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第一部 第五章 第二節 贄となるもの

「……」


 片方だけ開かれた篁太郎の瞳が、金色に輝いていた。

 今、彼は輪王寺宮邸の屋根の上から東京港の方面を見つめていた。江戸時代には、増上寺の山門から海が見渡せたというが、高層ビルが立ち並ぶ現在では、東京湾の様子を窺い知ることは出来ない。

 しかし今この陰陽師は、金色の瞳を以って確実に東京港で発生した戦闘を観察していた。


『王子の狐めと、あの傀儡が戦っておるが、介入はせんでよいのか?』


 脳裏に直接響く、久遠の声。念話、いわゆるテレパシーというものである。


「いえ、彼女に任せましょう。俺たちの役割は、別にあります」


 現在、久遠の視界を篁太郎に接続していた。いくら式神契約を結んでいるとはいえ、魔族との感覚共有は危険性が高く、本来であれば失明の恐れのある行為であった。

 だが、こと篁太郎に関してだけはその心配はなかった。久遠との式神契約が、特殊過ぎたが故の恩恵でもあった。


「それで、周囲にミュラー、ないしは丹羽の気配は?」


 篁太郎は久遠が陰陽庁からの情報提供を受けていたことにより、〈百鬼夜行絵巻〉の所有者の情報を得ていた。

 東京港での異変に気付いたのは、久遠だった。〈あわい〉の北辰宮から陰陽庁の屋上へ空間転移し、さらに輪王寺宮邸にて信久王、澄子女王両殿下に拝謁して、今に至る。


『……その丹羽(なにがし)という奴の匂いを、我は知らんぞ』


「ああ、すみません。少し焦っていました」


『少なくとも、ミュラーに関しては匂いは感じ取れんな』


「やはり、相手も虎徹くんを警戒しているようですね」


 嗅覚による索敵対策は、万全のようだった。もっとも、今回の相手は常に嗅覚への対策を怠っていなかったのだ。今になって失態を犯すとは考えにくい。

 問題は、丹羽教光だろう。

 これは正直、国際刑事警察機構(インターポール)やG機関からの捜査情報などを元に行動予測のしやすいミュラーと違い、篁太郎単独での捕捉が難しい。

 丹羽の手口は、“魂食い”はともかく、〈百鬼夜行絵巻〉の展開という、ローンウルフ・テロ型のものである。

 このローンウルフ・テロは、一匹狼の名の通り、個人ないしは少人数によるテロ行為のことであり、組織的テロでないが故に捜査機関による対応がより難しいものとなっている。

 はっきり言って、久遠の協力がない限り篁太郎としても対処しようがない。


「それと、魔導妨害は継続して下さい。特に陰陽庁の観測装置は徹底的に妨害を」


 篁太郎はヴァルキュリヤ・シリーズの秘密を維持するため、久遠の妖力を使って陰陽庁の観測装置に魔導妨害(ジャミング)を仕掛けてもいた。

 東京港周辺での妖力と疑似神気の波動を、正確に把握されないためである。

 宮殿下による許可が下りていなければ、このような形で久遠に力を発揮させることは出来なかった。これは明らかに、日本の霊的治安維持という陰陽庁の役割を根底から揺るがしかねないことなのだ。

