P85 毛達磨じゃないよ!
瓦礫の中でわたしは思う。
現実とゲームを同じにしてはいけなかった、と。
ゲームでは大丈夫でも現実では取り返しのつかない事になってしまう事もある。さっきのシャロの腕の件がまさしくそうだ。
相手がシャロでなきゃ本当に腕を斬っていた結果になっていたかもしれない。そもそも、シャロ程に強くなければ、わたしもあそこまでゲームの感覚に堕ちてはいなかったかもしれないけどね。
ゲームの頃からのこの身体だからって言う理由もあるけど、戦闘中はゲームの感覚に溶け込みがちだ。魔物が相手なら容赦なく、そうしてもいいけれど、人相手だとそうはいかない。気を付けないと今回みたいな事になってしまうからね。
負けるのは嫌だし、手加減するのは相手に失礼かもしれないけど、あんな事になるなら手加減して負けた方がマシだよ。
魔物も死ぬのならば、人も死ぬ。
リスポーンはしない。ゲームではなく、現実だから。
それは、わたしも同じだ。
でも、わたしにはシャロに殴られて壁に突っ込んでも、平気な顔をして瓦礫に埋もれてる中、こうして考えられる程に余裕で耐えられる巫女服があるから、戦闘に関しては死ぬことは無さそうだけどね。
ありがとう、神様。っと、思わず言いたくなるよ。
「試合終了! 多少ルールに反するような事もあった気はしますが、そんな些細な事など、どうでも良くなるくらいの素晴らしい試合でした! 熱く、激しい戦いを制したのは、シャロ選手です! 優勝おめでとうございます!」
瓦礫の外から、司会者の声が聞こえてくる。優勝者が決まって盛り上がっている歓声も聞こえてくる。
ああ、わたし負けたのか。
仕方ないとは思わない。完全に実力で負けたのだ。わたしが最後動揺して、油断して、隙が出来た所に反撃をくらったのだから、完全なる負けだ。
PvPなら剣の扱いが常人逸脱しているあの人以外には負けた事なかったのになぁ。素直に悔しい。
「おーい、ツズリー! 生きておるかー?」
瓦礫の外からシャロの声が聞こえる。
わたしと同じように壁に飛ばされた選手達には、シャロはそれなりに手加減をしていたからか、瓦礫に埋まる程の威力はなかった。めり込んではいたけれども。
救護班の人達が瓦礫を頑張って除けている音が聞こえるけど、そうとう積もっているらしく、わたしの目には光が差し込んでこない。
「生きてるよー。けど、気が抜けちゃって身体に力も入んないし、魔法を発動させる気力すらないよー」
「おー、生きておったか。ついつい、本気で殴ってしまったからポックリ逝ってしまったのかと思うたわい」
全力でやり過ぎたのはお互い様だったらしい。巫女服を着てなかったら、もしかしたら神様に会う事になってたかもしれない。
その時は、折角転生させたのにって怒られたかもしれないね。いや、勝手に転生させておいて、そんな事言われても困るのだけれども。
「なーにをちんたら瓦礫を除けておるのじゃ。わしがやるから、お主らは下がっておるのじゃ」
物凄い勢いで瓦礫が取り除かれているのが音で分かる。ガッとつかんで、ひゅんっと投げて、ドンっと落ちている音が聞こえるからね。
雑! 雑だよ! 音でも分かる瓦礫撤去の雑さだよ!
