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第一部 第三章 第二節 歪な主従

 東京都立川には、陰陽庁龍脈観測所が置かれていた。

 龍脈とは大地を通る霊子の流れのことであり、これを監視することで霊災の発生を予知するなど防災に役立てている。

 同時に、龍脈の乱れは自然災害の前触れとしての意味もあった。かつての関東大震災では、震災数日前に龍脈の乱れを感知し、一部の陰陽師たちはそれによって震災の発生を予知していたという。しかし、その情報は十分に活かされなかった。当時はまだ陰陽局が発足したばかりであったために龍脈と自然災害の関連性についての研究が不足しており、しかも政治的混乱が発生(震災発生数日前に加藤友三郎首相が病死し、後継首相に指名された山本権兵衛が内閣を組閣中だった)していたことも原因であった。

 それ以後、龍脈と自然災害の関係性についての研究がなされ、立川観測所を始めとして全国各地に龍脈の観測所が設置されるに至っている。

 現在も、昼夜問わず当直の観測員たちが龍脈の波動を探知する霊的探査装置のモニターを見つめていた。

 この観測所は、同時に龍脈以外の霊力探知も行っている。帝都周辺で不穏な霊力の波動があれば、それはただちに陰陽庁東京本部や周辺県の各支部へと伝達される仕組みになっている。観測所は、魔導犯罪の発見にも務めているのである。

 ただし、霊力の放出に無関心な低級魔術師による魔導犯罪は探知できるが、そうしたことに気を配る魔導犯罪者に対しての探知率は低い。

 科学と魔術を融合させた装置故の限界であった。実際、観測員の多くは霊的素質を持たない常人(ただびと)である。彼らの仕事はモニターを見て異常がないかを確認するだけであり、専門的な判断は観測所に設けられた情報分析室が行う。

 分析官は国家祓魔官か、もしくは霊的素質を持たないが専門の訓練を行った人材で占められているのだ。

 常人を使えるところはあえて常人を使うことで、陰陽庁は国家祓魔官の人材不足を補おうとしているのである。


「現在、国家祓魔官の式神一体が川口方面に向かっている。誤認に気を付けるように」


 分析室室長の男性は言った。

 当然のことながら、観測装置は国家祓魔官やその式神の霊力反応も探知する。それによる魔導犯罪の誤認を避けるために、室長は警告したのだ。もっとも、陰陽庁の把握している魔族の霊力波長はすべて観測装置に登録されており、誤認を防ぐ仕組みは出来ている。

 ただし、最終的に判断するのは人間である以上、念のために室長は通達したのだ。

 彼らの居る立川観測所の中央観測室は、地下に設けられている。壁の一面には大型状況表示スクリーンが光を発し、薄暗い観測室は後方にいくに従って階段状に高くなる。各管制卓にはそれぞれ当直職員が詰めていた。