 それだけ、久遠の能力は魔導の衰えた現代では絶大なものなのである。

 もちろん、魔導妨害の主犯が篁太郎と久遠であることは宮内省御霊部によって秘匿されている。公式には、ミュラーらの犯行として記録されるだろう。

 久遠と感覚を共有している瞳に映る戦闘は、王子の狐が圧倒的有利に進めていた。とはいえ、あれで相当に手加減しているのだ。

 今も、人造人間(ホムンクルス)の少女が五体満足でいられているのがその証拠である。


「……」


 一瞬だけ、篁太郎の顔に悔恨の色が過る。かつて、自身が殺してしまった人造人間(ホムンクルス)たち。今また見殺しにしようとしている白い少女。

 彼女たちへの感情が、この陰陽師の心を乱すのだ。

 だが、理性と感情は別のものだ。ホムンクルス一人のために、帝都を危険に晒すことは出来ない。


「偽善、ですかね? この感情は」


『で、あろうな』


 独り言のつもりが、しっかりと久遠には聞こえていたらしい。視界を共有していることで、ある程度まで感情も伝わってしまうのだ。


『その甘さもまた、お前の一部よ。恥じることはなかろうよ』


 気遣っているような、それでいて叱責するような、そんな口調だった。


「……すみません」


 そうしている内に、状況は新たな段階に突入した。


◆   ◆   ◆


「―――そこまでにしてもらおうか、野狐」


 キン、と刃と刃の激突する音。

 王子の狐の振るう刀と、黒妖犬の爪が火花を散らした。


「そいつを離すのだ!」


 怒りに燃える瞳と共に、虎徹は吠えた。


「……」


 目線だけで反応した狐耳の少女は、さして未練も見せず捕らえた獲物を手放した。そして、人造人間(ホムンクルス)の少女からも、虎徹からも距離を取るように後ろに跳ぶ。


「……相変わらず、礼儀がなっていないね。魔女」


 冷めた瞳で、王子の狐は沙夜を見つめる。


「ふん、貴様に払うべき敬意など持ち合わせていないのでな」沙夜は臆することなく鼻で笑う。「それと、これは私たちの獲物だ。これだから躾けのなっていない野良は困る」


 彼女は霊装たる杖で、地面に倒れて呻いているラーズグリーズを指した。虎徹は、敵であるはずの人造人間(ホムンクルス)よりも、王子の狐を対峙するような姿勢を取っている。

 まるで、悪者は狐の妖であるかのような態度である。

 その様子に、白狐の少女は自嘲気味な溜息をつく。


「……なるほどね、誰もかれも、甘いことだね」


 結局は、篁太郎も、沙夜も、虎徹も、この錬金術によって生み出された少女を助けようとしているのだ。

 いや、篁太郎はどうだろうか? 彼は助けたいと思いつつも、いざとなれば人造人間(ホムンクルス)を切り捨てる決断をするはずだ。とはいえ、彼も甘さを捨てきれないという面では、目の前の魔女と黒妖犬の主従と同じではあるのだが。

 王子の狐は、内心でそっと笑った。

 人造人間(ホムンクルス)の少女は、実質的に戦闘不能だろう。自らの命と引き換えに、というのであればその体にまとう神気でもう少し戦えるかもしれないが、自分と黒妖犬がこの場にいる以上、どうとでも対処出来る。

 妖狐の少女は、この獲物に特に強いこだわりがあるわけではない。魔女と黒妖犬に獲物を譲っても、別に構わないのだ。

 とはいえ、魔女が自分に敵対的なのは、今更である。彼女にとってみれば、篁太郎の周りにいる妖すべてが敵なのだ。それは、篁太郎がこの魔女よりも、久遠や自分のような妖を重んじているからかもしれない。

 彼の一番弟子を自認する魔女にとって、それは十分に嫉妬の対象になるのだ。

 黒妖犬が自分に向ける敵意は、単に助けたかった少女を自分が甚振っていたためだろう。相変わらず、単純な式神である。

 だがそれを、王子の狐は好ましいと思う。


「なら、後は好きにするといい」妖狐の少女は普段通りのさばさばとした口調で言った。「私は別に、その獲物にそれほどこだわっているわけじゃないからね」


 その言葉に、魔女は疑わし気な視線を向ける。

 確かに、久遠であれば自分の獲物を魔女に譲ることなどしないだろう。彼女は歪な形ながら、篁太郎の式神としての矜持を持っているのだ。

 だが、王子の狐は、そうまでして魔女に対抗するだけの理由がない。


「……馬鹿犬、警戒は怠るなよ」


 吐き捨てるように自身の眷獣(サーヴァント)に指示を出した沙夜は、一歩一歩、倒れた白い少女へと近づいていく。ただし、人造人間(ホムンクルス)への警戒は怠っていないようだった。


『……銀嶺(ぎんれい)


