P9 虫は虫籠に
後ろでずっと見守っていた受付のお姉さんに案内され試合ができる場所に来た。
冒険者同士で模擬戦などをして訓練したりする場所なんだとか。学校の体育館くらいの広さはあるかな。
「ツズリちゃん! 手加減なんてしなくていいからね!」
いや、手加減はしようと思う。
ゲームのボス並みに強くはないだろうし。
「ツズリ! 頑張ってください!」
いよーし! 頑張ろう! フルボッコだ!!
さっきと言ってる事が違う? 気にしない!
「俺より弱いんだから負けても大丈夫だぞ」
「パルパルうっさい」
という、やり取りをしてボルレが待っている場所に向かう。広場の中央へと。
周りにはルル達の他に、さっきまでボルレと一緒に笑っていたその他冒険者と受付のお姉さんが見ている。
冒険者の人達って暇なのかな?
ボルレの武器はパルパルと同じ剣。
んーこれ、魔法のが有利じゃない?
それとも、剣での試合なのかな?わたし持ってないけど。
「試合ってどうするの? 魔法? 剣?」
「好きにしろ、ガキは全力じゃないと試合にもならねぇだろうからな」
ほんと煽るの好きだね。
全力出していいって言ってるし魔法でパパッと終わらせたいけど、加減が難しい。
どうしようかな。うーん、やっぱ素手かな。
ワーウルフで使った近接魔法の土属性版。
本来は身体を強固にして防御に使う魔法だけど、硬ければ打撃力も上がる。石で殴れば痛いでしょ? そういう感じだ。防御は最大の攻撃なりってね。
「いつでもいいよ」
「へっクソガキが! 余裕ぶってるのも今のうちだぜ?」
ボルレが駆けて近づいてくる。
お、結構速い。前にパルパルと朝練したときより速い気がする。身体強化でも使ってるのかな?
そしてそのまま剣を振り下ろしてくる。
わたしは当然のようにひらりと躱す。
「なにっ!?」
何驚いてるんだか。真剣を振りかざしてるんだからそりゃ避けるでしょ。
それにしても、真剣を使うなんて危ないなぁ。試合なんだから木剣でもいいんじゃない?
へし折るか、吹き飛ばすかししてやろうかな。普通に倒すより心に効くよね。
何回も斬りつけてくる剣を躱す、躱す。
ここだ!
剣の腹の部分に手刀を当てる。手刀って言っても袖越しの手刀だけど。
ってあれ?
折れないし、吹き飛びもしない。
ゲームだと普通の鉄の剣とかNPC相手だと折れたんだけどなぁ。
パルパルの時は木の棒で吹き飛んだけど、今回、吹き飛ばないのは身体強化が強いのかな。
まぁいいや当たらなければいいだけだしね。当たってもし巫女服が斬れたりしたら大変だ。一張羅なのに。
剣を狙うのをやめて、普通に倒すことにしよう。
ボルレの剣を躱しつつ、手刀やらパンチやらを当てていく。
うーん、なんか全然効いてる気がしない。
「てめぇさっきから舐めてんのか? すばしっこいのは流石獣人ってとこだが、ガキの腕力程度が効く訳ねぇだろうが!」
あれー? 木の棒振り回せたし、パルパルの手から剣を落とさせるくらい打ち込めたし、実は力持ちとか思ってたのになぁ。
じゃあ、どうしようかな。
炎は論外。氷もダメ。凍らせちゃうと最悪死ぬ。
土も貫いちゃいそう。風も同じ。魔法は手加減が難しい。
ゲームに手加減する魔法何てないからね。PvPだったとしてもゲームだから手加減する必要はない。
身体も魔法もゲーム産。でも、この世界はゲームではない。
さて、困ったなぁ。決め手がないから防戦一方になってしまっている。
相手が疲れるまで躱し続けてもいいんだけど、それは勝ったって言えない。勝負事ならちゃんと勝ちたい。
パルパル達の方をちらっとみる。
うーん、パルパルにナイフか剣を貸してもらう?
いや、ないね。ナイフはともかく剣はない。自分の愛刀……、剣だから愛剣? を他人に貸すなんてしない。わたしだってしない。
まぁゲームで貸すとそのまま盗られて戻ってこないって事になったりするって掲示板に書いてたからだけど。貸すような人がいないわたしには関係なかったんだけどね。
パルパルの横に居るメアさんと目が合う。
あっ、メアさんで思い出した。使える魔法がないなら創ればいいんだ!