 このところ、首都圏で発生した“魂食い”を探知出来なかったことで、観測員も分析官も気を張っている。

 しかし、観測装置の限界はいかんともし難いことも事実である。魔術の探知には、実際に魔術師たちが己の能力を用いて観測する以上に正確なものはない。

 室長は大型スクリーンに映し出される関東一円の地図を一瞥し、分析室へと戻っていった。


◆   ◆   ◆


 篁太郎は空中に映し出された地図を睨んでいた。埼玉県川口市のとある場所に一つの光点が灯っている、首都圏一帯を映し出した地図である。

 そして、彼の周囲には大量の紙が散乱していた。紙にはぎっしりと、魔法陣、術式、そして乱雑に文字や数式が書かれている。

 それらはすべて、篁太郎が解読した転移魔法陣の術式に関するものだ。

 篁太郎は今、己の式神が造り出した宮殿、その玉座の間で、玉座へと繋がる階梯に腰かけていた。


「どうした、難しい顔をして」


 不意に、金色の光の粉を集めるようにして顕現した久遠が、玉座に腰かけながら尋ねる。


「らしくもないぞ、篁太郎よ。いつもは泰然自若としている貴様が、妙に感情を乱しているようではないか」


「ああ、すみません」


 玉座の主を見上げながら、篁太郎は申し訳なさそうに微笑んだ。付き合いの長いこの式神は、自分の些細な変化もお見通しらしい。


「さしずめ、原因はあの『ヴァルキュリヤ・シリーズ』とやらか。ふむ、人の世の数え方で一九四四年というと、我の封印が解かれる約一年前か」


「そうなります」


「それは、お前と我の契約内容に関わりがあるのか?」


「ええ、大いに」


 二人の間だけで通じる問答。


「ならば、許す。我の前でその無様な姿を晒すことを、な」


「ありがとうございます」


 恐らく、沙夜には自分とこの式神の関係など理解出来ないだろう、と篁太郎は思う。沙夜と虎徹の関係と、自分と久遠の関係は決定的に違うのだ。

 陰陽師と式神、女帝と臣下。その歪な関係は、魔術師の誰も理解できないに違いない。理解してもらう必要もない。自分と久遠だけが判っていれば十分なのだ。


「それで、どうでした?」


「お前の予想通りになりそうだぞ」にやり、といやらしく久遠は嗤った。「微弱ではあるが、お前の見つけた廃工場で魔術の発動を感知出来た」


 そう言って、久遠は自身の頭に生える耳を指差した。彼女の耳は音だけでなく、魔力の波動を感知することが出来るのだ。


「ああそれと、匂い対策の結界が張ってあったが、我に言わせれば大分お粗末なものであったぞ。あの駄犬程度にしか通用せんだろうな」


「あなたの嗅覚、聴覚の鋭さからすれば、大抵の結界はお粗末なものになってしまいますよ」篁太郎は苦笑する。「虎徹くん対策の結界だとしても、かなりの精度の結界なんですよ」


 逆に言えば、結界を張った人物は練達の魔術師であることが判る。そして、相手が虎徹の存在を意識していることも。


「さて、久遠が探知出来たらなら、やはり間違いないでしょうね」


「匂いに関しても、昨夜の傀儡の小娘に、先日仕留めた〈人形〉、あとは知らぬ人間の匂いが一つ、といったところか」


「〈人形〉、つまりヴォルフラム・ミュラーということですか。まあ、本人かその〈人形〉かは判断に迷うところですが。なるほど、それで?」


「まあ、耳と鼻を澄ましておったが、〈人形〉ともう一人は移動したようだぞ。魔力の波動から考えれば、おそらく転移魔法であろうな」


「移動した時刻は?」


「つい先ほど、といったところか。お前が陰陽庁に情報を流した直後だな」


「流石に移動の頃合い(タイミング)が良すぎますね。沙夜と虎徹くんが川口に行くという情報を渡したのは、陰陽庁のごく一部の部署だけなのですけど」


「恐らく、薄汚いネズミでも入り込んでいたのだろう」


「陰陽庁のネズミ退治が必要になりそうです。相変わらずといえば、相変わらずですが」


 剣呑な口調で、篁太郎は言った。


「しかし、ミュラーの手口が変わっていないようで安心しました。公権力に取り入り、捜査の手から逃れる。お陰で、陰陽庁のネズミを退治する口実が出来そうです」


「ふむ、それは重畳なことだ」皮肉げに、久遠は唇を歪める。「で、何故お前は我に奴らに手を加えることを禁じたのだ? 我がわざわざ小娘と駄犬どもに先駆けて向かってやったというのに、これでは単なる斥候ではないか。到底、九尾の狐にやらせる役目ではなかろう?」


