人間万事塞翁が馬
防臭スプレーの効果は一週間だが、重ねがけをすれば最大一ヶ月は効果がもつらしい。思ったより長いな。冒険者とかにすごく喜ばれそうだ。
そのお値段でメガ兄と盛り上がっていたヤス兄が、あたしの肩に視線をやって固まった。あたしの肩には樹がいる。うむ、モフ可愛い。
「きゅふふ、くすぐったいできゅ!」
顎をコチョコチョしてみた。うむ、モフ可愛い。とてもフカフカだ。スリスリしたら、気持ち良かった。
「ちょ!ダメ!あかんやろそれ精霊様やんか!祟られる!マジ呪われる!すんませんウチの妹なんも知らんかったんですマジ勘弁してやってください!!」
「すいませんすいませんすいませんすいませんウチの妹に悪気はないんですどうか寛大なお心で許してくださいお願いいたします!!どうしてもというなら、私に呪いを…!」
樹はヤバい奴だったのだろうか。兄達は土下座している。
肩にいる樹を確認したら、口を開けてポカーンとしている。まったくヤバい奴には見えない。とりあえずモフモフしてやった。尻尾もフカフカだ。
「きゅふっ……兄二人の反応を見て、よくボクをナデナデできるできゅね。流石はボクのマスターっきゅ!」
誉められてる気がしないな。
「兄さん達の反応には驚いたけど、樹は悪い奴じゃないと思ったから。あんた、あたしに態度を変えてほしいのか?」
「嫌できゅ」
「だろ?」
嫌だと即答された。多少の裏表があるものの、樹はいい奴だ。あたしの勘はよく当たる。あたしと樹はあくまでも対等な立場だ。何か問題があるとは思えない。
「兄様、何が問題なんです?」
「この、お馬鹿!お前も頭を下げなさい!」
ヤス兄に叱られた。どうやら常識的な問題のようなので記憶を探る。とりあえず、何故兄達が土下座しているのかは理解した。
「マスターをいじめたら、許さないっきゅ…」
樹のプレッシャーがヤバい。しかし、あえて空気を読まずに樹へデコピンした。
「痛いっきゅ!」
「うああああああああ!?」
「ぎゃああああああああ!?」
デコピンされたのは樹だが、兄達の方が大騒ぎしている。
「樹、ヤス兄はあたしを心配して叱ってるから怒っちゃダメだ。ヤス兄はあたしの家族だから、仲良くしてくれ。お前がこれからずっとあたしといるつもりなら、な」
「わかりましたっきゅ。ヤスさん、怒っちゃってごめんなさいできゅ」
ヤバい。リス的なモフモフのごめんなさい、可愛い。
「へ……あ、ああ、気にせんでええですよ…」
ヤスさんではなくオコシャスさんなのだが…兄は魂が抜けたようになっていてノーリアクションだった。
「で、何故ユアンは精霊様と一緒にいるんだ?」
「………なりゆき?」
「マスターはよくわかんないままにボクと契約しちゃったっきゅ。だからボクが説明するっきゅ」
その通りなのだが、やはりわかっててやったのか。まあ、別にいいけど。
そして、樹はこの世界の人間と精霊の関係について語り始めた。
最初、精霊と人間は共生関係にあった。精霊は人を助けることで感謝や畏敬、人間の魔力を得て上位精霊になった。
しかし、ある事件により人と精霊の関係が悪化する。近くなりすぎたために人は精霊への畏敬を忘れ、精霊術という悪魔の魔法を生み出したのだ。
これまでは精霊に人間がサポートするまたは人間を精霊がサポートするという形で精霊魔法は使われていた。だが、精霊術は無理矢理精霊の力を奪って行使する。流石に中位から高位の精霊を捕獲できた例はないが、かなりの低位精霊が犠牲となり高位精霊の怒りで甚大な被害が出てしまった。
なにも知らない人々は、高位精霊の怒りを恐れて精霊達と距離を置くようになった。
「だから精霊様を見たらしゃべっちゃダメとか、精霊様に失礼がないようにって教えられるわけね」
精霊術については知らなかったが、ユーリフィリアンもそう教わっていた。
「そうらしいできゅ。で、マスターはボクらに怯えず友好的だったからイケると思ってアピールしたっきゅ。そしたら名前をくれたから、契約できたっきゅ!ボク、超ラッキーだったできゅ!この近辺じゃ、しっかり精霊と話しちゃダメって小さい子にまで言い聞かせてるから、ここ数十年ボクらの仲間でマスター持ちはいないっきゅ」
つまり、数十年ぶりの幼子に劣るアホがあたしということか。
「つまり、精霊様はユアンと友好関係を望んでいて祟るつもりはないと」
メガ兄が樹に確認した。めっちゃいい兄だなぁ。
「そうっきゅ。つーかそもそも祟るのは基本上位っきゅよ。ボクらは…せいぜい腹いせに作物枯らすぐらいっきゅ」
「それ、農家が泣くを通り越して餓死しかねないからね!?絶対しないでね!!」
「しないっきゅ。ボクらもアホじゃないっきゅ。仲間が犠牲になったとか、よほどじゃない限りやらないっきゅ」
「だよね!」
うちの樹さん、だいぶ本性が出てきたな。これはこれで可愛くてよし!
「それから、マスターは軽々しく名前をあげたらダメっきゅよ」
「え」
「名前をあげるのは名奉じの儀と言われるっきゅ。精霊なんかの魂に近い存在を、この世界に固定化するっきゅ。大事なことなんできゅ」
子供に教えるような口調の樹。でも、ひとつだけ否定しておきたい。
「軽々しくは言ってない。樹を一生面倒見るつもりで言った」
「……………きゅ、きゅう……」
樹が黙った。モジモジしていて可愛い。頬ずりしたら、スリスリ返された。
「仲ええみたいやし、名前をあげちゃったから、仕方ないなぁ」
「……そうだな。ユアンの今後のためにも、護りは多い方がいい。まあ…結果的には良かったのかもしれないな」
樹とじゃれていたので、そんな兄達の呟きがあたしに聞こえることはなかった。
余談だが、精霊のマスターは高位の魔術師が中級精霊を召喚して契約するのが一般的らしい。あたしみたいなのはレア中のレア。精霊の愛し子と呼ばれるそうな。まあ、気にしなーい。