馬車でメアさんが言ってたじゃん。石がないなら魔法で出せばいいって。
飲み水を出したときのように、熱湯で氷を溶かしたときのように、ゲームにはない魔法を自分で創ればいい。
「虫は虫かごに入れておかないとね」
一旦距離を取り、魔法を発動させる。使うのは土魔法だ。
ボルレの周りから数十本の石の棒が地面から上に伸び、その伸びた棒から横にも数本棒が伸びる。
虫かごというよりは檻だね。虫を閉じ込めてるし虫檻かな。
「な、なんだこれは!? 魔法か……?」
ボルレが檻を斬りろうとしてるがキンキンと音が響くだけで檻は壊れそうにない。
頑丈にってイメージしたからね。ちゃんとイメージすると強度も上がるみたいだ。
「わたしの勝ちだね」
「はぁ? こんな卑怯なやり方で勝ったもくそもねーだろうが!」
卑怯って、怪我させないようにっていうわたしの優しさなのに。失礼な人だな。
「手加減された上に捕まったなんて普通に負けるより恥ずかしいと思うけど?」
「手加減だぁ? ガキのひょろひょろパンチがか?」
ふむ。相手からしたらそう見えるのか。
確かにいくら手を硬くしてパンチしても効いてないんじゃ魔法とは思はないか。
他に魔法も使ってない、手加減しているとわからなかったのかも。
仕方ない、手加減してたよってわかるようにするか。
この戦いで使ったのって土魔法2つだし、土魔法でいっか。土魔法縛りだ。
手を上にかざして魔法を発動させる。
岩で出来た槍を数個、空中に作り停滞させていつでも放たれるようにする。
あれ、もしかして初めからこうやって発動だけして放たなければ良かったのでは?
実力差を分からせれば手加減も何も悩む必要なかったのでは?
まぁ気にしないようにしよう。
魔法は自分で作れる。それが分かっただけでいいじゃないか。
「これでわかったでしょ? わたしが手加減しないと怪我じゃ済まないよ」
虫檻に閉じ込められているうえに、アースランスを向けられている虫、もといボルレに向け言う。
これでわからなかったらもうどうしようもないよ。ただの馬鹿だよ。
「……。ちっ、わかったよ。俺の負けだ」
あー、良かった。やっと終わった。
まだごちゃごちゃ言うかとも思ったけど、そこまでは馬鹿じゃなくて一安心だ。
岩槍と、ついでに檻のを解除も忘れない。
解除しとかないと、あの人あそこで暮らすことになるかもしれないからね。
捕まえたのはわたしだから、わたしが飼えって言われても困るし、リリースしとかないとだ。
「ツズリ! 凄かったです!」
「そう? ありがとう」
「どうやったらあんな軽やかに剣を躱せられるんですか!」
「うーん、経験?」
ゲームではあれくらい躱せないとNPCにすら勝てない。
こっちのレベルに合わせて敵NPCも強くなっていくから、初めからNPCが強いって訳ではないけどね。
わたしのレベルだとパルパルより強かった気がするよ。
ということはパルパルはNPC以下か。ふっ。
「おい! なんでこっち見て笑った!?」
おっと、顔に出ていたようだ。
「魔法も凄かったわよ。あれアースランスでしょ? それを複数なんて私だって出せないのに」
複数発動って難しかったりするのかな? 一気に発動するから1つ発動するより余計に魔力がいるとか?
複数発動はゲームでもできたからやっただけだし、凄いって言われたら、ゲームの魔法職皆凄いって事になるね。
つまり、ゲームが凄い。
無駄な試合が終わり、受付カウンターまで戻ってきた。
これでやっと登録できる。
なんで登録するだけで試合なんてすることになるのか。
「先ほどの試合見てました。小さいのにお強いんですね」
「そりゃどうも」
小さいは余計だ。いや、実際小さいんだけど。
「こちらの用紙に名前を書くだけです」
名前を書くだけ……たったこれだけの為にこんな時間かかるなんて……。
全部あの虫が悪いんだ。手加減なんてしなくても良かったかもしれない。
書くためのペンを受け取る。羽ペンだ。
まぁそりゃそうかボールペンとか無さそうだもんね。
でも、羽ペンもだとしてもインクはあるはずだけど、インクがない。
「これどうやって書くの?」
横に一緒にいるルルに聞いてみる。
「ツズリ……なんであんなに戦えて魔法も凄いのに常識的な事は分からないんですか? 戦闘狂ですか?」
「ご、ごめん」
そんなこと言われても、この世界の常識何てわからないよ!
