管理番号4番:狂った時計 ③
「……うぅ」
俺は……管理番号4番の保管部屋に入らされていた。
『状況はどうですか? 管理番号1番』
ライナの問いかけが耳を通して聞こえてくる。正直……最悪の気分だった。
「ライナ……今何時なの?」
しかし、ライナは答えてくれない。
俺の体感時間的には……今は7時15分だ。
そして、実際に懐にあの壊れた時計を見てみる。それは確かに7時15分を指し示している。
無論、それがあり得ない時間だということは理解している。だって、ライナが言ったのが正しい時間なのだから。
しかし、俺の時間感覚は完全に狂ってしまっている。俺の時間間隔の中心にあるのは、俺が今持っている壊れた時計が指し示した時間なのだ。
『管理番号1番。眠いですか?』
「……眠くないよ。だって、今が眠る時間だって感じられないからな」
『結構です。身体的には何か異常は?』
「なんだか……身体が重いよ。気分優れないし……ねぇ、ライナ。本当に今は何時なの?」
『……仮に私がアナタにただし時刻を教えたとしても、アナタはそれが正しい時間だと認識できないのでは?』
……ライナの言うとおりだ。実際、今は夜のはずなのだけれど……俺にはそれが理解できていない。
今が本当は何時で夜なのか、昼なのか……まったくわからないのである。
そして、何より問題なのは……眠くならないのである。
眠くならないということは、ライナの言うことを信じるならば……俺は死ぬことが出来ないということだ。それなのに、今の俺は……まるで死ぬ前のように気分が悪いのである。
「う……うへ……がはっ……」
俺は思わず吐き出さずにはいられなかった。見ると、部屋の床には血が撒かれている。しばらくしてから、俺自身が喀血したことを理解した。
『管理番号1番? 大丈夫ですか?』
ライナが少し不安そうな声で俺に話しかける。そもそも、こんな時計の実験に俺を付き合わさなければ、俺はこんな思いは……
……そうだ。時計を……壊せば良いんじゃのか? 時計があるから、俺は時間をご認識しているんだ。
俺は今一度時計を取り出す。みれば時間は……1時43分。もはや気にしないことにした。
「……ライナ。時計は……破壊するのはOKなのか?」
俺がそう言うと、ライナは少し黙った。
『……もし、可能ならば……点検することを許可します』
ライナの言葉が聞こえるとともに……俺は時計を取り出し、床に思いっきり叩きつけた。
大きな音が響き、時計は粉々に砕け散った。
俺は間違いなく、床に向かって時計を叩きつけた……はずだった。
「へ?」
見ると、叩きつけたはずの時計を……俺は持っている。
意味がわからなかったが、一瞬の出来事だった。
『管理番号1番。時計を破壊できましたか?』
「え……は、破壊したはずなんだけど……」
時計は……俺の手に残っていた。時間を見ると……
「8時53分……」
またしても時間が変わっている……いや、変わったのではない。
時間が……すっ飛んだのだ。
この時計は狂っているが故に……俺自身の時間を自由に狂わせることができるのだ、と。
俺は今一度最悪の気分になる。心臓の動悸が激しくなる。
「あ……ら……ライナ……」
『管理番号1番。声の調子がおかしいです。大丈夫ですか? 何があったのですか?』
「……この時計……ダメだ……破壊……できな……」
『管理番号1番? 応答して下さい』
ライナの声を聞きながら、俺はそのままぶっ倒れた。
眠ったのではない。俺は倒れ込む瞬間に理解した。
俺は……死んだのだ、と。
点検結果:管理者報告
管理番号1番:管理番号4番との接触により、激しい精神的動揺、後に死亡。死亡から6時間後には保管部屋のベッドの上に確認。時間認識も正常なものに戻っている
管理番号3番の危険度判定:中度
理由:管理番号1番の場合のように死亡することはないが、激しい精神的動揺及び時間錯誤を引きおこす可能性があるため。
補足:管理番号4番は、管理番号1番の報告により、破壊することも不可能なようである。
蘇生後、管理番号1番の時間認識は正常なものに戻ったが、管理者に対して、食事の時間を固定するように要請。
管理番号1番が管理者に対して激しい憎悪の感情を向けているのを感じたため、ストレス緩和のために要請を許諾した。
また、今回の点検行為で管理番号1番は不死であるが、活動限界は起床してから約24時間の限界が存在すると考えられる。