 実際、篁太郎が久遠に下した命令には不可解な点が多かった。

 篁太郎は転移魔法の術式の解読に成功した後、久遠に川口の廃工場への事前偵察を命じていた。しかし、相手に対して攻撃を加えることは一切禁止したのだ。

 そして、廃工場へ突入する役目を沙夜と虎徹に譲り渡した。

 彼女たちに功績を立てさせるという意図があるにせよ、いささか回りくどいやり方である。


「不満ですか?」


 すまなそうに、篁太郎は言う。


「いや、お前の下らん演目がこの後、どう進むのかが気になるだけのことよ」


 むくれたように、久遠が言う。世の男たちを虜にするだろう彼女の姿に似合わぬ、稚気に溢れた口調だった。


「俺の意図なんて、とっくにお見通しでしょうに」


 駄々っ子をあやすような笑みを、篁太郎は久遠に向けた。久遠はそれに、悪戯っぽい笑みを返す。


「ふふふ、それでも我はお前の口から聞きたいのだ。以心伝心というのも悪くはないが、あえて口に出すことで秘密を共有するというのも、なかなか趣深いものがあろう?」


 篁太郎が笑みを浮かべたまま、降参するように手を挙げる。


「俺の相手は、ミュラーだけではありません。陰陽庁、そしてG機関もです。これら三つの相手を同時に欺くには、多少、手の込んだやり方が必要なんですよ」


「ふむ、続けよ」


 機嫌を直した声で、久遠は促す。


「ミュラーの確保。これは絶対条件ですので、後ほど追跡を続行します。しかし、彼がどこを拠点としているのかを見定めてからです。彼を確保して、自白させ、拠点を探し出すのは絶対に避けなければなりません」


「ふむふむ」


 わざとらしく頷きながら、にやにやと久遠は嗤っている。


「拠点に捜索が入れば、必然的に彼の持つ魔導技術を陰陽庁ないしはG機関が手にすることになります。特に陰陽庁は、その技術を悪用しない保証がどこにもありません」


 過去の事例から考えて、実は篁太郎が最も警戒しているのはそのことなのだ。

 東京本部長の賀茂やその下で公安部門を統括する廣岡は、確かに信用出来るだろう。長官の土御門も、皇室への忠誠心の厚い人間だ。

 しかし、陰陽庁という組織は信用出来ない。

 若手や中堅祓魔官の中には、長官を土御門家の当主が務めていることに不満を抱いている者もいる。閥族打破を叫び、陰陽庁の改革を謳う彼らは自らを「陰陽庁革新派」と呼んでいるようだが、こういう者たちは神国派に並んで、篁太郎が警戒している存在であった。


「そのため、ミュラーの身柄を確保するのであれば、彼が魔術工房を構えている場所で行う必要があります。出来るだけ派手に交戦して、物理的に彼の持つ魔導技術を消滅させます」


「篁太郎よ、そこはもう少し直截的に言ってはどうだ? お前に奴を生かしておく気はなかろうて。死人に口なし、まさに技術の流出を防ぐには最高の手段ではないか」


 篁太郎の内心を見透かした久遠が、喉をくつくつと鳴らして不気味に嗤う。


「さて、その中で我はどういう役目を担えばよい? 言ってみよ。この愚かな演劇に乗ってやろうではないか」


 それは、まさしく共犯者の言葉。それを、篁太郎はありがたく思う。


「後ほど……まあ、沙夜と虎徹くんが去った後ですかね……久遠には探知した魔力の発生源たる廃工場にもう一度向かってもらいます。転移の魔法陣が書き残されているというようなお粗末なことはないでしょうが、あなたは魔力の残滓を感じ取れる。そして、そこから先の術式の解読は俺が行い、転移先を特定します」


「ふむ、昨夜の手順と同じよな」


「地味ですが、これが一番いいんですよ」


「脚本としては、面白味に欠けるがな」


 単純な感想として、久遠は言った。とはいえ、自身の式神からの厳しい評価であることには違いない。

 ふと篁太郎は、シェイクスピア劇の一節を思い出した。


「……『All the world`s a stage(この世はすべて舞台)』」


「ふむ、その続きは『And all the man and women merely players(そして人は皆役者に過ぎぬ)』だったか? シェイクスピア『お気に召すまま』第二幕七場。人間にもなかなか皮肉の利いた者のいたことよの」


