王太子、襲来!
ゆったりお茶をして談笑していたけど、そろそろ夕飯なので皆で食堂に向かう。その前に、全員でジャージセットを装備した。
色違いのジャージで並ぶと、なんか戦隊ものみたいだなぁ。光沢がある生地だから余計にそんな感じがする。レインさんも血縁上の父に用事があるから、とついてきた。
「あかん、コレめっちゃ着心地ええなぁ。ボク、今日はコレで寝るわぁ」
うっとりと幸せそうなヤス兄。白地に緑色のラインが入ったジャージを着ている。気に入ってくれて嬉しいよ。
「そうだな。私もコレで寝る。それにしても素晴らしい。肩こりが……消えた……」
噛みしめるように嬉しげなメガ兄。白地に青のラインが入ったジャージを着ている。肩こりが酷かったらしい。よかったね。
「でしょ!いいよね、ジャージ!」
そんなあたしは白地に赤のラインが入ったジャージ。戦隊ものならリーダーカラーだね!プリティでキュアキュアだとピンク色がリーダーカラーだけど。
「ええ、これはもう手放せませんね。一生着ます」
恍惚とした表情のレインさん。気に入ってくれて嬉しいけど、ちゃんと脱いで洗濯しろ。
「臭くなるよ」
「お嬢様のスプレーを使います」
「洗おうよ」
そりゃ、あれがあれば綺麗になるけど…汚い気がするからやめてほしい。洗い替えを作ると約束したら頷いてくれた。兄達からもお願いされた。
ところで先ほどから執事長のセバスティアさんが遠い目をしているのは何故だろうか。虚ろな瞳をしながらも椅子を引いてくれるところは流石だ。
「…………」
血縁上の父が来てしまった。何か言いたげだが……まあ、ジャージがみっともないとかだろうな。めっちゃチラッチラ見てくる。しかし、あたしはその視線を無視した。今日は肉かぁ。うん、おいし~い。レインさんに何か言いたげだったが、レインさんもスルーしていた。
気が利くセバスティアさんが樹にもナッツやお菓子を出してくれた。樹は食べても食べなくても大丈夫らしい。肉も食べられるらしく、ねだるのでわけてあげた。血縁上の父が、顔面蒼白になっていたが、やはり無視した。
「お止めください!」
「ええい、うるさい!ユーリフィアンに用事があると言っているだろう!!」
あ、なんか遠くから馬鹿の声が聞こえてきたよ。嫌な予感しかしないな。
「ボク、ちょっとお花摘みに行ってくるわぁ」
ナニソレ、可愛い………くない!ヤス兄めっちゃ黒い笑顔だよ!
「ああ、刈ってこい」
メガ兄も笑顔が黒い!レインさんは苦笑して、ほどほどにしといてくださいねと言っていた。血縁上の父は、仕方あるまいと呟いた。
「……摘むんじゃなく?」
「踏み潰さないだけマシだと思って欲しいね」
とりあえず、馬鹿に成仏しろよと念を送っておいた。
「ボクもヤスさんと行くできゅ!」
何故か樹も行ってしまった。大丈夫かなぁ?不安が表情に出ていたのだろう。レインさんがにこやかに話しかけてきた。
「ああ見えて精霊様は我々より年長ですから大丈夫ですよ。むしろ心配なのは…」
「オコシャスだな。私も見てこよう。ユアンには何があろうとけっして近づけないから、安心して食べていなさい」
メガ兄も席を立った。仕方がないのでさっさと食べて面倒だが着替え、馬鹿の様子をうかがうことにした。
メイクは顔色が悪くやつれたようにとの指示を出したのはメイド長のユーノだ。服も部屋着。寝間着っぽい服。仮に馬鹿が突破あるいは気がつかれたとしても、精神的負荷により寝ていたと言い訳ができるから、らしい。賢いなぁ。
さて、予想通り王太子が来ていた。お付きも困惑してどうにか宥めようとしているが、怒り狂った馬鹿は止まらない。
「だからユーリフィアンに会わせろと言っているのだ!」
「だーかーらー、無理ですわ。ユーリフィアンはとても傷ついていて、殿下と会いたないそうですよ」
「そうです。いくら王族とはいえ、大勢の前で婚約破棄を一方的に宣告して辱しめた元婚約者の令嬢の家にアポイントメントもなくおしかけるとは……殿下は我が家を軽んじておられるのですか?」
メガ兄こと、ジャージブルーは冷静に常識を説いた!ジャージブルーのにらみつけ!
