P80 ツズリ対ピエロ
っと、勇んでステージ向かってちょっと進んだ時だった。
「第三試合の戦闘でのステージの破損が著しい為、修復の時間を設けたいと思います。第四試合の選手、並びに会場のお客様は、暫くお待ちくださいますようお願いします」
わたしの気持ちを知る由もない、無慈悲な司会者の言葉ですぐさま踵を翻した。
「えっと……た、ただいま」
「ぷっ、ぷくくくくっ! お、おかえりなのじゃ……ぷくくくく……」
シャロがここぞとばかりに笑っている。お腹を押さえて苦しそうに笑っている。
「そこまで笑う必要ないでしょ!」
「どんな人が相手でも最初から本気で行ってくるよ! って意気込んだにも拘らず、出鼻を挫かれて戻ってきたのじゃ……ぷははは!」
わたしが行く前に言ったセリフを真似して、わたしをさらに辱めてくる。追い打ちをかけて殺しに来ている。
「もうっ! わたしが悪いんじゃないのに! 前の人の戦い方がシャロ並みに荒かったせいなのに!」
犬の獣人がステージを破壊しなければ、わたしが踵を翻す事になんてならなかった。そのまま、かっこよくステージに上がれたはずだ。
この恨み、準決勝でぶつけてやる……!
暫く待っていると、司会者の連絡が入った。
「ステージの修復が完了致しました。第四試合の選手は登壇してください」
「いよーし! 今度こそ行ってくるよ!」
「うむ。今度は勝ってから戻ってくるのじゃぞ」
「分かってるよ!」
流石に途中で戻るなんて事はもうないだろう。あったら戻る事になった原因をわたし自ら解決しに行ってやる。
っとまぁそんな心配も無駄になり、わたしは何事もなく無事にステージに到着した。
わたしの正面には対戦相手が立っている。
うーん、何と言うか、一言で言うならば、ピエロ?
顔を白く塗って、鼻を赤く塗って、胡散臭い化粧をしている。服装も胡散臭いピエロって感じだ。体格からするに男性かな。
見た感じは胡散臭いってだけで強くはなさそうだけど、シャロが言う通り油断をすれば足元をすくわれるかもしれないから、気を引き締めないとだ。
「お待たせしました! それでは第四試合、相手を騙す武闘家道化師ビコウコウ選手対、フォルグナ――のツズリ・フォル――選手の試合を開始します!」
ふぅ、危ない危ない。気を引き締めていて良かったよ。いや、この為に引き締めていた訳ではないけれども、なんとかわたしの紹介文で変な事を言われるのを阻止出来た。
あっと思った瞬間に鼠の時に使った防音魔法を司会者に即行で掛けたよね。
司会者本人は気づいてないだろうけど、会場の人にはマイクを通していないから聞こえてはいない。実際、わたしにも聞こえてなかったし、防衛成功だ。
戦いは始まる前から始まっているってよく聞くけど、こういう事だったんだね。なるほどなるほど。
「こーれはこれは、かーわいいお嬢ちゃんが相手なのですねぇ。手加減してあげるので安心してくださいねぇ? ツズリフォルちゃぁん」
「はぁ、そりゃどうも」
誰だよ、ツズリフォル。わたしはツズリだよ。
まぁ紹介が途切れたからそういう名前だと思われたんだろうけれどもさ。
それにしても、やっぱ子供と見られてるからか嘗められてるね。
そりゃわたしみたいな可愛い少女と戦うってなったら、そうなってしまうのも無理はないよ。わたしだってルルやリリナが対戦相手として出てきたら、手加減はしてしまうと思う。
「ワタシは紹介されたように武闘家で道化師なの。お子様には難しいかもしれないけれど、道化師って分かる?」
見た目子供だからって馬鹿にしてんのか!
「分かるよそれくらい! なーんか胡散臭くて小賢しい事して来るんでしょ」
「胡散……小賢……ま、まぁそうとも言えるかもしれないですねぇ。ワタシの可憐なる技に騙されないように気を付けてください」
「あ、はい。気を付けます」
なんだこいつ、自ら自分の戦い方を教えてくれてるぞ。流石に子供相手に甘く見過ぎじゃないか。それとも、自分の実力によっぽど自信があるのだろうか。
「ツズリフォルちゃんの紹介は拡声魔法具の調子が悪かったのか聞き取れなかったのだけれど、どんな技が使えるのですかねぇ。先ほどの犬獣人みたいにパワフルに戦うのですかねぇ。その細い腕ではパンチした方の手が折れてしまいそうですけれどねぇーえ」
完全に下に見て馬鹿にしてるじゃん! パンチした衝撃で自分の腕が折れると思われてるくらい馬鹿にされてるじゃん!
