管理番号1番:「し、ねる」男①
管理番号1番・簡易名称:「し、ねる」男
◯概要
管理番号1番は、西部連邦の一つの国家の辺境に住む、一般的な、10代後半から20代前半の青年です。
本名はアレン・アークライトです。
管理番号1番の特異性は、不老、不死能力にあります。管理番号1番は既に組合が発見してから200年ほど経過していますが、容姿に変化はなく、精神面でも変化はほぼありません。
管理番号1番は睡眠の度に死亡していることがわかってます。(最初の死亡は170年前)しかし、睡眠に入り、死亡してから約6時間後には、完全な健康体になって蘇生します。
管理番号1番はその危険性の少なさから、組合は観察を続けてきましたが、観察は200年を以て打ち切りとなりました。以降、禁忌倉庫にて保管し、管理番号1番に点検係の任命を行います。
◯添付書類
魔術師組合組合長カールス・リヒーテールから手紙
親愛なるライナ・グッドウィッチへ
聡明な貴女にこのような任務を任せるのも気が引けるが、貴女が最も適任かと思う。
管理番号1番には不明な点は多いが、どの危険存在よりも接触する際に気をつけることは少ない。
つまり、ほぼほぼ普通の人間なのだ。
君の生い立ちから考えれば、誰かと触れ合うというのも、優秀な魔術師である君にとって、魔術師だけでなく、人間としての成長にもつながるのかもしれない。
どうか、甘んじてこの任を引き受けてほしい。君の幸運を祈る。
魔術師組合組合長:カールス・リヒーテール
「……はぁ、俺……どうなっちゃうのかな」
俺は暗い部屋で大きくため息を付いた。
部屋の中は……殺風景だ。気付いたらここにいて……もう何時間か経ってしまっている。
いつものように牛や鶏の世話をしていただけなのに……いつのまにかこの部屋にいたのだ。
「……そもそも、ここはどこなんだ?」
俺は部屋を見回す。周囲は……石壁のようだった。俺は壁を壊すとかそういう大層なことはできないから……部屋から逃げ出すこともできない。
そして、俺は今度は扉の方に顔を向ける。部屋には扉が二つある。
一つは便所……もう一つは外へとつながる扉だ。便所の方は粗末な木の扉だが……もう一つは金属でできているようだ。俺が叩いたくらいじゃビクともしない。
「やれやれ……誰か来るまで待つしか無いか」
最も、俺が餓死で死んでしまえば、いい加減俺をここにぶち込んだ奴らもやってくるのだろうか。
それにしても……一体俺が何をしたっていうんだ。
いつものように辺境の家の中で昼寝していただけだ。家畜の世話や、畑の世話も残っている。それなのに、いきなりわけのわからない奴らが現れたと思ったら……こんな目に合っている。
「……はぁ。勘弁してよ」
俺がそう呟いたときだった。外につながる扉が開いた。
そして、扉の先から現れたのは……
「……人?」
人……のようだった。見れば黒いローブに身を包み、頭にもなんだかへんてこりんなとんがり帽子を被っている。
「ええ、人です」
と、俺がそれ以上何か言う前に、その人物は言葉を発した。帽子を取ると……その仕方から綺麗な黒い髪と、真っ青な瞳の女性の顔が現れた。
髪はかなり長く、彼女の右目は長い黒髪で隠れてしまっている。
「え……誰?」
俺がそう言うと、女性は頭を深々と下げる。
「どうも、私はライナ・グッドウィッチ……この『禁忌倉庫』の管理者です」
「ライナ……あ、ああ。どうも。え……その悪いんだけど……今、なんて?」
俺がそう言うと、ライナは表情を変えずに、俺のことを見る。
「言ったとおりです。ここは『禁忌倉庫』……世界中のあらゆる危険存在が集められる場所です」
「禁忌……倉庫? え……ちょっとまって……俺は……なんでここに?」
俺がそう訊ねると、ライナは少し驚いた様子で俺のことを見る。
「報告書の通りなのですね……管理番号1番。アナタは危険存在として、この禁忌倉庫にて管理されることになったのです」
