P63 どろんこツズリとリリナ弁当を狙うもの
えーっと、今、わたしは沼に居ます。
絨毯で空を飛んでいたと思っていたんだけど、何故か沼にハマってます。
「何でこんな事になっているんだよー!」
って、まぁ理由は明白なんだけどね。妖力が切れて沼に落ちたんだなーこれが。
思っていたよりも鼠に妖力を吸い取られていたらしいね。寝てもなかったか妖力の回復もそんなに出来ていなかったどころか、防衛に使ってたからなぁ。
飛びながら寝てたとはいえ、回復と消費との対決で消費が勝ってしまったみたいだ。
巫女服のお陰で落下ダメージはなかった。ありがとう、巫女服を作ってくれた神様。本当にありがとう。
痛くはないけど、振動は伝わって来たので、びっくりして跳び起きたよね。まぁ沼にハマってるから飛べはしなかったんだけども。
というか、落ちる前に起きろよ、わたし! なーにやってんるんだ、わたしは!
沼に一緒に落ちた絨毯は泥だらけだけど、巫女服は綺麗なままだ。流石神様謹製。素晴らしい。
でも、それは表面上の話なんだよね。沼にダイブした訳だから、服の中にまで泥が入ってきているんだよ。汚れはしないけど、泥は入ってくるんだよ。
「なるほど、これが泥風呂ってやつかー」
絶対に違うと思うけども。泥風呂というか泥沼なんだけれども。
取り敢えず状況の整理をする為に周りを見渡す。
見えるのは、木と枯れた倒木と沼。森の中にある荒れた沼地ってところだろうか。
そんな事が分かっても、ここが何処なのかさっぱりだ。大会が開催される国を通り越してしまったのかどうかすら分からない。方角が分からないから帰る事も難しい。
どうしてわたしは安易に寝てしまったのか。寝るのならまた家を建設するべきだったよ……。ルルにこの話をしたら馬鹿にされるね。帰れるのかどうか分からないけども……。
取り敢えず、沼から上がる事が今の現状で最優先事項だね。とっと沼から抜きけだそう。考えるのはそれからだ。
妖力が減って怠い体を無理やり動かす……が、全く動かない。ずっぽりとハマってしまっている。
「ぬにゃあああああ! ふにゅおおおおおお!」
気合を入れて叫びながら動かそうとして見るものの、微動だにしないわたしの身体。
「この泥沼……強敵すぎる……! 今まで戦って来たゲームのどのモンスターよりも強い……! 動きを封じ込めるとか反則も良い所だよ! チートじゃんか!」
まぁ、モンスターでもなんでもなく、ただ沼にハマっているだけなんだけどね。
仕方がないのでわたしも力を使う事にする。妖力が減っていてもゼロにはなっていないので、収納魔法くらいの魔法は使える。
わたしは強化魔法は使えないみたいだけど、身体を強化する術は持っている。刀という力を持っている。
この刀、ツズラオさんもこう言っている。
「沼から抜け出す力が欲しいか……? ならば我を握るがよい……。さすれば沼に打ち勝つ力を授けてやろう……!」
って、言っているので、有難く刀の力に溺れる事にする。力こそ正義だのだ。
刀を泥に付けないように頭の上に上げて握る。そして、力一杯足を動かす。
「ふんー! ふんー!」
一歩また一歩と泥沼の中を無理やり歩いて行く。刀の力を借りても中々思うようには歩けない。
結構な時間を掛けて泥ではないしっかりとして陸地へと辿り着いたところで、わたしはバタッとあお向けに倒れ込んだ。
「つ、疲れたー! わたしの人生の中で一番疲れたよ……」
まぁ元の世界ではゲームをするだけの引きこもりで、こっちの世界に来てからは魔法があるから大して身体を使う事なんてなかったから、そうそう疲れる事はなかったからね。
初めて身体をフルに使った運動をしたんじゃないかとすら思う。明日、筋肉痛とかになってなきゃいいけどなぁ。なったとしても魔法でパパッと治すだけだからいいんだけどね。
魔法って素敵!
少し身体を休めて、行動を開始する。
「うへぇ、服の中に泥が入ってるの気持ち悪い……」
動くたびに服と身体の間にある泥が擦れて気持ち悪い。べちょべちょしている。ただただ気持ち悪い。
「うん、先ずはお風呂だね。身体を綺麗にしてからじゃないと動けないや」
妖力も多少なり回復したし、お風呂に入るくらいの妖力はある。テリトリーを発動して索敵も大事だけど、索敵にさく妖力の余裕はない。何よりも優先すべきはお風呂だ。
華も恥じらう乙女であるわたしが泥だらけのままではいけないんだよ。身だしなみが大切なんだよ。
妖力の節約の為にお風呂は露天風呂にする。こんな泥沼がある森の中に人なんていないだろうし、見られる心配はないだろう。多分。
人が出てきたら、その時はその時だ。一瞬にして電撃魔法を放って記憶ごと意識を消し飛ばしてやろう。わたしに会った事が運の尽きって事でね。
土魔法で枠を作り、そこにお湯を張って浸かる。温泉を掘る必要もないし、どこでも簡単にお風呂に入れる。魔法素晴らしすぎる……!