「ええ、あなたの言う『演目』にはぴったりでしょう?」


「にしては、脚本がお粗末だな。シェイクスピアを見習うがよい」


「そうですね」


 篁太郎は苦笑を漏らす。妲己や玉藻の前として謀略と陰謀の限りを尽くしたこの妖狐の女帝が相手では、必然的に脚本の合格点は高くなってしまうのだろう。


「ときに、お前の台本通り小娘と駄犬が川口に向かっておるが、本当にそれでよいのか?」


 篁太郎の思惑を酷評したのとは違う、案ずるような声。


「何がですか?」


「とぼけるでない」久遠は断じた。「あの少女(くぐつ)のことだ。昨夜から、妙にあれを気に掛けているようではないか。ならばなおさら、駄犬に任せず、今すぐ我らが出向くのがよかったのではないか? ミュラーとやらの匂いが消えた今、我らが突入を躊躇する理由はあるまいて」


「それは出来ませんよ。理由は、久遠なら判っているのでしょう?」


「帝都の守護。駄犬が川口へ向かうという情報を流したのも、すべては相手に行動を促すため。“魂食い”を行った者が大それた行動を起こそうとするのなら、公には帝都最強の祓魔官と式神であるあの小娘と駄犬が帝都を離れた時が最もよい」


 加えていうならば、すでに“魂食い”を集団食中毒に偽装する策は破られており、犯人たちに捜査の手が及ぶのは時間の問題となっている。だからこそ、相手側は性急な行動に出やすいと考えられた。


「ええ、そういうことです」


 篁太郎は久遠の言葉に頷いた。


「あの傀儡はどうするのだ? お前は、助けたいのだろう?」


 見透かすように、久遠は言う。篁太郎は少し恥ずかしそうに唇を歪めた。


「やはり、久遠にはお見通しですか」


「もう何年の付き合いになると思っておる? そのくらい見抜けんで、式神が務まるものか」


 ふん、と久遠は誇るように鼻を鳴らした。


「助けたいですよ、出来ることなら」堪えるように、篁太郎はその心の内を吐露した。「一九四四年(あの時)、俺は斬ったんです、大勢の人造人間(ホムンクルス)を。人間の身勝手で生み出された命が、人間の身勝手によって消えていく」


「今も昔も人間は身勝手だ。だがそれは、お前の罪ではなかろう」


 久遠は断じた。それは決して、篁太郎を慰めるための言葉ではなかった。


「俺の思いが、偽善の名を借りた醜悪な自己満足であることくらい、理解しています。だから俺は、優先順位を間違えるわけにはいかないんです」


 決然たる意志を込めて、篁太郎は首都圏の地図を見上げた。


「ふむ、なるほど。あの傀儡を助けることよりも、帝都の防衛を優先したわけか。まさしく、愛国者の鏡よな」


 からかうように、久遠が篁太郎の耳元で言う。彼はそれに、苦笑で応じた。


「俺は、愛国者じゃありませんよ。本当の愛国者は、九段の鳥居をくぐった者たちです。あの戦争を生き残ってしまった俺が愛国者と呼ばれるのは、英霊たちへの侮辱です」


「……ふん、その死にたがりは未だ治らぬか」


 不愉快そうに、久遠は形のよい唇を捻じ曲げた。


「まあ、それを言っても詮無きことか」


 諦観に似た息を、彼女は吐いた。


「それで、帝都の守りはそれとして、例のミュラーとかいう男の方はどうするのだ?」


 仕方ないので、久遠は実務的な問題を問いただすことにした。本来であれば、篁太郎の任務はヴォルフラム・ミュラーの確保である。一時的に、“魂食い”の捜査に加わっているに過ぎないのだ。