 不意に、王子の狐の脳裏に響く声があった。

 銀嶺。

 自分をその名で呼ぶ者は、一人しかいない。


「聞こえているよ、篁太郎」


 何故なら、自分にその名を付けたのは、彼なのだから。


『今すぐ、人造人間(ホムンクルス)の両腕を切り落として下さい』


 感情を挟まぬ、冷徹な依頼だった。


「判ったよ、また貸し一つだ」


 一方の王子の狐―――銀嶺も躊躇わなかった。とん、と地面を蹴った。

 だが、そこに立ちはだかる影一つ。虎徹である。


「あいつは、殺させないのだ」


 両手の爪を伸ばし、銀嶺に対抗しようとする。彼は妖狐の少女が振るう刀を、その爪で受け止めた。


「あいつは、やりたくないことをやらされているだけなのだ! だから、少し待って欲しいのだ!」


 懇願するように、虎徹は叫ぶ。

 その背後では、沙夜がラーズグリーズにかけられた人造人間(ホムンクルス)の使役術式を解除しようとしていた。


「右手に、力が入っていないよ」


「くぁ!」


 激突した時の感触から、銀嶺は即座に虎徹の負傷を見抜いた。たまらず犬耳の少年が姿勢を崩す。


「悪く思わないでね」


 即座に足払いをかけて、銀嶺は虎徹を転がした。その瞬間、白い毛並みに包まれた狐耳がピクリと動く。


「……展開(アウスブレーテン)


 彼女の聴覚は、ラーズグリーズの発した機械音声のように無感動なその呟きを、はっきりと捉えていた。






 迂闊だった、と沙夜は自分が判断を誤ったことを呪った。

 いくらラーズグリーズと呼ばれた少女が戦闘不能なほどに痛めつけられていても、まったく抵抗出来ないというわけではないのだ。

 それどころか、命令者が使役術式を使えば、肉体的な限界を無視して人造人間(ホムンクルス)の体を動かすことが出来る。

 だから、最初にやるべきことは使役術式の解除ではなく、彼女を拘束してしまうことだったのだ。身動きが取れなくしてしまえば、どのような命令も実行出来ない。

 地面に倒れたままの傷だらけの少女は、小さな声でこう言ったのだ。


了解しました(ヤヴォール)我が主(マイ・マスター)


 その瞬間、ラーズグリーズの手に描かれていた転移術式が発動。彼女の手の中に現れたのは、一幅の巻物。


「っ!?」


 その瞬間、沙夜は咄嗟に防護の結界を張った。


「……展開(アウスブレーテン)


 ばさり、と巻物が開かれ、そこから黒い霧が吹き出した。


◆   ◆   ◆


「……やはり、最後はそうきますか」


 金色の瞳に映された光景を見ながら、篁太郎は呟いた。久遠の視界から提供される視界には、東京港の埠頭を覆うような黒い霧が映っていた。


『まったく、詰まらんものよな』本気で退屈そうに、久遠が言う。『傀儡は傀儡として使う。そして使い終われば、百鬼夜行絵巻の餌ということか』


人造人間(ホムンクルス)を物として扱うならば、無駄のない効率的な手段ですよ」


『はん! その台詞は、その剣呑な口調をどうにかしてから言うのだな』


 自身の主となっている陰陽師を、久遠は鼻で嗤う。

 黒い霧は、濃密な魔力を伴っていた。


「まったく、墨臭くてかなわんな」


 音もなく、空間転移を果たした久遠が篁太郎の隣に着地する。篁太郎の瞳の色も、常の黒色に戻った。視界も、輪王寺宮邸から見えるものだ。

 都心のビルに遮られ、東京港はおろか海すら見えない。


「霧は、あの場に居る者すべてを贄として、実体を構成することでしょう」


「とはいえ、王子の狐も、小娘も、駄犬も、みすみす贄として捕らわれるほど無能ではなかろう。現に、王子の狐は早々に退散しておるし、駄犬は主人である小娘を抱えて距離を取っおるぞ」


 あの黒い霧が霊力を妨害しているのか、篁太郎と銀嶺との間で念話が出来なくなっていた。久遠も墨の濃すぎる臭いに妨げられ、嗅覚による探知が出来ていない。

 だから現状、久遠の聴覚によって現場の状況を把握するしかないのだ。


「まあ、相手も彼女たちを霊力源と出来れば幸運、程度にしか思っていないでしょうね。問題は、人造人間(ホムンクルス)の少女です」


 現場が見えていないにも関わらず、その方向に目を向ける篁太郎の視線は険しかった。


「あれは、神気の塊。瀕死の傷を負っていたとしても、百鬼夜行絵巻の霊力源としては過剰なほどです」


「では、早々にケリをつけるべきであろうな」


 あの霧が実体化すれば、どれほど巨大な墨の妖が出現するかは判らない。今はまだ東京港に留まっているからいいが、実体化したものが都心部に向けて進撃を始めたらどのような事態になるか判らない。