「ふぅ、身体に付いた泥が落ちていくー。やっぱお風呂最高だー」
脱いだ巫女服は風魔法と水魔法で渦を作って、洗濯機みたいにして一応綺麗にしておく。念には念を入れて清潔魔法も掛けておく。巫女服は汚れないからその必要はないだろうけど、泥に浸かったのだからそれくらいはしておかないとね。
それにしても、一日目『鼠』で二日目『泥沼』って最悪の旅だな。もうちょっとイベント頻度を下げて欲しい。鼠は仕方がないから兎も角としても、沼に落ちたのは完全に自業自得なんだけどね。悲しい事に。
「さーってと! お腹空いたから、お風呂上がってリリナ弁当でも食べようかなー! わたしの旅の唯一の楽しみと言っても過言ではないからね!」
自分の身体に清潔魔法を掛けて、水滴を飛ばす。濡れた事でしなーっとなっている尻尾ももっふもふに大変身だ。
このもふもふはわたしのアイデンティティだからね。ちゃんともふ度を維持しておかなければならない。さもないと、帰った時にリリナとルルにわたしだと認識されない可能性すらある。あの二人ならそう言う冗談を絶対にしてくるという確信がある。
まぁ、先ずは帰れるかどうか怪しいこの状況をどうにかしないといけない訳だけども。
巫女服を着用し、収納から机と椅子、それからリリナ弁当を取り出す。
「いよーっし! リリナ弁当の時間だ!」
腹が減っては戦は出来ぬって言うし、何か行動をするにしても、先ずはご飯を食べてからじゃないとね。
弁当の蓋を開けて食べ始める。まるで今朝がた作ったような新鮮さの弁当だ。収納魔法様様だね。これが無ければわたしは旅にも出られなかったよ。
その旅も絶賛迷子中な訳だけども、リリナ弁当があれば衣食住の食は問題ない。そして、神様謹製の巫女服と魔法で家がどこでも建てられるので、衣食住の衣と住も揃っているという事になる。
リリナ弁当がある限りはわたしの衣食住の三種の神器は守られる。そう、例え迷子であったとしても、リリナ弁当が無くなるまでにこの状況を打開すればいいんだ。
「ん? 何かこっちに来てる?」
リリナ弁当に感謝を捧げつつ食べていると、森の奥から何かが近づいてくる音が聞こえた。テリトリー魔法を発動していなくとも、わたしのケモ耳は聴力が優れているから、静まり返った森で変な音が聞こえたら、多少遠くとも聞き逃さない。
まーたわたしのリリナ弁当を狙って魔物でも来ているのかな。前にもあったよね。スライムを倒して弁当を食べている時にワーウルフが来た事が。
リリナ弁当には魔物をおびき寄せる効果でもあるのだろうか。あまりの美味しさにそういう効果が付与されてしまっているのだろうか。
人ならまぁいいんだけど、こんな森の中に偶然にも人がいるなんて事ないよね。いや、この世界に転生して初日にその偶然はあったんだけどね。
でも、それはわたしが森を燃やしたからっていう原因があったからだ。今回の原因はリリナ弁当だとすると、人な訳がない。人の嗅覚はそこまで優れていない。
机と椅子、リリナ弁当を収納に仕舞い、音がする方を警戒する。
妖力の回復はぼちぼちってところかな。魔法で全力で戦う事は出来なさそうだ。刀で戦うしかないね。
刀を握っていつ戦闘になっても良いように準備して待つ。
「いよーっし! いっつでもこーい!」
音がだんだんと近づいてきて、その姿が見えた。
ゴブリンだ。数は三匹。この世界に来て初めて目にしたあのゴブリンだ。相変わらずゲームとは違って怖い顔をしている。
だけど今回は色が違う。ワーウルフの親玉と同じ、黒色だ。
やっぱ魔物だったか。リリナ弁当の究極美味しさの匂いに誘われてやって来たんだね。恐るべしリリナ弁当。
もしかするとあの鼠もリリナ弁当に釣られて……ってそれはないか。完全にお風呂に入ってる時に来たし。そもそも、妖力喰ってたしね。
なんでもリリナ弁当のせいにするのは良くない。リリナ弁当の創造神たるリリナに怒られてしまう。
黒いゴブリンは「グゲゲゲ」やら「ゲッゲッゲ」やらわたしの姿を確認すると、話しているようなそんな鳴き声を上げている。
