P84 ゲームの感覚を研ぎ澄ませ
シャロが宣言通りにわたしに接近してくる。大剣を二本握り迫ってくる。
いやいやいやいや、怖すぎるよ! なんだこのラスボス感溢れる存在感は!
ただの武闘大会だよね!? ゲームの最終ボス戦じゃないよね!? もしくは大人数で倒すレイドボスじゃないよね!?
でも、待てよ。レイドイベントもわたしはソロで挑んでたから、これくらいどうって事ないのでは?
だってほら、赤い大剣を視覚から除外すれば、華奢な身体の超絶美少女なだけだし、恐れる必要なんてないよね。うん。
っと、現実逃避をしているとシャロが目の前に迫っていた。そして、振り上げられる二本の大剣。
「やっぱ無理いいいいいい!」
勿論わたしは全力で回避する。当たり前だ。いくらツズラオさん効果で力がアップしているとはいえ、あんな威力の大剣二本も受け止め切れる訳がない。
その証拠に、わたしがさっきまで立っていた場所は、砕かれて原形をとどめていない。
シャロとの試合が終わる頃には、このステージはなくなっているんじゃないだろうか。
間髪入れずにシャロが再び迫ってくる。もうこうなれば、シャロの攻撃を躱してはステージが破壊されを繰り返すだけだ。
シャロが疲れるまでとことん逃げてやろう。
「ちょこまかと逃げてばっかしおってからに!」
「そりゃ逃げるよ! 無理だもん!」
「ふん、なら逃げられぬようにしてやるのじゃ」
シャロが片方の大剣をわたしに向けて投げてくる。シャロの腕力で投げる大剣は速度は速いけど、真っすぐだから難なく躱せる。
わたしは横に軽く跳躍をして、大剣の軌道からズレる。
「えっ嘘でしょ!?」
大剣は途中で姿を変えて蜘蛛の巣みたいなネットに変わった。ちょっとだけ躱したわたしはネットに捕らわれてしまう。
「ふはは、捕まえたのじゃ。これでもう逃げられなかろう。観念するのじゃ!」
「拘束するなんて卑怯だよ! 正々堂々と戦いなよ!」
「今まで散々逃げ回っておったのに、正々堂々となんてどの口が言えるのじゃ!」
まぁごもっともな意見だこと。返す言葉は砂漠に落とした米粒の如く見つかりませんとも。
いやー……、この状況まずいぞ。このネットはシャロの血魔法だから、鉄のような硬度がある。ネットに捕まっていて、まともに刀をまともに振れない状況じゃ斬る事も難しい。
「それじゃ、これでわしの勝ちじゃのう」
シャロがにやっと口角を上げて笑い、大剣が振り上げられる。
神様謹製の巫女服は物凄く優秀で信頼しているけど、これも耐えられるのかな。耐えられなかった時のリスクが怖い。
嫌だなー痛いの。いや、そもそも痛いですむのかこれ。下手したら死……、いやいや、手加減はしてくれるだろう。
わたしが逃げ回って、そこかしこに砕かれたボコボコのステージが見える。て、手加減……。
「ごめん、シャロ! そっちだってネットっていう遠距離を使ってきたし、わたしもちょっとくらいいいよね!」
ネットが斬れないなら、他の方法で外すしかない。外しがてらに反撃もしてやろう。
土魔法を使ってネットごと、くっついているステージごと剥がして、土の柱をシャロに向けて発動させる。
「そんなもので止められると思うなかれ! なのじゃ!」
土魔法の攻撃なんて意に介さず、シャロはそのまま大剣を振り下ろす。勿論の如く、わたしの土の柱は砕かれる。
その間にわたしは脱出っと。ふぅ、流石にピンチだったけど、何とか切り抜けた。
まぁ安心している場合じゃないよね。わたしを倒したと思って油断している隙に、ここから畳み掛けないとだ。
「むっ! また逃げおったか」
「逃げてないよ! ここからが本当の勝負だから!」
砕かれた岩をそのまま利用し、土弾魔法として再利用してシャロに放つ。が、シャロは大剣を軽やかに扇風機のように回転させて全て弾いていく。
「そんな小石じゃ、わしには届かんのじゃ」
小石って……、スイカ程度には大きい土弾なんだけどな。おかしいな。
土弾に紛れて、わたしもシャロに突っ込む。
そして、刀に込める妖力を、炎から水に切り替える。炎を攻撃特化とするのなら、水は防御特化だ。豪の炎と柔の水って感じだ。
だからと言って、水魔法で攻撃が出来ない訳じゃない。
わたしが迫って来ている事に気づいたシャロは、ピタッと回転を止めて素早く大剣をこちらに振るう。
相変わらず、大剣の動きじゃないよね、それ。もっと、軽い剣の動きだよね。
「ただ逃げ回ってただけじゃないって事を見せてあげるよ」