そんな事を思っていると、光が差し込んできた。
「よう、ツズリ。わしの勝ちじゃの」
「優勝おめでと。文句なしにわたしの負けだよ」
伸ばされるシャロの手を取り、わたしは瓦礫から救助される。
「熱い戦いの中で目覚めた友情! 歴史に残る試合をしてくれたシャロ選手とツズリ選手に温かい拍手を!」
会場から音で空気が揺れる程の歓声と拍手が湧き上がる。
っとまぁ、ここまでは良かった。負けも認めるし、戦いで目覚めた訳ではないけど、友情も認めよう。
でも、でもだよ。
助けたわたしをシャロはお姫様抱っこしているんだよ。お姫様抱っこして、声援と拍手を満足げな顔をして控室にわたしを運んでいるんだよ。
シャロは良いかもしれない。でも、お姫様抱っこされているわたしの恥ずかしさも分かって欲しい。せめて、背中に背負って欲しい。
「ねぇ、一旦降ろしたくない? ほら、わたしは軽いけど、あの戦闘の後だしシャロも疲れてるでしょ? わたしは救護班に担架で運ばれるからさ」
「心配するでない、丸一日あの調子で戦ってもわしは疲れんわい。それに、ペットの面倒を見るのは飼い主の義務じゃからのう。絶対に降ろさないのじゃ」
丸一日なんて戦ってらんないよ。この身体なら、体力的には持つかもしれないけど、魔法を行使してやっと戦えているわたしは、魔力が先に尽きてしまうよ。
っというか、こんな時でもペット扱いなんだね。あんなに刃を交えたのに、ペット扱いなんだね。兄弟喧嘩にすらなり得てない。
暴れて自ら降りる力も出ないし、何を言っても降ろしてもらえそうにないので、仕方なくシャロの腕に抱かれて、お姫様になる事としよう。
「では、ここで待っておるのじゃぞ。わしは金を貰ってくるからの!」
控室にわたしを置いたシャロは、元気よくスキップをしながら戻って行った。
賞金目当てで、ひょいひょいと大会に出たわたしが言うのもなんだけど、シャロ、金にがめついな……。
ここまで来ておいて、結局、稼げなかったなぁ。また別の方法を探すしかないかな。
それと、コタビ達が、わたしが負けたって聞いたら、幻滅してしまうだろうか。女神なのに普通の人に負けたの? って。
シャロを普通の人っていう括りに入れるのには、若干、いや、かなり無理がある気がするけれども。明らかに常軌を逸している存在であると思うんだけれどもさ。
こればっかりは、シャロの実力を口頭ではなく、目で見てもらわないと伝わらないからなぁ。
「シャロ選手、優勝おめでとうございます!」
「ありがとうなのじゃ。では、早速優勝賞金を……」
「賞金授与の前に、先ずは、優勝者インタビューをしたいと思います! バトルロワイアルを勝ち抜き、当日参加枠からの優勝者! 会場の皆さんも色々聞きたい事があると思いますので、ここは私が代表して質問していきたいと思います!」
「いや、そういうのはいいから賞金をじゃな……」
「それでは行きます! 優勝者インタビュー! 百の質問に応えて貰いましょう!」
「多すぎなのじゃ!?」
魔道具のマイクでシャロと司会者の会話が聞こえてくる。
うん、何て言うか、優勝しなくて良かったかもしれない。百個も質問されるくらいなら、お金なんていらないよね。
シャロが帰って来るのは、時間が掛かりそうだし、歩ける気力が戻るまで寝ていようかな。
目が覚めると、見知らぬ天井、って事はなかった。
ここ数日、朝起きて目にしてきた天井だ。つまり、シルフさんが受付で働いている宿だね。
あれ、控室で寝てたと思ってたんだけど……、シャロと戦ったのって夢だったのかな。という事は、今日が準決勝の開催日?
「やっと、目が覚めたかのう? もう日も落ちて、外は真っ暗じゃぞ」
寝ていたベットから体を起こすと、シャロが声をかけてきた。
「え、あれ? 夜なの? 大会は?」
「なんじゃ、寝ぼけておるのか? わしの優勝で終わったじゃろうが。賞金をがっぽり貰えてうはうはじゃわい」
シャロが凄くいい笑顔で、お金が貰えた事を喜んでいる。
その笑顔は、わたしに嘘を言って騙そうとしているなんて事は一切無さそうな笑顔なので、あの試合は夢でも何でもなく現実って事だ。
「ああ、そっか。思ってたより、疲れてて夜になっちゃったんだね。シャロが宿まで運んでくれたの?」
「うむ、勿論なのじゃ。ペットの世話をするのは飼い主の務め、しっかりとその任を果たしたのじゃ」
「ああ、うん、そりゃどうもありがと」
ペットって扱いじゃなきゃ、素直に感謝したんだけどね。
わたしの妹設定はどこに行ったのか。シャロの中では妹よりもペットの方が、欲しさランキング的に上なのかな。
ただただ、わたしが小さい獣人だから、小動物っぽく見られているだけかもしれないけど。
……ペットの方が欲しかった理論の方にしておこう。わたしの心の平穏的に。
「瓦礫から救い出した時のように運んでおったら、街の皆に微笑ましい顔で見られたのう。わしもツズリも、決勝戦での試合で、この街では有名じゃから、それはもう人目を集めたのじゃ」
「何その情報! 聞きたくなかった!」
つまり、わたしはお姫様抱っこをされて、シャロの美貌と大会による知名度で人目を集めて、街の人達に微笑ましく見守られながら、ここまで来たって事!?
