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第一話 浅草の片隅ではらぺこ男子を拾いました

 仕事は疲れる。でも仕事をしないとご飯は食べられないし、美味しいお酒だって飲めない。

 だから仕事は大事。いつでも頑張る。そうして私は生きている。


「はぁ、でもイケメンが足りないなぁ」


 私は多嶋田(たしまだ)福恵(ふくえ)、二十八歳。立派なアラサー。立派なってなんだ。ついこの間、彼氏とは別れたばかり。お酒は弱いけど好き。仕事の帰りにふらりと居酒屋に立ち寄って、一杯だけ飲んで帰るのが最近の趣味だ。いろいろ破綻しているけど、まぁいいか。

 今日も立ち寄ったお店の立ち飲み席で赤ちょうちんの灯りを眺めながら、ちびりちびりと梅酒サワーを飲んでいる。好きだけどお酒に強いわけではないのだ。顔だってすぐ真っ赤になるし、すぐ眠くなる。でも、この眠くなる直前のほわほわとした感覚は嫌いではない。夜景だってきれいだ。

 浅草の端っこにある祖母の姉の遺した家に住むようになって、もうすぐ1年ちょっとになる。この下町のざわざわした感じと都会特有の隔たりとが混ぜこぜになっているこの街が私は好きになってきていた。


「これで新しい恋でも始まれば最高」


 この前ちょこっと願掛けに神社を巡ってみたけれど、まだまだそんなタイミングではないのか、異性に巡り合うこともない。まぁ、イケメンのおっかけをしている時点で遠のいているわけなのだが。


「すいませーん。お会計ー」


 好きな俳優や歌手を見ていると元気になる。イケメンならよりいい。というか、そこは譲れない。イケメンは心のオアシスなのだ。なお、異論は認める。

 お会計を払ってほろ酔いのまま帰り道を歩く。ちょっと前は浮浪者の方々がアーケードの中でも寝てたりしていて、わりとドキドキしたもんだけど最近は慣れっこだ。

 今日も酔っ払いの方々が道端で寝ていたりもするけど、これも日常茶飯事。いや、そんなことはないかな? 電信柱に寄っかかって座り込んでいる男性は、俯き加減でもなんとなく顔立ちが端正なのが分かる。


(あら、イケメン)


 私の中のイケメンセンサーが反応した。6月も後半に差し掛かって、昼間は暑いけれど夜になると急に冷え込んできたりする。だというのに目の前の彼は半そでのTシャツを袖まくりしていて、ほどよく筋肉がついた上腕二頭筋がむき出しだ。


(……おっと、いかんいかん。うっかり見惚(みと)れてしまった)


 よだれを確認するように口元を拭って、出ていないことに安堵しつつ、イケメンに声をかけてみる。


「もしもし? おにいさん?」


 ううん、と身をよじるとお兄さんはぼんやりとした視線で私を見上げてきた。端正な顔立ちというのではないけど、爽やかなイケメンだな。これは。


「……った」


「うん?」


 何事かお兄さんは呟いたので、私は思わず問い返してしまった。だって気になったんだもの。仕方がない。


「腹減った」


 ぐるるるる、とお腹が音を立てるのとお兄さんの言葉が私の耳に入ってきて理解されるのとはほぼ同時だったように思う。イケメンが腹を空かせているとなれば、餌付けせずにはいられない。


「……じゃあ、うち来る?」


 思わずそんなことを言ってしまったのはご容赦願いたい。だってイケメンなんだもん。だって素敵な筋肉してるんだもん。これは私に対する言い訳だ。


「えっ?!」


 だが予想外の返答をされるとこちらも困るというものだ。というか親切心を出して言ったのに驚かれるとはどういう了見なのか。


「うち来る? って聞いたんだけど聞こえなかった?」


「え、いや、え?!」


「うちでなら何か食べさせてあげられるけど、どう?」


 居酒屋第二ラウンドがきつかっただけなのです。明日は休みだけど、休みの日は出来るだけ寝ていたい派なのです。でもまぁその気持ちも分かる。突然変な女に声かけられたらそんな反応になるわなぁ。


「……ごはんを?」


「ごはんを」


 さてさて、乗ってくるかな?


「……本当に?」


 疑われた。心が傷つくなぁ。まぁ見ず知らずの人間にこんなこと言われたらそうなるか。


「本当よ。嘘ついても私に得が何もないわ」


「……人間?」


 そっち方面に疑われた?! それは予想外。さすがに予想外。


「そこ、重要?」


 だからちょっと意地悪をした。だってそんなところを疑われるなんて思わなかったんだもん。

 確かに人気のない真夜中のアーケード街で、女に声をかけられるなんてしたらそうなるのも仕方ないのかな?


「じ、じじ、重要だろ?!」


「残念ながら人間ですぅ。ほら、おいで。おにぎりとお味噌汁くらいは出してあげる」


 ちょいちょいと手招きをしてみせれば、彼は立ち上がって私を見下ろした。うん。見下ろされたな?


「でっかいね。君」


「そっすかね」


 軽口も出てきたので案外元気そうだ。


「私は幸福の福に恵と書いて福恵っていうんだけど、君は?」


重成(しげなり)。重いに成田の成りでしげなり」


 おや、意外に骨太なお名前。おっかなびっくり貴方よりも小柄な女に付いて歩いているとは思えない。

 私が162cmでヒールもあるけど、見上げるくらいだから身長は多分180cmくらいあるんだろうなぁ。骨太。体付きもね。


「では、重成君。はぐれないように付いておいで」


 にひひ、と笑ってみせると、慌てて私の後ろを付いてくる。そうして私は浅草の片隅ではらぺこ男子を拾い上げたのだった。

 なんとなく、放っておけない、なんて理由で。


現代物を書き始めました。わんこ系年下男子が好きなんです。

浅草のいろんな名所を絡めながら進む予定です。

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