「久遠、結界の展開は?」


「ふん、我に抜かりがある訳がなかろう」


 当然とばかりに久遠は鼻を鳴らす。

 東京港周辺には、久遠による結界が張られ、しかも現在に至るまで魔導妨害(ジャミング)を続けている。取りあえず、周辺地域へのこれ以上の被害は極限される。

 問題は、丹羽教光の確保である。


「一瞬だけですがホムンクルスが発動した転移術式、これを元にして急いで転移元の地点の測定を行います。急ぎですから、大雑把な計算になります」


「判っておる。あとは我の嗅覚、聴覚で補ってやる故、()く割り出すがよい」


 以心伝心の如き連繋。

 それを、篁太郎は心強く思う。


「頼みます。俺の予想ですが、百鬼夜行絵巻を実体化させ、操る関係上、術者がそれほど遠くにいるとは思えません」


 そして、自らの式神と目線を合わせる。


「ですから、今夜で終わりにしましょう」


「そうよな。この下らん演劇も見飽きてきた。そろそろ、幕を閉じる頃合いだろうて」


◆   ◆   ◆


「失態だな。私も焼きが回ったということか?」


 沙夜は自嘲した。

 彼女はラーズグリーズが百鬼夜行絵巻を展開したのと同時に防御結界を張った。さらに主人の危機を察した虎徹が沙夜を抱え、渦巻く墨の霧の中心部から彼女を遠ざけていた。


「もういい、馬鹿犬。降ろせ」


 ぶすりとした声で、沙夜は自身の眷獣(サーヴァント)に命じた。虎徹は主人の膝の裏と背に手を添えて抱えている。


「う、了解なのだ」


 声を聞くだけで、この犬耳の少年が後悔に(さいな)まれていることが判った。


「……あいつ、助けられなかったのだ」


 虎徹は、迷うことなく主人の救援を優先した。それが、眷獣の役目だからだ。だが、出来るならばあの白い少女も助けたかった。

 黒い霧に呑み込まれながら、すべてを諦めたような目をしていたあの少女。

 あの目には、虎徹自身も見覚えがある。


「ご主人……」


 助けを求めるように、虎徹は沙夜を見る。


「ふん。お前は眷獣としての役目を果たした。それを誇れよ」


 傲然と、沙夜は言い放つ。


「……」


 その言葉が、いつもの主人らしくないことに虎徹は気付いている。

 沙夜は滅多に他者を褒めない。どちらかといえば、叩いて伸ばすという教育方針の持ち主なのだ。その彼女が、主人を救出するという役目を果たしたことを誇れと言っている。

 そうしている間にも、ラーズグリーズの居た場所を中心に渦巻く黒い霧。それが徐々に凝縮されていき、明確な体積を持つまでに至っている。

 魔力を多分に含んだ墨が集積していき、やがて一つの形へと変化していく。

 それは昨夜、百鬼夜行絵巻が展開されたとき以上の大きさへと成長を続けていた。都会から漏れ出た明かりを背景に、墨の異形が蠢動を始めていた。


「鬼、というわけか……」


 その異形、顔にあるべき目や鼻がないことを除けば、鬼と形容し得る姿へと変貌を遂げていた。人造人間(ホムンクルス)から供給される疑似神気を糧に、港湾部のクレーンすら圧倒する巨体が形成されたのだ。


