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第八話 手作り梅酒

 私は、どうしたいんだろう。

 彼といっしょにこれからも過ごすには、何が出来るんだろう。

 いろんなことをぐるぐると考えすぎたせいで、その夜はなかなか眠れずに時間ばかりがすぎていった。

 雨音が聞こえてきて、その音に集中しているうちにいつの間にか眠っていたけれど。

 見た夢は、雨の中、ひとりで佇んで泣いている小さい私の夢だった。


(ぴーぴー泣くんじゃないよ、うるさいねぇ)


 傘を差し出してくれたのは厳しいけれど、優しかった祖母の姉だ。

 ただそれだけだったのに、目が覚めた時に涙の跡が残っている頬を撫でて、私は深く溜息をついた。まだ、人と関わるのは怖い。特に深く関わるのは。

 でもほんのちょっとだけ、勇気を出してみたい気持ちがあるのも嘘ではない。


「なんか、目が覚めちゃったな……」


 起き出してそーっと階段を下りる。重成くんの部屋は階段の隣にあるし、うるさくして起こすのには忍びない。そして更にそーっとそーっとリビングに向かっていって、電気をつけると床下収納のところにぺたんと座り込む。引手にぐっと手をかけるとばこっと音がして床が開く。最初にこれを見たのは小学生になりたてくらいだったろうか。秘密な感じがして、ちょっとドキドキしたなぁ。

 中から琥珀色の液体が入った瓶を取り出す。おお、いい色。ちょうどこの家に越してきた時に作ったんだよねぇ。梅酒。


「……福恵さん?」


 思わず瓶を抱きかかえたまま、ぴょんこと飛び上がってしまった。

 くるりと振り返ると、行き場のない手を伸ばした重成くんが居る。


「あ、ごめん。起こした?」


「いえ、なんか眠れなくて……それは?」


「へへ……私も眠れなくて。ちょっと飲もうかなーなんて」


「なるほど。そういえば俺、この前二十歳になりまして」


 な、な、なんだってーっ?!

 お祝いのタイミング、完全に逃したじゃあないかーっ!!


「なんで教えてくんないの!」


「え、いや、教えた方が良かったですか?」


「当たり前じゃない! いっしょの家で暮らしてるのにさ」


 ……て、なーに恋人気取りな発言してるんだ、私。いかんいかん!


「よし、祝杯だ! 私が作った梅酒だから味の保証はしないけど!」


「ご相伴にあずかってもいいんですか?」


 謙虚。どこまでいっても謙虚。まぁ、この人柄に惚れたってのもあるんだけどさぁ。


「もちろん! いっしょに飲もう!」


 今日はちょっと肌寒いので白い湯呑に少し移した梅酒をお湯で割って完成! 梅酒のお湯割りです。


「適当に割ったので、濃すぎたら薄めてね」


「ありがとうございます」


 そして湯呑をちん、と鳴らして、それぞれ口に運ぶ。強めの酒精がほどよくまろやかになって、体もあっためてくれるから肌寒い夜にはあたたかいお酒はいい。最初作る時は本当にこんな分量でいいのかとハラハラしたけど、氷砂糖があんなにたくさん入っているとは思えない味わいだなぁ。完熟の梅が手に入ったのもよかった。うまい。

 くぴくぴと飲んでいると、同じように少しずつ飲んでいる重成くんが目に入る。


「大丈夫?」


「はい。あんまり酒に強くないので……でも、このお酒体があったまっていいですね」


「寝酒は本当はよくないみたいなんだけどね。たまにはいいでしょ。飲みすぎなければ」


 うーん。眼福な男子が目の前にいて、おいしいお酒があって、外からは雨音がしていて、のんびり過ごせる家がある。これほどの幸せがあるであろうか、いやない(反語)。

 ていうか、もう酔いが回ってきたかなぁ。ぽやぽやとあったかくなってきた。うんうん、悪くない。こういうのも悪くない。


「……福恵さん?」


「はぁい?」


「もしかして、もう眠いんですか?」


「うぅん。お酒飲むとねぇ、高確率で眠くなっちゃうんだよねぇ」


 ふへへ、と笑うと、なんだか小さい子を見るような目で見られた気がする。何だよぅ。


「階段、上がれます?」


「んー、ここで寝るぅ」


「駄目ですよ。ほら、上までいっしょに行きますから」


「駄目ですぅー。二階は上がっちゃだめって言ったれしょお」


「本当に一杯目ですよね?」


「んー、今日はねぇ、なんかすっごくいい気分だから、酔うのがはやーいの」


 あかん。自分でもわかるけど、思考と行動が乖離している。これはかなりあかんやつ。

 そして結局、重成くんが私を引っ張るようにして二階に連れて行ってくれた。階段が意外と急なので、心配になったらしい。面倒見がいいんだよねぇ。


「では、おやすみなさい」


「うん。おやすみなさーい」


 ふらふらと部屋の方へと歩いていく私を見送る重成くんの眼差しは慈愛に満ちていた。言うなれば、餌をあげた野良猫が住処に帰っていくのを見守っているような感じだ。どういうこっちゃ。

 自分の部屋に戻るとまっすぐベッドに向かって倒れこんだ。なんだろうな。なんでこんなに酔うのがはやかったんだろうか?

 雨はまだ降り続いている。階下から水の流れる音が聞こえてきて、そういえば湯呑片付けてなかったな、と思い出した。多分これは重成くんが洗ってくれている音だ。その音を聞いていると、またうとうとと眠たくなってきた。時計を見ればもう午前様。明日も仕事だし、眠れないとまずい。

 今度は嫌な夢を見なくてすむといいな、と思いながら、ゆっくりとまた微睡みに落ちていった。





 翌日、酔っぱらった私の妄言について重成くんに謝り倒したのは言うまでもない。


今年私も初めて梅酒自分で漬けました!

うまく出来ているといいなぁ。

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