鳩尾に重たい一撃です。
馬車で帰宅すると、兄達に囲まれた。頭はいいが冷たい長男、クルメガネス=ヒールと穏やかで怪しげな関西風(こちら的にはややこしいことにカンシャイ風らしい)の喋りをする次男、オコシャス=ヒールだ。ちなみにどっちも攻略対象だったりする。
「…やってくれたな」
「わたくしは何もしておりませんわ」
「「……………」」
長男のクルメガネス…眼鏡兄…メガ兄でいいや。メガ兄と睨みあう。
「まぁまぁ、兄さんもそないユーリをいじめんといてやぁ。ユーリに非がないんは兄さんもわかってはるやろ?」
本場の人からするとエセカンシャイ風らしいのだが、本人は留学してからうつって直らないそうだ。あかん、このポワポワした喋り…気が抜ける。オコシャスだからヤス兄でいいかな。
「………まぁ、な」
珍しく、メガ兄は咎めるつもりがないらしい。おかしいな…記憶によれば小姑のごとくチクチクチクチクとユーリフィアンに小言を言うはずなのに。
「今回は、お前に非はない。いつものように黙らず、あの場できっちり反論をしたから我が家に泥を塗ることもなかった。その、つまり…なんだ………よく、やったな」
「え?」
ほめた?
あの鬼畜陰険メガ兄が………いや、彼が叱るのはユーリフィアンが口をつぐんだ時が多い。すげぇわかりにくいけど、ツンデレなの?リアルツンデレとか面倒。ツンデレは可愛い女子にしか許されん気がするぞ。
そしてアンタが叱るからユーリフィアンが余計萎縮して、負のスパイラルだったぞ。
「ほんま、兄さんは素直やないなぁ。ユーリ、よう頑張ったな。ふふ、素直やないからよう言わんけど、兄さんユーリを心配して「オコシャス!余計なことは言うな!!」
「はーい、ああ怖い怖い」
まったく怖がってないな。そしてメガ兄は…やっぱりツンデレらしい。良かったね、ユーリフィアン。
しかし、ほっこりできたのはここまでだった。
「………帰ったか、この馬鹿娘が!」
身体こそ違えど、長年鍛えてきた反射が働いた。いきなり割り込んできた男の平手を払って、平手打ちの軌道を変えた。いきなり平手打ちをかましてきたのは、ユーリフィアンの父だ。
「ご挨拶ですわね。婦女子の顔を狙うだなんて、いくら娘といえど許されませんわよ!この、DV親父!!」
「でぃーぶい?わけのわからん事を言うな!公爵家の名に泥を塗りおって!しかも我が愛しのビョジーヤの命を奪っておきながら、この私に許されないだと!?お前の存在こそが許されないのだ!!お前など、生まれてこなければよかったのだ!!」
「父上、言い過ぎです!!」
「せや、今回ユーリは悪ないですやん!!」
あたし、比留間優音、17歳。生まれて初めて、頭の中でナニかがブチブチ切れる音を聞きました。
ハイヒールを脱ぎ捨て、全力で拳を前へ!!身体に染み付いた最速の一撃を鳩尾に叩き込む!!
「セェェェイ!!」
悲鳴を上げることすら出来ず、ユーリフィアンの父は床に転げた。顎ではなく、腹を打ったから意識はある。ただし、胃液を撒き散らしてのたうち回っている。よくボクシングなんかでボディは地獄の苦しみと言うが、こういうことか。
ユーリフィアンの兄達は、あたしの暴挙に固まっている。
「…………ふざけんなよ」
こんな一撃では気がすまない。ユーリフィアン…あたしの大切な……いつも泣いていた女の子。
「ふざけんなよ!ユーリフィアン…あたしだって、好んでお前のガキに産まれてきたわけじゃねぇんだよ!!」
ユーリフィアンこそが、ずっとそう泣き叫びたかった。泣くな。彼女はあたしの前でしか泣かなかった。彼女は、ユーリフィアンは強いんだ!
「あたしだって、母様を殺したかったわけじゃないんだよ!!お前に何がわかる!?いつまでもウジウジウジウジしやがって!!天国の母様も、もうお前に愛想つかしてんじゃねぇの!?あたしが母様なら、こんな馬鹿嫌いだね!!」
襟を掴んで持ち上げ、さらに殴ろうとした手を兄達に止められた。
「あかん。ユーリが怪我するやろ。兄さんに任しとき」
ヤス兄はあたしを止めてからユーリフィアンの父を殴った。意味わからん。
「そうだな。ユーリ、怪我をしているぞ」
「へ」
プッツンしていたから気がつかなかったが、殴った手は腫れていた。しまった!ユーリフィアンの身体なのに!
「貸せ。心優しき癒しの君よ、我が声に応え、癒しの奇跡をここに!緑の癒し!」
「わ」
魔法だ。
緑色の光が魔法陣になって、輝きながら傷を癒す。右手はすっかり治ってしまった。
ゲームにおいてメガ兄は魔法特化。ヤス兄は前衛だ。今も騎士団で訓練をしている。鍛えているだけあって、ユーリフィアンの父はブッ飛んだ。動いてないけど、大丈夫なの??
「旦那様はお任せください」
「任せたぞ。我々は食事にするか」
「せやね。今日のごはん、なんやろなぁ」
「えっと………いいのかな……」
気にはなったものの、兄みたく怪我を治せるとは思えない。そして、何故ヤス兄が父をぶん殴ったのかもわからない。
「まぁ、いいきっかけだったんちゃう?ユーリの言う通り、いつまでもウジウジウジウジしててウザかったし。それにしたって世の中には言っていいことと悪いことがあるよね」
「えっ?」
「そうだな。今回ばかりは許せん」
「えっ??」
ナニかが兄~ずにとって地雷だったらしい。何がなんだかサッパリわからないが、兄達がユーリフィアンのために怒ってくれたのはわかった。よかったね、ユーリフィアン。家にも味方がいたんだね。
夕飯のビーフシチューはおいしかったけど、デザートは甘すぎてイマイチだった。
そして、その日はユーリフィアンの父の姿を見ることはなかった。
優音さんもDVじゃね?というツッコミは受け付けてます…ん!(どっちや)