「だが、所詮は墨汁の塊」


 沙夜はオーク材の杖を振るった。杖に仕込まれていた魔術式が展開、空中に魔法陣が描き出される。


「蒼銀の氷精よ、その息吹を以って汝が敵を凍てつかせよ」


 滑らかな調子でで、沙夜は氷結の呪文を唱える。

 墨汁ということは、液体。故に、凍り付かせてしまえば無力化出来る。彼女のその判断は正しく、だが同時に間違っていた。

 確かに、墨によって実体化した鬼の動きを氷結させることによって止めることには成功した。しかし、それはほんの数瞬のことであった。

 凍り付いた墨の巨人は、しばらくすると氷を溶かして再び動きを始めたのである。


「ちっ」


 沙夜は再び杖を振るう。


「極寒の理を以って、我が敵を貫くべし【氷槍(アイス・パイク)】」


 大気中の水分が凝縮され、鋭い氷の槍となって標的たる鬼に降りかかる。だが、実体を持っているとはいえ、液体によって形作られた疑似的な妖である。

 氷槍はその肉体に吸い込まれるだけで、何ら打撃を与えることはなかった。


「厄介な……」


 沙夜は苛立たし気に呻いた。自分の魔術と、百鬼夜行絵巻との相性が悪すぎる。

 いや、凍らせることが出来れば、この墨の妖を無力化することは可能なのだ。しかし、それが出来ないということは、自分が術に込めた魔力を、百鬼夜行絵巻の持つ霊力が上回っているということだ。

 虎徹の鋭い爪も、この様子だと役に立たないだろう。


「ご主人」


「何だ?」


 苛立った口調のまま、沙夜は問う。


「アイツ、泣いているのだ」


 墨の鬼を見上げながら、虎徹は真剣な口調で言った。

 アイツ―――あのラーズグリーズと呼ばれていた戦闘用人造人間(ホムンクルス)のことだろう。その鋭敏な聴覚が、鬼の体の中に閉じ込められた少女の嘆きを捉えたのかもしれない。


「ご主人、アイツ、助けてやりたいのだ」


 はっきりと、虎徹はそう言った。


「……」


 沙夜は渋面を作りながら、すぐに答えることはしなかった。


 内心では、自身の眷獣(サーヴァント)と同じような思いを抱いてはいる。しかし、物事には優先順位がある。この場合は、この巨大な墨の鬼を討滅することが最優先なのだ。

 人造人間(ホムンクルス)一人のために、帝都の臣民一千万人を危険に晒すことは出来ない。


「……あの鬼は、ホムンクルスからの魔力供給で実体化している。つまり、鬼の核となっているホムンクルスを仕留める必要がある」


「鬼から、アイツを引きずり出せばいいのだ」虎徹は頑固そうに言った。「そうすれば、魔力供給も止まるんだろう?」


 やけに反抗的な態度の使い魔であるが、沙夜は叱責することはなかった。

 この犬の魔族は単純な性格である。

 その助けたいという思いが、自分と同じく人に弄ばれた存在への同情から来ているのか、彼が元来持っていた素朴な正義感から来ているのかは、沙夜には判らない。

 だが、虎徹が目の前の一つの命を優先してしまっていることだけは判る。


「……その右手で、出来るのか?」


 沙夜は問いかけた。

 虎徹の負傷は、未だ癒えていない。王子の狐がダインスレイヴを奪ったようだが、百鬼夜行絵巻の墨霧が吹き出した時点で、姿を消している。

 魔剣を破壊して虎徹の傷を治すという手段はとれない。

 だから、状況は沙夜と虎徹にとって不利なのだ。それこそ、帝都臣民と人造人間(ホムンクルス)の少女の両方を助けるという選択肢が取れない程度には。


「封印を、解いてくれ」


 だが、内心で逡巡する沙夜と違って、虎徹は明快だった。

 普段はどこか楽天的な雰囲気を持つ魔族の少年は、決意の表情を共にそう言ったのだ。


「本来の姿に戻れば、お師匠様は傷が治るって言っていたんだろう?」


「……ああ」


「だが、頼むのだ」


 どこか懇願するように、虎徹は言った。

 沙夜は腕を組んで目を閉じ、指で腕をトントンと規則的に叩く。時間的猶予は殆どない。


「……いいだろう」


 いつになく厳しい表情と共に、沙夜は決断を下した。


「だが、獣に堕ちるな。これは、主人からの命令だ」


「う、判ったのだ、ご主人」


 その返答に、沙夜は小さく鼻を鳴らした。そして、詠唱を始める。


「―――告げる。我は汝の鎖を手繰る者。白銀の名に於いて、汝が楔を解き放つ。汝、あるべき姿に立ち返るべし」


 ぶわり、と虎徹の体から凝縮された魔力が噴き出して一陣の風となる。


「汝、名は虎徹。冥府の番犬、ケルベロスたるものなり」


 瞬間、少年の姿は、漆黒の猟犬へと姿を変えた。

 更新が遅れまして、申し訳ございません。


 いよいよ虎徹とラーズグリーズ、そして篁太郎と久遠たちの最後の戦いが始まります。

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