ゴブリン語は異界言語のスキルが当ても流石に理解出来ないらしい。そもそもゴブリン語ですらないのかもしれないけどね。
まぁどうせリリナ弁当狙いでしょ。返り討ちにしてやる。
「残念だったね。リリナ弁当はわたしの為だけのリリナ弁当なの。魔物に分け与えるリリナ弁当は一切ないよ!」
刀の切っ先を黒いゴブリンに向け、リリナ弁当がわたしの物だと高らかに宣言する。
黒ゴブリンからしてみればただの宣戦布告。そりゃそうだ。武器を向けられているんだからね。
わたしの宣言を受けたゴブリンは一斉にこっちに向かって……来なかった。
代わり向かって来た、というか飛んできたのは炎、水、土の弾系魔法。
「ゴブリンが魔法を使うの!? こっちは刀なのにずるくない!?」
そう言えば、黒系の魔物は魔法を使うとか言っていた気がする。黒いわーうふるも風魔法を使って来たね。
ゲームでは近接しかしてこないゴブリンをわたしが魔法で蹂躙していた訳だから、ずるいって言っちゃうとブーメランでわたしに帰って来るんだけどね。
でも、それはそれ、これはこれだ。ゲームと現実を一緒にしてはいけないんだよ。
「まぁ、そんな魔法わたしには効かないけどね!」
飛んできた弾系魔法の炎と水は斬り落とし、土は弾き落とす。
ゲームで魔法を極めたわたしに、そんな初歩なんて魔法が効く訳がない。極めたという事は扱う事は勿論、対策もバッチリなんだよ。
魔法や戦闘に関しては、現実もゲームも一緒なんだよ!
黒ゴブリンは何発も弾系魔法を撃って来るが、わたしはそれを難なく斬り落とす。
いいなぁ。そんな贅沢に魔法使えるの。わたしも妖力に余裕があれば魔法を魔法で撃ち落とすのに。格の違いってやつを見せつけられるのになぁ。
いつまでも防戦してても埒が明かないので、突っ込むことにした。近接で戦うなら近づかなければいならないからね。近づいてからが戦闘だ。
撃ってくる魔法を斬りつつ、距離を詰める。
血は見たくないから刀に氷魔法を付与させる。付与程度の魔法ならば、少量の妖力でいいので節約にももってこいだ。
ゲームみたいに倒したらお金と経験値になってくれれば、こんな事する必要ないんだけどね。でも、ここは現実だ。ゲームと一緒にしてはいけないんだよね!
黒ゴブリンに近づき刀を振りかざす。
その瞬間、土魔法を使う黒ゴブリンが土壁を出して防御をしてきた。
向こうもやられまいと必死だ。戦闘なのだから当然だ。
わたしは突撃した勢いのまま土壁を蹴り、空中で一回転して後ろに下がる。
そこに容赦なく魔法の追撃が来る。
「着地狩り!? ゴブリンの癖に賢い事するじゃん」
ゴブリンってずる賢いって聞いた事がある。これくらいの事はして来るって事か。
風魔法の床を作りそこに着地する。黒ゴブリン達の魔法はわたしの下を通り過ぎていく。
着地狩りは着地すると相手が予測したところに着地しなければいいだけだ。流石に空中に着地するとは予想だにしなかった事だろう。
わたしはそのまま風魔法で床を数個作りつつ、空中を跳んで黒ゴブリンに突っ込む。
突っ込んで来てわたしを見て、またもや土壁を出してくるけど、それはさっき見たばっかりだ。壁よりも上に跳躍してゴブリン達の後ろに回り込こんだ。
黒ゴブリンは自分らが発動させた土壁で前方が見えてなく、わたしの動向を確認出来ていない。後ろに回り込んだわたしに気づくのに遅れていた。
「土壁はどの属性の壁よりも頑丈だけど、欠点はあるんだよっ!」
三体の黒ゴブリンをまとめて横薙ぎに刀を振るって倒す。斬られたゴブリンは斬り口から凍っていく。
「ふぅ……、勝った……にゃわっ!?」
黒ゴブリン三体との戦闘を終えて一息付こうとしていたところに、魔法が飛んできた。辛うじてわたしはそれを躱す。
飛んできた方向を見てみると新手の黒ゴブリンが現れていた。
「仲間か……。まぁ三体だけな訳ないよね」
十、いや二十体はいるだろうか。ぞろぞろと森から黒ゴブリンが出てくる。そして、一番後ろに巨人かよってレベルで大きい黒ゴブリンが現れた。