「はぁ? いやいや……待ってよ。俺の名前はアレン……アレン・アークライトだ。管理番号1番って……大体俺は普通の人間なんだけど……」
俺がそう言うとまたしても不思議そうな顔でライナは俺のことを見ている。
「いいえ。アナタは危険存在です。しかし、危険存在であると同時に、私達にとって非情に利用価値のある存在でもあります」
「利用価値……おいおい。待ってよ……俺は家に帰りたいんだ。大体……何なんだ? 君こそ……ここは何か? 変な組織なのか?」
俺がそう言うと少し不機嫌そうな顔でライナは俺を見る。
「変な組織ではありません。我らは魔術師組合。明確な職業組合です。アナタだって、大工や職人の組合を知っているでしょう?」
少し不機嫌そうにしながらも、ライナは俺にそう説明した。
「魔術……君は……魔法使いなのか?」
「……まぁ、そんなところです。しかし、アナタには関係のないことです」
「え……だからさぁ。俺は普通の人間なんだって。辺境の村に住んでて……今日だって、鶏や牛の世話をしなきゃいけないんだよ」
俺がそう訴えてもむしろ、哀れなものをみるかのような目つきでライナは俺を見る。
「……管理番号1番。一つ聞きます。アナタは……いつ生まれたのですか?」
「へ? いつって……20年前くらいだろ? それが?」
俺がそう言うと、ライナは首を横に振る。
「違います。アナタが生まれたのは既に……200年前です」
「……はぁ? 何言って……俺はそんなに生きた記憶ないんだけど?」
俺がそう言うと、ライナは少し気の毒そうにしながら、俺のことを見る。
「非常に申し上げにくいのですが……アナタは眠りに着く度、死んでいるのです」
「え……眠る度に……死んでいる?」
「ええ。組合の報告書では、アナタが最初に死んだのは170年程前だそうです。眠るようにして死んだ……しかし、翌日何事もなかったかのようにベッドから起き上がり、仕事をしていたそうです」
俺は……信じられなかった。意味がわからなかった。俺が……死んでいる? いきなりそんなことを言われたって信用できない。
「……じゃあ、何か? 俺は……それ以来、ずっと……眠っては死んで……次の日には生き返っていたってことか?」
俺がそう言うと、ライナは首を縦に振る。
「正確には、アナタは、アナタ自身の意識が一時的に途絶えてから約6時間後には、完全な健康体で生き返る……そういう危険存在なのです」
「……ふざけるな! そんなの……信じられるか! そりゃあ、俺は生まれた時から独りだったし、ほぼ誰とも拘らずに生きてきたけど……200年って……」
俺は思わず錯乱してしまった。そんな俺を、綺麗な青い瞳は可哀想な物を見るかのように見ている。
「……信じられませんか?」
「当たり前だろ……ふざけるなよ……」
「わかりました。では……証明しましょう」
そうライナが言った……次の瞬間だった。
「……がはっ」
俺は胸に鋭い痛みを覚えていた。ゆっくりとだが……生暖かい感触が、身体全体に伝わっていく。
「……え?」
気になって胸の方を見てみると……俺の胸に、ライナがナイフを突き刺していた。
「組合の指示です。管理番号1番が自身の特異性に納得できない場合は、直ちに管理番号1番を殺害せよ、と」
「だから……俺は……管理番号1番じゃなくて……アレン……」
俺はそう言いたかったが……限界だった。ナイフは的確に俺の心臓を貫いたらしい。
俺はその場に倒れ、段々と意識が遠くなる。
「では、6時間後にまた訪問します。これから、よろしくお願いしますね」
そういって、ライナはびっくりするほど冷淡に、死にゆく俺を一瞥し、部屋から出ていった。
「へへっ……冗談だ……生き返るわけない……俺は……もう……」
そういって、俺はついに意識を失い、そのまま……死んだのだった。