あと、戦闘狂ではないからね! 戦うなら勝ちたいという気持ちはあるけど、自ら望んで戦いたいわけではないよ!まぁ、戦うのは好きだけどさ。
魔法を使ってスローライフ!これがわたしの目的だ。
でも確かに、魔法を使ったのってゴブリンにワーウルフにさっきの虫が主な使い方だ。全部戦闘だ。
これは仕方ないんだよ。ゲームの魔法じゃ戦闘魔法が殆どなんだから。
回復魔法なら戦闘以外にも使えるけど、けが人を探して治しまくるなんて事したくない。
まぁ無いなら創ればいいんだ。新しい魔法をね。
収納魔法や清潔魔法なんて魔法があるくらいだし、色々他にもやろうと思えば出来るはずだ。
落ち着いたら魔法の開発で忙しくなりそうだ!
その為にはまずは冒険者になってお金を稼がないとね。
「この羽ペンに魔力を通せば書くことができます」
へー、なんて便利なアイテムなんだ。インク切れの心配がないね。
羽に妖力を流す。収納魔法は覆う感じだけど、今回は内部に流す感じなのかな。まぁそんな感じだろう。
あ、でも魔力にしか反応しないとかないよね。わたしのは妖力って事になってるけど、大丈夫だよね。
用紙に名前を書く。当然この世界の文字なんて知らないのでカタカナで書こうとする。
すると、こう書けばいいって言うのが分かる。頭の中にこの世界の文字が浮かんでくる。
なんか変な感じだ……。知らないのに知っている感じになる。
頭に浮かんだ文字を書いていく。妖力でも羽ペンは使えるようだ。
「はい、これで大丈夫?」
受付のお姉さんに書いた用紙を渡す。ちゃんと読める文字なのか不安だけど。
「ツズリさんですね。では手短に説明しときますね。既に実力はボルレさんのDランク以上ですが、規則上ランクFから始める事になります」
「それでいいよ」
ランクFだと、やっぱ薬草集めとかかな。ゲームを始めた頃を思い出すなぁ。
「依頼はあそこにある掲示板に貼ってあるところから選んで受けてください」
受付のお姉さんが示す方向に掲示板がありそこにいくつか紙が貼られているのが見える。
「魔物討伐依頼を報告する場合は対象の魔石がないと達成にならないので注意してください。素材は冒険者ギルドで買取しますのでこちらに持ってきてください」
素材か。解体とか出来ないし、したくないなぁ。
「わたし、解体出来ないんだけどどうしたらいい?」
「その場合は、こちらで解体業者に頼むのでそのままで大丈夫ですよ」
助かった。討伐依頼受けれなくなるところだった。冒険者の稼ぎと言えば討伐と素材だろうしね。
採取依頼だけで稼ぐのは大変そうだ。
「説明は以上になります。なにか質問はありますか?」
「うーん、大丈夫かな」
「冒険者としてこれから頑張ってくださいね」
と、にっこり笑って言ってくれるお姉さん。
冒険者ギルドに通うならこれから、お世話になりそうだね。
「登録終わったし、ここを出て次の場所に行こっか」
「そうですね!」
出口に向かい歩く。
周りに視線は相変わらずこっちに集中している。
まぁ試合とかしたし目立っちゃったからね。そんな事しなくても目立ってるというのに。
ただ、入って来た時とは違って静かだ。試合して実力が分かったからって事なのかな。そこはだけは試合してよかったと思えるね。
「ツズリちゃん! 登録は無事終わった?」
静かだと思ってたのに話しかけてくる人が居た。メアさんだ。
「ちゃんと登録出来たよ」
「そうなのね。良かったわ。あとこれ渡しておくわね」
メアさんが銀貨を数枚渡してくる。
「なんで?」
「ツズリちゃんが倒したワーウルフの分よ。解体分の費用は抜いてるから気にしないで受け取ってね」
おお、思いがけない収入が入った。
この世界のお金の相場は分からないから多いのか少ないのか判断できないけど、無いよりは嬉しい。
「ありがとう。有難く受け取っておくよ」
「この後はどうする予定なの?」
「ルルに街を案内してもらうよ」
「私が言うのもなんだけど、良い街だから楽しんでね」
ルルが嬉しそうにしている。良い笑顔だ。
自分の父親の街が褒められて嬉しいんだろうね。
「じゃあまた会いましょうね」
メアさんが手を振りながら、戻っていく。行く先を見ると他のPT3人が座っている。
次の依頼の相談でもしてるのかな。
同じ冒険者になったし、あの人達にも今後お世話になるかもね。
パルパルにだけはお世話になるつもりはないけどね!