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第三話 亀十の最中とどら焼き

 さて、ようやく重成くんから聞き出した内容はこうだ。

 わりと田舎の地域に住んでいた重成くんは都会にあこがれ、勉強を頑張って東京の大学に進学した。

 その時、一人暮らしの家賃を払うのが厳しかったため、先に上京していた従兄弟とシェアハウスで暮らす約束をしたのだそうな。

 ところが、である。この六月に入って突然、従兄弟が女性と帰宅し宣言したのだ。彼女と同棲することになったから、お前は出て行けと。


「そんな話もあるんだね」


「……俺もまさかそんなことが自分の身の上に起こるとは思ってもみませんでした」


 だろうねー。友情より恋愛なのか。若者よ。

 着の身着のまま追い出された重成くんは、ひとまず自分の荷物は少なかったのでコインロッカーに預けるとかしてアルバイトをしつつ大学に通っていたのだが。


「ついに破綻しまして」


「あー」


「おなかが減りすぎて座り込んでたんです」


 見た感じ、多分重成くんはすごく燃費が悪い。正確には、筋肉がしっかりついているからカロリーをたくさん使うためにお腹が空くのがはやいはずだ。安い甘いものとかで誤魔化しているのにも限界はあるだろう。


「なるほどねぇ」


「すいません。ありがとうございました。では俺はこれで」


「!! ちょっと待ったー!」


 はい、はい、はーい! とばかりに挙手をして、目の前の重成くんに手のひらを突き付けると若干(じゃっかん)引いている。うむ。そうだろうとも。今の私はほろ酔い。つまり、素面(しらふ)ではないのだ。テンションがおかしくてもご容赦(ようしゃ)願いたい。


「君、住むところがなくなったんだよね?」


「はい」


「じゃあさ、いっそここに住んじゃわない?」


「は?」


 驚いたー。はい、目がまんまるー。そうでしょう。そうでしょうとも。だが私はそれぐらいでは(ひる)まない。


「ここね、私の父方の祖母のお姉さんが住んでたんだけど、この前病院で亡くなって、子どもさんも居なかったんだ。で、その伝手(つて)で誰も住まないから私がリフォームして住んでるの。人が住んでいないとね、家ってどんどん老朽化が進んでいくんだよ。部屋は二階にも二部屋あるし、そっちは私が使ってるから、一階の四畳半の部屋なら貸してあげられるよ」


 これ以上なく饒舌(じょうぜつ)にすらすらすらっとおすすめポイントを述べる。なんというか、こういうのは勢いが大事だと思うんです。私。


「いや、でも、ふくえさん」


「はいよ」


 お、名前呼んでくれたよ。


「俺、本当にお金がないんです。この辺りの家賃の相場は知っているし、拾ってもらってご飯食べさせてもらっただけでもありがたいのに、そんなにお世話になるわけには――」


 いい。いいね。好青年だ、心の底から。

 まぁ、三十路も目前になるまで結婚もせずに生きてきたからには、それなりに目を肥やしてきたと思いたい。彼なら、大丈夫だと、心の中のリトル福恵が囁くんだ。


「そうだね。対価を貰わない訳にはいかないけど」


「そうでしょう?!」


「私とたまに夕飯を食べてくれればいいや。あとは甘いものがものすごーく好きなんだけど、君は甘いものは苦手なひと?」


「いや、甘いものはわりと好きな方ですけど……」


 にやっとしてしまった。よしよし、なら尚のこと良い。


「たまに甘いものをご一緒してくれたらいいよ。それでしばらく、君がここを出て生活できるようになるまで居てみたら? 君はお金が貯まるし、私はひとりでさみしくご飯を食べるのが減る。悪い条件ではないと思うよ」


 ぽかんと口を開けている。うん。そうだねー。突然こんなことを言いだす年上の女がいたら、そうなるよねー。驚きすぎだねー。


「さあ、どうする?」


 とりあえず答えを促すためにぽんっと手を打った。さぁ、どうする? 警戒心が無さすぎると言われればそれまでだし、かといってこんなに困窮している年下の男の子を見捨ててしまったら私の沽券にかかわる。


