管理番号25番:絶望の吹き溜まり ②
それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
暗闇の中で相変わらず俺はふさぎ込んでいた。誰もいない、完全な孤独……俺は段々と自分が今どこにいるのかもわからなくなってきてしまっていた。
『管理番号1番? 聞こえていますか?』
「……やめてくれ。お前は……もう死んだんだ」
相変わらずライナの幻聴が頭の中に聞こえてくる。俺はうんざりだった。
それこそ、怨念のようなものだろうか……きっと亡霊のように俺に取り憑いているのだろう。
『聞いて下さい。私は死んでいません』
「……いや、死んだんだ。俺は死んだお前の姿を見ている」
『それは管理番号25番が見せている幻覚です。言いましたよね? そこで起きていることは全て現実ではないと』
そう言われて俺は思い出した。ずいぶんと前のことをに思えるが……確かにそんな事を言われたような気がする。
『いいですか? 私は生きています。その時に言ったはずです。私の言葉だけを信じてくれ、と』
「……だけど、お前は……」
俺はちらりと暗闇の前方を見る。未だに宙で浮かんでいるのは、ライナの首吊り死体だった。
『信じて下さい。それよりも、問題があるのです』
「……問題?」
『ええ。いいですか。アナタが管理番号25番の点検行為を初めて、既に20分以上が経過しています。管理番号25番の特殊性により、その場でアナタが30分居ると、アナタはそこから脱出できなくなります』
「……嘘だろ?」
『言ったでしょう? 私が言うことは、全て真実だと』
俺は戸惑った。今、俺の頭の中に響いているのは幻聴にしか思えない。しかし……幻聴が言うことも妙に信憑性があるのだ。
「……でも、俺は死んだら、自分の部屋のベッドに戻るし……大丈夫じゃないか?」
『ええ。それも考えてはいますが……もしかすると、戻れない可能性もあります。管理番号25番はあまりにも不確定要素が強いので……』
ライナの幻聴は本当に不安そうだった。俺は今一度前方で相変わらず宙ぶらりん状態のライナの死体を見る。
「……お前の言うことが本当なら……脱出しようとしなければ、俺はこのままずっとここにいるってことか?」
『ええ。残念ながら』
暫く黙ってから俺は小さくため息をつく。
「……幻聴の言うことを信じるのはおかしいとは思うが……こんな場所にずっといるっていうのは、もっとおかしな話だよな」
「ええ。そうですよ」
と、横から声が聞こえてきた。見ると……俺の直ぐ側にはライナが立っていた。
「え……今度は幽霊かよ」
「違います。アナタを迎えに来たのです。さぁ、早く」
ライナは少し不安そうな顔だった。それこそ、今すぐこの場所を出たいと言わんばかりに。
俺は立ち上がり、幽霊と思しきライナの方へ近づいていく。
「……わかった。俺はここから出たい。それがたとえ、幽霊の導きだったとしてもな」
「ですから、幽霊ではないと……まぁ、いいでしょう。さぁ、戻りますよ」
俺はそういうライナの言葉に従い、ライナの後をついて行った。しばらく歩くと……暗闇の先に光が見える。
「おい……あれ、出口じゃないか?」
「え、ええ……そうみたい……ですね」
と、その時だった。ライナはいきなり、暗闇の中で座り込んでしまった。
「お、おい……大丈夫か?」
俺が訊ねると、ライナは憔悴した表情で俺のことを見る。
「……すいません。アレン……アナタは……死んでいませんよね?」
「は? お前、何言って……」
「……先程から、アナタの死体がアナタの背後の方に見えるんです……それがたまらなく辛い気持ちを想起させて……段々とアナタのことも……幻覚なのではないかと……」
そういって、ライナは俯く。俺は先程までの自分のことを思い出した。
「……大丈夫だ。死んでない」
俺はそう言って、ライナの手を握る。ライナは驚いた顔で俺のことを見る。
「ほら。その……温かいだろ?」
俺がそう言うとライナは安心したように目を細める。
「……ええ。そうですね」
俺とライナは手をつないだままで歩き出した。そして……そのまま暗闇の前方に光の中に包まれていったのだった。
点検結果:管理者報告
管理番号25番の危険度判定:重度
理由:管理番号25番が侵入した対象に想起させる幻覚は、身近な人間の死のようです。今後の点検行為は控えるものとし、万が一、点検行為を行なう場合は、1人ではなく、最低でも2人による点検行為を行うことを規定する。