シャロみたいな威力のパンチが出せるけど反動に耐えられないって意味? それとも威力も出ないうえにか弱すぎて腕が折れるって意味!?
絶対後者だよね!
「そーれにしても、獣王決定戦以外で獣人が出場しているとは思いませんでしたねぇ。しかもお子様とは驚きましたよ。普段ワタシの方が驚かせる側なんですがねぇ。もーしかしてもしかして、ツズリフォルちゃんには道化師の才能があるんじゃないですか?」
いや、いらないよそんな才能。顔を白塗りになんてしたくないよ。
他の参加者の事なんて一切知らないし、わたしは金を求めて参加しただけだし、そもそもこの国に獣人がいる事さえ知らなかった訳だから、騙すも何もない。
っというか、もう試合は始まっているはずだけど、この人めっちゃ喋るじゃん! ずーっと喋ってるじゃん!
わたしもこのピエロも開始位置から一歩も動いてないんですけど!
「えーっと、試合始まってるんだけど戦わないの?」
「あーそう言えばそうでしたね。試合の最中でした。ついついに口が回って喋り過ぎてしまうんですよ。これも道化師の性ですかねぇ。この前も気が付けば陽が暮れるまで話していたって事がありました。あの時は自分でもびっくりしましたよ。自分で自分を騙してしまったのかと思ったくらいです」
「いや、だからその……」
「おっとすみませんねぇ。まーたまた喋り過ぎてしまいました。戦うんでしたねぇ。喋り過ぎてしまったお詫びにどこからでも掛かって来てくれて構いませんよ? ワタシは動きませんから」
なんか調子狂うな……。ずっと喋られてたから相手のペースに飲み込まれてしまう。
それにしても本当に嘗められてるなぁ、わたし。子供の見た目だからにしても、動かないのでどこからでもかかってこいって、嘗められすぎて涎ベトベトになるレベルだよ。コタビと一緒に寝た朝の気分だよ。
何となくベトベトしていないか耳を触ってみる。よし、コタビの涎は付いていないな。当たり前だけど。
「じゃあ遠慮なくこっちから行かせてもらうね!」
子供だからって甘く見た事、後悔させてやるんだから!
相手目掛けて一気に駆け寄る。その際、わたしの愛刀のツズラオを取り出して装備するのも忘れない。これがないと力はルル以下の子供のままだからね。
久方ぶりの登場でツズラオさんもどことなくイキイキとしている。
「我の力を使えば、あのような道化師なぞ、いちころよう。ぬははは」
って言っているような気がする。
イキイキしているけど、今回は魔物相手ではないのでツズラオさんには縛りを付けてもらおう。土魔法で刃を覆って当たっても斬れないようにしておく。
寸止めはするつもりだけど、事故が怖いので寸止めしなくても大丈夫なようにしとかないとね。
有言を実行して全く動こうとしないピエロに、土魔法を固めた刃を叩きつける。
「えっ!?」
叩き斬ったと思ったら、煙を斬ったかのように何の感触もなかった。それどころかピエロは霧散して消え、ステージを覆う白い煙幕となった。
「何これっ! どうなってんの!?」
「こーれでも道化師ですからねぇ。騙してなんぼなんです。子供だからと言って、手加減なんて勿論しませんよ。この大会に出られている時点で実力はあるという事ですからねぇ」
煙の中のからピエロの声が聞こえる。色々な方向から聞こえるから、声で場所を特定されないように移動しながら喋っているみたいだね。
この戦法での戦いに慣れている動き方だ。そうじゃなきゃ自分から視界が悪くなるような煙幕なんて使わないか。
「開幕ずっと喋っていたのは色々と仕込まないといけない事があったからなんですよ」
いや、仕込みの為も何も現在進行形でめっちゃ喋ってるじゃん!
それともこれも作戦の内なのかな。
「ツズリフォルちゃーんは、ワターシの偽物だと気づかずに、ずーっとワタシの話を聞いていた姿は見ていて滑稽で可愛かったですよぉ?」
「そりゃどうも。可愛さには自信があるんでね」
くっそー、どこにいるんだ。どこから来るんだ。視界が白い、真っ白だよ。なーんも見えないや。
テリトリー魔法使うのは反則なのかな。使えたら位置が丸分かりなんだけどなぁ。遠距離魔法と言われれば遠距離魔法……なのかな。範囲を狭くすれば問題ないかな。
ん? そう言えばこの煙幕は魔法?