「ぐっ!?」
馬鹿王太子の怒りがとけた!馬鹿王太子が怯んだ!
「だ、だが!傷心の令嬢が違約金をよこせと王城に乗り込むか!?あいつは私に喜んで婚約破棄すると言ったんだぞ!?おまけに私とジュリアを侮辱したんだ!!」
「はあ?」
おや?ヤス兄…ジャージグリーンのようすが………?
「ボクらがあの場におらんかったからって、適当なこと言わんでくれますぅ?ボク、後からクラスメイトに一部始終を聞いてます。あくまでユーリフィアンは常識を説いただけです。ボク、殿下を弟みたいに思ってました。だけど、ボクの可愛いユーリフィアンを貶めるんやったら、オマエはボクの敵だ。帰らないなら、力ずくで城まで引き摺る」
ジャージグリーンが開眼なさったああああ!!ぶちギレていらっしゃる!!しかも結構仲良しだっただけに、王太子が涙目!ざっまあああああ!!
「ヤスさん、ヤスさん」
樹がジャージグリーン…ヤス兄に話しかけた。
「ん?なんです?」
「あの男は、ボクの大事なマスターをいじめたんできゅか?」
ヤス兄はとっても邪悪な笑顔をうかべた。
「そうなんですよ!ユーリフィアンに大勢の前でいじめをしたって濡れ衣を着せたあげく婚約破棄して辱しめたんです!しかも、自分から一方的に婚約破棄しといて違約金に不満を持っておしかけてきたんですよ!令嬢でか弱いユーリフィアンやから、脅せば違約金を諦めるだろうって!!」
「………よぉくわかったできゅ」
樹がユラリ、と姿を変えた。大きなリスもどきさんが激おこです!
「せ、精霊!?」
「ヤバいですよ!逃げましょう!!」
賢いお付きが撤退しようとした。しかし、時すでに遅し。樹の魔法が炸裂した。
「オマエなんか、永遠に不毛の地で苦しむがいいできゅ!!」
毛が、抜けた。
え?不毛……そっち!??
いや、王都周辺で緑が枯れても困るからいいけど……そっち!??
緑って毛も範疇だったの!??
王太子は髪の毛どころか、睫毛も眉毛も鼻毛も……毛という毛が抜け落ちてしまった。見えないが、ワキ毛とか脛毛とか、他の毛も抜けたのだろう。
「ぶっ」
「ぐひゅっ」
スゲーわ、うちの兄達。流石のあたしも笑えねぇわ!いや、今まで奴がユーリフィアンにしていた仕打ちを思えばまぁ………仕方ないな。無毛に苦しむがよいわ。しっかし、無毛だと眉毛も睫毛もないから、美形でもなんか怖い。あーあ、美貌が自慢だったのにねぇ。残念だったね。
「………え?」
無毛の王太子がペタペタと自らを触る。そこには、耳に引っかかっていた毛がごっっそりついていた。
「う、うわあああああああああ!?毛、毛が!私の毛があああああ!!?」
「ヒッ…」
お付きもビビっている。クビにされたら可哀相だからウチで雇うよって声をかけてあげるべき?
「…………なんの騒ぎですかな?」
あれ?血縁上の父が出てきた。散らばった毛に少し目を見開いたが、その程度だ。
「貴様……ヒール家を国家反逆罪で告発する!王太子である私に、このような仕打ちをしたのだ!」
「国家反逆罪で告発されるとすれば、それは殿下でしょうな」
その発言で周囲の気温すらも下げる男。それが血縁上の父であるレイノルド=コクーン=ヒール。冷酷なヒール公爵だ。なんというラスボス感。
「なっ」
「何故、殿下は我が家のユーリフィアンと婚姻すべきだったのか…それを理解していたなら、婚約破棄などしなかったはずです。殿下は私的な感情でこの国を危険に晒したのです。どうぞ、お帰りを。私は、私の…いえ、ヒール家の誇りに泥を塗った者を許しません。二度とこの屋敷へ来ないでください。私はもう無理だが、貴方はまだ未来がある。どうか…殿下が犯した最大の罪を知ってください」
「公爵…?」
最後の方は聞き取れなかったが、血縁上の父は家名を汚した馬鹿に怒っているようだ。
「王太子殿下のお帰りだ!!」
屈強な男達に囲まれて、強制丸ハゲた王太子は出ていったのだった。