P7 初めての街
収納魔法を習得した!
って言っても、わたしは覚えた魔法は極めたい性分だ。
もう少しスムーズに出来るように練習しないとね。
「もう少し練習したいんだけど、コップじゃなくて石とかない?」
「石ですか? えーと……宝石ならあると思いますけど……?」
宝石!?
そんな高価な物で練習何てしたくないよ!
「宝石はちょっと遠慮したいかな」
うーん。どうしようかな。
馬車を止めてもらって拾ってこようかな。
でも、わたしの都合で止めるなんてしたくないからなぁ。
時間はあるだろうし、街に着いてからにする?
いや、わたしの魔法を極めたい欲求が今やれと言っている! そんな気がする!
コップで練習するか。
「ツズリちゃん、石くらい土魔法で作れるでしょ? こうやって」
メアさんは自分の手に石を創り出してわたしに渡してくる。
はっ!
そうか! その手があったか!
わたしとしたことが失念していた!
魔法がある世界なんだから飲み水を出したみたいに石だって出せるよね!
「メアさん、天才!」
「ふふふ、そう? だったら……」
と言って両手を広げてわたしの方を見てくる。
何がしたいんだこの人?
何かの儀式でもするつもりなのかな?
まぁいいや、わたしは収納魔法に忙しいのだ。
残念そうなメアさんを余所目に収納魔法の練習をすることにする。
石を仕舞ったり取り出したりを繰り返しスムーズに出来るようにする。それが出来るようになったら後は試してみたいことをやってみる。
まずは取り出せる距離。
離れた所に魔法を発動させる感覚で試してみる。結果は、この馬車の部屋の範囲なら可能という事が分かった。
だが、問題もあった。離れた所に取り出しても、仕舞うときは直接触れないと出来ないみたいだ。お陰で部屋の端から端まで何回か往復することになったよ。
あと思ったことは、部屋では試せないけど、置くことが出来るなら放つことも出来るんじゃないかって思うんだよね。空間から召喚するんじゃなくて放出する感じで。
それがもし出来るなら、剣を沢山収納しておいて疑似英雄王にでもなれるかもしれないね。いつかやってみたい。
でもこの収納魔法、便利だけど欠点もある。
収納している物を覚えていないといけない。収納している数が多くなると絶対忘れちゃうと思うんだよね。
例えば、ゲームのポーションとか何個持っているかなんていちいち覚えてないでしょ。
ゲームみたいにアイテム欄として一覧が見れればいいけどね。
「黙々とずっと収納魔法の練習やってるけど、凄い集中力ね」
「魔法愛だよ」
「それに上達が早いです。わたしだってまだ集中しないと収納魔法使えません。ツズリはもう息をするように使いこなしてます。凄いです!」
「それも魔法愛のお陰だよ」
魔法が好きだからこその集中力と上達力だ。
興味がない事を無理に集中しても続かないし、上達しようという思いもないから上達しない。
好きこそ物の上手なれってやつだよ。
トントントン。
収納魔法の練習をしていると部屋にノックの音が響き渡った。
扉が開くとキリークさんが入ってきた。
「門まで着いた。降りてくれ」
おおー! 着いたんだ! 初めての街に!
最初の街に着くまでのイベントが長いよ!
ゲームでも普通は街とか村から始まるか、最初の街に着いてからイベントが起きるものでしょ!
いや、イベントは起きなくていいか。
魔法で異世界スローライフ生活を始めるのだ。イベントなんて起きなくていい。
馬車から出ると壁が広がっていた。
おー、魔物がいるからだろうか。街に魔物が侵入できないように街全体を囲っているんだろうな。
壁を作るのもきっと魔法だろうね。街を囲うほどの壁を人力で何て凄く大変だろうしね、重機もないだろうし。
それを簡単に出来ちゃう魔法はやっぱ素晴らしいよ。なんて便利なんだ魔法。
街の壁よりも気になることがあるんだよね。
門番の人がめっちゃこっち見てるんだよ。まぁこの巫女服のせいだと思うけど。
この感じだと街に入っても注目を浴びるんだろうなぁ。
巫女服しか持ってないし、気に入ってるから変える気はないけどね。それに、性能が抜群だ。
馬車に乗ったまま門を通ったりしないのかなって思ったけど。
「街に入るときは馬車から降りないといけないの。それが貴族でもね。馬車の中に盗賊とか居たら大変でしょ?」
という事らしい。
確かにそうだね。中を確認せずに通って街の中で盗賊に暴れられたら大変だ。
というかこの世界にはちゃっかり盗賊もいるのか。
「ハセン様、そちらの奇妙な格好の獣人の子は?」
奇妙な格好ね。もう何も言うまい。
「俺の客人だ。怪しいものじゃないから安心してくれ」
「この街の領主様がそう言うのであれば大丈夫ですね」
流石、領主だけあって街の人に信頼されているっぽい?
