寝耳に水とは正しくこのこと
なんか、寝たはずなのに疲れた。きっと鳥のせいだ、多分。ユーリフィアンは見た目があたしでも可愛かったし、癒し系だったしな。
ベッドから出て、自分で身支度をする。お貴族様らしくメイドに手伝ってもらうべきなんだろうけど、着替えぐらいは自分でできるんだからうざったいだけだ。
「お嬢様!?」
「あ」
ユーリフィアン付きのメイドで、名前は…確かシュリス。昨日は休みだから居なかったんだよね。さて、どうやってかわすかなぁ。
「酷いです、お嬢様!お着替えをお手伝いするのは私の数少ない楽しみなのにぃぃ!!」
「知るか。まぁ、丁度いいところにきたわね。髪を結ってちょうだい」
「いやぁぁん!クールなお嬢様もす・て・きぃっ!?」
シュリスが音もなく背後から現れたメイド長に叩かれた。気配を感じなかったぞ!?名前は……確かユーノだったはず。
「…失礼いたしました。お前、いいかげんにしないと簀巻にして親元に送り返しますよ?お嬢様がお優しいのをいいことに…!それともキモデブ親父の後妻にしてやろうか?」
「ユーノ!お願いですから落ち着いて!そこまでしなくていいから!実害は無いから!!」
自業自得ではあるものの、すっかり怯えたシュリスに髪を結ってもらった。あの、ユーノさんや。そんなに睨まなくても…。
そしてあたしの髪を結い終えたシュリスの襟首を即座に捕獲し、いい笑顔でユーノは告げた。
「わたくし、シュリスと話がございます。お嬢様、失礼いたします」
「いやあああべし!!…」
あ、ユーノに落とされた。見事な手刀だったが、あれでは話は無理ではないだろうか。止める間もなく行ってしまった。
今から追いかけても追いつける気がしないので、お腹もすいたし朝ごはんを食べに行くことにした。
ぼんやりとだが今後について考える。ゲームのシナリオ通りなら、自棄になったユーリフィアンは魔王に嫁ぐ。実は魔王の花嫁とは魔王の監視係でもあるのだと馬鹿王太子ルートで知った。魔王に嫁いだものの、馬鹿王太子に未練タラタラなユーリフィアン。多分だが、情報源になるよう馬鹿王太子も気のあるそぶりをしていたに違いない。だから聖女とラブラブな馬鹿王太子を見て騙されていたことに気がつき、殺そうとしたのだろうな。また、魔王が覚醒した時にユーリフィアンも魔王に魔族化させられてしまうのだ。
ユーリフィアンの死亡ルートは二つ。王太子か魔王ルートである。兄達の場合は幽閉される。他は追放だったかな。死亡や幽閉はごめんだ。
とりあえず当面のお金は確保したから、今年一年は家を追い出されても寮暮らしでしのげる。来年からをどうしようかな。
「あれ?ユーリ?」
考えていたら食堂に着いてしまったらしい。すでに兄達は朝食を食べ始めていた。自分の席についた時、少し違和感があったが気にせず朝食を食べる。パンがすげー固い。ジャムが多すぎなのでよける。クソ甘い。他はおいしい。ベーコンエッグにコーンスープ、フルーツもたっぷりだ。紅茶もいい奴らしい。ユーリフィアンの記憶が教えてくれる。
あたしが食べ終わったのを見計らってヤス兄が爆弾を投下した。
「で、キミは誰なん?」
「ぶふっ!?」
「ユーリに決まっているだろうが」
「んんん…ややこしなるから兄さんは黙っといてな。ユーリはたいてい朝ごはんを食べへん。クソ親父が食べてから来る場合もあるけど、ほぼない。それだけやない。昨日から違和感はずっとあった。もう一度だけ聞く。キミは、誰?」
まさかの即バレだった。ヤス兄は私がユーリフィアンではないという確信があるらしく、隠しても意味がなさそうだ。
「………………比留間、優音……こっち風だと、ユアン=ヒルマかな」
「ユアン……?夢の子か?何故君が!?」
どうやらヤス兄はユーリフィアンからあたしの事を聞いたことがあるらしい。昨日鳥から聞いたことを答えた。メガ兄が一番ショックを受けていた。
「そんな…何もかも、遅かったのか?」
「……まあまあ、兄さん。多分戻る時期が多少早まってしもただけやろ」
そうなんだろうか。後で鳥に聞いてみるとしよう。ヤス兄はユーリフィアンがストレスをためすぎて逃避行動として夢の中のお友だちとか言い出したと思っていたらしい。ユーリフィアンはどれだけ追いつめられていたんだよ。
「そう、なのか?」
メガ兄も少し落ち着いてくれた。あたしに聞かないでくれ。わからんものはわからん。そして落ち着いたところで、またしてもヤス兄が爆弾を投下した。
「で、キミどっちと暮らすん?」
「はぁ?」
「私とだよな!?兄さんは一年かけて貯金したから、多少の贅沢はさせてやれるぞ!」
「へ?」
「兄さんとじゃ疲れてまうよぉ。ボクの方がええんやない?」
「いやいやいや!待って!マジで待って!!何の話!?」
「「次の居所の話」」
ヤス兄が説明を補足してくれたところ、うちの兄達は卒業と同時に就職し、どちらかがユーリフィアンと暮らすつもりだったそうだ。
「兄様達、きっちり馬鹿王太子から慰謝料を搾り取りましたから大丈夫です!追い出されたら寮で暮らしますわ」
「え~?ボク、おすすめ物件まで調べたんよ?ちょっと見学にいかん?治安ええとこやから、ユアンだけで歩いても大丈夫な区域やで」
それは心惹かれる。あたしがぐらついたのがわかったのだろう。メガ兄もアピールしてきた。
「私が調べた物件もいい所だぞ!日当たりもいい!ハウスメイド付きだから、家事もしなくていい!流石にオコシャスの給料では使用人は雇えない!」
「くっ…」
「いや、別に家事炊事はやってたから出来るだろうけど…そもそもどっちとも住まないからね?でも、兄さん達の気持ちはすごくすごく嬉しい。ありがとう」
「ユアン…」
ヤス兄はそれ以上言わなかったが、メガ兄は諦めなかった。
「…ユーリフィアンには誤解させたままだったが、せめて君に今まで見てみぬフリをしてきた償いをさせてもらえないだろうか」
「なら、ユーリフィアンに手紙を書いたら?もう兄様達に直接は会えないけど、まだリンクしてるから手紙のやり取りぐらいはできるよ」
「本当か!?」
「うん」
メガ兄は走り去ってしまった。手紙を書きに行ったのだろう。ヤス兄も後で書くと言っていた。きっとメガ兄は長編大作を作成するからユーリフィアンが大変だろうと気をつかったらしい。
いいお兄ちゃん達だね、ユーリフィアン。そう、心の中で呟いた。