そう、ただ逃げ回っていただけではない。戦闘に置いて観察、情報は最大の武器だ。
ゲームなら何回も挑戦して負けてを繰り返す事で、攻略を見つけることが出来る。でも、大会の試合は一度きり、挑戦は一回しか出来ないのだから、逃げて相手の動きを観る事が大切だ。
その観察の成果、シャロの剣筋の癖を大体は掴めた。
水魔法を纏った刀で、血の大剣を受け流す。受け止めるのではなく、受け流す。受ければこっちが負ける事は確実だからね。それならば、威力を別方向に流せばいい。
「ほう、器用な剣捌きじゃのう。それに、炎だけではなく水にもなる魔剣じゃったか」
「小手先の器用さだけは得意だからね」
魔法職の力のステータスじゃ、どうしても力負けするモンスターや、剣士職のプレイヤーには勝てない。そこで、身に着けたのが受け流す技術。
それでも剣のトッププレイヤーには勝てなかった訳だけども。まぁあの人は別格だ。
受け流した勢いのまま、シャロに再び刀を振るうも、シャロの戦闘能力も高いが故に防がれる。
お互いに刃を数度交えた後、わたしは一旦距離を取り、水魔法を纏ったツズラオの攻撃魔法を発動させる。水を鞭のように操る、水龍の魔法だ。
ゲームの時から、この魔法はかっこいいから割とお気に入りだったなあ。
その水龍をシャロに向けて、放つ。
「面白い魔法じゃのう。そっくりそのままお返しじゃ」
シャロが血出来た龍、血龍をわたしの水龍にぶつけて相殺した。
瞬時に真似するのも凄いけど、それよりも思う事は、血の龍が怖すぎる……。なんだ、血で出来た龍って……。不気味にもほどがあるでしょ。
「んじゃあ、これでどうだ!」
水と血が相殺し合って、辺りはびちゃびちゃだ。血塗れの大事件みたいになっているけど、誰も怪我はしていない。
水も血も凍る。シャロ諸共凍らせてしまえば、動きを封じれる。わたしは風魔法の床を作って空中に避難すればいい。
「忘れたか、ツズリよ。わしは血を操るのは形や硬度だけではく、温度も操れるという事をじゃ!」
わたしが凍らせた物を、シャロが溶かす。血と水が、冷水と温水ぬ温血となり、さながら水と油のようになっている。
「そういえば、凍らせてたし、血のフライパンで料理しようとしてたね」
血のフライパンでの料理は何とか回避したのは、記憶に新しい出来事だ。
刀だけなら兎も角、魔法を使っても手こずるような相手。わたしの攻撃を相殺し、わたしは一撃でもくらったら多分アウトの相手。
ゲームでのボスクラスの強敵を相手にしているような、このワクワク感。更にPvPと同じく、心理戦が働き、自分の実力と相手の実力の差が如実に表れ、相手の上に行きたいという、この競争心と闘争心。
いいね。実にいい。
ゲームの頃に戻ったみたいな感じがして、凄く楽しい。
このボス級に強いシャロを、わたしは倒したい。ゲーマーとして、ボスを、倒したい。
「わし好みの顔つきになったのう。久方ぶりに、心地よい殺気じゃ。まるで、何回も死線を潜り抜けて来たような、心地よい殺気じゃのう」
死線は潜り抜けている、というよりは、何回も死んでるよ。ゲームでね。
まぁ、それを死んだと捉えるかどうかは微妙な所だけれども。ただのリスポーンだしね。
リスポーン前提で戦闘をするゲームで、死線と言われても、それは違う気がする。本当にこの世界で死線を潜っている戦士達に失礼な気がする。
「わたし、本気でシャロを倒したくなっちゃった」
「出来るものならやってみぃ。返り討ちにしてやるのじゃ」
わたしも笑う。シャロも笑う。お互いに、互角の対戦相手に。
初めに動くのはわたしだ。風魔法の床を作りながら跳び移り、空中からシャロに接近する。
対するシャロは、地面で熱を帯びている血を吸い上げ、また大剣二刀流モードになる。
ムカデ戦でも使った、隕石魔法をシャロに向けて放つ。壊されるだろうけど、それでいい。
予想通りに隕石はガラスでも割るかのように、軽く砕かれた。わたしは砕かれた破片から破片に跳び、シャロに迫る。
炎風混合魔法で炎の渦を作り、シャロに向けて放つ。ムカデの子供を殲滅した魔法の小型バージョンだ。大きくする必要はないからね。
しかし、シャロの大剣は炎も風も、すべてを薙ぎ払った。
ふぅ、これもダメか。会場を巻き込まない為に威力は制限しているとはいえ、高威力の魔法のはずだけどもシャロには通じないね。
魔法を連発して足止めをしている隙に、わたしはシャロの懐に潜り込んだ。こういう時の為の、小柄なキャラクリエイトだ。