面倒事なく街に入れそうで一安心だ。
門を潜り街の中へと入る。
やっと! やっとだよ! 初めての街だー!!!
おおー! おおー? 何ていうか外国って感じとしか言えないね。
外国ってまぁ日本以外って事なんだけど。
「じゃあツズリちゃん、私達は冒険者ギルドに依頼達成の報告に行くからここでお別れね」
冒険者ギルド! 冒険者が居るんだからそりゃあるよね!
後で行ってみよう。
「メアさん、馬車ではいろいろありがとう。わたしも冒険者になろうと思ってるから、その時はよろしく」
「なんだ冒険者になるのか? じゃあ、後輩として可愛がってやるよ」
「パルパルうるさい」
「扱い酷くねーか!?」
少し話してメアさん達とは別れた。
あれ、でも馬車はどうするんだろ。今まで操縦してたのはキリークさんとパルパルだし、ハセンさんがするのかな?
いやでも領主自らするとは思えないけど……。
「ねールル。馬車はどうするの?」
「もうすぐ執事のロランが来るので屋敷まではロランが操縦します」
あー、執事が居るのか。流石貴族。
執事が居るってことはメイドさんもいるのかな。
ゲームのNPCとかプレイヤーの成りきりじゃない本物のメイドさん。会ってみたいね。
「あ、来ましたね」
白髪に白い口髭、背筋が真っすぐでベテラン執事って感じのおじいさんだ。
「お待たせしました。ハセン様、ルルーナ様」
「屋敷まで頼む」
「畏まりました。ところでそちらのお嬢さんは?」
「俺の客だ。詳しくは屋敷に帰ってから話す」
「了解致しました。では馬車の中へ」
執事のロランさんが扉を開けて待っていてくれる。
テレビドラマとかで観る、お偉いさん専属の運転手みたいだ。
みたいっていうか領主の執事だからそのまんまか。
ロランさんに軽く会釈して馬車の中に入る。
街を歩いて見てみたかったけど、ルル達と一緒に居ないといけないからね。
まぁこれからいくらでも時間はあるだろうし今度ゆっくりと周ろう。
屋敷に到着したと、ロランさんに言われ馬車を降りる。
「おー大きいお屋敷だ」
わたしの実家もお金持ちだけあって無駄に大きかったけど、屋敷となると更に大きいね。
「そうですか? 王都のお城と比べるとそうでもないですよ」
いやいや、ルルちゃんや。お城と比べちゃいかんでしょうよ。
ほら、ハセンさんも微妙な顔してる。
そして、もう1人わたしを見ながら微妙な顔をしている人がいる。
恐らく、屋敷の門番さんだ。
顔は微妙そうな顔をしているけど、ハセンさん達と一緒に居るからか特に呼び止められることもなく門を通れた。
「では、お父様、ツズリに屋敷の中を案内してきます!」
「ああ、頼んだ。執務室でロランと話をしているから、何かあったら来るように」
「わかりました、お父様。ツズリ! 早速案内するので行きますよ!」
ルルがわたしの袖を引っ張ってせかしてくる。
何がそんなに嬉しいのかわからないけど、凄く良い笑顔だ。
大きくなったら美人さんになるだろうね。
「ここが客室です!」
「ここが書斎です!」
と、色々案内してくれた。
「そして最後にここがわたしの部屋です! その横の部屋が空いているのでツズリの部屋になると思います」
わたしの部屋あるんだ。別に来客者用の宿泊部屋でも、なんだったら倉庫でも良いんだけどね。
まぁ用意してくれるなら有難く使わせてもらおう。
「さ、部屋に入ってください!」
ルルがそう言うので。ルルの部屋に入らせてもらう。
「遊ぶものとかはないですけど座ってゆっくりしてくださいね!」
お言葉に甘えてソファーに座ってゆっくりさせてもらおう。
それにしてもルルは楽しそうだね。
王都がどれくらい離れてるのかわからないけど、わたしと会ってからでも長い事移動したと思う。
空間拡張の魔核で部屋が広くてゆっくり出来てたとはいえ、長旅は疲れただろうに。どうしてなんだろう。
「ルルはいつも楽しそうだね?」
「ツズリのお陰です!」
え? わたし何かしたっけ?
