管理番号8番:賢者
管理番号8番・簡易名称:賢者
概要:管理番号8番は魔術師組合の元組合員です。容姿は年齢60歳から70歳の高齢者男性です。
非常に優れた魔術師としての素養を持つ組合員でしたが、組合における重大な規定違反を犯したため、追放となりました。
しかし、その特異性から危険存在として保管することになりました。
魔術師組合員は管理番号8番との接触を避けて下さい。禁忌倉庫管理者も、あくまで管理番号1番との会話を通してのみ、最低限の点検行為を行うようにして下さい。
添付資料:組合員からの忠告
あの爺さんとの会話はどんな人間でも5分で止めておけ。
じゃないと、これからの人生が滅茶苦茶つまらないものになる。
「では、ここからは一人で点検行為を実施して下さい」
鉄製の扉の前まで一緒に来たと言うのに、いきなりライナは俺にそう言った。
「え……一人で、って……いつも一人じゃない?」
「管理番号8番の特異性により、部屋の中に入ってからは、私は管理番号1番に指示を出すことは出来ません。そういう意味で一人での点検行為という意味です」
……ちょっと不可解だった。今まではこんなことを事前に言うこともなかった。
だけど、ライナはわざわざ部屋の前に来てこんなことを言っている……なんだか、俺も不安になった。
「……もしかして、この部屋の中って……かなり危険?」
俺がそう言うとライナは少し困り顔で俺を見る。ライナにしては珍しい表情だった。
「管理番号8番は……少なくとも、魔術師組合にとっては危険な存在です」
「え……それは、俺にとっても危険ってこと?」
「わかりません。もしかすると、アナタにとっては危険ではないかもしれません」
いまいち要領を得ない……しかし、ライナは俺にさっさと扉を開けて部屋の中に入れ、という威圧感を出していた。
「じゃあ……行ってくるわ」
「はい。お願いします」
俺は扉を開け、中に入る。鉄製との扉が重々しく閉まると共に、俺は前方の存在を確認する。
「……ん?」
と、前方に座っていたのは……椅子に座ったお爺さんのようだった。
服装はライナのように黒いローブ、白い髪に髭……かなり高齢らしく、椅子に座ったまま眠ってしまっている。
「え……普通の……お爺さんっぽいけど……」
俺はとりあえず様子を見てみることにした。
すると、お爺さんはいきなりハッと目を開ける。どうやら目覚めたようでキョロキョロと周りを見渡している。
「おお! 君がアレン・アークライトか!」
「……は?」
お爺さんは椅子から立ち上がり、俺の方に近づいてくる。
「いやぁ! 会えて嬉しいぞ! しかし、死んでも蘇生するとは……羨ましい身体をしているのぉ!」
「え……ちょ……な、なんで知って……」
俺がそう言うとお爺さんは目を丸くしてから、しまったという顔で俺を見る。
「あぁ……スマンスマン。悪い癖だ。どうにも治らんなぁ……」
「え……お爺さん、その……聞いているんですか? 俺の身体のこと?」
俺がそう言うとお爺さんは首を横に振る。
「いや、聞いておらん。ライナ・グッドウィッチはワシに会いたくないようじゃしのぉ」
「え……じゃあ、ライナに会ったことは?」
「ない。名前は知っているがな」
……頭が混乱してきた。このお爺さん……なんなんだ? なんで俺の名前を知っている? しかも、ライナにも会ったことがないと言うし……
「ん? なんじゃ? ワシは頭がおかしいわけじゃないぞ? 君が死んでも蘇生するのと同じ要領じゃよ」
「え……それじゃあ……」
「ああ、ワシはこの世界や……人間の考えている大体のことがわかってしまう性質なものでなぁ……無論、君がワシが言っている事を疑っているのもわかっておる」
お爺さんは鋭い目つきで俺を見る。俺は思わず何も言えなくなってしまった。
「しかし……君が既にこの禁忌倉庫の点検係として半ば実験動物のような扱いを受けているのも知っておるわけでなぁ……ところで、君はそれでいいのか?」
「え……それは――」
「無論、君は不満に思っている。だが、ライナ・グッドウィッチに反抗しないわけだ。それはなぜだ?」
「そ、それは……」
「理由は簡単だ。ライナ・グッドウィッチのことが色々な意味で気になる。確かに、こんな場所を管理させられる魔術師組合員としては、少々美人だ。それに、君は彼女が置かれている状況も気になる。この場所は一体なんなのか、ということも――」
「ちょ、ちょっと待って!」
俺が慌ててそう言うとお爺さんはようやく喋るのをやめてくれた。
「ん? おお! すまん! また喋りすぎてしまった……悪い癖じゃなぁ」
「……つまり、お爺さんはこの場所や……ライナがどうしてこんな場所で管理者なんて役目をやらされているのかも知っているわけ?」
俺がそう言うとお爺さんは当然だという顔で俺を見る。
「もちろん。知りたいのか? 知りたいと君は思っているからのぉ。そして、ワシ自身もそれを教えることは簡単じゃ」
一々面倒だったが……俺は頷いた。
しかし、お爺さんは悲しそうな顔をした。
「しかし、残念じゃが……話せないようじゃ」
「え? なんで?」
「どうやら、ライナ・グッドウィッチは頭も良いらしい。そして、ワシは会ったこともない女の子にさえ嫌われるようじゃ」
お爺さんは自嘲気味な笑みを浮かべる。それと同時に鉄製の扉が大きな音を立ててノックされる。
「管理番号1番! それ以上の管理番号8番との会話は違反行為です。すぐに部屋から戻ってきなさい!」
ライナの声だ……耳元からではない。扉の向こうから聞こえる。
俺は戸惑ってしまい、思わずお爺さんを見る。
「……なんで扉を開けて入ってこないのかって? 簡単じゃ。魔術師という人種は、人に心を読まれたり、自分の未来を明かされることをこの上なく嫌うからのぉ」
お爺さんはまるですべてをわかっているかのようで、そう言った。
俺は呆然とお爺さんを見ている。よくわからないが……このお爺さんは相当ヤバイ存在みたいだ。
「えっと……お爺さん。俺の名前は知っているんだろうけど、お爺さんの名前は?」
俺がそう言うと扉が今一度強く叩かれる。
「管理番号1番! 早く出てきなさい!」
ライナがマジで怒っているようだった。さすがにもう部屋にはいられなかった。
「大丈夫。君はまたこの部屋を訪れる。それに、ワシの名前は、君も知っているはずじゃぞ?」
困惑する俺に、お爺さんはいたずらっぽい笑みを浮かべて先を続ける。
「え……何?」
「無論……管理番号8番、じゃよ」
点検結果:管理者報告
管理番号1番:管理番号8番との会話の続行を望む。却下。
管理番号7番の危険度判定:重度。
理由:隔離しても改善の傾向なし。引き続き組合にとって危険な存在であると考えられる。