「今夜は、俺と久遠は身動き出来ません。転移魔法陣の術式解読は、必然的に明日以降になります」


「それでは、その男に逃げる時間を与えることになるな」


「ええ」篁太郎は頷く。「ただし、転移出来る距離はある程度判ります。昨夜、解読した術式、そして発動に必要な魔力量を考えれば、転移元を起点として半径四十キロ程度の円が描けます」


 転移魔術は、それほど汎用性の高い魔術ではない。

 まず、転移元と転移先にそれぞれ出入口となる魔法陣を用意せねばならず、転移元と転移先の術式が一致しなければ術式は発動しない。「転移」とは言いつつも、実態は「転送」魔法である。

 そして何より、発動させるために消費する魔力量が多いため、術者に多大な負担をかける術式なのだ。

 そのため、転移魔術は魔術師の間ですら一般的ではなく、高難易度の魔術として扱われている。

 今回、そうした転移魔術が連続して使用されているのは、“魂食い”で集められた霊力があるからだろう。あるいは、あの人造人間(ホムンクルス)の少女の持つ魔力を活用しているのかもしれない。

 そして、相手がそれを多用するのは、こちらに嗅覚に優れた虎徹がいることが判っているからだ。久遠の存在は秘匿されているとはいえ、嗅覚に頼っているという点では虎徹と同じであるため、図らずも相手はこちらを欺くことに成功しているのだ。


「ただし、そこまでが俺の限界です。川口から半径四十キロという地域は、あまりに広すぎます」


 そう、有坂篁太郎個人としては、どれほど力を尽くしたところでそれが限界なのだ。

 それでも、彼は陰陽師として優秀な方なのだ。もっともそれは、かつてと比べて魔術が衰退した現代という基準においてであり、太公望や安倍晴明など歴史に名を残す魔術師と対峙した経験のある久遠からすれば、彼らに及ばないというのが正直なところである。


「では、ここから先は我の出番だな」


 だからこそ、篁太郎の式神である自分が後を引き継ぐのだと、久遠は思った。もとより、式神とは主の能力を補うことが存在意義であるが故に。


「言ったであろう? 外津国の罪人の捕縛などお前と我ならば造作もない、と。我には鼻がある、耳がある。そして眷属もおる。我が眷属を(みやこ)中に放てば、少しはお前の負担も軽減されよう」


 傲岸に、自信を以って、久遠はそう言った。


「……」


 篁太郎は、久遠の申し出た協力の内容を吟味した。


「……今夜、帝都を動けずに浪費される時間を考えれば、妥当かもしれません。ただし……」


「判っておる。なに、陰陽庁の連中に気付かれるようなへまはせんよ。安心するがよい」


 平安の世に朝廷の陰陽師や朝廷の放った軍勢によって封印された九尾の狐。封印された石は近づく生物を怨念と瘴気と毒によって死に至らしめたことから「殺生石」と呼ばれている。そして、砕かれた殺生石からは管狐(くだきつね)という妖怪が生まれたという。

 これが人間の世に伝わる大妖九尾の伝説であるが、本人曰く、色々と人間側の脚色が混じっているらしい。例えば、管狐は別に殺生石から生まれた存在ではなく、もともと彼女の眷属であったとのことだ。

 管狐は低級霊。

 現代の人間が法律によって分類した「魔獣」と呼ばれる種族に該当する。

 久遠などのように明確な知性を持つ霊的存在は「魔族」であり、動物と遜色ない霊的存在は「魔獣」と分類されているのだ。

 ただし、そうした低級霊であっても動物と明確に違うのは、その身に霊力を宿していることである。

 とはいえ、所詮は低級霊。主たる九尾には絶対服従の傀儡に等しい存在である。


「管狐どもは連中の観測装置に探知されない程度に能力を下げる。探知のみに能力を絞って解き放てば問題あるまい。もちろん、通常よりも能力が落ち、その分探知に時間がかかるであろうが、この際やむを得ん」


