管理番号16番:死地 ④
「……え? マジで?」
俺は今一度訊ね返してしまった。
『はい。それしかありません』
ライナは至極真面目にそう答えた。この感じからして……おそらく本当なのだろう。
「え……でもさ。この世界で自死するって……要は意識を殺すってことだろう? それって……俺、死んじゃうんじゃ……」
『ええ。というよりも、それが狙いです』
「……は?」
『意識の世界での発狂は正確には意識の死亡ではありません。死ぬこともできないまま、意識の世界に取り残されるだけです。ですが、意識の世界で自身の意識を殺すことで、現実世界でも死亡することができます』
「……あ。そういうことか」
ライナの言っていることがわかった。簡単だ。いつもと変わらない。
俺は死んでも蘇ることができる……だから、ライナはこの世界から脱出するために一度俺に死ねと言っているのである。
「でも……それって、大丈夫なの?」
俺は思わず訊ねてしまう。
『……何か不安要素が?』
「だって……今までは肉体的に死んできたけど……精神だけ死ぬって体験は初めてだし、そんなことやって大丈夫なの?」
俺がそう言うとライナは少し黙った。それから少しして話を再開する。
『……ある意味ではこれは、管理番号1番。アナタに対する点検行為の側面も含んでいますね』
ライナは冷静にそう言ったが……簡単に言えば、どうなるかわからない、ということなのである。
「……ここで死ななきゃ、発狂するだけなの?」
『はい。残念ながら』
ライナはストレートにそういった。俺は……ようやく理解した。
「わかった……で、どうやって死ねばいい? 残念ながらこの荒野には死ぬのに使えそうな道具があんまりないよ?」
確かに周囲には何もない……確かに岩や石、木などでも頑張れば自殺できるかもしれないが……あまり痛そうなのでしたくなかった。
『では……強く念じて下さい。管理番号1番。アナタは……崖の上にたっていると』
「え……崖の上?」
『はい。周りを見ないで、念じるのです』
なんだかよくわからなかったが……俺はライナの言う通りにした。ここは崖の上……そう念じながら再び目を開ける。
「え」
目を開くとそこは……崖の上だった。切り立った崖の上……下には真っ暗な闇が、まるで俺を待ち構えているかのように口を開けている。
「な……なにこれ……」
『言ったとおりです。意識の世界では意識をすることで状況を変えることが出来ます。実際、管理番号16番の絵も荒野から崖の上に男が立っている絵に変わっていますね』
俺にはわからなかったが……どうやらそういうものらしい。
つまり、後は俺がここから飛び降りれば……
「でも……マジでやるのか……」
俺自身信じられなかったが……やるしかない。もしかすると俺の精神はこのまま死んでしまう可能性もあるが……
『大丈夫ですか? 管理番号1番』
「え……いや、あはは……大丈夫ではないけど……」
と、少しの沈黙の後、ライナが先を続ける。
『私はアナタの意識にどちらかと言うと帰ってきてほしいです。このまま寝たきりのアナタを管理するのは……あまり気が進みませんので』
ライナの言葉……どことなく棘はあったが、帰ってきてほしいという言葉だけは嬉しかった。
「……わかった。じゃあ……今から帰るよ」
俺はそう言って今一度崖の下を見てみる。暗い闇……俺は今一度目を閉じた。
そして、そのまま足を一歩踏み出す……少し間を置いてから……そのまま下へと落ちる感覚。
それと共に俺の意識はまたしてもいきなり遮断され……次の瞬間、目を開けると……
「管理番号1番。大丈夫ですか?」
俺の目の前には、心配そうな顔で俺のことを見るライナの表情があった。
「……ここは?」
「アナタの部屋ですよ。点検行為、終わったんです」
優しく微笑みながら、ライナはそう言う。俺は身体を起こす。
確かに……俺は自分の部屋のベッドの上で、隣にはライナがいた。
「……管理番号16番は?」
「はい。危険度判定はできました。あれはかなり危険ですね」
「……あのさぁ。もし、死んでも色々元に戻らない……つまり、普通の人間があの絵の中に閉じ込められたら……どうなるの? 帰ってくる方法は?」
俺がそう言うとライナは少し黙っていたが、鋭い目つきで俺を見る。
「それは、言わなくても分かるのでは?」
そんな恐ろしい口調でライナはそう言った。
俺は、この時ばかりは、自身の特異体質に感謝したのだった。
点検結果:管理者報告
管理番号16番の危険度判定:重度
理由:管理番号16番は意識世界創造の危険存在であることが判明。以後、不必要な管理番号16番との接触は管理者の許可を得ない限り之を禁止する。
なお、管理番号1番は点検行為の6時間後、保管部屋のベッドにて起床。肉体、精神共に異常なし。この点検行為を経て、管理番号1番に関しては、意識や精神に関しても一度死亡しても、時間経過で完璧に健康的な状態に再生することが判明した。




