻略対象キャラを攻略した後にルートが解禁される。”
「先生は生徒会に関わらなければいい。暗殺者は、学園生活で関わらないだろうから除外して、あとは同級生達か」
ゲームでは、ヒロインの編入は二年生からだ。
二年生、三年生は成績によりクラス分けされる。上から順にABCDのクラスで、A組は王族や公爵家の生徒と筆記実技合わせた成績の上位者のみ。
確かヒロインの編入するクラスはB組だったはず。
今から一年間、攻略対象キャラ達と彼等の婚約者には関わらず生活していくしかない。
二年生以降は、成績を上げすぎなければ同じクラスにはならないだろう。
「幸いにも今年は違うクラスだし、何とかなるかな。A組は王子がいるから二年生はC組を目指そう」
書き終えた攻略対象者情報と学園の年間行事予定を交互に眺め、リージアは深い息を吐いてしまった。
よろしくお願いします。