「ええ、それでいきましょう。お願いします」


「我の力をお前が自儘に引き出したとなれば、陰陽庁は我だけではなくお前にも不信を抱くことになる。自分の力の及ばぬ存在だからといって忌避し、疑心に陥るのは人間どもの矮小さの表れだとしても、お前としても、それは避けたかろう?」


 すべてを見透かしたような声と共に、久遠は玉座から篁太郎を見下ろす。


「我としても、お前が連中に不信感を抱かれては困る。我は案外、今の生活が気楽で気に入っておるのだ。また封印されるような事態になってはかなわん」


「俺としても、自分の生活が制限されたり、監視されたりするような生活はごめんですよ」


「まあ、それはそれとして、だ」


 玉座から立ち上がった久遠は、一歩一歩、階梯を下って、青年と視線が合う位置に立った。上でもなく、下でもない。自分たちの関係を端的に表す高さ。


「まだ一つ、我に言っていないことがあろう?」


 にやり、と意地悪く久遠は篁太郎に笑いかける。


「沙夜と虎徹くんのことですか?」


「このままいけば、奴らはあの傀儡と交戦するだけで、大した成果は上げられんだろう」


 すでに久遠は、廃工場に人造人間(ホムンクルス)の少女しか残されていないことを探知しているのだ。本来であれば、その情報は沙夜に伝えるべきだろう。


「それも、俺に言わせますか?」


 篁太郎は諦めたように苦笑を浮かべた。


「言ったであろう? 秘密は口に出して共有するのが趣深い、と」


 にまにまと、久遠はあからさまな笑みを見せる。


「虎徹くんは、あの少女(ホムンクルス)のことを気に掛けていましたからね。きっと、交戦になっても悪いようにはしないでしょう。沙夜も口には出しませんが、きっと虎徹くんと同じ気持ちでしょう。彼女は、少女と生まれた経緯こそ違えど、魔術師たる両親にその生を弄ばれていたという点では同じです」


「だから、小娘と駄犬を廃工場に向かわせた、と?」


「ええ。沙夜は何だかんだで甘い人間です。きっと彼女たちなら、保護という形でホムンクルスを捕らえることも出来るでしょう」


「楽観的に過ぎる考えよの。そうまでして助けたいのならば、やはりお前が出るべきであろうに」


「俺には、その選択が出来ません」篁太郎は首を振った。「帝都の守護と、一人の少女。選べと言われたら、俺は国家のための行動を選びます。もし必要ならば、俺はあの少女を殺すことだって厭わないでしょう。かつてと同じように」


「殺すことも厭わない、か」ふっと久遠は憐れむように息を吐いた。「お前のそれも、我に言わせれば甘さの表れよ」


「すみません」


「謝らずともよい」腕を組み、呆れたように深いため息をつく。「我はお前の式神。お前のその甘さを受け入れたからこそ、我は今ここにいるのだ。この度し難い愚か者め」


 それは、どこまでも優しい響きを伴った罵倒だった。

 きっと、古代の王たちも久遠のこうした姿に惑わされてきたのだろう。そう考えてしまう自分を、篁太郎はどこか寂しく思った。

 登場人物たちの行動にいちいち理屈付けをしてしまうのは、賛否があるかと思います。そしてその結果、文章が説明的となり、冗長となってしまうことも。

 正直、私も自分の行動をすべて理屈をつけてやっているのかというと、そうでもありません。どこかで感情に流されたり、周囲に流されたりする場面があります。

 ただ、魔術師とケモミミ少女の歪な信頼関係というのは、以前から私が描きたいと思っていたテーマでもあります。

 それを「東京テンペスト」という題を付けた拙作において描けたことは、私にとって一つの望みが叶ったことになります。

 これからも、拙作を末永く見守って下さいますよう、読者の皆様にはお願い申し上げます。

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