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第九話 浅草花月堂のジャンボめろんぱん

「せーんぱいっ!」


 仕事終わりにちーちゃんが腕に抱きついてきて、思わずよろけてしまった。

 突然こういうことをするあたり、本当に子どもっぽい。いや? これも計算なのかな?


「先輩、浅草に美味しいメロンパン売ってるところがあるって聞いたんですけど、知ってます?」


「……あー、えっとでっかいやつのことかな?」


「きっとそれです! ちー、メロンパン好きなので一度食べてみたくて!」


 ぱちん! と両手を叩いて、えへへ、と笑う。うーん。この仕草が似合う女の子に生まれたかったなー。


「明日、先輩とシフトいっしょでお休みじゃないですか。先輩がお暇だったらいっしょに行きたいなって」


 どうでしょう、と首を傾げられてしまえば、私に断ることは出来ない。元々休みの予定は空いていたから、お誘いがあるのは逆にうれしい。


「先輩の恋バナ! 聞かせてくださいね!」


 こしょこしょっと耳打ちされた言葉に、ちょっとだけ打ちのめされたけれど、かわいい後輩の頼みなら聞かないわけにはいかないのだ。





 雷門から仲見世を通ってずーっとまっすぐ。伝法院通りも過ぎて左手に五重塔が見えてきても更にまっすぐ、浅草寺を目の前にして左に曲がると西参道と言うアーケードの商店街がある。その入り口にあるのが、浅草花月堂本店。本日のお目当てのお店だ。


「売り切れ閉店てすごいですねー」


「それだけ人気なんだよ。食べたことあるけど、ほんっと美味しいから」


「でも、その間に先輩の恋バナが聞けるなら悪くないかなー」


「ハハハ、何ヲオッシャル」


「声、裏返ってますよ?」


 いやー、でもさー、本当になんかこういうの久しぶりすぎて自分の中で対処しきれないのは分かる。分かるけども、誰かに話してアドバイスをもらうようなお年頃でもないしなー。本当に困る。


「どんな人なんです? いっしょに住んでる方」


「えー、そうだなー。うーん。私よりも年下で、しっかりしてて、誠実な子かな。ちょっと心配になるところはあるけど」


「ふぅん。そうなんですね。心配ってのはなんです?」


「ちょっと真っ正直すぎて心配」


「おかーさんみたいですね、先輩」


 どすっ! 今すんごく胸に突き刺さったぞー。いててて。


「まぁ、半分そんな感じだから、ちゃんと恋愛って気がしないのかもしれないね」


 好きは好きなんだ。うん。多分、好きってことだと思う。あんまりにもトキメキが無さすぎて、恋愛の好きってどういう感じなのか忘れちゃったんだよなぁ。問題。


「なるほどー。あ、もうすぐですね」


「あ、ほんとだ」


 この行列に並びながら他愛のない話をしつつ、パンの焼ける香ばしい香りをかぎながら待つ時間は筆舌に尽くしがたい。まぁようするにはやく食べたいってことだわ。


「焼き立てをふたつ、お願いします!」


「はい、四百円ね」


 この良心的な金額もまた魅力の一つ。一個二百円なんだよね。


「はい、ジャンボめろんぱん」


「うっわ! 本当におっきい! ちーの顔くらいありません?! ウケる!」


 ウケるかどうかは分からないけど、まぁでっかいのは確かにでっかい。およそ直系15cm。それでいて重さはなく軽い。紙袋ごしのこの温かさがいいんだよね、また。


「あつあつが美味しいから、すぐ食べたほうがいいよ。しぼんじゃうし」


「えっ?! しぼむんですか?!」


 そう。このメロンパン、しぼむのだ。あったかいうちに食べるが勝ち。私は少しずつちぎって食べるのが好き。手が汚れるけど、それは気にしない。

 むしるとぱりっとした皮の部分の下からふんわりとした白い部分が現れ、そしていい匂いがする。焼き立てのパンの匂いの罪深さよ。


「ふわー!! 外がパリっとしてて、中身はふわふわで、美味しい!!」


 うんうん。声に出して絶賛しちゃう気持ち、わかる。そうなんだよねー。この美味しさは焼き立てでしか味わえないからお持ち帰り出来ないのが難点。いや、お持ち帰り用のも売ってるんだけど、焼き立ての美味しさを知ってしまうと焼き立てしか食べられなくなってしまう。


「ん~! やっぱり美味しい!」


 喉が渇くので先に飲み物は買っておいて正解。メロンパンて何でこんなに喉が渇くんだろうか。外の皮が甘いせいかなぁ。このがつんと甘いのもいいんだよね。無糖のカフェラテとか紅茶とかが合う。


「もう売り切れ?!」


 つい最近聞いた覚えのある声が背後から上がった。

 思わずそーっと振り返ってみると、重成くんと口論していた噂の従姉妹さんが売り切れてしまったメロンパンについてぶつくさ文句を言っている。

 もう売り切れちゃったのかーと思いつつ、思わず様子を見ていると目が合ってしまった。ぶしつけな視線を送りすぎましたね。ごめんなさい。


「……いいなぁ」


 しょんぼりしている彼女は年相応だ。重成くんが言っていた横暴さはあまり見受けられない。


「……一口、食べます?」


 だから、うっかりそんな言葉が出てしまった。食べ物でしょんぼりしている子は見過ごせないのだ。もちろん、隣でちーちゃんが呆れているのは分かっている。


「ちぎって食べてたから口は付けてないので大丈夫ですよ。はい」


 少しちぎって差し出すと、目がきらきらし始める。この表情、やっぱり若干でも血のつながりがあるからなのか、重成くんに似ている。


「いいんですかぁ?! やったぁ!!」


 餌付け……という小さな声が耳元で聞こえたが、仕方ない。こればっかりは私の性分なのだ。


「ありがとうございまーす!」


 さっと受け取ってぱくっと口に入れると、更に瞳が輝いた。


「おいしーい!!」


 よかったねぇ。そして隣ではぺろりとメロンパンを平らげたちーちゃんが、つんつんと私を突いている。


「さっさと離れましょ」


「あ、うん」


 もぐもぐとメロンパンを咀嚼している彼女を残して、私たちはそーっとその場から離れた。なんていうか、お触り厳禁な感じだ。私については気付いていなさそうだし、まぁ、いいかなってことにする。

 気付かれたらいろいろ面倒そうな感じはする。


「先輩、どこかでお茶にしましょ」


「そうだね。駅に近い方がいいかな」


「ですねー。そしてそこでもっとしっかり恋バナを!」


「そこからはもう離れてよー」


「だーめーですっ!」


 そして結局、逃げ出すことも出来ないまま、私はちーちゃんに最近の恋についての話を根掘り葉掘り聞きだされてしまったのだった。


ふわっふわでかりっかりのめろんぱんは売り切れ御免なのでご注意。

気付いたら浅草だけで四店舗になってらっしゃいましたね。

私は断然焼き立て派です。

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