魔法でもそうじゃなくても、これは遠距離攻撃に入らずセーフって事だよね。攻撃というか妨害だからセーフなのかもしれないけど、これがセーフならテリトリー魔法もセーフだよね!
テリトリーをステージ範囲だけ起動! 反応は……あ、真後ろだあああああ!
「では、これで終わりです。……おっと、やりますねぇ。流石の反射神経と身体能力、子供でも獣人という事ですか」
反応があった真後ろからのピエロの蹴りを、わたしは寸前で躱した。
あ、危なかった……。蹴り飛ばされて場外になるかもしれなかった。
このピエロ、煙で視覚を奪って更には足音もしないから聴覚も意味をなさないんだよ。胡散臭くてふざけてる見た目の癖に、実力は本物だ。
シャロに言われてたのに、嘗めてたのはわたしの方だった。
態勢を立て直し、ピエロの反応がある方を見る。勿論、位置が分かっていても煙で何も見えはしない。
ん? ピエロの反応が増えてる? またさっきみたいな煙の分身を増やしてるのかな?
わたしがピエロの場所を特定出来ているのを見抜いて、対策をしてって所だろうか。うーん、やりおる。
「なるほど、道化師……ね。めんどくさい相手だなぁ」
「ふふ、そう言われるのは光栄ですねぇ。道化師冥利に尽きるというものです。獣人は鼻が効きますから、ちょっと対策をさせていただきましたよ。さて、次は躱せますでしょうか?」
……場所を特定されている事には気づいているみたいだけど、鼻が効くと思われているみたいだね。わたしはコタビみたいに鼻は良くないよ。コタビも女神にだけ嗅覚がするどいだけだけども。
わたしは獣人ではあるけれども、鼻が効く訳ではない。耳は良いけど、別に鼻は普通なんだよね。
煙の中の多数の反応がうろうろと動き回っている。動いているのが本物だっていう簡単な答えにはならなさそうだ。
動いている反応の数体がわたし目掛けて動き出した。
くる……! 本物の反応はどれだ!?
「後ろです」
その言葉で思わず後ろを振り向く。
「素直ないい子ですねぇ」
今度は上から声が聞こえてくる。
こいつ騙してばっかだな。なーにが後ろだよ。まぁそれが道化師として真っ当ではあるんだろうけどさ。
「嘘付き! 上でしょ!」
わたしは上からピエロの攻撃を回避する為にバックステップで跳んで下がる。
「すみませんねぇ。こっちが本物なんです」
「ふにゃっ!?」
跳んで下がっている勢いが無くなる前に背中に衝撃が走り、元居た場所まで飛ばされてしまった。
わたしは転がってきたボールじゃないんだぞ。全く。
予想だにしない攻撃で受け身がとれず、ズザーっと巫女服を擦ってしまったけど、神様謹製なので破れてはいないはずだ。
動いていない反応の方に回避したのに、それすらも読んで元から本物が動いていなかったのか。くぅー、やりおる。
「さーぁて、次はどこから来るかな? 上かな? 後ろかな? それとも前からかなぁ?」
本当にさっきから人をおちょくるかのように騙してばっか! 正々堂々と戦えよーもう!
まぁ正々堂々挑ん出来たら道化師ではないか。くっそー、悔しい……。
「もう付き合ってらんない! これでどうだっ!」
風魔法を使ってわたしを中心にして風を外側に放つ。
風の斬撃ではなく、煙を排除する為の単なる風だから攻撃ではないからこれもセーフだ。多分。
「ほーう、やりますねぇ。拳圧で風を起こして煙を晴らしましたか。流石、身体能力を得意とする獣人です。侮れませんねぇ」
いや、普通に風魔法を使いました。わたしの拳に風を起こせる程の圧はありません。シャロなら出来そうだけれども。
このピエロ騙しては来るけど、自分も勘違いしまくってるな。鼻だったり拳圧だったり……。これじゃあ、わたしが騙しているみたいじゃないか。
騙している訳じゃなくて、普通の獣人とはちょっとだけ違うだけなんだよ。
さて、煙は晴れた訳だけれども……。
「結局、どれが本物だ……」
視覚は晴れたけど、ピエロの数はテリトリーの反応と全く変わらなかった。魔法で作っているであろう、斬れば煙になる偽物ピエロが数体佇んでいる。
ピエロというか何と言うか、煙幕に影分身を使いこなして、そして何より卑怯な戦法!
そう、それはつまり忍者だこれ!