わたしはそのまま、刀の属性を炎魔法に切り替え斬り込んだけど、シャロに気づかれて、バックステップで回避された。
受け止めずに、回避した。避けたという事は、勝機はあるという事だ。
「ここが攻め時だね!」
避けて距離を取ったシャロを追いかけ、攻撃を仕掛ける。
シャロの攻撃を受け流す時は水属性に、攻撃を仕掛ける時は炎属性に瞬時に切り替える。
刀と大剣とがぶつかり合う音が度重なり、会場に響き渡る。
シャロの剣の腕は熟練と言っても過言ではない。でも、それでも、ゲームの剣の大会の優勝者、わたしの一つ上の人よりは下だと思う。
それならば、わたしにも勝ち筋はある。あの人以上じゃなければ、勝機が見える。
もっと、ゲームの感覚を思い出せ。この世界で鈍ってしまった、強者との戦闘感覚を思い出せ。
その上で更に、この世界で学んだ魔法技術を駆使しろ。シャロと刀を交えながら、頭を回転させて、考えろ。
もっと、もっともっと、深く、深く、ゲームの感覚に……。
「くっ、段々動きが早くなって起きておる……。こっちから攻撃を仕掛ける暇がない……のじゃ」
シャロの声も聞こえないくらい、わたしは集中する。
わたしの方がおしてはいるけど、まだ、足りていない。あと一押し、もう一押しだ。
刀を水属性にして、水龍を地面に放つ。
「どこに撃っておるのじゃ……? また凍らせる気かのう……?」
刀を今度は雷属性にして、刀を地面に突き刺す。
電撃魔法が使えるという事は、刀にも付与出来ると思ったんだよね。ぶっつけ本番の思い付きだったけど、上手くいった。
「むあっ!? なんじゃこれは!?」
流石のシャロも突然の電撃には対応できずに、大きく隙が出来た。わたしには神様謹製の巫女服があるので、自分の電撃はくらわない。
この好機を逃すはずもなく、すかさずシャロに迫る。
刀に纏う属性は風。空気抵抗を極限までに相殺して、一番刀を速く振ることが出来る。
「こんなもので、わしは止まらんのじゃー!」
流石シャロ、直ぐに復帰して武器を構えている。一体、どんな身体をしているのやら。
まぁ、シャロならそうくると信じてたけどね。シャロの予想以上の強さを信じてた。
無理やり身体を動かしているのか、動きが鈍い。
わたしは容赦なく刀を振るう。シャロを倒すために、ボスを、倒すために。
二本の大剣を振るうシャロの攻撃。一本目を躱して、わたしは刀を斬り上げる。
わたしの刀を受け止めようとするシャロのもう一本の大剣は、わたしの刀には触れることなく空を斬った。
光魔法で幻覚を見せ、刀の刃をブレて見えるように小細工したのが効いている。
ゲームにはない魔法を使い、ゲームの感覚に深く潜り、ゲームの頃の研ぎ澄まされた戦闘能力を発揮する。
その結果、わたしの刀はシャロに届く。シャロの腕に届く。
「あ……」
シャロとの戦闘が楽しくて、深く潜りすぎていた。良く言えば、戦闘に集中していた。悪く言えば、正気を失っていた。
目の前の光景に集中力が切れ、正気が戻ってくる。それと同時に、ゲームではない現実に引き戻される。
シャロの腕が大剣と一緒に飛んでいた。斬り飛ばされ、腕が飛んでいた。
やばいやばいやばい! やってしまった!
いや、こういう時こそ一旦冷静になって、頭を使って考えろ。わたしには女神と間違えられる程の回復魔法が使える。今なら、まだ、間に合うかもしれない。
わたしは腕が地面に着く前に、汚れてしまう前に回収する為に、腕に向かって跳ぼうとする。
「この楽しい戦闘中によそ見はいかんのう。いつ何時、どんな事が起ころうとも、対戦相手から目を話すのは、戦闘に置いて死、じゃ」
「えっ?」
次の瞬間、わたしはシャロに思いっきり殴られた。シャロの本気と思えるパンチが、わたしの身体を殴打した。
殴られる瞬間、わたしはこの目ではっきりと見た。斬られたはずの腕で殴られたのを。いや、正確には斬られたと思っていた、腕で殴られたのを。
そう、腕があった。斬られてなどいなかった。
わたし同様に、幻覚魔法でも使ったのかな。なんにしても、安心した。シャロの腕は健在だ。はぁ、またやらかしてしまったのかと思ったけど、シャロの強さに助けられたね。
っと、思っていた時期がコンマ数秒、わたしにはありました。全然、助かってません。
気が付いた時には、壁が目の前でした。本当にありが――
ドゴーンっと、大きい音を立てて、わたしはシャロと戦った先人達同様に壁に突っ込んだ。