「ルールはゆっくり決めていけばいいよ。今夜の寝るところだって困ってるんじゃないの?」


 追い打ちで畳みかければ目をつむって眉間に皺を寄せて唸っていた重成くんは俯いてから大きく天井を見上げる。目は開いていない。まだ考えてるなぁ。


「……よしっ!」


 くわっと目が開いて、私をじっと見ると重成くんは深々と頭を下げた。


「改めて、小野田重成と申します。今年20歳です。ふつつかものではございますが、よろしくお願いします」


 20歳?! ふわーおー。そっかぁ。そうだよねぇ。まだ高校出たてなんだねぇ。

 年の差はぎりぎり一桁かぁ。


「私は多嶋田福恵。これからよろしくね」


「明日荷物とか持ってきていいですか?」


「いいよぉ。あ、合いかぎ作らないとだね。仕事の帰りに駅前で待ち合わせしよっか。LINE教えておくよ」


「はい」


 うんうん。素直でいいねぇ。わりと強引に引き止めちゃって悪かったとは思っている。思っているので――


「うちにいることが決まったお祝いに一等おいしい甘いものを出してしんぜよう」


 一等、という言葉に重成くんが反応した。そうでしょうそうでしょう。なんせこれだけはね、譲れないのでね。

 そう言って冷蔵庫から取り出だしたりまするは、この商品!


亀十(かめじゅう)だ!」


 お、鋭い。ていうか、知ってるのかな?


「ご存知?」


「あの、俺、バイトで人力車の車夫をやってて」


 なるほど? その体つき、めっちゃ納得です。なるほどねー。そうだったのか。雷門前の通りにいっぱい居るんだよなぁ、人力車。

 そして雷門のすぐ近くにあるのだ、亀十。老舗の和菓子屋さんで土日ともなれば行列が出来る。


「亀十さんのどら焼きですか?」


「そうなんだけどねぇ。隠れた名品があるのよ」


 ふふ。と笑って、ふたつ包みを紙袋の中から取り出す。ひとつはどら焼き。そしてもうひとつは――


「これ、最中ですか?」


「そう! 亀十の最中(もなか)!!」


 私の中では最中界のナンバーワン。皮はしっとりしすぎておらず、それでいて中身のあんことぴったり。あんこが甘すぎないのもポイントは高いのだ。


「……あんこの厚みがすごい」


 半分ずつにしたどら焼きと最中を差し出すと、重成くんがそう言って唸った。そう。この最中、厚みが半端ない。最中といったらしっかり蓋がしまっているようなイメージが大きいかもしれないが、この最中しまらない。ていうか、上蓋が浮いている――乗っているようなものなのだ。あんこは厚みが4、5センチはあるんでないかというものなのだが、これがまたくどくない甘さで絶品なのだ。皮のぱりぱりとした香ばしさとのハーモニーがたまらん。


「どら焼きももちもちして好きなんだけどねー。最中が最愛なのよ」


「初めて食べました」


「お客さんに話せる話のタネが増えたねー」


 はー、しあわせ。しかも目の前にはイケメン。はー、眼福。しあわせすぎるな、これは。

 手元のどら焼きと最中を美味しくいただいて、美味しい時間をくれたことに感謝しつつごちそうさまをいう。ああ、美味しかった。


「緑茶に合いますね」


「でしょでしょ? 一個三百円ちょいするんだけどさぁ、この贅沢はやめられないのよ」


 もう他のお店の最中では満足できない体になってしまったのであります。うふふ。まだ酒残ってるな、私。


「ありがとうね、いっしょに食べてくれて。お腹、いっぱいになった?」


「あ、はい」


「明日はもっとがっつりしたご飯にしようねー」


 立ち上がってふらふらとお風呂とトイレの位置を案内して、彼に使わせる部屋を案内する。畳敷きの四畳半なのだけど、上からフローリング風カーペットを引いてあるのだ。これが実は玄関のもう片方のドアの行き先。

 押し入れの上の段からお客様用の布団を取る時は重成くんが手伝ってくれた。頼もしいねぇ。


「じゃ、私はお風呂入って寝るので、また明日ね。明日いろいろ決めよう」


「はい。おやすみなさい」


 ちょっとまだ戸惑っているのが分かる。無理やり連れ込んで悪いとは思ってるんだ、悪いとは。でもさ、放っておけないんだもの。弟の方が年近いなぁ。


「おやすみ」


 だから翌朝、顔を突き合わせた時にぴゃっと驚いてしまったのは許していただきたい。朝からイケメンは目の毒だわ。





 こうして浅草で一人暮らしをしていたアラサーの私は、腹ぺこの年下男子とひとつ屋根の下で暮らすことになったのだった。


亀十さんの最中とどら焼きは本当に美味しいです。

生菓子なので少し涼しい日に浅草に行かれるようであれば、お土産としておすすめします。


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