最悪だ。もう街を出歩けない。
もふもふを求めて街中を歩けば、「あ、あの子、シャロの腕に抱かれて気持ち良さそうに眠っていた幼い子だ」って、指を指されるんだ。
そして、微笑ましく笑われて、「今日はお姉ちゃんと一緒じゃないの?」って言われたりするんだ。
「危機的状況から子供を救った英雄の気分が味わえて、楽しかったのじゃ!」
「なーんにも楽しくなんかないよ。わたしの気分は羞恥心に溺れてるよ」
シャロ程の美貌ならば、英雄という肩書も似合いそうだね。女勇者シャロって言われても、信じてしまうくらいの実力と容姿だ。物語の主人公だよ。
だとすると、わたしの立ち位置は、魔王に攫われた幼きお姫様ってか。姫が攫われるなんて言うのは、配管工のゲームでもお馴染みだもんね。
でも、容姿で言うならばシャロは英雄かもしれないけれど、扱う魔法で見ると、英雄よりも魔王だよね。だって、血を操る魔法だしね。そして、あの実力。魔王でも納得できちゃうよ。
っとするならば、シャロがわたしを抱いて歩く姿は、お姫様を攫って手下達が集まる中を凱旋したって感じの絵面にも、見えない事はない。
王自ら姫をさらいに来るとか、随分アクティブな魔王だな。勇者が来るまで、大人しく玉座に座ってなよ。
「なんじゃその顔は。わしが英雄だと不服なのかの」
おっと、考えていた事が顔に出ていた。
シャロが英雄でも不服何てない。わたしの妄想の中の魔王がアクティブだった事に不服なだけだ。
「お似合いだよ、英雄。実際、わたしは危機的状況を助けられているからね。わたしにとっては、実績有りのちゃーんとした英雄だよ」
「おー、確かにのう。忘れておったが、ツズリとの出会いは、魔物に食われそうになってた状況じゃったのう」
「あの時はほんと助かったよ。シャロが来てくれなかったら、わたしは今頃怪鳥のお腹の中で暮らしている所だったからね」
「食われても生きとるとは、なかなかしぶといのう……。わしのちょっと力強めのパンチ受けても、無傷だったみたいじゃし、あり得るかもしれんが」
わたしの異常さ、というか、巫女服の異常さに気づかれてしまったかな。別にバレても問題はないんだけど、変に怪しまれるのも嫌だよね。
よし、誤魔化そう!
「ぼ、防御力には自信があるんだよ。もふもふで衝撃を和らげて、どんな攻撃も通さないもふもふガードってやつが……」
「脇腹にパンチを打ち込んだから、もふもふはないはずじゃが……。さては、もふもふなのは尻尾と耳だけじゃと思っておったが、ツズリは全身もふもふなのじゃな。全身毛達磨ツズリなのじゃな」
「まって! それはまって! わたしは毛達磨じゃないよ! 全身もふもふじゃないよ! 髪と耳と尻尾以外はツルツルだから!」
全身もふもふだったら、それは常人ではなくて、もはやただの狐なのでは。それこそ、シャロにペット扱いされても、反論出来なくなってしまうまでに狐なのでは。
今も狐っ娘ではあるけれども、ちゃんとしたただの小動物の狐になってしまうよね。それだけは回避しなければ。
「本当かのう……」
シャロが疑わしい目でわたしを見つめてくる。
「っていうか、一緒にお風呂に入ってるから、お互いに裸を見てるし分かるでしょ!」
っと、その時、部屋の扉がガチャっと開いて、シルフさんの顔が見えた。
「えっと、晩御飯を持って来たんだけど……。お互いに裸を見て……? シャロとツズリちゃんてやっぱり……」
シルフさんはそれだけ言うと、そっと扉を閉じてしまった。
閉じた扉を二人で、ぼーっと見つめる。現実逃避をしたかのようにぼーっと……。
「あ、ま、待ってシルフさん! 誤解! 誤解だから!」
「誤解なのじゃ! オフロとはそういうものであって、ツズリみたいにいやらしい意味での、裸を見たって訳ではないのじゃ!」
「わたしも違うよ! なんでわたしだけ誤解じゃない風に仕向けるのさ!」
現実逃避から現実に戻り、わたし達はシルフさんを追いかける。
この状況前にもあった気がするな……。




