天井裏にはお化けがいる。
ちょっと過激な表現に注意。
※お話の背景が戦争時代となっておりますが、具体的な時代枠はありません。フィクションとして別世界の話と考えてください。
外には危険がいっぱいなんだよ。
にこりと笑う彼。甘く囁かれたその言葉は彼の口癖だった。
暗い天井を見つめる。大して意味はない。ただ、窓のない壁を見るのは、監獄を思わせて嫌いだった。
天井裏にはお化けが住んでいると祖母に聞いたのはいつだろう。あの時私と彼はその話を怖がって寄り添って寝たものだ。天井裏のお化け。子供を拐う。
どうかさらってと今の私は願う。どうか、どうかここから出して。この箱から、私を出して。
静かに目を閉じる。もはや死にたいとすら願う。けれどそれすらかなわないのだ。
どうしてこんな事になったのだろう。この箱に詰められたのは何時からだ?彼が、宗ちゃんが私を閉じ込めたのは、何時だ?
瞼の裏に移る宗ちゃんは、いつも優しい笑顔をしている。
最後に見た日よりもまだ幼い彼の背中。軍人の父を持つ彼もまた軍人になる為、人より少しばかり早く成長した彼。
その独特の雰囲気は人を魅了しながらも近寄りがたかった。宗ちゃんは皆の憧れの的で、そんな宗ちゃんの幼なじみであれることが私の誇りだった。得意気な顔をして、その隣を歩いていた。
宗ちゃんのそばにいれるのが嬉しかった。宗ちゃんの優しい声が私を呼ぶ度、なんだか特別扱いされてるようで幸せだったし、宗ちゃんに手招きをされる度、隣にいていいのだとどうしよもなく嬉しくなった。
宗ちゃんの笑顔が好き。花が綻ぶような、美しい宗ちゃんの
笑顔が。その顔を見ると、私の心臓ははしたなく跳ねる。宗ちゃんが好きだった。男の人として、本当に、大好きだったの。
けれど国と国が戦ってる時代は、甘い夢に終止符を打つ。
宗ちゃんはお偉い軍人さんで、私は少し金持ちなだけの娘だ。釣り合うはずなどなく、結ばれるはずもなく。
宗ちゃんはそんなこと気にせずに私に接してくれたのだけれど、ある日彼の家に遊びに行ったときに、私は聞いてしまったのだ。
彼のお父さんの言葉「橘 百合が、邪魔だな。」
ーーー息が止まった。
あの普段笑顔のおじさんの、低い声に。あまりにも冷たすぎる言葉に。
一気に体が冷えたと思えば、直ぐに熱くなった。目尻にじわじわとこみ上げてくる涙。溢れてしまう。溢れてしまう。ここは、彼の、宗ちゃんの家なのに。
『百合、?』
後ろからの声に驚いて振り向く。そこには軍服姿の宗ちゃんが立っていた。
ぽとりと落ちた涙に、宗ちゃんの目が見開かれる。
その宗ちゃんの顔を見たくなくて、その場にいたくなくて、汚く歪んでいるであろう顔を隠して長い廊下を走った。
後ろから聞こえた宗ちゃんの声は聞いたことのない位焦っていて、今でもよく覚えている。
軍人である彼に、しかも着物の私は簡単に彼に捉えられてしまったのだけれど、思い切り掴んだ腕を振り払った。
そのまま走る。宗ちゃんは追いかけてこなかった。ただ、振り切った直ぐに聞こえてきた声は、確かこう言っていた気がする。
『なんで』
が
た
り
。
「っ、」
記憶は外からの音で中断された。金属が擦れる音。これは鍵を外す音だ。
宗ちゃんが帰って来たのだろう。私はとっさに身体を起こす。少し乱れてしまった着物を正して、正座をする。宗ちゃんをむかえる準備。
頭を下げる体制をとる。 和室に不釣り合いな鉄の扉が重い音をたてて動いた。
「ーーえっ?」
その先にいた人を見て、私はおかしな声を出してしまう。
この部屋に宗ちゃん以外の人はきたことがない。一度声だけは聞こえたけれど、入ってくることはなかった。
目の前の私を見下ろすこの男は誰だろう。部屋の外の事は何もわからないけれど、男が着ている服は宗ちゃんと同じ軍服だ。つまり、この男は国の偉い方なのだろう。
男が私に手を差し出す。私は自然とその手をとる。何故かわからないけれど、とても懐かしい気持ちになる。
「百合、遅くなってすまない。」
あ。
「大丈夫だよ。必ず僕が守るから。」
私 この人 知ってる
「ーーーさん。」
「なんで。」
酷く胸騒ぎがしたので、いつもよりも早く帰宅をした。いつもと変わらない家の風景に安堵しながらも、足はその部屋へと急ぐ。
見慣れた鉄の扉が小さく空いていることに気がついて、僕の心臓は一気に冷えた。
慌てて部屋の扉を開けるもそこはもぬけの殻であった。
おかしい。
おかしい。
何が起こっている?
何故、彼女がいない?
「ゆり、ふざけては、いけないよ。」
優しく問いかけるも返事は返ってこない。畳に触れるとそこは冷たい。まるで誰もいなかったかのように。
「あ、ああああ。」
目眩がして、その場に倒れ込む。おかしい。何故彼女がいない?この僕の隣に、何故彼女がいない。
息がしづらくなる。自分の息がうるさい。あぁ、おかしい。何故、何故。
天井の闇が視界を埋め尽くす。あぁ、百合。僕の百合。何故。
「そう、か……。」
彼女は、百合は。天井裏のお化けに攫われてしまったのだ。
助けなければいけない。早く助けてあげなければ。きっと泣いている。あの時のように。
あの時もそうだった。僕のかわいい百合。百合は僕のものであって、僕は百合のものであった。それなのに僕の馬鹿な親は僕らを引き離して、もっと馬鹿な百合の親は百合に別の男を当てがった。
名前はもう思い出せない男の名前。思い出すのも嫌だ。百合のかわいい唇が×××さん、なんて僕以外の音を出すなんて。
あぁ、そんな事を考えてる場合ではない。早く百合を助けなければ。
彼女は僕がいなければいけないのだから。僕の事が好きなのだから。僕と同じなのだから。
僕の父が彼女と僕を離そうとしたあの日だって、彼女は泣いていた。二度も泣かしてしまうなど、僕は最低の人間だ。
早くしないと百合が絶望の中死んでしまう。早くしなければ。だって僕は百合がいないと死んでしまうのだから、百合だって同じなのだから。
「どこだ……化け物め……どこに……百合を……」
僕と百合を離すものは全て消す。例えそれがお化けであろうと、あの時の父のように。そしてあの時の彼女の両親のように。
軍人大好物です。ただタイトルがあんまり生かせてない。