管理番号9番:ここでないどこかへ
管理番号9番・簡易名称:遠い場所へ
概要:管理番号9番は、魔術的素養によって発生した異常結界です。これまでは東部帝国の辺境の小屋に、結界として存在していました。
管理番号9番は、保管部屋そのものが管理番号9番となっています。管理番号9番の保管部屋に入ると同時に、対象はどこまでも続くような草原に存在するようになります。
草原の先に進むに連れて、どこまでも先に行きたいという欲求が強くなります。既に組合では、今までに12人の人間が、管理番号9番の彼方にまで行ってしまい、行方不明になったことを確認しています。
点検行為の際は、管理番号1番に管理番号9番の彼方には何があるのかを報告するようにして下さい。
「……なんだここは?」
俺は部屋に入った瞬間から違和感を感じていた。
部屋に入った瞬間、俺はなぜか草原の上に立っていた。
見たことのない景色……先程までの場所とあまりにも違いすぎる。
『管理番号1番。聞こえますか?』
ライナの声が聞こえてくる。
「あ、ああ。ここは……禁忌倉庫の中なの?」
『はい。ですが、そこは魔術によって生み出された結界です』
「結界……幻みたいな?」
『……そのように理解してもらって構いません。何か異常は?』
そう言われて俺は自身の身体、精神に異常がないか確認してみる。
「……特に何もないけど」
『けど……なんですか?』
「……草原の向こうに行きたい」
俺はありのままの気持ちを言ってみた。ライナの言葉が聞こえなくなる。
「ライナ? 行っていいの?」
『……わかりました。おそらく、私との会話も続けられると思います。実際に行ってみて下さい』
ライナの了承を受けて、俺は草原の向こうに行くことにした。
しかし……向こうに行くと言っても不思議な気分だった。
そもそも、草原の向こうには何も見えない。行った所で何かが有るという保証はない。
それなのに、俺は歩みを止められなかった。
まるで何かに引き寄せられるかのように……俺はどんどん足を進めていく。
『管理番号1番。かなりの時間歩きましたが……疲れていませんか?』
「え?」
耳元から聞こえてきたライナの声で俺は我に返る。
「かなりの時間って……どれくらい?」
『え……既に2時間程経っていますが……』
少し不安そうな調子でライナはそう言う。
2時間……体感時間では5分程度だ。まったく、そんなに歩いた感じではない。
足は疲れていないし、まだまだ、どこまでも歩いて行く事ができる気持ちだ。
「あ、ああ。大丈夫。まだまだ歩けるよ」
『そう……ですか。ですが……草原の向こうには何が見えますか?』
「え? いや……何も見えないけど……何かあるんじゃない?」
俺がそう言うとライナは黙ってしまった。なんだろう……ライナは俺がこれ以上歩くのを酷く心配しているような……
『……わかりました。もう少し歩いてみて下さい』
「あ、ああ。わかった」
そして、俺はもう少し歩く。まだまだ歩けそうだ。
この場所では時間が経過するということはないのか、空もずっと天気の良い快晴だ。気分が良い。
草原の向こうには何もないかもしれない……だけど、行ってみたいのだ。
まるで旅人のような気分になりながら、俺はひたすら歩いた。
「……はぁ。さすがに疲れたな」
といっても……それから体感時間では30分程歩くと、さすがに疲れてしまった。
「……ライナから連絡、ないな」
実際、まだまだ歩けることは歩けるのだが……どうにもライナの態度が気になった。
俺は後ろを振り返る。
「……ん?」
見ると、背後に小さな影が見える。影は俺に向かって走ってきている。
「あれって……ライナ?」
見ると、それは黒い影で……大きく肩を上下させながらこちらに走ってくるライナだった。
「か……管理番号1番……良かった……」
「ライナ……どうして、ここに?」
俺がそう言うと信じられないという顔で俺を見る。
「アナタは……既に12時間以上、私に連絡を寄越さなかったのですよ?」
「え……12時間……で、でも! 俺はまだ30分くらいしかこの場所にいないと思うんだけど……」
俺がそう言うとライナは青い顔をする。そして、考え込むように腕を組むと、俺の腕を掴んで歩き出した。
「え……どうしたの?」
「この場所は……非常に危険です。早く戻りましょう」
「な、なんで? 何が危険なの?」
「……確証はありませんが、ここは時間の流れが狂っています。ここでは5分は、外での2時間……ここでの1時間は外での24時間です」
「え……じゃ、じゃあ……」
「はい。早く戻りましょう。私達がこの場所に長く居すぎると、元の時代に戻れなくなります」
そう言ってライナは足を早め、俺もそれに続く。
結局、それから30分で俺たちは鉄製の扉の前に戻ってきた。
「良かった……戻れて」
「あ、ああ……」
そういってライナは俺の方を見る。ライナは鉄の扉を開けながら、俺の方に顔を向けた。
「あ……一つ、覚悟してもらいたいことが」
「え? 何?」
ライナが扉を開けて外に出る。俺もそれに続いた。
「えっと……既に外では24時間経っています。つまり、管理番号1番。アナタは外に出ると同時に……」
ライナがそう言い終わらない間に、俺は床にぶっ倒れた。
24時間……それはまさしく俺の活動限界。
俺は薄れ行く意識の中で、もしあの場所に24時間いたら、外の世界では一体何時間……何日経っているのかな、なんてことを思いながら、そのまま意識を失ったのだった。
点検結果:管理者報告
管理番号1番:管理番号9番の部屋を出ると同時に、死亡。
管理番号7番の危険度判定:重度。
理由:特異性は「どこかに行ってしまいたい」と思わせるだけでなく、その時間の流れが狂っているため。魔術的要素が複雑に絡み合っている可能性が考えられる。誤って管理番号9番の中に入ってしまうのは避けるべきである。