収納魔法を教えてもらったりしてるし、むしろわたしの方がしてもらってる側だよね。
「街の領主の娘だからか、この街の歳が近い子と話しても向こうが一歩引くというか距離が出来ちゃうんです」
あー、お偉いさんと話すときは緊張しちゃうってよくある話だもんね。
引きこもりのわたしには無縁だったけど。
「だから仲の良い友達が居ないんです。でもツズリはそう言うのが一切なく、普通に接してくれるんです!」
そりゃそうだろう。
わたしには貴族とか関係ないからね。
例え相手が王様だろうと、わたしには関係ない事だ。
そもそもこの世界とは別に世界の住人だったんだから、どんなに偉くても凄くても、実感が沸かない。
貴族の娘って大変なんだね。友達を作りたくても階級が邪魔をするなんて。
まぁわたしも友達は居ないけども。別の理由で。
「それが……とっても嬉しくて。だから、その……、ツズリ、わたしと友達になってくれませんか?」
あ、この流れはあれだ。
まさかわたしがこの言葉を言う事になるとは思わなかったなぁ。
一生言わないだろうと思ってたっていうか、普通言うようなことにならないか。
「ルルとはもうとっくに友達だと思ってるよ」
そう言うと、ルルはわたしの飛び込んできた。それはもう凄い嬉しそうな笑顔で。
「ありがとう! ツズリ! 歳が近い友達が出来て嬉しいです!」
……。
歳が近い友達ね。歳が近い……。
確かにわたしの身長はルルより少し高いくらいだよ。うん。
でも、なんだかなぁ。
一度言って信じてもらえなかったけど本当は17才なんですよ。
まぁルルが嬉しそうなので良しとしよう。そう、わたしは大人だからね。
落ち着いたのかルルが離れて座り直す。
そう言えば、屋敷内を色々案内されたけど一つだけ案内されてないとこがあるなぁ。
「ねールル、浴室ってどこにあるの?」
一日の疲れを取る場所。そうお風呂である。
森から始まって、ワーウルフとも戦ったりもして汗かいたしね。馬車には流石になかったけど、これだけ広い屋敷ならあると思うんだよ。
「浴室ってなんですか?」
え? 浴室がわからない?
「お風呂に入る部屋だよ」
「オフロに入る部屋、ですか? その、オフロって言うのがわからないですが」
お風呂が分からない!?
ど、どいうことだ。いや、言葉通りの意味だ。
そう言う事じゃなくて。なんで分からないかだ。
「浴槽にお湯を張ってその湯に身体を入れて疲れを取るんだよ。そういう事しないの?」
「ヨクソウ? お湯に身体を入れるんですか?」
あ、この反応はお風呂を知らないんじゃなくて、そういう行動自体を知らないみたいだ。
浴室がないってことはシャワーとかもないだろうしなぁ。
「汗とかで汚れた身体をどうやって綺麗にしてるの? もしかして……濡れた布とかで拭くだけ?」
風邪を引いた時とか、お風呂に入れないような怪我をしたりした時はこういうやり方もあるけど、流石にずっとは嫌だ。
「え? そういう時は清潔魔法を使いますよね?」
清潔魔法!? こういう時にも魔法か!
いや、わたしの魔法愛はそりゃもう凄いよ?
でもお風呂代わりに魔法ってどうよ。流石にないでしょ。
お風呂の疲れを取る効果までは清潔魔法にも流石ないでしょ。名前からして清潔にするだけっぽいし。
そうかー。お風呂という概念ないのかー。
魔法の便利差にお風呂の誕生は負けたんだね。
「もしかして、収納魔法も知らなかったし清潔魔法も知らないんですか?」
収納魔法並みの常識魔法っぽい。
知らないよそんなの! ゲームにはなかったんだから!
ゲームだと汗もかかないし汚れないんだよ!
この世界でも巫女服だけは汚れないみたいだけどさ。巫女服だけはね。
「……ごめん、知らない。また教えてもらっていい?」
「ふふん。仕方ないですね! ルル先生が教えてあげます!」
まだ、ぺったんこの胸を張ってルルが得意げに言う。
先生って呼ぶの実は気に入ってたのかな。
ここは乗るしかない! このビッグウェーブに!
「ルル先生! お願いします!」